カナタなりに気持ちに応えたい

 ガルラとルシアの二人と出会ってから数日後、学院では団体模擬戦に向けての時間が取られ始めた。


「ライトニング!!」


 カナタの手から放たれた高電圧の魔法が貴族生徒の障壁を貫いた。

 三人がかりで生成した魔法障壁、それが全く機能しないことに貴族生徒は驚きを露にしながらも、平民のカナタにそれをされたことに怒りを露にした。


「この平民風情が!! 生意気なことをするなああああああああ!!」

「いや、じゃあどうしろってんだよ。何もせずにやられろってか?」

「黙れええええええええええ!!」


 悪役というよりは三下のような叫び声を上げてカナタがまだ習っていない中級魔法を発動する貴族生徒たち、その魔法はカナタに真っ直ぐに飛んだが当然のように彼に直撃することはない。


「させるかよ!」

「俺たちを忘れんじゃねえ!」


 二人の生徒がカナタの前に立ち、先ほどの障壁よりも強固な壁が現れた。

 彼らの魔法を受け止めた障壁は僅かに罅を入れる程度まで傷ついたものの、彼らの魔法はしっかりと止められた。


「助かったぜ。トーマにロン」

「おうよ!」

「任せろよな!」


 カナタに笑顔で答えた貴族生徒、それぞれ名前はトーマとロンというのだが彼らはカナタと共に公国に向かった男子たちである。

 あの時共に過ごし、そして一緒の部屋で友情を温め合った仲だからこそこうして彼らはカナタを守ってくれていた。


(流石マリアが選んだってわけか。性格イケメン過ぎるだろ)


 思えばカナタにとってこうして貴族生徒が助けてくれたのは初めてだ。

 いよいよ来月に控えた団体模擬戦に向けての練習、その中で組む相手が居なかったカナタに声を掛けてくれたのが彼らだった。

 それからもカナタはトーマとロンの二人と協力し、三対三の模擬戦を圧勝する形で相手を倒した。


「ふぅ、お疲れ様二人とも」


 そうカナタが声を掛けると二人はおうっと笑った。


「任せてくれよ」

「同じ部屋で寝た仲間だしな!」


 そうだなとカナタも笑みを零すのだった。

 しかし、本来の団体模擬戦はこれよりも大人数で戦うことになるため、戦闘はもっと激しくなることは容易に想像できる。

 本番でもしもカナタを相手をした貴族生徒たちも選ばれたとなれば、肩を並べて戦わなければならないというのに上手く行くか心底不安である。


「二人は本当に俺が平民だとしても見る目を変えないよな」

「普通だろ? 平民も貴族も変わらない人間なんだし、ただ産まれた環境が違ってただけの話だ」

「そうそう、だから別に貴族だからこそ平民より優れてるとかはないさ。まあ生活面に関しては変わるだろうけど」


 それは確かにとカナタは頷いた。

 貴族と平民では蓄えている財の差は火を見るより明らかであり、絶対に平民の方が苦労するし貴族の子息ともなれば将来は安泰だろうし、どう考えても産まれから将来まで安心出来るだろう。

 だが結局はそこまでで、お互いの立場をどう生かしどのように成長するかはその人次第ということだ。


「俺たちもなんであいつらがそこまで頭が固いか分からんけどな」

「まあああいう奴らの場合の主な理由は親にある。だからカナタ、俺たちが言うのもなんだがあまり悪く思わないでほしいんだ」

「分かってるさ。特に何とも思っちゃいねえよ……つうか、あいつらが俺のことを気に入らないのはだろうけどな」


 その言葉にトーマとロンは苦笑した。

 トーマとロンが視線を向けた先にカナタも目を向けると、そちらでは女子たちが模擬戦を行っている。


「どうにか防御は固めます! お二人とも頼みます!」


 その声を合図に二人の女子――マリアとアルファナが動いた。

 飛び交う多くの属性魔法を遮断する結界からマリアが剣を持って飛び出し、身体を強化する魔法を操りながら敵陣へと切り込んだ。


「やああああああああああっ!!」


 雄叫びを上げながら障壁で対処できない魔法を剣で斬るという荒業を披露するマリアと、そんなマリアを援護するようにアルファナも魔法を発動した。


「コキュートス」


 静かに呟かれたそれは氷属性の魔法、中級以上の魔法であることは一目瞭然で成す術なく相手を凍てつかせていく。

 そして氷の牢獄に囚われた三人の元にマリアが降り立ち、相手に向けて剣を突き付けることで勝敗は決した。


「見事な手際だなぁ」

「コキュートスって確か上級魔法……」

「俺たちが習うのは来年だよな。聖女様すっげえわ」


 王女であるマリアと聖女であるアルファナも今は生徒という立場なので、彼女たちが立場上選ばれないという特別はないとのことで必ず選抜されることは予想できる。

 魔法に関して非の打ちどころがないアルファナと、剣技だけでなくアルファナに次ぐ魔法の腕を持つオールラウンダーなマリアの組み合わせは最強と言っても良い。


「お、こっち来るぞ」

「それじゃあ俺たちは離れるわ」

「……あぁ」


 自分たちの出番が終わって休憩時間となれば二人がカナタの元に近づいてくるのは当然だ。

 さて、そうなってくるとさっきの貴族生徒たちの睨みが強くなった。

 先ほど彼らに睨まれる理由について話したが、やはり一番大きな理由は彼女たちにカナタが気に入られていることに他ならない。


「お疲れ様カナタ君」

「お疲れ様ですカナタ様」

「あぁ。二人ともお疲れ」


 二人の綺麗な微笑みにカナタも頬が緩んだ。

 笑顔で言葉を交わすことで更にキツくなる彼らの視線、とはいえこうして彼女たちと話をするのは今となっては見慣れた光景と言える。

 なので実を言うと彼女たちがカナタを気に入っていることだけが理由ではなく、カナタの接し方にも理由があった。


「二人とも流石だったな。途中から見たけど見事な連携だった。

「ありがとう」

「ありがとうございます」


 カナタがそう言うと二人は嬉しそうにした。

 彼女たちもカナタ同様に後は他の生徒たちを見守ることにしたのか、どこかに行くつもりはなさそうだ。

 隣に来たマリアとアルファナ、特にアルファナはチラチラとカナタの手に視線を向けてきており、それは当然カナタも気付いている。


「手、握るか?」

「あ……はい!」


 カナタはギュッとアルファナの手を握った。

 そう、先ほど言ったカナタの接し方というのはこれだった。


「……カナタ君、ちょっと変わった?」

「何がだ? まあでもちょっとだけ心境の変化はあったかな」


 マリアとアルファナが喜びそうなことを積極的にするようになったのだ。

 そもそもこの変化はガルラとルシアとの会話で得たものであり、想いを伝えてくれた彼女たちへの返事を保留にするのは仕方ないとしても、その真っ直ぐに向けてくれる想いを蔑ろにするのはどうかと考えた結果、カナタはとにかく形だけでも彼女たちに応えることにしたのだ。


(……まだ明確な答えは出せねえけど、それでもすぐに答えは見つける。だからもう少しだけ待っててくれ)


 そう心の中で呟きながら、カナタはアルファナの手を強く握った。

 心から嬉しそうにするアルファナと、それを羨ましそうに見つめるマリアのことにも当然気付いており、カナタは苦笑しながらマリアの肩に手を置いた。

 何も言わず察した様子のカナタにマリアはやっぱり変わったなと思いつつ、そのさり気ないボディタッチが嬉しかった。


「……ちっ」

「なんなんだよあいつ……」

「底辺の平民風情が……」


 まあ色々な目を向けられるとは言っても、カナタのように美女二人を独占するような姿を見て嫉妬するのもある意味正しい反応ではある。

 以前にイスラによってお灸をすえられた者たちとは別だが、彼らに関しても変に暴走して折檻を受けなければ良いのだが……どうもそうはならなそうだ。

 カナタに嫉妬の視線を送り続ける彼らの足元に、ひゅんっと何かが突き刺さった。


「……え?」

「な、なんだ!?」


 それは暗器と呼ばれるもので一般的には暗殺に用いられるアイテムだ。

 特別製なのか彼らの視線に入った瞬間に消えてしまったが、一歩間違えて頭にでも突き刺さっていたら間違いなく即死だったのは言うまでもない。

 証拠も残らないその技に得体の知れない寒気を感じるように、彼らはその後肩を震わせていたとかどうとか。


「今日もお昼を一緒に食べたかったけど、生憎と用事があるのよね」

「分かりました。でしたら私とカナタ様で楽しみますね♪」

「……ぐぬぬ……っ」


 悔しそうにするマリアを見てカナタは苦笑し、また明日は一緒に食べようと口にするともちろんとマリアは笑顔を浮かべた。


「アルファナ、昼休みに膝枕とかお願いして良いか?」

「もちろんです! 是非私に甘えてくださいねカナタ様!」

「あ~ボイコットしようかしら良いわよね別に。たかが外交の一環だし」


 それはダメだろと二人のツッコミが入ったのはすぐだった。

 このようにしてカナタもカナタなりに悩みながら二人のことを大切にしているが、彼が答えを出すのは意外と早かったりするのだがはてさて。

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