これが俺の切り札だ!

 目の前でニッコリと微笑むアニスの姿にカナタはため息を吐いた。


『もしかして気付いているのか?』


 それは自分がハイシンであるかどうか気付いているか、そう問いかけたことに他ならない。

 マリアやアルファナから感じる熱のようなもの、或いはアテナの時に感じた意味深な視線とも合致したためカナタはそう問いかけたのである。


「うん♪ といっても気付いたのは昨日の配信中だよ?」

「……まさか見ていたのか?」

「ううん、あたしの魔力に君が引っ掛かったの♪」


 魔力に引っ掛かったとはどういうことなのか、そう疑問に思うカナタに彼女が説明してくれた。

 昨夜に降っていた雨が氷に変化する瞬間があったのだが、あの時に体を冷たい何かが通り抜けた感触があった――あれこそがアニスの魔力感知だったらしい。


「あたしさぁ、帝国の誰にだって自慢できる氷の魔法だけじゃなくてね。ある程度の範囲ならどんな魔力を誰が持っているか、それを特定条件下で知ることが出来るの」

「……なるほど」

「それでぇ、いつも遠出する時とか帝国に居る時も定期的にさっきのをやってるんだよ。まあハイシン様の声を聴くとお腹の下辺りが疼きまくって出ちゃうんだけど……くふふっ♪ 今回は正にビンゴ! ってやつだね」


 凍った地面を踏みしめるようにアニスはカナタに近づいた。

 その頬は明らかに紅潮しており、カナタを見つめる瞳はさっきよりも更に熱く強い想いを抱いているようだった。

 正直なことを言えばあまりにも彼女の視線の圧が強すぎてカナタは引いている部分が若干あるのだが、それに気付いていないアニスは言葉を続けた。


「まあ特定出来ると言っても相手が何かしら魔力を放出してないとダメだけど君が配信をする時、魔力を流し込むことは分かっていたから後はその時を狙うだけ。でも驚いたんだよぉ? 思わず昨日、ずっと……ずっと君が泊まった宿の方を見つめながら一夜を明かしたんだからぁ♪」

「……………」


 こいつはやべえ、そんな気持ちがカナタの中で溢れ出そうになる。


「ねえカナタ、君はここから出られないよぉ? あはは、さっきからあたし疼いて仕方ないんだ。憧れのハイシン様に会えたことも最高に嬉しいけれど、それ以上にあたしの魔法をモノともしない頑丈な魔力……あぁ素敵、素敵だよぉ♪」


 ビシッと音を立ててカナタの目の前に立った彼女はその細い腕を伸ばす。

 温度が下がった氷の中で白い吐息を見せるカナタの様子に、彼女は心配そうにしながらこんなことを呟いた。


「ねえねえ、模擬戦のこととか忘れてさ。あたしと良いことしない? もうね、この疼きが止められないの。大丈夫、何があってもあたしが守ってあげるし立場も全部用意してあげる。ねえカナタぁ、あたしの傍に来てよぉ♪」


 表情と言葉が一切一致していない。

 おそらくアニスも舞い上がり過ぎて何を言っているのか分かっていない様子だが、もちろんそんな言葉にカナタが頷くわけにはいかない。


「あ~……まあアニスみたいな美人にそんなことを言われるのは光栄なんだが、俺を信じて帰りを待ってくれている人たちが居るんだわ」

「……ふ~ん?」


 確かにハイシンであることはバレてしまったわけだが、それでも今はこうして模擬戦という大事なイベントの途中だ。

 カナタを心配しながらも送り出したマリアとアルファナに必ず戻ると伝えた手前、敵の女の子とよろしくやってましたなんて許されるわけがない。


「取り敢えず俺がハイシンであることは黙っててほしい」

「それは大丈夫。フェスにも伝えないよ? 何より、あたしは君のことを困らせたいとは思ってないからねぇ?」

「……俺と良いことするってのは関係を持つってことだろ? そこは迷惑だとは思わないのか?」

「え? カナタ、エッチなこと嫌いなの?」

「……………」


 否定できねえ! そうカナタは心の中で叫んだ。

 頭の中に浮かんだ煩悩を吹き飛ばすように、カナタは己の魔力を全開にして周りに充満させた。

 すると周りに現れていた氷柱は容易く崩れ去り、アニスは胸に手を置きながら興奮した様子だ。


「あぁこれがカナタの魔力……もう凄いなぁ。こうして体に触れるだけでどうしようもないほどに求めちゃう……何度だっていっちゃうってぇ♪」


 調子が狂うことこの上ない、だが今から戦おうとする意志はアニスも感じ取ったのか構えた。


(……相手は帝国の若手最強の一角と言われる氷魔法の使い手……俺が勝てるのは無限に近い魔力くらいか。さて、どうするかな)


 無限の魔力といえどカナタには戦いの経験はそこまでない。

 それに比べて相手はカナタよりも戦いに関する知識は豊富だろう……まるでゲームでボスと戦う心境だが、だからこそ攻略の糸口を探すことはカナタにとってドキドキする面白さがあった。


「行くよぉ!」

「っ!?」


 来る、そう思った時にはアニスの姿は消えていた。

 どこだと思った瞬間、カナタの視界を横切るように氷柱が物凄い勢いで通り抜け、唖然とした様子でそちらに目を向ければアニスが手を平を向けていた。


「カナタを含め王都の生徒たちは実戦経験はない……まあ仕方ないことだけど、今の一撃で終わってたよ?」


 意図的に外さなければ終わっていたとそう言いたいのだろう。

 しかしカナタはその言葉を鼻で笑った。


「はっ、そいつはどうかな? 試しに思いっきりやってみてくれよ」

「? 良いよぉ。さっさと脱落させて観客席で一緒にお話しよ♪」

「そっちかよ!」


 どこまでもアニスという少女は自由みたいだ。

 カナタが大きな声でツッコミを入れた瞬間、今度は四方八方からカナタに向かって氷柱が飛んできた。

 それは決して避けることの出来ない無数の氷柱、だがその全てはカナタに触れる前に消滅していく。


「……さっきのと同じだね?」

「あぁ。俺も魔法は習っちゃいるがまだまだ半人前だ。それでもこうやって無限の魔力を応用した障壁は自信を持っててな」

「なるほどね。魔力と魔力がぶつかった時、残るのは強靭な方……無限の魔力ってズルくない?」

「うるせえよ。使えるもんは使うの精神だ!」


 カナタは手の平に炎を生み出し、アニス目掛けて放った。


「ファイア!!」


 一番最初に習う初級魔法、だがカナタの魔力から放たれるそれの威力は凄まじい。

 周りに聳え立つ氷柱を溶かすように一直線で突き進む爆炎の一撃、しかしその魔法もアニスの氷の前には無力だった。


「凄い威力だ。これが初級魔法のファイヤだって言うんだから怖いよ。フェスの魔法よりも強い……でも無駄だよ」


 カナタのファイヤを冷気が包み込み、そのまま圧縮するようにして消え去った。

 魔力そのものを壁として扱う障壁ならば消えないのだが、現存する魔法にまで無限が適応されることはない……なので簡単に消えてしまった。


「だとするならお互いに決定打はない。ならお前の魔力が尽きるのを待てば……」

「そうだよねぇ。普通ならそう思うよねぇ? でも残念、君の体にはもう影響が出始めてるんじゃないかなぁ?」


 アニスがそう口にした瞬間、カナタは体が上手く動かないことに気付いた。

 手がかじかんだように上手く動かせず、頭も僅かにボーっとなるほどに息苦しかった。


「これも戦略の一つだからねぇ。たとえ魔法が遮られたとしても、この寒さと空気に混ざる冷気はカナタの体力を奪っていく。冷静になって……あぁ冷静になるともっと冷たさを感じるかな?」

「……そういうことか」


 どうやら強力な範囲魔法だけでなく、氷という性質を最大限に活用した搦め手も得意のようだ。


「……でも誤解しないでね? カナタがやめてほしいって言ったらすぐにやめる。だってあたしが君を苦しめることを望むわけないじゃん。ほら、ギブアップして? そうすればあたしも自主的にギブアップして同じ場所に飛ぶからさ。それで休憩所に行って裸で温まろう?」

「結局それじゃねえか!」


 おかげで冷静を通り越して頭が熱くなったわとカナタは吐き捨てた。

 とはいえこのままジッとしていてもダメだし、アニスの魔力切れを狙うのも悪手のようだ。


「そっちの本陣でフェスが暴れてるけど、王女と聖女も強いねぇ。結構粘っているみたいだ。流石にフェス一人だと厳しいかな? ま、どうでも良いけど」

「良いのかよ」

「こっちの方が大事だしぃ?」


 本当にアニスにはどうでも良いらしい。

 だが確かにこうしてアニスがここに居るのであればフェスが暴れているのも当然なことで、早くあちらに戻らなければとカナタは表情を引き締めた。


「……いっちょやってみるか」

「? 何を?」


 生半可な魔法であればアニスに止められてしまう……ならば、絶対の信頼を置く障壁のように力任せに何の属性もない魔力そのものを打ち込めばいいと考えた。

 カナタの手の平に集まる無限の魔力、それは魔法の発動を合図するものではなくただただそこに魔力を集めていくだけだ。


「……そうか。考えたね!」


 アニスは発動を阻止するために魔法を放つが、その全てが障壁に阻まれていく。

 カナタは寒さに耐えながら必死に魔力を込め、そしてその集めた魔力そのものをアニスに向かって打ち込んだ。


「っ!?」


 アニスの放つ魔法を砕くようにして突き進む魔力、当然のようにアニスは避けるがカナタの行動は止まらない。

 カナタは一気に魔力を放出させ、この場一体に漂う魔力そのものを操作してアニスを囲い込んでいく。


「ちょっと!? それって流石に反則じゃない!? だってカナタの魔力は打ち消せないんだよ!?」

「言っただろ! 使えるもんは使うってなぁ!!」


 考えも何もない、ただ力任せに魔力で相手を圧し潰すだけだ。

 アニスに手を向け、まるで握りしめるようにグッと力を込めた……そして、防御の為に氷を纏ったアニスを包み込んだ。

 収縮した魔力はバラバラに拡散するように暴発し、アニスが築き上げた氷全てを吹き飛ばすのだった。


「……大丈夫か?」

「なんとかぁ……」


 致命傷は避けたようでアニスは尻もちを付いた状態でへたり込んでいた。

 まだ戦えるようだが恍惚とした表情のアニスは興奮した様子で大きな声を上げた。


「凄い……凄いよカナタぁ! こんなの無理! その強さにも惚れちゃう♪」

「……何だろう。この熱いラブコールがちょっと怖いよ俺は」


 とはいえまだまだアニスは動けそうだが、カナタとしては早く拠点を取って本陣に戻りたい気持ちだった。

 待っているマリアたちのことを考え、カナタはファンであるアニスの心理を使用することを決めた。


「ちょっとこれ耳に付けてくれるか?」

「え?」


 首を傾げるアニスの耳にイヤホンを付け、端末を手にカナタはアレを披露した。


「アニス」

「っ!?」


 体を震わせた彼女にカナタは歯の浮く台詞を連発した。

 するとアニスは顔を真っ赤にしながらその場に倒れ、胸に手を当てて鼻血を噴き出した。


「……あ、落ちる」


 ガクッとアニスの腕が地面に落ちる瞬間、彼女の服は致命傷判定をしたようだ。


『帝国側戦力、アニス・グラバルト脱落』


 アニスの居た場所をしばらく見つめたカナタは良しっと頷いた。


「……ま、まああるもんは使うって言ったもんな」


 取り敢えず、これでアニスは撃退したのでカナタはすぐにマリアたちの元に戻ることにするのだった。

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