調子の悪いカナタ君
「ハイシン様はとても素晴らしい! そうは思わないか!?」
「……ハイソウデスネ」
相も変わらず連休を満喫していたカナタだったのだが、とんでもなく面倒な奴に捕まっていた。
「あぁ素晴らしい! 本当に素晴らしいのだよハイシン様は! 是非ともお目通りを願いたい! もっともっと知りたいのだ!!」
「……………」
カナタの目の前でハイシンについて叫び散らしている男、こいつは以前にハイシンの名を騙って魔族から折檻されたアギラである。
いつものように城下町でのんびりしていたカナタだったが、目の前にふと現れたアギラに捕まってしまった。
『おや、君もそれを着ているのかい!?』
アギラが目を付けたのはカナタが着ているハイシン様シャツ、アギラも着ていたので共通点を見つけたためだろう。
魔族に連れ去られてから熱心なハイシン信者になったことは知っていたが、こうして実際に会話をするのはカナタにとって初めてだったりする。
「君はハイシン様のどんな部分が好きなんだい?」
「……俺は」
「私は全てが好きだ! それこそ言葉で言い表せない!!」
「……さよか」
「君はハイシン様のどんな部分に惹かれたんだい?」
「……俺は」
「私は全てだ! どれだけの言葉を尽くしても語り切れない!」
カナタは一発ぶん殴ってやろうかとさえ思っていた。
意見を聞こうとする割には自分の意志を貫き通し、また意見を聞こうとすれば同じことの繰り返し……正に厄介リスナーの姿そのもの、カナタもファンが居てくれるのは嬉しいがこういうのを相手にしたくはない。
「……じゃあ俺はこの辺で」
静かに逃げようとしたが、ギロッと目を向けられてしまってカナタはビクッと体を震わせた。
別にアギラから敵意を感じるわけではないが、ハイシンに対しての盲目なまでの想いを込めた瞳が本当に気持ち悪かったのである。
「まあまあそう言わずに、もっと私とハイシン様について語り合おうではないか」
「……勘弁してくれ」
王都にも熱狂的なハイシンのファンは居るので、アギラと似たベクトルのファンも当然居るはずだ。
しかしかといってそれを大勢の人の前で見せられるかと言えばそうではなく、こうしてアギラに絡まれるカナタのことを人々は気の毒そうに眺めていた。
「カナタちゃん大丈夫かねぇ?」
「あの貴族様気持ち悪いな……」
「ねえママ、あれって何なの?」
「見ちゃダメよ」
カナタは平民だが良く買い物をしたりするため、色んな人に顔を覚えられているのも今更な話だ。
だからこそそんな彼がマリアやアルファナ、そしてカンナと言った美しい女性たちと歩いていると話題になるものの、そこに悪意は決して存在しなかった。
「……?」
っと、そこで一瞬目の前に居るアギラの姿がブレた気がした。
カナタはつい額を手で押さえたのだが、次に襲ってきたのはとてつもない吐き気だった。
「……なんだ?」
「おい、どうしたんだ? 顔色が悪いぞ」
この感覚には覚えがあった。
前世で例えるなら風邪の症状、それもかなり重たい部類の物だ。
(くそっ、確かに起きた時は少し怠かったけど……やっぱり風邪だったのか)
思えばこの世界に生まれてから風邪というか、病気の類に一切なったことがなかったので少し気を抜いていた部分はあった。
「すまん、ちょっとしんどいかも」
「そうか! では私が君を寮に連れて行こう」
本当にいつぞやの姿は鳴りを潜め、今のアギラは相手が平民であっても分け隔てなく接している。
まあハイシンのことでかなり暴走してはいるのだが、それでもこうして優しく出来るからこそ貴族の中でも彼は結構親しみを感じられているらしい。
アギラの肩に腕を回し、そのまま歩こうとしたカナタだったがそこで更に不思議な感覚に陥った。
「……え?」
いつの間にか空間が灰色に切り替わっていた。
カナタの体は宙に浮かんでおり、肩を借りていたアギラはそのままの姿勢で固まっている。
まるでカナタだけが時間という概念から切り離されたかのようだ。
「……これ、あの時と一緒か」
あの時、それは女神イスラがカナタの目の前に現れた時だ。
もしかしたらこれも、なんてことをカナタが考えていると目の前に一人の女性が現れた――そう、女神イスラだ。
「ごきげんようカナタ、気分が悪そうね?」
「……まあな」
そのままイスラの元に浮遊し、お姫様抱っこをされるような形になった。
実を言うといきなりではあったがかなり限界が近く、出来ることならすぐに横になりたかったのだ。
イスラがパチンと指を鳴らすと景色は一瞬で変わり、外に居たはずがカナタの自室へと転移していた。
「ほら、横になりなさい」
「……ありがと」
どうしてカナタの部屋の位置を知っているのか、女神相手に聞いても仕方ないかとカナタは諦めた。
「人間の体は脆いわね。すぐに調子を悪くするし、首を落とせばすぐに死んでしまうし」
「当たり前だろ。アンタだって死ぬだろうが」
「首を落とされた程度で女神が死ぬわけないでしょう?」
「……マジで?」
「えぇ! どうよ女神様凄いでしょ!」
見事なドヤ顔だった。
デデンと胸を張った姿は正に絶対強者の出で立ちで、首だけになっても生きてるけど試してみるかと言われたがカナタは首を横に振った。
「それにしてもあんなタイミングで良く出てきたな?」
「ずっと見守っていますからね。女神ですから」
「……ふ~ん?」
何か含みを感じたがカナタは視線を逸らした。
「あまりこちら側に干渉は出来ないのですが、カナタの身に何かあったとなれば気が気でありませんので。もし万が一重篤な病に発展してしまい死なれては困るのです」
カナタの手を握りしめてイスラはそう言った。
正に女神が人に抱く慈愛、それをカナタは肌で感じ取ったのだが、こんな不穏なことも彼女は口にした。
「まあそうなればこの世界に存在意義はないのですが……」
「物騒なことを言わないでくれって……」
こうして部屋に連れ帰ってくれたことは非常に嬉しいが、これ以上イスラの言葉を聞いているとそれこそ頭が痛くなりそうだった。
そうこうしているとイスラの体が光り、段々と薄くなっていく。
「全くもう、こうして地上で少しでも力を使えばこれだもの。女神の制約も困ったものだわ」
「……行くのか?」
「っ……ちょっとカナタ! その寂しそうな行くのかは卑怯よ! 私、女神辞めて普通の人間になってあなたのお嫁さんになるけど良いの!?」
「……疲れそうだなそれは」
「きぃいいいい!! そこは頷くところでしょうが!! こんなに綺麗で可愛い私がお嫁さんなのよ!?」
確かにイスラは美人だしスタイルは良いし、こうしてカナタを助けてくれたことは嬉しかったが、流石に騒がしいし物騒だし……っと、言い出したらキリがないほどのマイナス要素があった。
「……あなたね、女神でも言われると傷つくことがあるのよ?」
「心を読むなよな」
「だって女神だもの」
「……………」
そういうとこだぞとカナタはジト目である。
とはいえイスラにも自覚はあったようで、これ以上面倒な女だと思われたくないのか今日はこれで退散するらしい。
「アルファナに神託を届けたわ。すぐに来るだろうから待っていなさい」
「……え?」
そんな気になる言葉を残してイスラは姿を消した。
アルファナに神託とはどういうことか、カナタはしばらくボーっとしていたが気付けば眠っていた。
そして額に触れた冷たい指の感触を感じてカナタは目を開けた。
「あ、起きましたか?」
「……アルファナ?」
目を開けたら目の前に居たのはアルファナだった。
一体どうして、そこまで考えて先ほどのイスラとの邂逅を思い出した。
「突然申し訳ありません。一応寮の責任者には話を通していますし、収穫祭の打ち合わせについても問題はないのでカナタ様はお気になさらず」
「いや……それは……まあありがたいけど」
アルファナに悪い気もしたが、こうして彼女が駆けつけてくれたことは嬉しい。
何気に初めて自室に彼女を招いたようなものだが、今のカナタにはそのことについてドキドキするような余裕はなかった。
アルファナの手が再び額に触れ、薄い緑色の光が漏れ出した。
「癒しの魔法です。これで大分楽になると思いますよ」
「……おぉ」
彼女に言われたように段々と体が楽になっていくのを感じる。
しかしそれでもあくまで楽になるだけであり、完治するのは時間を待たないといけないらしくそこは風邪と同じらしい。
「……ふふ」
「どうした?」
いきなり笑い出したアルファナにカナタがそう聞くと、彼女は語り出した。
「あの時、カナタ様と初めて会った時のことです。あなたは高い物が手に落下したといって腫れを作っていましたね」
「……そうだったなぁ」
「実を言うとあの時に魔法を使って治してあげれば良かったなと後になって後悔していたんですよ。けれど……もしもあの時、治していたらカナタ様には会えなかったのかなって今になって考えたんです」
確かにそうだなとカナタも頷いた。
聖女の持つ癒しの魔法、つまりは回復魔法のプロである。
そんな彼女だからこそ手に出来た腫れ物を治すことくらい造作はないだろうが、それでもそうしなかったからこそカナタとアルファナは出会えた。
「でも良かったと思うこれで。これでもしアルファナに出会えなかったとしたら流石に寂しすぎるし」
「っ……カナタ様♪」
ギュッと、手を握る力が強くなった。
ある程度楽にはなったものの調子の悪さは健在、つまり少しだけカナタの心は弱っていた。
「本当に大丈夫なのか時間とか」
「全然大丈夫です」
「……なら、しばらく居てもらっても?」
「はい。是非お傍に居させてください」
ニコッと笑ったアルファナの笑み、それは正に聖女の微笑みだった。
「カナタ様、非常に……非常に残念ですけど今日は配信をお休みしてください」
「いや大丈夫じゃねえか?」
「お休みしてください。約束してくれますよね?」
「……ハイ」
聖女の微笑みから一転、圧を感じさせる微笑みは正に鬼神だったとカナタは後に語った。
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