自分に自信を持てカナタ

「……ふぅ、贅沢な悩みだぜ」


 ベッドの上でボーっとしながらカナタはそう呟いた。

 マリアから気持ちを伝えられて数日が経ったものの、こうして彼が悩んでいるのには当然理由があった。


『カナタ君、一緒に過ごしましょう?』

『カナタ様、一緒に過ごしませんか?』


 そこまで目立つように声を掛けてくるわけではない、それでもタイミングを見計らって二人が揃ってカナタに声を掛けるのだ。

 まあそれ自体は今までと何も変わりはしないものの、二人から気持ちを伝えられた以上その真っ直ぐな愛情表現にカナタはたじたじだ。


「俺がやってること……最低なんだろうな」


 二人の気持ちを知りながらなあなあにしてしまっていることにカナタは罪悪感を感じている。

 そもそもそんな気持ちを持つ必要はない、そう二人から言われているにも関わらずやはりカナタは迷ってしまうのだ。


「俺には前世の記憶がある。そもそも、既にこの世界で生きている以上それを気にする必要なんて一切ないんだがな」


 前世の記憶があるからこそ、一夫多妻という形に馴染みがない。

 マリアもアルファナもカナタにとっては素晴らしい女性なのは疑いようもなく、そんな二人に色々と助けてもらって惹かれているのも確かだ。


「マリアとアルファナ二人を……か」


 カナタは一度、自身が抱える悩みの一切を頭から取り出すことにした。

 ただただ気持ちの向くままに二人を恋人にして気ままに過ごす日々を想像し、そして一人悶えるように体を震わせた。


「あんな美少女二人とイチャイチャする日々……想像するだけで罪深いぜ」


 リアルハーレム、それは現実味がないものだが異世界だからこそ良いじゃないかと囁く自分が居るのも確かだ。


「いやいや、ハーレムとかじゃなくて一人を選ぶのが普通だろそこは……」


 浅ましい……どちらも魅力的だからこそ、どちらもカナタの好みだからこそ……どちらもカナタにとって大切だからこそ選べない。

 自分の優柔不断さが嫌になるが、やはりこれまでも顧みてもマリアとアルファナがカナタに与えた影響は大きく、そして彼女たちの優しさに触れてカナタが惹かれることにも納得が出来る。


「……はぁ」


 十七歳になったばかりのカナタにとって、二人の女性からの求愛は贅沢な悩みでもありこれからのことを左右する重大な部分でもある。

 悩めよ若人、正にカナタは今そのような状態だった。

 その後、ベッドの上でジッとしているのもどうかと思いいつものように街中に繰り出した。


「……よしっと、取り敢えずブラブラするかぁ」


 そんな風にして気分転換をしているつもりだった。


「……んで、なんでアンタたちが居るんだよ」


 一人で王都の街中を歩いていたはずのカナタだったが、どうして今彼の傍には二人の人物が居た。


「まあ良いじゃねえかよカナタ」


 魔族でありバードマンのガルラ、そして。


「会いたかったからさ。まさかこいつと一緒とは思わなかったがね」


 同じく魔族でサキュバスのルシアだった。

 ガルラと出会うのは魔界に行った時、そしてルシアと出会うのはミントとユアの件があった時以来である。

 二人とも魔族特有の翼と角などは魔法で隠しているらしく、こうしているとただの大男とエッチすぎる女にしか見えなかった。


「相変わらずこの王都は賑やかで平和だねぇ。魔界も最近じゃこんな感じだがやっぱり平和が一番だ」

「よく言うね。魔界の中でも武闘派、血の気の多いお前が」

「昔のことを言うんじゃねえよ」


 ガルラとルシアは互いに憎まれ口を叩き合いながらも良いコンビなのはカナタにも良く分かっている。

 お互いに恋愛感情の一切はないようだがしっかりと仲間として接し、同時に対等の存在として尊重し合っているようだ。


「シュロウザは?」

「ミントのところでガキと遊んでる」

「へぇ?」

「カナタ君の子だからと言って大変気に入っているよ」

「……そうか」


 厳密にはカナタの子供というわけではない、それはもちろん全員が理解していることだがどうもシュロウザはユアのことをかなり気に入っているらしい。

 ユアがカナタに会いたいと言っている、そうルシアに言われ今度会いに行こうと約束を交わした。


「それで? 何か悩んでいたようだが?」

「私も気になっていた。良ければ話してくれないかい?」


 どうやらカナタが悩んでいたことに彼らは気付いていたようだ。

 カナタは少し迷ったものの、それとなく聞いてみることにした。


「……複数の女性と関係を持つ男ってどうなんだろうって思ってたんだよ。最低というかあり得ないだろって気持ちが強くてさ」


 そうカナタが口にするとガルラは面白そうに笑い、ルシアに至ってはカッと目を見開いてカナタを見つめてきた。

 全く異なる二人の姿にカナタは戸惑いつつ、やはり変な質問だったよなと考えいきなりごめんと口にした。


「謝る必要はねえよ。何となく分かるからよ」


 ガルラはそう言ってカナタの肩に腕を回した。

 逞しい腕に抱かれて感じるのは大きな兄貴感、ガルラ自身の大きさもさることながら安心感はとてつもない。


「別に良いとは思うがな。複数の女性と関係を持つ、カナタの言い方だと体だけの関係ってわけじゃなくて所謂恋人とかそういうもんだろ? 複数の女を幸せにできるって考えれば良いんじゃねえか?」

「……そうなのか?」

「少なくとも俺はそう思う。そもそも、相手が一人にせよ二人にせよそれ以上にせよ気持ちを向けてくれるってことはそれだけ良い男の証だ。自信を持てよカナタ」

「……俺じゃねえって」

「くくっ、そういうことにしといてやる」


 ガシガシと頭を撫でられ、カナタは止めろよと言ったが決して手を払うことはしなかった。


「……ガルラは兄貴みたいな奴だな。ま、俺に兄弟が居たことはねえけど」

「カナタが俺の弟? そいつは何とも退屈しなさそうじゃねえか」


 そうしてお互いに笑い合った。

 さて、こんな風にカナタとガルラが話し込んでいると仲間外れを食らったルシアは不満そうに唇を尖らせていた。

 ガルラに対して歯にモノ着せぬ言い方の多いルシアではあるものの、彼女もまたカナタとガルラの雰囲気が良すぎて悔しいと思いながらも声を掛けられなかったようだった。


「そろそろ良いだろうガルラ。私にカナタ君を貸すんだ」


 そしてギュッとルシアに抱き寄せられた。

 相変わらずの甘い香りと柔らかな弾力、それは女性であれば誰でも感じるもののはずなのにサキュバスだからか脳をクラクラとさせる魅力が備わっている。


「さっきの話の続きというわけではないけれど、カナタ君はもっと自分に自信を持った方が良い。君は確かにハイシンとして多くの人々を虜にし、この世界に一世を風靡した存在ではあるが、君はハイシンである前にカナタ君なんだから」


 さっきのガルラとは違い、優しく愛おしいものを撫でる手つきでルシアに触れられている。

 男性に心強さを感じるのであれば、女性に感じるのは包容力だろうか。


「君は自分が思っている以上に多くの者に変化を与えている。魔王様もそうだし私もガルラだってそう、そして君が関わってきた全ての人たちは言わずもがなだ」

「……そう、だな」

「だから……これからはもっと大変かもしれないぞカナタ君」

「え?」


 その大変はどういう意味か、それは今ルシアは口にしなかった。

 とはいえ何となく嫌な予感というか、大変になりそうな何かをカナタが感じ取ったのは間違いない。


「なあカナタ、いっそのこと数日で良いからルシアのとこで過ごせばどうだ?」

「ルシアのとこ?」

「サキュバスの溜まり場だが、ある意味今感じている悩みなんか吹っ飛ぶぞ?」


 ガルラの言葉に首を傾げているとルシアも頷いた。


「そうだね。朝から晩まで私を含めてサキュバスが何十人と傍に居る。下半身が渇くことはないし、ずっと気持ちの良い時間が続くんだ」

「それは……ちょっと怖いって」


 口にしたようにちょっと怖かった。

 だがおそらくガルラが言ったのはサキュバスの溜まり場に放り込まれることで嫌でも複数のサキュバスと関係を持つことで、今の悩みがとても小さなものであり同時に簡単に投げ捨てられる悩みだということを体に叩きこむ荒療治だ。


「まあ、私もそれは反対だけどね。どこまで行っても君の気持ちが一番だ」

「ルシア……」

「本音は?」

「同じファンと言えど他のサキュバスが手を出すことは許さん、手を出すなら私だけだ」

「……………」


 やはりサキュバス、欲望に忠実だった。

 それから少しばかり二人と会話を楽しみ、魔界に帰る彼らを見送ってカナタも寮に戻った。

 まだまだ悩みは尽きないが、それでも自分に自信を持てという二人の言葉はカナタの心に強く刻まれるのだった。

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