最強の双子、しかし中身は……うん

「よおカナタ、楽しんでるか?」

「うん? あぁロンか」


 たくさんの食事がテーブルに並ぶ大広間、その隅っこに居たカナタにロンが近づいてきた。

 クイッと眼鏡を上げる姿は出来る男を思わせるロンの姿に苦笑し、トーマは居ないんだなと聞くと彼は頷いた。


「トーマはあそこだ」

「……あ~」


 ロンが視線を向けた先でトーマは豪華な食事を次から次へと食べていた。

 決して一人で食えるような量ではないのにそれを次から次へと口の中に入れていく姿は大食いファイターのそれだった。


(ミラといい勝負をしそうだな……いや、ミラはあれで人外染みた胃袋だし相手にはならないか)


 ならどれだけミラは凄いんだって話である。

 さて、今の状況を軽く説明しよう。

 カナタたちがこのフォルトゥナの街に訪れて既に時間は夜となり、帝国の面々と顔合わせをした後の晩餐会が今行われていた。

 お互いに日々切磋琢磨している日々を過ごす学生であり、明日は模擬戦という形ではあれど互いに全力で戦うことになる相手でもある。


「帝国の方の知り合いは出来たのか?」

「ある程度はな。なあカナタ……」

「……みなまで言うな」


 ジッと見つめてくるロンの視線にカナタはため息を吐いた。

 こうして晩餐会という交流の場であるにも関わらず、カナタは一切誰とも絡みをする時間を持っていなかった。

 別に必要とも感じなかったし、何よりやはり場違い感が強いからだ。


「まあ今回のイベントが終わったら早々会うこともないだろうけどよ」

「だろ? それなら良いかなって」

「ま、うるさく言うつもりはないさ。普段からマリア王女や聖女様と仲良くしてるし毎日充実してるだろうからなぁ」

「お前なぁ……」


 ジトっとした目をカナタが向けると、ロンは悪い悪いと言ってトーマの元に歩いて行った。

 こうして再び一人になったカナタは近くのテーブルからパンを一つ手に取って噛り付く。


「……これ、肉と野菜と何がトッピングされてんだ? めっちゃ美味いんだが」


 王都で食べたことのない組み合わせに舌鼓を打っていたその時、聞き覚えの無い二つの声が近づいてきた。


「全く、はしゃぐのは分かるがもう少し緊張感というものを持ってほしいものだ」

「良いじゃんか。今回のはある意味お祭りみたいなものだし、あたしたちはあたしたちで楽しめば良いんだよん♪」


 そう言って彼らはカナタとは少し離れた位置に立った。


(……あ、確かこいつらってあの――)


 カナタは彼らのことを前情報である程度は知っていた。

 今回帝国の学院から相当な使い手が来るという話がされており、その二人に付いては特に模擬戦の時注意をするようにと教師から伝えられてもいた。


「アニス、お前は少し肩の力を抜きすぎだ」

「いやんいやん固いこと言わないでよぉフェス」


 二人の名はフェス・グラバルト、そしてアニス・グラバルトと言い帝国ではかなり有名な貴族の子息と令嬢らしく双子らしい。

 燃えるような赤い髪のフェスと凍えるような薄い青色の髪のアニス、顔立ちが結構似ているのもあってその髪の色も対照的な美しさを放っていた。


(全てを燃やし尽くす炎を操るフェス、全てを凍えさせる氷を操るアニス……これからの帝国を担うであろう最強の双子だっけか)


 なんでそんな連中を連れてきたんだとカナタはため息を吐くが、彼らがここに居るということは明日の模擬戦で戦うことになるのは確定したわけだ。


「……はぁ。こりゃ荒れそうだなぁ」

「荒れそうだこれは」

「荒れるねぇこれは」

「あん?」

「うん?」

「おほっ?」


 言葉が被ったことにカナタはついつい反応してしまったが、それはあちらも同じだったようだ。

 顔立ちの似たイケメンと美人の双子に見つめられたカナタはちょこんとお辞儀をするように頭を下げると、彼らも彼らでカナタに頭を下げた。

 こういった場にカナタが慣れていないというのはすぐに分かるだろうし、もしかしたら平民ということで煽られるとカナタは思ったがその心配は必要なかった。


「この晩餐会、君は楽しめていないのか?」

「え? いや、楽しめてないわけじゃないんだが……」

「そう? 随分と居心地悪そうな雰囲気を感じたけどなぁ? ねえねえ、あたしたちと外に行こうよ」

「え?」


 カナタは突然アニスに腕を取られ、そのまま外へと連れて行かれた。


「お、おい!」

「うっわぁ雨降ってんじゃん。凍っちゃえ凍っちゃえ」


 濡れるのもお構いなしかと思いきや、進む先の雨を全て凍らせることが体が濡れるのを回避する。

 しかし、ただ凍らせているだけではないことにカナタは気付いた。

 ただ雨を凍らせるだけなら氷になったものが地面に落ちるはず、それなのに氷は全て空中に停滞しているのだ――まるで時そのものが止まったかのように。


「これは一体……」

「にしし、あたしの力ならこれくらい朝飯前~♪」


 そしてこの女、何ともテンションの高い女だった。

 背丈に関してはカナタよりも僅かに低い程度だが、その体にくっ付いている柔らかなボリュームはマリアに匹敵するほどで……つまり、今カナタは初めて会った女の胸の感触を腕に感じているのである。


(……一体何が起こってんだ)


 おそらく、アニスの様子を見るに他意はないし何も考えてはいなさそうだ。

 単純にカナタという退屈にしていた他校の生徒を見つけたことで好奇心を刺激されたようにしか見えない。


「アニス、あまり彼を困らせるな」

「ぶぅぶぅ! フェスったら固すぎるよぉ」

「アニス」

「……ちぇ」


 ようやくカナタの腕は解放された。

 しかしこうして外に連れてこられたことは驚きだが、悪意がないのだから文句を言うほどでもない。

 俺は後から追いついてきたフェスの顔を見た時、あぁこれはもしかしてそういうタイプかなと思って話しかけた。


「もしかして結構苦労してるタイプ?」

「……分かってくれるか?」

「何となくな。我が強そうだし」

「そうなんだ! こいつは本当にいつもいつも俺を困らせるじゃじゃ馬なんだ!」

「ちょっとぉ! じゃじゃ馬は酷くない? 嫁入り前の可愛い女の子に向かってそれはないでしょ!」


 どうやらフェスはアニスのことで苦労しているようだ。


「……おっと、突然で申し訳なかったな。俺はフェス・グラバルト、そしてこっちはアニスだ」

「カナタだ。よろしく」

「よろしくカナタ」

「あたしの方もよろしくねぇカナタ!」


 勝手に連れてこられて勝手に名乗られたようなものだが、まさか帝国の人間で最初に話すことになるのが彼らのような有名な双子とはカナタも予想出来なかった。

 とはいえ、こうして実際に近くで彼らを見ると本当にオーラが違う。

 見た目が優れているのもそうだし纏う魔力の質も何となく、本当に何となくマリアやアルファナに近いものを感じさせた。


「カナタは平民なのかなぁ?」

「そうだぜ。だからちょっと驚いてる。こうして平民相手でも普通に接してくれることがさ」

「ふむ……まあ確かに帝国内でも身分の差別はあったが、内戦の終わりを経て徹底的に洗浄されたようなものだ。だから少なくとも現皇帝に忠誠を誓う我らにはそのような心配は無用だぞ?」

「へぇ……」


 それだけ今の皇帝が民たちに、中でも平民に寄り添った政策をしているということなのだろうか。

 それが気になっていたカナタだったが、突然フェスがどこか興奮した様子で口を開いた。


「ところでカナタ!」

「お、おう……」

「先ほど、マリア王女たちと挨拶をする機会はあったが流石に聞けなかったことがあるのだ。アニスは別に良いだろうと言った目を向けてはいたが、それでも公の場では流石にな……」

「……………」


 あれっと、カナタは彼から醸し出される空気にデジャブを感じた。


「カナタは当然王都から来たのだろう? 是非……是非ハイシン様についての話を聞かせてはくれまいか? グッズとか、グッズとかカナタは手に入れたのか!?」

「ちょ、ちょっと近い! 近いから!!」


 イケメンが崩れ、ただのファンの姿がそこにはあった。

 どうやら彼もハイシンに毒された被害者だったようで、カナタはファンの出現に嬉しさを感じつつも彼の威厳が崩れ去ったことに複雑な感情を抱く。


(……ここでもかぁ。まあ帝国でも有名になってるみたいだし……でもイケメンが崩れてんぜフェスよぉ)


「ちょっとフェスぅ、アンタの方がカナタを困らせてるじゃん……」

「……むぅ。それは失礼した。俺たちも当然のようにハイシン様のファンなのだがグッズを何一つ手に入れられていないのだ。だからグッズを手に入れたのであればどんな気持ちかを聞きたくてな」

「なるほどな……」


 あぁそうかとカナタは一つのことを思い出した。

 ハイシン様バッジに関しては王都での販売、そしてシャツに関しては王国と公国が主だったため、帝国にはあまり流れていないのである。


「……あ、そういや」


 シャツは流石に一つしかないのだが、バッジに関しては二つほど鞄に付けているのを思い出した。


「バッジが二つとシャツは一つだけどさ……欲しい?」


 カナタよ浅はかなり、その言葉にフェスもそうだが何よりアニスが一際大きく反応した。


「あるの!? くれるの!? もしくれたら明日裏で協力しよ? あたしたち以外全部薙ぎ倒そうよ!!」

「いやいやそれはダメだろ――」

「うむ。ハイシン様グッズに勝るモノなし、もちろん他にも何か渡すぞカナタ」

「……ダメだこりゃ」


 取り敢えず、ハイシンに関わると碌なことにならないのは今更だ。

 帝国で将来を約束され、その力が認められている双子もまたちょっと行き過ぎたリスナーだったのだ。

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