こっちでも変わらずに配信をお届け!

「おぉこれが……これが!!!」

「……あたしもう死ねる。死んでも良い……うああああんっ♪♪」


 カナタの目の前で狂喜乱舞する最強双子、そんな双子を前にしてカナタは何とも言えない表情を浮かべていた。

 ハイシン様グッズの一つであるバッジ今二人に渡したのだが、二人ともバッジを天高く掲げるようにして雄叫びを上げていた。


「シャツもいるんだろ? あげるから……ほら」


 若干怖かったのは言うまでもない。

 シャツをあげる、そう言って差し出すと光の速さでアニスの手に移動していた。


「ありがとうカナタ! あたし、これが一番欲しかったのぉ!」

「あ、はい」


 ペロペロとバッジを舐めながらアニスはそう言った。

 美しい容姿を台無しにするような姿だが、その隣でフェスが可愛く頬にバッジを擦り付けているのは微笑ましかった。

 まあ男がそんなことをすると若干の気持ち悪さはあるものの、アニスの奇行があまりに衝撃的過ぎたためだ。


「……?」


 二人が感動しているのを眺めている中、ふとカナタの視界の隅で何かが揺らめく。

 その場に誰かが居るのは確定したが、胸騒ぎのようなものを感じない時点でおそらく今のはミラだろうか。

 フェスとアニスに関して警戒の心配はなさそうだが、やはりどこでも彼女はカナタを見守っているらしい。


「……ふむ?」

「う~ん?」


 しかし、流石はフェスとアニスだった。

 彼らも僅かなミラの気配に気づいたらしく、そちらに視線を向けたがミラを見つけることはなかった。

 警戒の必要はないと判断したのか、すぐにまたグッズに夢中になっていたが。


(……まあでも、こんな風に好かれているって言うか、ファンが居るってのは悪くはない気分なんだよな)


 異常な行動と行き過ぎた反応が嫌なだけで純粋にファンだと分かるのならそれはカナタにとって嬉しいことだ。

 普段であれば絶対に出会わない帝国の住人である二人にカナタは聞いてみた。


「ちなみになんだが、ハイシンのどこが好きなんだ?」


 その問いかけに二人は一斉に顔を向けてきたのでカナタはビビった。

 まず俺が言う、そんな雰囲気を纏わせながらフェスが顔をグッと近づけ唾を飛ばす勢いで話し始めた。


「俺は彼が口にした何気ない政策、そこに含まれた多くの人々に対する想いに惚れたのだ! もちろん俺だけでなく、現皇帝を始め多くの者が彼に共感し魅了された。そして彼の言葉を参考にし政策を実行したところ、多くの奴隷や平民たちが救われ同時に俺たちのような貴族も大切なモノに気付くことが出来たのだ」

「お、おう……」

「この世界に英雄や勇者と呼ばれるような者たちは居るだろう。しかしこのように目に見える形で変化を齎したのはハイシン様だけ! 日常という誰もが望む尊いそれを大切にする彼の心に俺は……俺は猛烈に惚れている!!」

「……そうか」


 なんか物凄く暑苦しかった。


(日常っつうか、やっぱり誰でも平穏が一番だと思ってるからなぁ。それを考えてペラペラ喋っていただけなんだが……)


 当然カナタに崇高な考えなどはなく、こうしたらいいのではないか、その上でこのような平穏が実現できるのではないかと喋っただけに過ぎない。

 基本的にカナタが取るスタイルは雑談なのでフェスの考え過ぎだ。

 さて、こうなってくると次にカナタが目を向けたのはアニスだったが……そこでカナタはサッと目を逸らしてしまった。


「な、なな……なんで服を脱いでるんだ!?」

「ふぇ? あ~ごめんねぇ? 早く着たくてさぁ」


 さっきまで着ていたはずの制服をアニスは脱いでいたのだ。

 髪の毛と同じ青でフリル付きの下着を見られたというのに彼女は一切恥ずかしがる様子を見せず、言葉にしたようにハイシン様シャツをサッと着た。


「……ねえフェス、あたしハイシン様に包まれてるよぉ……あぁいくっ♪」

「おい、後で俺にも着させるんだ」


 何やら衝撃的な言葉がアニスが飛び出した気がしないでもないが……カナタはこの世界で色々とおかしい女性を見てきたので気にしないことにした。


(……女神とか色々出会ったもんな。それに比べれば可愛いもんだわ)


 遠い目になったカナタはそのままシャツに着替えたアニスを見つめる。

 アニスはカナタと視線を合わせ、フェス同様にハイシンについて話を始めるのだった。


「あたしはぁ、単純にハイシン様が好きなんだよねぇ。声も良いし優しそうなのも伝わってくるし、なんかこう……偶像的な信仰対象って言うかさぁ」

「ほう?」


 声が良くて優しそう、ついつい頬が緩みそうになったカナタだが少しだけフェスが一歩体を退いた。

 まるでアニスから逃げるような様子にカナタは首を傾げたが、すぐにその理由をカナタは知るのだった。


「だからさぁ……」


 アニスの纏う雰囲気が僅かに変化した。

 着ているシャツを脱ぎ、再び下上半身下着姿となった彼女はシャツに描かれているハイシンの顔の部分に自身の顔を押し付けた。

 そのままグリグリと顔を押し付け、しばらくした後顔を上げた。


「あたしね? これでもハイシン様が配信を始めた当初から見てたんだよ。だから結構古株ってわけ、投げ銭もかなり投げてるんだよこれでも」

「そ、そうなのか?」

「そうだよぉ? そんな風にずっとずっとファンだったのに……あたしが一番だって思ってたのになんであの王女と聖女が先に出会ってるのかなぁ? 滅多なことは言えないけどついついあの綺麗な首、圧し折りたくなるよねぇ?」


 あ、こいつは危ない奴だとカナタもフェスに並ぶように一歩退いた。

 アニスは相変わらずブツブツと何かを言っているのだが、目の前にシャツに夢中らしくそれ以上は何も言うことはなさそうだ。


「……お前の妹、やばくね?」

「俺が言えることではないが、少なくとも帝国の女子はあんなのが多いぞ?」

「マジで?」

「うむ。誰も会えない存在だったからこそ抑えれていた部分があるのだが……抜け駆けするようにマリア王女たちが出会ってしまったからな」

「……………」


 カナタはもう一度アニスを見た。

 正直なことを言えばアニスのことを怖いと思ったものの、前世のSNSなどでこのようなことを口にする女性はそれなりに見たことがあった。

 カナタにそのつもりはなくても、ハイシンという存在を偶像化……つまりアイドルのように見立てることでその存在の一番になりたいと望み、そのアイドルに近づくことが出来た女に対して嫉妬するというまあ良くある光景だ。


「まあだが、アニスもハイシン様に迷惑を掛けるのだけは嫌だからな。そんな彼の知り合いになれた二人に手を出すことはないし、ましてやちょっかいを掛けるようなこともしないだろう。その辺りはちゃんと弁えている」

「……そうなんだ」

「ハイシン様とデートをする妄想をしたりと女の子らしい一面もあるからな。同じ家族として可愛い部分もあるのだ」


 果たして妄想をするということが女の子らしいのかは疑問だが、カナタはあまり気にし過ぎてもダメだなと思うことにした。

 その後、カナタは二人に盛大に感謝をされながら別れることになった。

 二人が居なくなった後、やはり監視していたのはミラのようで傍にサッと降り立った。


「お疲れ様ですカナタ様」

「……あぁ。ドッと疲れたぜ」

「あの二人、相当な使い手ですね」

「やっぱりそうか?」

「はい。私としても彼らを相手取った場合、勝率は六割程度でしょうか。正面から察知された状態ですとギリギリ五割は切るくらいかと」

「へぇ。でも流石だなミラ」

「えへへ、カナタ様の護衛ですからね!」

「サンキューな。二人を相手した場合はもう少し下がるのか?」

「あ、伝わりにくかったですかね。二人相手にして六割です!」

「……………」


 ミラのポテンシャルの高さを改めて思い知り、改めて彼女が敵対しなくて良かったなと心から思うのだった。


『ちなみにアニスはあまりにハイシン様が好きすぎて彼の声を聴くと魔力を解放する癖があるのだ。もちろん周りに影響は……あるかもしれないが、人体に影響などはないので帝国では一種の祭りみたいなものだ』


 そんな言葉が何を意味しているのかそれは少し気になった。

 カナタはミラに先に部屋に戻るよう促し、広間に戻って市長たちとの話を終えたマリアとアルファナの二人に合流した。


「どこに行ってたの?」

「途中から居ませんでしたね」

「グラバルト家の双子と話す機会があってさ」


 そう伝えると二人は驚いた顔をしたが、あの二人は人格的にも信用できるとのことで良い繋がりが出来じゃないかと逆に安心していた。

 フェスはともかくアニスの方は特大の爆弾を抱えていそうなことはもちろん黙っておいた。


「さ~てと、それじゃあやっていきますか」


 いつもの端末ではないので今日もまた公国の時と同じ簡単な配信になりそうだ。

 背後でワクテカしているミラに見守ってもらいつつ、カナタは本日の配信を開始するのだった。


「よぉみんな! 今日も配信やっていくぜぇ!」


 いつもと変わらない盛況なコメント欄、今日も多くの人が見てくれることに感謝をしつつカナタは喋っていく。

 しかし、その途中で何か目に見えるように魔力の波が体を駆け抜けた。

 それはひんやりとしたものだったが体に影響があるものではないようで、一瞬言葉を止めてしまったがミラも首を傾げる程度だったので気にする必要はなさそうだ。


「今回のお便りは……あん?」


 その時、ふと外を見てカナタは声を止めてしまった。

 先ほどまで外は雨が降っていたのだが、その雨の雫全てが凍り付き空中に停滞して輝いていたのである。


(……あ、今の魔力ってももしかして?)


 どうやらこれがフェスの言っていたアニスの興奮魔力開放らしい。

 もしそうなら規格外すぎるだろと苦笑しつつ、カナタは配信を再開するのだった。








「あ、おいアニス! 今日も配信は最高だった……どうしたのだ?」

「何でもないけどぉ?」

「何でもないのにどうしてあっちを見つめ続けているんだ? あっちは王国の生徒たちが泊まっている建物……ほ~? まさか気になる奴でも居たのか?」

「ハイシン様以外に気になる人間なんて居ないしぃ? 分かり切ったこと聞かないでくれるかなぁ?」

「そうか? まあ明日はいよいよ模擬戦だ。お前も早く寝るんだぞ?」

「はあい」

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