フォルトゥナの街へ

 どんなに大きな国も一枚岩ではない。

 それは先日内戦が起きた帝国を見れば一目瞭然であり、何を不満として争いを起こすかも全てを把握できるわけではないのだ。

 まあ今回の帝国の争いは現皇帝を疎ましく思っていた連中が企てたものであった。


『現皇帝を排し、古き伝統である貴族の支配を取り戻す』


 これも良くある話だ。

 今の帝国の皇帝はとある存在の影響を色濃く受けており、その存在が口にした政策を大々的に行い成功を納めている。

 皇帝が一体誰の影響を受けているのかは定かではないものの、その政策が民に受け入れられ同時に部下たちにもより良い国の運営をしていく上で大切になりそうだからと支持をされたのだ。


『確かに余も最初は夢物語だと思っていたが、彼が口にする政策こそ実際に再現してこそだと実感した。良いか、貴族としての誇りを持つことは構わん。だが無用なプライドは捨てるがいい』


 貴族としての誇り、平民の上に立つべき意識を無用なプライドだと断じられれば内戦を引き起こした彼らの中で燻る何かがあったのは間違いない。

 結局彼らの引き起こした内戦はすぐに鎮圧されたことで、帝国内に燻っていた不安分子はほぼほぼ排除されたと見て良いだろう。


『……いったい何者なのだ……ここまであの皇帝を動かすハイシンとは!』


 罪によっては極刑にされる者も居る中、牢獄に囚われ続ける者も居る。

 幽閉に近い扱いを受ける罪人たる彼らの中でも、ハイシンの言葉によって皇帝が突如本腰を入れたことも分かっていた。

 帝国の中でもハイシンという名前は有名だったが、プライドの高い彼らはハイシンの名をタブーとしており進んで彼の配信を聴いたりはしなかったのだ。


『全てはハイシンのせいだ……奴のせいだ』


 そう呟き、断頭台で首を刎ねられた首謀者の男は何を思って死んだのか……それはもはや誰にも分からないことであり、ましてや名前を呟かれたハイシンからすれば迷惑以外の何者でもない。


 さて、そんな風にあまりにも早く幕を下ろした帝国での内戦。

 この出来事は帝国という国が抱える不安定さを浮き彫りにしたのではなく、ハイシンの声さえあればすぐに皇帝が動いて迅速に敵を潰すことが出来るのだと知らしめた出来事となるのだった。


『これでハイシンは気にすることなく我が国に来れるだろう。もしも告知をしてもらえたならば盛大に迎えてやらんとな! うん? どうしてそんなに一生懸命なのかって? 決まっておろうがたわけ! ……王国と公国だけズルい!』


 帝国を統べる現皇帝は少々特殊な立場に居るが、もはやそれは帝国内では特に気にされていることでもない。


『待っておるぞハイシン……余をそなたは夢中にさせたのだ。余は早く、そなたに会いたいぞ。そして色々と話をしてみたいものだな』


 皇帝はハイシンとの出会いを望む。

 しかしながら、きっとカナタは……ハイシンは皇帝に会うことは望まないし出会う機会があったとしても決して名乗ることはないだろう。

 何故なら面倒ごとの匂いがプンプンするから、そしてカナタが絶対に望まないことが分かるからだ。


『くふ……くふふふふふっ!!』


 皇帝にとっては知らない方が良いだろう。

 おそらく、いや確実に知ったら泣いちゃうだろうから。




 っと、そんな風に帝国の方で一つの問題が解決してしばらくした頃のことだ。

 ついに兼ねてより予定されていた魔法団体模擬戦の前日になり、出場することになったカナタたちは王国と帝国の境目にあるフォルトゥナという街にやってきていた。

 わざわざ王国か帝国のどちらかで開催するというわけではなく、ちょうど真ん中に置かれている近郊都市ということで開催地はここになったわけだ。


「ここには初めて来たなぁ」

「私は久しぶりだわ。随分と様変わりしたみたいだけど」

「私も久しぶりですね。あ、あの建物は変わってないようです」


 朝早くからワイバーンの力を借りて空の旅を満喫しての移動だったが、飛び立ってから降り立つまでほぼカナタは夢の世界に居た。

 それだけふんわりと揺れる感覚が心地良かったのと、意識せずに抱きしめて眠っていたアルファナの感触が気持ち良かったせいだ。


「それにしても……うふふ♪ 本当に幸せな瞬間でした♪」

「……ズルいわよアルファナ」

「……………」


 おそらくアルファナが思い出したのはさっきまでのことで、マリアはそんなアルファナの言葉に嫉妬したのだろう。

 何があったのかを簡単に説明するとカナタの隣に座ったのはアルファナで正面がマリアだったのだが、さっきも言ったが無意識にカナタは隣のアルファナを抱き寄せるようにして眠ったのだ。


『……あれ、俺どうして――』

『カナタ様ぁ♪』

『むぅ!!』


 右手でアルファナを抱き寄せ、何の偶然か彼女の胸を優しく握りしめる形で眠っており、そんな風に二人が寄り添っていれば正面から見つめることしか出来ないマリアが嫉妬するのも仕方のないことだ。


「この子ったら抱き寄せられた瞬間すぐに雌の顔になったのよ? 聖女アルファナ様が浮かべちゃいけないような鼻の穴をこれでもかと広げて興奮してそれはもう凄い顔だったんだから!」

「そ、そんなはしたない顔はしていません!」

「いいやしてたわ私は見たもん!」

「してません! というかあなたが同じ立場だったらしてたでしょ!?」

「したわよ文句あるの!?」


 頼むから静かにしてくれとカナタが頭を抱えたのは言うまでもない。

 その後、二人のやり取りを面白おかしく見守っていた教師がようやく声を掛けてきたことで泊まる予定の宿に赴いた。

 今回カナタたちの学院からやってきた生徒数はおよそ三十人ほどで、それぞれに個室が与えられるという好待遇だ。


「にしても当然だけど平民が一人も居ないのはなぁ……結局、アルファナがあんな風に言ってくれたけど他のクラスには関係のないモノだしな」


 実際、来る途中で二人がカナタの傍に座った時も物凄い憎しみの籠ったような視線を向けられたので困ったものだった。


「……はぁ。人気者は辛いぜ」


 実際に人気者なのだから仕方ない。

 夜にはフォルトゥナを治めている市長が所有する迎賓館で帝国からやってきた面々との顔合わせと食事会があるがそれまでは自由にしていいとのことだ。


「さてと、取り敢えず自由ってことになったが……ミラ」

「はい」


 サッと音もなくミラが現れた。

 基本的に遠出をする時にミラが付いてきていることは理解していたが、それは今回も同様だったらしい。

 彼女は決してカナタに迷惑を掛けるつもりはなく、ただただ守りたい一心で付いてきているに過ぎないのだ。


「一応聞くけど、この部屋にお前は居るのか?」

「そうですね。もしもあれなら他に宿を取りますが……」


 カナタがそうしろと言えばそうするつもりみたいだが、どこか寂しそうに言われてしまうとカナタとしても強く言うことが出来ない。


「……ま、夜は暇だし居てもらっていいぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 満面の笑みを浮かべてミラは頷くのだった。

 とはいえこうしてミラが居るのはカナタとしても心強く、何より離れてはいてもマリアやアルファナの安全がある程度は保証されていると言っても過言ではない。

 まあ教師たちも居るし警備もバッチリなので滅多なことはないだろうが、それでもカラスという名で伝説を作り上げたミラの存在はかなり大きい。


「カナタ様、今回の模擬戦頑張ってくださいね!」

「おう。まあ俺なりに頑張るわ」


 今回の模擬戦についてだが、帝国の面々の中にはかなりの実力者が今回やってくるとのことだ。

 実力に関してはマリアと同じか、或いはそれ以上かもしれないと噂されているらしく少しばかり不安だがどうにかなるだろうと考えるしかない。

 これから自由だしどうするかと考えていると、コンコンと扉がノックされた。


「カナタ君、入っても良い?」


 マリアの声だったが、おそらくはアルファナも傍に居るのだろう。


「入ってくれ」


 そう伝えるとマリアとアルファナが中に入ってきた。


「あ、ミラさんも来てたんですね」

「ふふ、カナタ君の護衛かしら?」

「はい! もちろんお二人のこともお守りいたしますよ!」


 ミラの輝くような笑顔にマリアとアルファナも心強そうだ。

 カナタはそんな彼女たちの様子を見て一言呟いた。


「……俺も大概だけどマリアとアルファナも気にしてねえじゃん」


 もはやミラはその場に居ることこそが当たり前かのような反応に、カナタは少しばかり戦慄するのだった。

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