好きよ

「……ふわぁ」


 団体魔法模擬戦の告知がされてから数日が経過し、早くも週末の休みになりカナタは朝から惰眠を貪っていた。

 昨夜は少しだけ配信が盛り上がってしまい、いつもよりも寝るのが遅くなってしまったせいだ。


「……まあ休みだしなぁ。自由に過ごしても――」


 ただ、何かを忘れているような気がするとボーっとする頭でカナタは考えた。

 果たしてそれは何だったのか、じっくりと考えているとふと脳裏に浮かんだのはマリアの笑顔だった。


『カナタ君! 明日はよろしくね♪』


 昨日学院から帰る際にカナタはマリアからそう伝えられた。


「あのマリアの笑顔めっちゃ可愛かったなぁ。なんだよ、そんな風に俺と出掛けるのが楽しみだったのかよぉ」


 それは無意識の呟きだった。

 超絶美少女が自分とのお出掛けを楽しみにしてくれている、それはカナタにとって男心を非常に擽ってくるものだ。


「……?」


 さて、今の無意識の呟きに対してカナタは首を傾げた。

 そしてジッと時計を見つめて数秒後、彼はハッと声を上げてベッドから跳ねるように起き上がった。


「ヤバい……今日はマリアと出掛ける日だ!!」


 そう、今日はマリアと約束していたお出掛けの日なのだ。

 約束した時間は九時、今の時刻は九時半となっていて三十分も後になってカナタは気付いたことになる。

 もちろん今から準備をして待ち合わせ場所に向かえばもっと伸びてしまう。


「ええい、まずは急いで向かう。それで謝ってから考えるぞ!」


 冷や汗をダラダラと流すというほどではないが、かなりの焦りがカナタから見えていた。

 女性との約束をすっぽかすのは言語道断だが、時間に遅れることもそれはそれで失礼なことであるとカナタは理解している。

 なので出来る限り早く準備を済ませ、カナタはすぐにマリアの元に向かった。


「……はぁ……はぁ……あ、居た」


 待ち合わせ場所は城門の付近、馬車が停まっている場所だ。

 毛並みの良い馬の背中を撫でる美しい女性の姿がそこにはあり……まあ彼女がマリアであることは確かだ。

 近づいたカナタにマリアは気付き、ヒラヒラと手を振ってきた。

 怒っている様子は見えなさそうなので一先ず安心だが、それでもちゃんと謝らなければいけない。


「ごめんマリア! 待たせちまった!」

「ふふ、良いのよカナタ君。昨日は配信が長引いたから何となくこうなる予感はしてたのよ」

「……でもよ」

「私が良いって言ってるから良いのよ。急いできてくれたみたいだしちゃんと謝ってくれたから。気持ちは伝わってるわ」

「……そうか」


 それでも申し訳なさは感じているのでカナタの表情は優れないが、そんなカナタを見てクスッと笑みを浮かべたマリアは懐からハンカチを取り出した。


「カナタ君、ジッとしてて」

「……おう」


 額に掻いた汗を拭き取ってくれた。

 つい最近感じるようになったマリアの新たな一面、普段もカナタに対して優しくしてくれる彼女だがそれが一段と強く感じられるのだ。


(顔が近い……ってのは今更だけど、めっちゃいい匂いがするな)


 太陽を遮る帽子を被り、ワンピースのような服を着ているマリアの姿は少しばかり新鮮だった。


「それじゃあ行きましょうか」

「あぁ」


 こうしてカナタとマリアは二人で馬車を使い王都の外に出た。

 王女がクラスメイトと二人で外に出るのはお忍びというレベルを超えているもののこれまた不思議と許可は下りたらしい。

 ロギンに向かう際にも疑問には思ったが、それでも放任主義というわけではなく王たちはマリアのことを大切にしているので本当に分からなくなってくる。


「良い馬ね。あっちに着いたら少し自由にさせてあげようかしら」


 色々と考えていたが、マリアの声でカナタは我に返った。

 今カナタとマリアは二人だけで馬の手綱を握っているのは誰かという話になるのだが、その辺りの指示も全て魔法で補えるというのだから便利だ。


「ねえカナタ君、そっちに行ってもいい?」

「え? あ、あぁ……」


 向かいに座っていたマリアは嬉しそうにしながらカナタの隣に座った。

 そのまま肩をくっ付けるほどの距離になり、カナタはやはり今日のマリアはいつもと違うと改めて思った。

 チラッと隣に目を向ければジッと見つめていたのかマリアと目が合った。

 しばらく見つめ合うと彼女の方から少しだけ頬を赤くして笑い、カナタとしても妙に背中の痒い時間が続く。


「二人だと静かね本当に。私、この時間が好きだわ」

「……………」


 ちょこんと肩に彼女は頭を置いた。

 一つ一つの仕草が何とも言えないくすぐったさを秘めており、カナタを平常心では居させないと言わんばかりに刺激してくる。

 そんな時間を過ごしながらようやく、馬車は目的の場所へと辿り着いた。


「……ここが」

「えぇ、ここが精霊の湖よ」


 森林の中に存在する開けた場所、その中央に位置する巨大な湖がカナタとマリアを出迎えた。

 海のように広いとは流石に言えないが、それでもかなり深いようで底の方は全く見えず、それこそ深海に生きる生物が居そうな不気味さもあった。


「結構深いのか?」

「たぶんね。だから飛び込んだりしないでよ?」

「しないから」

「ふふ♪」


 そこまでガキじゃないとカナタは頬を膨らませた。

 しかし、そんな不気味なほどに深そうな湖ではあるが癒しを齎してくれる雰囲気と綺麗さが流石の一言だ。

 精霊の湖、それは精霊が住んでいるからそう言われているわけではなく、住んでいてもおかしくないほどの光景だからこそそう呼ばれているらしい。


「ほら、カナタ君ここに座って」

「お、サンキュー」


 大きな木の陰に敷かれたシートの上に腰を下ろし、カナタは改めて眼前に広がる湖に目を向けた。

 どんなに心が荒れていたとしても浄化してくれるほどの美しい景色だ。

 風に揺れる木々の音であったり、太陽の光を反射する鏡のような湖……その全てが本当に綺麗だった。


「ここには時々お兄様やお姉様たちと来るのよ。最近はもう来なくなったけど、いつもここに来た時はこの光景を楽しんでる」

「……いや、普通に凄いと思うよこの光景。マジで綺麗だ」

「気に入ってくれた?」

「めっちゃ気に入った。何ならこの静寂の中で思う存分配信してみたいし、この光景を多くの人に伝えたいとも思うしさ」


 それはカナタの本心だった。

 とはいえこの場所は知る人ぞ知るとまではいかないでも、あまり色んな人が訪れて騒ぎ立てるような場所ではないとも思えるので、配信で伝えるのは無しだなとカナタは考えを改めた。


「カナタ君、膝枕してあげる。まだ少し眠いんじゃない?」

「……いや流石にそれはどうなんだ?」

「良いじゃないの。ほらほら♪」


 ポンポンと膝を叩くマリアの様子にカナタは迷いながらもその気遣いをありがたく受け取ることにした。

 マリアの膝に頭を置くと、その柔らかさに浸りたくなるほどだ。

 体を空に向けるようにしているので、目の前にはマリアの豊満な胸が見えており絶景が広がっている。


「気持ち良い?」

「最高」

「そう、良かった」


 最高以外の言葉があるわけない、そんな気持ちを込めたような力強い最高だった。

 それからしばらくカナタは横になっていたが、やはり少し緊張しているせいか眠気は全く襲い掛かってこない。

 それでも心が落ち着くのは確かなので、カナタはマリアの膝枕を堪能しながら彼女の鼻歌に耳を傾けていた。


「……ねえカナタ君」

「う~ん?」

「今日はありがとう。私の我儘に付き合ってくれて」

「我儘とか言うなよ。こうして誘ってくれて俺の方が嬉しいってのに」

「……そっか」


 美少女の誘い、しかも二人きりということはデートみたいなものだ。


(……デートか。改めてそう考えるとやっぱり緊張するぜ)


 かあっと赤くなる頬に気付かないフリをしていると、マリアは次にこんな問いかけをしてくるのだった。


「最近、アルファナと何かあった?」

「……え?」

「前よりもアルファナと距離が近くて、それにカナタ君調子を悪くした時にアルファナが面倒を見たんでしょ?」

「あ、あぁ……」


 詳しくは伝えていなかったが、もしかしたらアルファナがマリアに話したのかもしれない。

 別にマリアが知ったからと言って困ることではないが、それでも彼女の親友であるマリアに指摘されるのはどうにも恥ずかしかった。

 しかし、どうして今その話をしたのか……彼女の言葉をカナタは待った。


「何となくこれは勘だけど、アルファナに告白でもされたの?」

「っ……」

「……やっぱりかぁ。あの子、やることやってるのね」


 クスクスと笑っている様子だが、先ほどの問いかけは確信を持ったものだった。

 カナタはドキッとしたものの、そのドキドキを落ち着かせる余裕を抱かせるまでもなくマリアは次の行動に出た。


「カナタ君」

「お、おい!?」


 マリアに優しく頭を抱えられ、そのままその胸元に抱き寄せられた。

 頬を圧迫するあまりにも柔らかすぎる感触を感じながら、更にオーバーヒートしそうになるカナタは何も言葉を発することが出来ない。


「……今日ここに来たのは勇気が欲しかったから。私にとって一番の思い出の場所と言えるここでカナタ君に想いを伝えたかったから。私もアルファナと同じ場所に立ちたかったから」


 想いを伝えたい、その言葉を聞いてカナタはまさかと目を見開いた。

 顔いっぱいに感じていた温もりと弾力が離れ、正面からマリアの視線に見つめられた。


「私、カナタ君が好きよ。ハイシン様としてだけじゃない、カナタ君と過ごすことであなたのことをどんどん好きになったの」


 この世界で二度目の告白、それは聖女に続いて王女からのものだった。

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