二人でタッグを組めば無敵でしょ

「アルファナ、入るわね」

「えぇ。どうぞ」


 カナタと共に思い出の湖に出掛けたその日の夜、マリアはアルファナの部屋に訪れた。

 一緒に夕飯を食べた時にちょっと話があるからと約束をしていた。

 その内容はもちろんカナタとのこと、そして改めてアルファナと話をしたかったためだ。


「私ね、カナタ君に告白したわ」


 その真っ直ぐな言葉にアルファナは一切動揺することなく、しっかりとマリアの目を見つめ返した。


「もしかしたら色々と私の行動が刺激になりましたか?」

「そうね。負けられない、私もカナタ君に想いを伝えたいってなったわ」

「なるほど、もう少しリードを保てると思ったのですが」


 クスクスと笑うアルファナにマリアも表情を崩し、ベッドに腰かける彼女の隣にマリアは腰を下ろした。

 二人とも寝巻ということでリラックスした姿だが、王女と聖女がこうして並んでいるだけでも芸術的なまでの美しい光景だ。

 きっとカナタが見たら目の保養だと満足した表情を浮かべるに違いない。


「……ねえアルファナ」

「何ですか?」

「恋をするっていいわね」

「そうですね」

「心が温かくなって……とても幸せな気持ちになるの」

「分かりますよ。本当に満たされて、でも足りないと我儘にもなります」


 うんうんとマリアは頷いた。

 カナタと湖で触れ合っていた時、アルファナとキスをしたという事実に僅かな嫉妬と羨ましさを抱いた。

 マリアの願いに応えてくれたカナタとキスを交わしたのだが、その時に胸に到来した幸福は計り知れない……そして更に言えば、もっとこの先をカナタと経験したいとさえ願ったのだ。


「王女として幼い頃から教育されてきたけど、その全てを放り出してでも傍に居たいと思わせられたんだもの。恋って怖いわ」

「私も同じです。カナタ様がこれ以上の発展に足踏みをしてしまう聖女という肩書を邪魔だと思うことがありますし」


 ずっと聖女として国の為に尽くしてきたアルファナをここまで言わせるのだからやはり恋というものは恐ろしい。

 ハイシンに対してとてつもない気持ちを抱いていたが、カナタと関わることでそれは重たい愛へと昇華し今のような彼女を作りだした。

 それはマリアだけでなくアルファナも同様で、重たい愛とはいっても決してカナタを困らせるつもりはなく、どこまでもカナタの為に尽くしたいと願っている。


「私の時もそうでしたけど、カナタ様は悩んでいたでしょう?」

「そうね。だからあまり気にせずに接してほしいと伝えたわ。アルファナもきっとそうでしょ?」

「はい。たとえすぐに変化を望めなくても気持ちは知っていてもらいたかった。そうすればどれだけ距離を近くしても自然ですからね」

「ふふ、策士ねぇ」

「そんなものではないですよ」


 気持ちを知られていて距離を近づけるのと、気持ちが知られていなくて距離を近くするのでは大きく変わってくる。

 カナタのことを好きなのだから親密に触れ合うという理由があり、知られていなければ無用な警戒を抱かせることになってしまう……その差はあまりにも大きく隔たりがある。


「ですが私は嬉しいですね。こうして親友のあなたが同じ殿方を好きになること、どこか運命のようなものを感じます」

「それは私も思ったわ。他ならぬアルファナだからこそ嬉しかったものの」


 二人はどこまで行っても親友という仲は変わらない、なので恋敵ではあるのだが到底そのように考えることも出来ない。

 今カナタのことを考える点において二人の思考は一致していた。


「ねえアルファナ」

「ねえマリア」

「ふふ」

「うふふ」


 果たして何をお互いに考えたのか、それを想像してお互いに顔を見合わせながら肩を震わせて笑う。

 まず最初に口にしたのはマリアだ。


「この国では一夫多妻なんて珍しいことじゃないわ。だから私とアルファナが仮にカナタ君のお嫁さんになっても問題ないわよね?」


 平民の間では金銭面の問題があって現実味がない一夫多妻制、しかし貴族のように金を持っている者の間では本当に珍しいことではない。

 カナタはハイシンとしてかなり稼いでいるが、仮にそうでなくてもマリアとアルファナにも莫大な個人資産がある――カナタとずっと、それこそただ愛を育むだけで一生を過ごせるほどの資金は既に用意されていた。


「何も問題はないですけれど……ねえマリア? カナタ様がどんな答えを出したところで、既に一緒になることを決定していません?」

「それくらいの意気込みってことよ。アルファナだって絶対にカナタ君と離れたくないでしょ? カナタ君以外の男性と一緒になるのを考えられる?」

「無理ですね」

「でしょう?」


 ならばカナタの意志を尊重しつつ、しっかりと想いをこれからも伝え続けて吹っ切れるくらいに好きになってもらえば良いのだとマリアは提案した。

 本来ならアルファナの方がリードをしていたようなものだが、やはりこうして先を見据えて突っ走れるのもマリアの良い所であり強さだった。


「少し前まではカナタ様の負担になることはせず、ただ傍でサポートをするだけと言っていたのに……困ったものですね私たちは」

「そうね。でもこの気持ちは止められないわ」


 そう、一度走り出した気持ちは止められない。

 マリアとアルファナはおそらくお互いに一番の障害になってもおかしくないはず、それがこうして仲良く手を結ぶ姿は無敵のコンビと言っても差し支えない。

 果たしてカナタが二人の攻防に色々と耐えられるのか……まあなるようになるとしか言えないだろう。


「さてと、お堅いお話はこれで終わり! こうしてアルファナの部屋に来たんだしちょっとじゃれ合いましょうよ!」

「え? ちょ、ちょっとマリア!?」


 マリアはそう言ってアルファナを抱きしめながらベッドに倒れ込んだ。

 アルファナはマリアに比べて背丈が小さいのでちょうど良く腕の中に収まってしまった。


「も、もう!」


 お互いに王女と聖女という立場から身近な友人はやはり居なかった。

 そんな中で出会い意気投合して親友という関係になったのだからこうやって触れ合うことも珍しくはなく、お互いにとってもしかしたら家族以上に心を許し合える間柄かもしれない。


「相変わらずアルファナの背は伸びないわよねぇ」

「うるさいですよ! そうやって人の気にしてることを口にするのはどうかと思いますけれどね!」

「カナタ君言ってたわよ? アルファナを抱きしめるとちょうど腕に収まって気持ちが良いって」


 これは湖で会話した内容の一つだ。

 自分の小さな背にコンプレックスを抱いているアルファナに対して放たれたその一言に彼女ははふみゃっと表情を崩した。


「小さくて良かったです」

「……ほんと単純なんだから」

「女は単純なくらいが可愛いんですよ。それで決める時にはビシッと決めればそれで良いんです」


 アルファナは自分の背の低さに誇りを持つかのようにドヤ顔をした。

 彼女が口にしたがあまりにも単純なその姿がとても愛らしく、マリアは更にアルファナを抱き寄せた。


「背は低いけど胸はこんなに立派になっちゃって」


 優しく触れながらそう呟くと、アルファナはマリアもじゃないですかとため息を吐くように言った。

 そんな風にじゃれ合いながら話をしていると自然と過去の話になってくる。

 王女と聖女として教養を積んだ二人だが、意外と幼い頃はお茶目というか行動的だったのだ。


「忘れてないからね? 八歳の誕生日の日にあなたが城の庭で私を池に突き落としたことを」

「あの時の私は若かったのです。若気の至りですよ」

「なあにが若気の至りよ! 普通誕生日パーティの主役にそんなことする!? お父様とお母様も笑っていたし異常よ異常!」

「笑われるくらいにマリアにお淑やかさがなかったのが悪いんです」

「……そうだった。昔の私はそうだったわ」


 それからも二人は話に花を咲かせ、そしてカナタのことでも大いに盛り上がった。


「あ、そろそろカナタ君の配信が始まるわね」

「そうですね。一緒に聞きましょうか」


 先ほどまでは恋する乙女、今からはただの信者となる時間だ。


『よおみんな! 今日もやっていくぜぇ!!』

「きゃああああああああ!!」

「きたあああああああああ!!」


 後日、隣の部屋の生徒に控えめながら静かにしてくださいと小言を言われてしまったのも仕方ない。

 さて、こうして二人の乙女はタッグを組んだ。

 これがどのような結果になるのか、そしてどんな珍事をカナタに齎すのかは分からないが、少なくとも騒がしい日々になることだけは確かなようだ。


 カナタには今から、大きな覚悟が必要なのかもしれない。

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