貴様、見ているな!?

「……………」

「……ふふ、言っちゃった」


 ペロッと舌を出してマリアは笑った。

 カナタは今言われた言葉をすぐに理解することは出来なかったが、それでも目の前で微笑みかけてくるマリアの顔を見れば嫌でも理解できる。


「……マリア?」

「うん?」

「……その」


 突然の告白ともなるとカナタがこうなるのも無理はない。

 これはアルファナの時と同様なのだが、やはりそう簡単に心が受け止められるかと言えばそうではないらしい。

 至近距離で見つめ合う二人の表情は対照的だが、どちらも頬を赤くして照れていることが良く分かる。


「突然ごめんね? でも言わずには居られなかったの。アルファナにリードされっぱなしじゃ嫌だし、何よりやっぱり気持ちは知っててもらいたいじゃない?」

「……そんなもんか?」

「そんなもんよ」


 マリアはカナタから体を離した。

 それでもカナタを見つめる視線は変わらず、それどころか更に優しい色を帯びるように見つめ続けている。


「ハイシン様に対して気が狂うほどのファンだったのに、そのハイシン様の中の人であるカナタ君自身に出会ったら問答無用でまず惹かれるでしょ? それで一緒に過ごしていけば気持ちが強くなるのは当たり前……ふふ、私の初恋なの」

「っ……俺は」


 どう答えれば良いのだろうか。

 マリアもアルファナもとてつもない美少女というだけでなく、共に居て楽しいし心が安らぐのは確かだ。

 以前にこんな女性たちを彼女に出来ればどれほど幸せなのか、そう何度も考えたことがあるのに素直に手を伸ばすことが出来ない。


「私は王女でアルファナは聖女、きっとカナタ君は凄く悩むというか……困っているとは思うの。ごめんなさい、それを承知で私も気持ちを伝えさせてもらったわ」


 だからと言ってマリアは更に言葉を続けた。


「カナタ君は今まで通りで良いわ。その代わり、私もこれからはたくさん自分をアピールしていくし、カナタ君を支えていきたいと思ってる。だからよろしくね?」

「……………」


 そう言ってマリアは前を向いた。

 それから二人とも喋ることなく時間が過ぎていく。

 その時間は決して気まずいものではなく、どこか居心地の良い時間だったのは言うまでもない。

 それはきっと、隣にマリアが居るからだとカナタは思っている。

 アルファナが傍に居る時にも感じた安らぎ、それを確かにカナタはマリアに感じていた。


「……なあマリア」

「どうしたの?」


 だからこそ、彼女の言葉に何も返さないというのは許されなかった。

 カナタはマリアと再び目を合わせ、今彼が感じていることを素直に言葉に乗せて彼女に伝えるのだった。


「俺は……正直、凄く嬉しいんだ。マリアとアルファナに好きって言われて、マジかよって思いながらも手を伸ばせばいいじゃんって思ってる」

「うん」

「けど……その手が伸ばせないほどに俺は臆病者だ。俺にとって二人は大切な友人であると同時に、とても大切な身近な存在なのは間違いない。俺もたぶん……二人のことが大好きで、手放したくないのは確かなんだ」


 そう、カナタも当然マリアとアルファナに対して好意を抱いている。

 元々二人のことを物凄い美人だと思って気に入ったのは間違いないが、カナタとしてもハイシンとしても彼女たちと過ごすことで本当に大切な存在へとなっていった。


「マリアとアルファナに告白されて……素直に手が伸ばせれば楽だけどやっぱり、俺なんかがって気持ちが強く出ちまう」


 相手は王女と聖女、二人は気にしないでと絶対にカナタに言うはずだ。

 なら気にしないから一緒になろうかと、素直にそう吹っ切れないのもまた正しい判断でありカナタが悪いわけではない。


「……この手を素直に伸ばせれば」


 虚空に向けてカナタは手を伸ばす。

 するとその手をマリアが優しく握りしめ、そのまま自身の胸に抱くように誘った。


「王女なんて気にせず、私をこの場で押し倒して初めてを奪ってちょうだいとか過激なことも実は考えてるわよ」

「……えっ!?」


 それはあまりにも衝撃というか、王女のマリアが絶対に口にしてはいけないような言葉だった。

 とはいえ今の一言でカナタが抱いていた悩みは驚きに変化し、一瞬ではあるが良い意味で悩みは吹き飛ばされた。


「ふふ、まあそれは半分冗談だけれど。ねえカナタ君、私は今の変わらないこの瞬間も好きよ。ただカナタ君の傍に居れて、憧れでもあるあなたの力になれる現状でとても満足しているの」

「そう、なのか?」

「えぇ。だから無理に変化は望まないし、カナタ君の考えを私はどこまでも尊重するつもり。でも気持ちを伝えたからこそ、今まで以上のスキンシップとかは許してほしいわね」


 そう言ってマリアは再び綺麗な微笑みを浮かべた。

 その後、アルファナに言われたことと同じように無理にこのことを考えず、今まで通りに接してほしいと伝えられた。

 マリアにしてもアルファナにしても、どうしてこんなに魅力的かつ自分のことを立ててくれるのかとカナタは思う。


(……好きだから……か。なあマリア、それにアルファナも……相手が王女とか聖女か、それだけで悩めるのならどれだけ楽なんだろうな)


 身分の違いだけではないのだカナタの悩みは。

 二人のことを大切に想えてしまうからこその悩み、それは男として最低にも近い考え方になる。

 それでも今は良くてもいずれ答えは出さねばならないなと、カナタは贅沢な悩みをこれからも抱き続けることになりそうだ。


「あ、そうだわ」

「どうした?」


 とはいえ、カナタもマリアもお互いが普通にしてくれることを望んでいるのだからずっと引き摺るようなこともない。

 普段の調子に戻ったカナタに向かってマリアはこんなことを口にした。


「アルファナとは……キスとかした?」

「っ……」


 ドキッとカナタは心臓を跳ねさせた。

 アルファナとのキスは一度だけしたことがあるので、カナタがドキッとするのもおかしな話ではない。

 カナタの様子からマリアは察したのか、ぐぬぬっと悔しそうにしながらグッと顔を近づけた。


「私もキス……したいなぁ?」


 したいなとは言いながらもマリアはそっとカナタの頬に手を添え、そのまま止まることなく距離をゼロにした。

 チュッと可愛らしいリップ音を響かせ、カナタとマリアはキスを交わした。


「……なあマリア」

「どうしたの?」

「俺って優柔不断の最低野郎だわ。いっそのことこの場で殺してくれ」

「カナタ君!?」


 もうね、カナタ君も色々といっぱいいっぱいなのだ。

 目の前で極上の女が好きと言っているのなら思う存分楽しめばいい、そう心の中の黒い部分が語りかけているのも真実だがそう出来ないのもカナタらしい。

 極限の悩みを抱いて表情が死んでしまったカナタを癒すように、マリアはその豊満な胸に抱きしめた。

 古今東西、男性は女性の胸に癒しを感じるというのはマリアも知っていることだ。


「よしよし、まずは落ち着こうカナタ君」

「……マリアぁ」


 そのまましばらくお互いに身を寄せていたおかげもあってか、カナタは落ち着いたのかやっと元に戻った。

 カナタのコロコロと変わる表情を見てマリアは母性に似た何かを抱いたのか、またこうしたかったらいつでもしてあげると言ってきた。


「……ありがとなマリア」

「ううん、全然良いわよ♪」


 取り敢えず、この場は一旦収まったと見ていいだろう。

 お互いに見つめ合い、またどちらからともなくクスッと笑みを浮かべた。


「ハイシン様の言葉が素晴らしいのは分かってるけど、それを口にしたのは他でもないカナタ君なの。上っ面の言葉じゃないからこそ、私もアルファナもカナタ君自身に惹かれたのね」

「そうか……はは、マジで照れ臭いな」


 ガシガシと頭を掻いたカナタだったが、そこでふと湖に目を向けた。


「……え?」


 湖の中、カナタの気のせいでなければが目をこれでもかと見開いて凝視していたのを見た気がした。

 全身水色で瞳の色は赤という明らかに人間ではない何か、しかし次の瞬間には消えてしまっておりカナタは首を傾げた。


「どうしたの?」

「湖の中に何か居たような気がしたんだけど……」

「へぇ? もしかして精霊様?」


 精霊様、水に住まう精霊となると有名どころはウンディーネかとカナタは考えたが消えてしまったのでそれを確かめることも出来ない。

 しかし、水の表面に文字が浮かび上がった。


“そこはヤれよ、これだから童貞はダメなのよ”


「……………」


 いや、絶対に居る。

 カナタとマリアのやり取りを水の中から観察している不届き者の精霊が!


「?? 一体なに……」

「マリア、こっちだけを見ててくれ!」


 童貞とかそういう言葉をマリアに見せたくない、そんな意味を込めての言葉だったがマリアの受け取り方は違ったらしい。


「か、カナタ君♪」


 目にハートを浮かべてマリアはジッとカナタだけを見つめだした。

 それからマリアの目を盗むようにカナタにちょっかいを掛けてくる何者か、それはカナタとマリアがここから立ち去るまで続くのだった。


 さて、こうしてカナタは二人の女性から想いを伝えられた。

 一体どんな答えを二人に返すのか、それは意外とすぐかもしれないしそうではないかもしれない。

 まだそれは誰にも分からないことだ。

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