アルファナの怒り

「それではカナタ君、君も一員として頑張ってほしい」

「……了解っす」


 少しばかり気の進まなそうな声を出しながらもカナタは頷いた。

 今カナタが居る場所は教師たちが集まる職員室になるわけだが、こうして彼が呼び出されたのはある決定が下されたためだ。


「ある程度予想はしてたけど選ばれちまったかぁ」


 帝国の学院との間で行われる魔法団体模擬戦に選抜されたのだ。

 何十人と選抜されたメンバーの中にはマリアとアルファナも居るものの、それ以外は全て貴族生徒で構成されている。

 普通であれば特にカナタが何かを思うことはないが、カナタ以外に平民が一人も居ないというのが悩みの種だった。


「……はぁ」


 悩んでも仕方ないし心強い味方だって居る、それでもこれ以上ヘイトを溜めるというのがカナタは嫌だった。


「いや、悩んでも仕方ねえ。今更こんなことで悩むようなもんじゃねえしな」


 既にこれ以上のことで悩んでいるのだから今更だとカナタは笑った。

 カナタの前世で流行っていた目立つことが嫌いな主人公みたいな流れになってきたことにため息を吐きつつ、それでも年頃の少年心としては目立ちたい気持ちもないわけでないのでどちらかといえば前向きだ。


「ただいまっと」


 トーマやロンのような新しく友人になった者たちと違い、相変わらずカナタのクラスで親しい友人は出来ていない。

 なので同じSクラスに所属する貴族生徒と平民生徒それぞれから嫉妬を絡めた視線が向けられた。


(もう知られてんのか。まあ時期的に教師に呼び出されたらそうなるわな)


 選抜された貴族はともかく、選ばれていない貴族を出し抜く形なのでそちらからは今にも魔法が飛んできそうなほどの憎悪を感じる。

 耳を澄ませれば呪いの言葉が聞こえてきそうな現状、そんな中で大きな声を出したのがアルファナだった。


「そちらの方たち、何故そのような目を向けるのですか?」

「……え?」

「俺たち?」


 アルファナに指摘された彼らは目を点にした。

 カナタとしては少し気にはなっても何かを言うつもりはなかったため、アルファナが声を上げたのは予想できたことだが驚いた。


「カナタ様が選抜されたことは彼の実力があってこそでしょう。この学院の先生方は決して気に入っているからとか、コネがあるからといって贔屓をするような方たちではなく、その生徒の持つ能力をしっかりと見極めた上で評価を下しています」

「っ……」

「ですけどならどうして俺たちが……!」


 その貴族生徒は分かっているような言い方ではあるが、その疑問の持ち方がそもそも違うことに気付いていない。

 どこまで行っても彼ら貴族生徒の中には平民のカナタよりも優れているはずというプライドがどうしても抜けない、だからこそ自分たちの方が優れているのに何故選ばれないんだと考えてしまう。


「どうして俺たちが……ですか」


 そこまで呟いてアルファナはため息を吐いた。

 彼女の周りに居る女子生徒たちさえも少し距離を取ってしまうほど、今のアルファナが纏う空気は冷たかった。

 これ以上何かを地雷を踏み抜く言葉を口にした時、アルファナは間違いなく爆発してしまう……そうカナタは思っていたが、彼らは期待を裏切らなかった。


「そもそもおかしいでしょう! 何故下賤な平民が我ら貴族よりも評価されるのですか! 彼らは我らと違って選ばれた存在ではなく、どこまで行っても足を引っ張るだけの貧乏人でしか――」


 彼が口に出来たのはそこまでだった。


「黙りなさい」


 静かではあったが、全ての人の動きを縫い留める魔力を備えたようなそんな声がアルファナから放たれたからだ。


(あんなアルファナ初めて見たな)


 静かに怒りを露にするアルファナをカナタは初めて見た。

 今までカナタが見てきた彼女の姿は優しい笑顔ばかり、マリアと張り合って浮かべる表情などは可愛らしく、決して怒ったりした顔は見たことがない。

 そんなアルファナが静かに怒っているのはおそらくカナタだけを思ってのものではなく、今の心無い言葉が平民全てに向けられたことに対する怒りだ。


「それ以上平民の方々を侮辱する言葉を口にしてみなさい。私はあなたたちのことを心から軽蔑します」

「っ……あ」

「そ、それは……」


 アルファナの圧ももちろんだが、一番聖女である彼女に嫌われてしまうことを彼らは恐れていた。

 先ほどまで二人のようにカナタに対して憎悪混じりの視線を向けていた者たちはサッと下を向いて我関せずを貫いている。

 それでも無視をしているわけではなくアルファナの言葉は聞いているようだ。


「貴族と平民である前に同じ人間であることは変わらない、それなのに身分という一つの違いだけでそこまで酷い言葉を口にできるあなたたちを私は理解できません」

「……………」

「……………」


 彼らにはもう言い返す気はないらしい。

 アルファナはそれでもまだ言いたいことがあるのか、一歩ずつゆっくりと彼らの元へ歩いて行く。

 アルファナが近づいてくるほどにビクッと肩を震わせる彼らの姿は少し気の毒にもカナタは思ったが、それでも今のアルファナはカナタでさえ止めることは出来そうになかったのだ。


「一つ、あなた方にお聞きします」


 貴族生徒たちに近づいたアルファナは先ほどよりも若干優しい声音で言葉を続けた。


「国とはどうやって成立すると思っていますか?」


 その質問に対し、彼らは互いに顔を見合わせながら恐る恐る答えた。


「その国を治める王が居るから……そう思います」

「土地があれば国として成立する……のではないですか?」


 その言葉にアルファナは頷いたがどうも求めていた言葉ではないらしい。

 アルファナはそれも間違ってはいないと前置きをした上で、カナタを含め他の平民生徒たちに目を向けながらアルファナは言葉を続けた。


「王が居るから、それも間違いではないですね。ただの言葉遊びですけれど、国とはそこに生きる多くの人々が居るから成り立つのだと思っています。王だけが居ても土地だけがあっても国としては成立せず、その場所で手を取り合って生きている人たちが居るからこそ、国は国としての形を取れるものだと」


 アルファナが伝えたいのは手を取り合って生きているの部分だろうか、平民も貴族も関係なくそこに生きる人々が手を取り合ってこそ誰もが望むような国としての在り方がそこにはある、そう言いたいのではとカナタは考えた。


「あなた方は貴族だけが居れば国として成り立つと思っていますか?」


 アルファナは指を一つずつ立てながら更に言葉を続けていく。


「全てが全てそうだというわけではありませんが、貴族の元に入るお金は平民の方々が治める税も多くあります。彼らが汗水を流しながら必死に育てた作物なども私たちは食べています」


 それはそうだと多くの生徒が頷いた。


「貴族は確かに平民の上に立つ存在かもしれませんが、それは彼らを下に見ていいわけでも罵っていいわけでもない。貴族とは平民である多くの方たちの支えがあってこそ成り立っている、だからこそ上に立つ貴族は本来そうした立場の平民を守らなければいけないのです」


 平民もただ毎日生きるために働いているわけではなく、貴族たちの生活を支えるために多くの物を差し出しているのは確かだ。

 カナタはこの世界に確定申告のようなものは存在しないと喜んでいたが、それは面倒な手続きがないだけでちゃんと支払うべき税は払っている。


「……とはいえ昔からの凝り固まった考えを改めろというのは難しいでしょうし、私がこれ以上言ったところで更なる反感を抱かれることもあるかと思います。ですが覚えておいてください。貴族もそうですし、聖女の立場でもある私がずっと不自由なく過ごせてこれたのは平民の方々の支えがあるということを」


 伝えたい言葉を言い終えたのかアルファナは席に戻った。

 流石にこの空気の中でまだカナタに対して嫌な視線を向ける者は居なかったが、今の言葉が平民に対しても希望のある言葉だったのは言うまでもない。

 今の言葉が影響したのかどうかは分からないが、カナタの傍の席に座っていた平民生徒が小さく呟いた。


「カナタ……」

「……うん?」

「選抜おめでとう。頑張って」

「……おう」


 彼は以前にカナタの言葉を無視した生徒ではあったが、もしかしたらアルファナの言葉にどこか思うことがあったのかもしれない。

 本来ならこういうことは大人が率先して子供に教えなければならないことだが、逆に同年代の聖女だからこそ響く言葉というのはあるのだろう。


 今回の出来事は間違いなく生徒たちの心にアルファナの言葉が刻まれた瞬間だ。

 カナタにとっても僅かではあるがプラスに動く事態となったが……まあ世の中そう上手く行くことはない。

 これより数日後、帝国の中で恐れていた内戦が勃発したのだ。

 これでは団体模擬戦どころではないとして、中止も危ぶまれたがカナタがハイシンとして口にした言葉が全てを変えた。


『内戦っていうか、戦争は人が傷つくだけだ。だから俺は早く良い方向に収まってくれることを祈るよ。そうしたら安心して帝国に旅行出来るからなぁ』


 その言葉に皇帝が本気を出し、あっさりと内戦は終結した。

 おかしい、世の中が上手く行った。


『これでハイシンは来てくれるのだな! あっはっはっはっは!』


 やっぱりね、この世界おかしいよ。

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