団体魔法模擬戦
「へぇ? そんなことがあったのか」
「えぇ。私もまさかいきなり求婚されるとは思わなかったわ」
連休明けの昼休み、早速カナタはマリアと昼食を共にしていた。
アルファナは数日収穫祭に向けての準備があるため休むらしく、こうしてしばらくは彼女と二人で過ごすことになりそうだ。
マリアとは実に数日振りの再会ということで、お互いに会わなかった間にどういうことをしていたかという話題になり、今まさにマリアがホワイトファングのリーダーに求婚されたという話をしていたのだ。
「流石高ランクの冒険者だよな。それだけ立派なら王女にすら求婚できんのかよ」
今まで成し遂げられなかった功績を上げたのだから彼らは間違いなく英雄だ。
しかし、話を聞く限り王はその求婚を突っぱね、マットと呼ばれるその人物はひどく肩を落として帰ったらしい。
「まあお父様が親バカというのもあるでしょうけど、一番は彼が絶対に私をもらえると思っていたことが気に障ったみたい」
「……全然ダメじゃん」
マットは少し舞い上がっていたのかもしれない。
ギルドを上げて祝われ、更には城にまで呼ばれたのだから一目惚れしたマリアをもしかしたら手に入れられるのではと思っても仕方がない。
まあ結局その願いは叶わず、彼は現実を思い知ったという結果に終わった。
「お父様が言ったのよ」
「何を?」
「ハイシン様のような方なら私を嫁に出しても良いって」
「っ!? ごほっ!? ごほっ!」
それはカナタを不意を突く言葉だった。
食べていたパンを外に出してしまいそうになったが何とか堪え、マリアに背中を擦ってもらうことでどうにか落ち着いた。
「うふふ、ごめんなさい♪」
「……ったく」
とはいえ、今の一言はカナタにとって衝撃だ。
王の心内がどうかは分からないし、単に例えを出しただけで冗談かもしれないがハイシンになら嫁を出すと王が宣言したということ。
それはつまり、親が堂々と認めたことに他ならない。
「ふふ、どうする? カナタ君は私と結婚出来るとしたら」
「……どうって」
マリアと結婚、それはこの世の男がどれだけ望んでいることだろうか。
王族と結婚するということはある意味将来が約束されることであり、金銭面でも住居も全く困ることはなくなるだろう。
そして何より、マリアという美しい女性をパートナーにすることが出来るのだから男としてはとても幸せなことのはずだ。
「マリアみたいな子と結婚出来るのならそれは幸せかもなぁ。ただ、王族の仲間入りってことは色々と面倒ごとがありそうだけど」
そう伝えるとマリアはそんなことはないわと首を振った。
「私は第三王女だから国のことは姉さまたちに任せられるし、何なら兄さまも居るからどうとでもなるわ。私が城から出てカナタ君に嫁ぐ形なら柵もないし」
「なるほどなぁ……ってやけに押してくるな」
ぐぐっと顔を近づけてくる彼女から少し離れると、逃がさないと言わんばかりにマリアは距離を詰めてくる。
「逃げないでよ」
「……いや、女性が近づけば離れるのもおかしくないだろ」
「ふ~ん? そんなものかしら……一緒に寝たのに?」
「あ、アレはだなぁ!」
あれは紛れもない事故なのでノーカンだとカナタは主張した。
マリアの方もそこまで擦るネタではないと思っているので、少しばかりカナタを揶揄いたかっただけのようだ。
(……アルファナが居ないからかやけに距離が近い気がするな。それにどこか向けられる視線もいつもと違う?)
若干の違いに戸惑いつつも、しっかりとマリアの顔を見つめ返していた。
「……カナタ君は話をする時に良く目を見るわよね?」
「え? まあ恥ずかしくなったら視線を逸らすこともあるけど、基本的には目を見て話すことが大事だと思ってるし」
「そうよね。私、こうやってカナタ君と見つめ合っている瞬間が大好きよ」
「……なあマリア、もしかして熱でもある?」
その一言にマリアは頬を膨らませた。
「失礼ね。私はいつもと変わらないわよ?」
更にグッと顔を近づけられたことで、カナタはすまんと頭を下げた。
当然マリアは怒っているわけではないので、クスクスと肩を震わせて気にしないでと口にした。
それから時間が来るまで、カナタはマリアと一緒の時間を過ごし、そして別れ際にマリアからこんな提案をされた。
「ねえカナタ君、次のお休みの日に私と一緒に出掛けない?」
「マリアと?」
「えぇ。王都の外になるけどそこまで遠くはないわ。馬車でちょっと行った先に精霊が住まうとされる綺麗な湖があるの」
「へぇ?」
それはカナタにとって初耳だった。
精霊と呼ばれる存在が稀に現れることは知っているが、特にそのような存在に興味はなかったのでカナタもその場所については知らなかったのだ。
「分かった。俺は大丈夫だぜ」
「うん! それじゃあ約束ね?」
「おう」
こうしてマリアと二人で出掛ける予定が決まるのだった。
その後、マリアと別れて教室に戻り午後の授業が幕を開けた。
(……今日はどんなネタを話すかねぇ。以前の読み聞かせをしてほしいって声もあるしやっぱりお便りコーナーも喜ばれるし……ったく、人気者は辛いねぇ)
授業中、担当教師の言葉を左から耳に受け流すようにカナタは全く集中していなかった。
その日最後の授業ということで完全に気が抜けている証だが、居眠りをしている生徒も他に大勢居るのでカナタは可愛い方だ。
(最近はアンチっつうか、気分の悪くなるお便りも来ないし平和平和)
やはり争いが起こらない平和な世界は素晴らしいとカナタは頷いた。
さて、もうそろそろ授業が終わるというところで教師が興味深い話を始めた。
「少しばかり急になるがここで話しておこう。来月、我が学院と帝国の学院とで団体魔法模擬戦が開催されることになった」
団体魔法模擬戦、その言葉にカナタは教師へと視線を向けた。
「なんだそれ」
教室内は騒めいているが、カナタのようにポカンとしている生徒も少なくない。
「まだ詳しい内容は決まっていないが、Sクラス以上の生徒たちから数十人を選出して模擬戦を行う。おそらくは陣地を制圧していくルールになるだろうが、もちろん安全面には考慮をしている」
「ふ~ん?」
教師が言ったように詳しいことはまだまだ不明だが、学院対抗の模擬戦というのはいかにも異世界らしいじゃないかとカナタはワクワクしていた。
ただ国内で不穏な動きがある帝国ということで若干の不安はあるものの、国のことに関与しないカナタが気にしたところでどうしようもない。
「それではみな、お疲れ様」
ようやく自由の身となったことで、カナタはすぐに学院から外に出た。
打ち合わせで忙しくしているアルファナの元に差し入れでも持って向かおうと考えているので、カナタが向かう先は教会だ。
「……?」
教会に向かう途中、その道中にカンナが勤める娼館ヴェネティがあるのだがその入り口がどうも騒がしかった。
「なんだ?」
足を止めて何事かと見守る住人たちの間を掻き分けるようにカナタは娼館の入り口に近づき、そして男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「僕は客だぞ!? その僕に文句を言うとは何事だ!?」
「そうですね。確かにあなたはお客様ですが、うちの従業員が望まないことを強要するのは認められません」
「僕を何だと思っているんだ!? 僕は――」
「ホワイトファングのマット様だと承知していますが、だから何でしょうか?」
「っ……」
どうやら騒ぎを起こしたのはマットだったらしい。
「……あいつって確か……なるほど、あいつがマットか」
ミラと一緒に見た時は名前を知らなかったが、マリアからもマットという名前は聞いていたので彼が求婚した男だと分かった。
マリアの印象では爽やかなイメージの男性と聞いていたが、どうも虫の居所が悪いのかその表情は女性を怖がらせてしまうほどだった。
「くそ……くそ……僕を舐めやがって!!」
悪態をつきながらマットは離れて行った。
少しだけ話を聞いてみると、マットは最初から機嫌の悪そうな状態で入店したらしく指名した女性に対しての扱いが酷かったらしい。
ヴェネティほどの娼館で騒ぎを起こせば出禁になってもおかしくないはず、だというのによっぽど彼は機嫌が悪かったみたいだ。
「もしかしてマリアとのことが上手く行かなかったから……か?」
そんなことを考えたカナタだが、これが意外と間違ってなかったりするのだが、彼と接点のないカナタがそれを知る由もない。
とはいえどんなに機嫌が悪かったとしてもそれを女性にぶつけるのは間違っているし、何より男として最低な行為だとカナタは思っている。
「こ~れ、俺がマリアと親しくしているのを知られたら闇討ちとかされね?」
少しだけブルっと背筋が冷えたが、その恐怖を洗い流すかのように脳裏に親指を立てるミラの笑顔が浮かんだ。
「全然大丈夫そうだわ」
他力本願ではあるものの、それだけカナタにとってミラの存在は安心させてくれる要因でもあったのだ。
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