運命は残酷って言葉良いよね

「ちょっといい加減にしてよ。勝手にうちらの稼ぎを引っ張り出して娼館に溶かしてくるって何事!?」

「……………」


 それはとある日のこと、マットはパーティメンバーに責められていた。

 まあ責められていたとはいっても、完全にマットが悪いので責めるという言い方は適切ではなく注意されていたという方が正しいかもしれない。


「そうだぞマット、一体何がどうしてそんな風になった」


 先日大きな快挙を成し遂げたホワイトファングではあったが、今彼らの絆はボロボロになろうとしていた。

 事の発端はある日を境に人が変わったようにマットが散財をし始めた。

 娼館で金を溶かし、ギャンブルで金を溶かし……しかもその金はマットに対して支給されたものだけでなく、パーティとしての貯金からも持ち出されていた。


「うるさい! 僕に楯突くな!!」


 ソファにふんぞり返る彼に反省の色は見えない。

 そんなマットを見てパーティメンバーの男性二人と女性二人は呆れたようにため息を吐いて外に出て行った。


(……クソ、僕にとって彼女は初恋だったんだ……初恋だったんだ!!)


 なんてことはない、単純に初恋を拗らせてしまっているだけである。

 王国の至宝とも呼ばれている王女たち、その中でもマットは第三王女のマリアに淡い恋をしていた。

 民たちに言葉を届けるため、王族が揃って顔を見せるイベントの時に彼女を見て一瞬で虜になった。


『僕には何もない……なら、王族にだって会えるくらいに強く立派になればきっとマリア王女と僕は!!』


 夢を見るだけならタダではあるのだが、それが叶うかどうかは別問題だ。

 そもそも高難度ダンジョンを突破したこと自体は素晴らしいことだが、だからといって王女と婚約出来るわけがそもそもないのだ。

 まあマリアがマットに恋をしたのならば話は変わるかもしれないが、残念ながらそんなことはなかった。


「……分かってるんだ。僕だって分かってるんだよ。まだ足りない……いいや、出過ぎた願いだってことは……っ!」


 とはいえマットも心では理解していたのだ……絶対に無理だと。

 しかし夢は追い求めなければならない、どんなに叶わない願いだとしても追い続ければいつか必ず手が届く、そう信じて疑わなかったからこその挫折だ。


「……はぁ」


 パーティメンバーを怒鳴ってしまったことに申し訳なさを感じつつ、マットは宝物の一つでもあるを手に取った。


「ハイシン様……あなたを引き合いに出されたら僕はどうすれば良いんだ。あなたに勝てないことは分かっているけれど……でも悔しいですよ!!」


 ちなみに彼、ハイシンの大ファンである。

 あの時ついつい地面を殴ってしまったが、それはマリアという少女を手に入れられない事実を思いっきり突き付けられたからだ。


「僕は……僕は……っ」


 引き合いに出されたハイシンを許さない、そんなことは決して思わない。

 何故ならマットはこれまで多くの時間をハイシンによって楽しませてもらい、こうしてグッズを買うほどに夢中になれた。

 以前にバッジが発売された時、ハイシンの存在を疎ましく思う一部の人間にこの場を乱すなと大声を上げたほど……故に心をどこに置けばいいのか分からなかった。


「……そういえば、幼馴染に裏切られた冒険者が居るんだったか」


 泣きながらふと、以前の配信でのお便り思い出した。

 故郷で幼馴染を待っていたが、その幼馴染は有名パーティのリーダーの女になっており虐げられたことを。

 そのことについてハイシンは励ますように優しい言葉を言っていた。


『恋愛って難しいよなぁ。まあでも、フラれたくらいで腐るんじゃねえ』


 この場合はフラれたわけではないが、やはりハイシンの言葉には力があった。


「それに比べたら僕のことなんて小さいか。あぁでもマリア様……くぅ諦めるのが辛いってえええええええ!!」


 それからしばらく頭を抱え続けた彼だったが、何とかいつも通りに戻った。

 そして新たに考えたこと、それはもっと冒険者として大きく成長し、更に強い男になるというものだ。


「僕は諦めない! だから見ててくださいハイシン様! あなたの言葉を胸に、僕はもっともっと頑張ります!!」


 拳を天に突き上げた。

 いつもの調子を取り戻した彼だが運命とは残酷で、あの時の王の言葉はある意味で的を射ていた言葉だった。

 彼が熱を上げる王女マリア、彼女は本当にハイシンの中の人であるカナタに恋をしているのだから……う~む、運命とは残酷だ。






「今日も配信やってくぜぇ! まあでも、取り敢えずみんなお疲れ様だ」


 さて、どこぞの冒険者が新たな目標を胸に掲げたその日の夜のことだ。

 カナタはいつも通り配信を始めたのだが、今日はちょっとだけいつもと違う配信の姿だった。


「悪いなぁ。今日ちょっと夕飯食ってないんだわ。だから食いながら色々みんなと雑談をしていこうと思うぜ」


 実は学院が終わって帰ってきた後、あまりに眠くてそのままカナタはベッドの上で眠ってしまったのだ。

 そのまま大分長い時間を寝てしまい、寮の食堂が開いている時間をオーバーした段階で目を覚ましたのである。


「いやぁこういう時に買い置きしてるってのは便利だよな。感謝感謝」


 小腹が空いた時の為に保存している食料をカナタは手に持っていた。

 パンに肉が敷き詰められているだけの簡単な料理だが、結構大きいためこれ一つでかなり腹の足しにはなる。


「じゃ~ん」


:美味そう

:あ、食べかけ……

:そういう歯の形をしているのですねハイシン様

:興奮する

:アホな奴しか居ない

:今更だろ

:言い値で買うぞ!


「やめろって気持ち悪いから」


 手元配信をしているので画面に齧ったそれを見せたわけだが、何ともマニアックな趣味の持ち主というか、変な好みがある奴らのせいでコメント欄が埋め尽くされた。

 流石に気持ち悪かったのでカナタも正直な言葉を口にしたが、前世でも咀嚼音ASMRみたいなものがあったなと思い出した。


(咀嚼音は流石に乗せないけどさぁ。汚いし)


 咀嚼音は乗らないがもごもごとした喋り方になるのは仕方ない。


「あぁそうそう、今度帝国……っと何でもない」


 飯を食いながらだったのが災いしたのか、つい気が抜けてしまいハイシンではなくカナタとしての言葉が出そうになった。

 隣人と話す感覚で今度帝国の学院と模擬戦云々を喋りそうになってしまい咄嗟に言葉を引っ込めた。


:帝国?

:まさか来るんですか!?

:帝国万歳!!

:いつですか!? 予定を合わせて私も行きます!

:余は待っておるぞハイシン!!

:祭りだ祭りだあああああああ!!

:帝国はハイシンを出迎える準備をしろよな!!


 今度帝国、あまりにも意味深すぎる言葉だ。

 コメント欄はお祭り状態になってしまい、カナタはやってしまったと冷や汗を掻いたが同時にやれやれと苦笑する。


「変に盛り上がるんじゃない!! 一生行かねえぞ!!」


 そしてコメント欄は一気に静かになった。

 その後、カナタはどうにか色々と誤魔化すようにしながら帝国についての話を終えたのだが、間違いなく近いうちに帝国に対してハイシンのアクションがあると思わせてしまったことだろう。


(配信事故になるとこだったわ。団体模擬戦のことを言葉にしてたら完全に学院生だってバレちまうぞ)


 もしかしたら今の言葉でマリアやアルファナは肝を冷やしたかもしれない。

 彼女たちもカナタの身バレに関しては本当に気を付けてくれているので、次に会った時は困った顔をされるかもしれないなとカナタは思うのだった。


「もぐもぐ……よし、じゃあお便り一つだけ見てくか」


 良い時間ということでお便りを一つ読むことにした。

 カナタが選んだのはちょうどいいことに帝国に住む者からのお便りだ。


“ハイシン様、いつも楽しい時間をありがとうございます。

私のようなものが出すお便りが読まれるとは思っていませんが、どうして我慢できずにこうして送らせていただきました。

私は帝国に住む奴隷で、つい最近優しいご主人様に引き取られました。

色々と愚図な私ですが、ご主人様を含めて多くの方が良くしてくださいます。

これも全てハイシン様のお言葉のおかげと思っており、辛い中でもあなた様のお言葉があったからだと思っています。

もしも帝国にお越しになった際は是非楽しんでくださいね。

カヤより”


「名前載せてんじゃんか。ダメだぞ~?」


 偽名かもしれないが、内容はとても温かいものだったのでカナタとしてはとても嬉しい内容だった。


「ありがとうな。そんな風に言ってくれると本当に嬉しいぜ。体に気を付けて頑張ってくれよ」


 さて、これで今日の配信は終わることになる。

 しかしこんなメッセージを名前付きで送ってくれたからこそ、カナタはサプライズの意味を込めてこう締めるのだった。


「それじゃあ今日はこれで終わるぜ。じゃあみんなおやすみ! そしてカヤも良い夢を見ろよ」


 見てるか分からないカヤに向けるように、魔力の波長を弄ってエコーのような音を出した。

 果たして今のがカヤに届いたかは分からないが、届けば良いなぁと思いつつカナタは配信を終えた。


 ちなみに翌日、学院で顔を合わせたマリアとアルファナが妙に赤い顔でカナタを見つめていたのだが、それもまた当たり前と言えば当たり前だった。

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