模擬戦開始、早くも混沌

 翌日、ついに団体魔法模擬戦の開始が近づいてきた。

 場所は街から離れた荒野で行われ、それぞれ相手の拠点を三つまで陥落させた方が勝ちとなるルールだ。

 例外としては時間切れとなった場合、拠点の陥落数と合わせ残っている人数によって勝敗は決定される。


「……なるほどなぁ。こいつを守らないといけないのか」


 カナタは今回模擬戦の為に用意された専用の服を触りながら呟いた。

 今着ているこの服には触れた魔法、或いは斬撃に伴う剣の威力によって致命傷かどうかを判定する機能が備わっており、この服が致命傷だと判断した場合は戦闘続行不可能となり失格となる。


「はい。しかしとても便利なモノですよ。これが発動する段階で私たちにその魔法が届くことはありません。それが教師の方々が言っていた万全の準備というものです」

「ほ~」


 アルファナの言葉にカナタはなるほどなと頷いた。

 致命傷ということはかなりの威力を伴っており、身体に伝わるダメージも本来なら相当なものだ。

 その魔法が実際にダメージとして伝わる前に服が判断をして体を守るために防御魔法が発動するので安心出来るのだ。


「ということはつまり、相手は問答無用で強力な魔法をバンバン使ってくることになるわ。そう言う点では戦場と何も変わらないわね」

「……分かった」


 マリアの言葉にカナタだけでなく、他の面々も緊張感がありありと表情に出ているわけだが、かといって怖気づいた様子は見えない。


「上等だ。ここまで来たら頑張るしかねえ!」

「そうだそうだ! 帝国の奴らを一泡吹かす!」

「やるぞおおおおおおお!!」

「うおおおおおおおおおっ!!」


 士気はバッチリ、そんなちょうどいいタイミングで開戦の合図を知らせる火花が空に上がった。

 さて、先ほども言ったが拠点を落とし或いは守ることが今回のルールとなる。


「それじゃあ始めるわよ。みんな、予め指示した通りに動いてちょうだい」


 司令塔は当然マリアが受け持ち、それに意義を唱える者は居ない。

 マリアの傍にアルファナが控えることでまずは本陣を守りながら、残りの生徒がそれぞれ分散して敵の拠点に攻め入っていく。


「よし、行こうぜカナタ」

「分かった」


 カナタの周りには友人となったトーマを含めて十人ほどが居るが、当然のことながらカナタが意思疎通を図れるのはトーマくらいだ。

 このような大事な場面だというのに他の貴族生徒はカナタに目を向けることはなく逆に邪魔だと思っていそうな視線だった。


「こういう時に協力するのが大事だろうが……ったく」

「まあもう慣れてるからな。それにマリアにも結構言われてるし」


 トーマとロンを除いて誰と組んだところで平民のカナタに向けられる視線はただでさえ厳しいので、マリアも色々と注意はしたのだがそれが逆効果にもなっていた。

 マリアだけでなくアルファナも爆発しそうだったが、無理に言わなくても良いとカナタが言ったためそれ以上のことはしてもらっていない。


「お前が一緒に居てくれるならそれだけで心強いよ。頼むぜトーマ」

「カナタ……おう、任せてくれ!」


 二人して笑い合い目的である帝国側の拠点に近づいた時だった。

 あちらもどうやら十人規模の陣を敷いているらしく、攻めるつもりはないようでこちらの動きを見極め迎え撃つ体制を整えているようだ。


「悠長なことだな。行くぞお前たち!」

「おう!」

「お、おいお前ら!?」


 貴族生徒の一人が飛び出すと周りの者たちもそれに続いた。

 連携の欠片もない勝手な行動にカナタだけでなく、トーマも何やってるんだと呆れた顔を浮かべたのは言うまでもない。

 おそらくだが彼らの中にあるのは少しでも活躍をして教師からの評価だけでなく、マリアやアルファナからの覚えを良くしてもらおうという魂胆があるのだろう。


「おいカナタ、俺たちも行かねえと――」

「いや、少し様子を見よう」


 仕方なく付いて行こうとしたトーマの肩にカナタは手を置いた。

 正直なことを言えばカナタを含めてトーマも彼らも団体戦の経験は基本的になく、戦場というものがどういうものかも知らないことが多い。

 それに比べて帝国は軍需国家と言われるだけあり、おそらくはある程度の戦場の知識も持っているはず……だからこそ、下手に動けば巻き添えを食うだけだとカナタは判断したのだ。


「……あれ?」

「なんだ?」


 しかし、最後まで彼らの動きに合わせなかったらそれはそれでグチグチと文句を言われることは分かっているので、ある程度相手の出方を見て行動しようと考えていた矢先のことだった。


『突然ですまない! そこの黒髪の男子、君がカナタで間違いはないな!?』


 突然相手の生徒がそんな声を上げたのだ。

 おそらくは声を広く届ける魔法を使っているようで、既に貴族生徒たちが魔法を発動しているがその声は良く響いていた。


「……カナタって俺か」

「お前だぞ? つうか何がしたいんだ?」


 カナタはカナタだが、まさかこんなところで名前を呼ばれるとは思っておらず渾身のボケを繰り出してしまった。

 特に返事を返したわけではないが、カナタの所在を確かめた生徒は空に向かって大きな氷の魔法を打ち上げた。

 その魔法は空で炸裂し、まるで氷の花のようなものを形成した。


『我々はこれより拠点Aへと移動する! 早急に移動せよ!』


 カナタたちを前にしてまさかの移動だった。

 その行動はつまり今カナタたちが向かっていた拠点を破棄するのと同じこと、一体何をするつもりなのだと全員が疑問に思ったところで空に閃光が走った。


「……っ!? トーマ!」

「うおっ!?」


 その閃光の正体が何かは分からないが、相手の生徒と入れ替わるようにこちらに来ていたことは分かった。

 そこから感じた何かに警戒し、カナタはトーマと自分を守るように魔力を障壁として展開した。


『フリーズンアイス』


 そんな声が聞こえたと思った瞬間、カナタの視界は白銀色に包まれた。

 たまらず視線を閉じてしまったがどうも障壁を展開したのは正解らしく、僅かに感じる冷たい冷気が体を吹き抜けていった。


「……っ!? これは」

「な、なんだ!?」


 カナタが目を開けた時、辺り一帯は氷の世界へと変わっていた。

 攻めようとしていた敵の拠点さえも凍り付いており、更には先行していた貴族生徒も全員が氷の中に囚われていた。

 身動きを取れないだけでなく、彼らを包む氷の魔法は致命傷だと判断されたのか服に施された魔法が発動し強制的に戦域を離脱させられるのだった。


『王国側戦力、八名脱落』


 そんなアナウンスが流れ、生き残ったカナタとトーマの前に美しい氷の魔女が舞い降りた。


「やっほ~カナタぁ♪ ってなんか残ってるし」

「……アニスか」

「うんうん♪ 昨日ぶりだねぇ♪」


 ヒラヒラと手を振る彼女は昨夜知り合ったアニスだった。

 今の広範囲をターゲットにした氷魔法はおそらく彼女が発動したもので、その威力は間違いなく上級魔法を軽く超えた一撃だった。

 流石は最強双子の片割れであり、氷魔法のスペシャリストといったところだ。


「凄いじゃんカナタ。一応君だけを残すつもりで魔法を使ったんだけど、まさかその一帯を守られるなんて思わなかったなぁ♪」


 魔法が防がれたというのにアニスは嬉しそうだった。

 彼女が言ったようにカナタとトーマの周りだけ氷の影響は表れておらず、そこだけ何の変化もないのでかなり不思議な光景だ。


「あれがグラバルトの片割れってか……バケモンじゃねえか」


 おそらく単純な魔法の強さだけでなく、しっかりとその扱い方を叩きこまれた見事な魔法だった。

 どうやらこの流れだとアニスを相手取ることになりそうだが……っと、そこでアニスが動いた。


「君さぁ」

「え?」

「なん……?」


 アニスが手を動かしたかと思えば、すぐ傍で彼女の声が聞こえた。

 まるで地面から氷が生え出すようにしてトーマの傍に現れており、そこからもう一人のアニスが現れた。


「カナタの友達かなぁ? でも今は邪魔なんだよね。ちょっと居なくなってよ♪」


 そんな軽い口調と共にアニスの手の平から氷の刃が現れ、トーマを刺し貫く瞬間に彼もまた致命傷判定され離脱させられるのだった。


「よし、これで二人だねカナタ?」

「……………」


 正直、カナタにはアニスが何を考えているのか分からなかった。

 わざわざ他の生徒にカナタのことを伝え、実際に現れたことでアニスに報せた後姿を消した。

 そしてここにやってきたアニスは大規模な魔法を発動し、カナタ以外の存在をこの場から消そうとしたのだ――まるで最初から二人で会いたかったかのように。


「……?」


 しかしカナタ、彼もまたこの世界での経験がこの場で生きた。

 このような不可解な相手の行動、そしてアニスの視線から感じる熱い想い……そこにはマリアやアルファナたちから感じたそれと似たようなものがあったのだ。


「取り敢えずあたしたち二人を包むね?」


 パチンとアニスが指を鳴らしたと思えば、カナタとアニスを包むように巨大な氷柱が出現した。

 どうやらこれで外部との連絡は出来ず、二人の姿を見られることもなさそうだ。

 一歩、また一歩と近づいてくるアニスに向かってカナタはこう口を開いた。


「……もしかして、気付いてるのか?」


 その言葉にアニスは満面の笑みで頷いた。







 場所は打って変わり本陣拠点だ。

 王国側の生徒が八名速攻で脱落した報せはマリアの耳にも入り、カナタは大丈夫なのかと心配するのは当然だった。

 しかし、まるで奇襲を掛けるようにフェスが現れたのだ。


「ふむ、流石は王女と聖女だ。噂に違わぬ実力ですね」

「あなたもね。流石は未来を約束された炎使いじゃない」

「はい。二人でなければ簡単に突破されたでしょうね」


 如何に相手が強大であろうともマリアとアルファナのコンビは強い。

 他にも生徒たちが数名残っているが、彼女たちだけはずっと立ち続けフェスの猛攻を掻い潜っていた。


「ただの模擬戦と侮っていたことは認めましょう。あなたたちは強い……否、王国の生徒たちも粒ぞろいだ――故に」


 フェスは剣に炎を纏わせた。

 マリアとアルファナは次が来ると警戒しいつでも反応できるようにと魔力を込める。


「……………」

「……………」


 互いに見合う中、まるで緊張を和らげる一言のようにある意味でフェスの予想しない報せが届いた。


『帝国側戦力、アニス・グラバルト脱落』


 その報せにフェスは目を丸くして驚きを露にするのだった。




【あとがき】


次回詳しいカナタとアニスのやり取りです。

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