この時を持ってカラスは殺された

「ここは変わらないなぁ」


 カナタが住む王国からかなり離れた距離になる帝国の地、そこに里帰りしているミラは建物を眺めながらそう呟いた。

 色々な分野が平均的に発展している王国、魔力機器が発展している公国、そして軍需産業が発展している帝国、おそらくだがこの世界で最も発展している国は帝国だと誰もが口にするだろう。


「カナタ様と一緒に来たいかな」


 配信で帝国の宰相から直接メッセージをもらうという出来事はあったものの、カナタに今のところ帝国に向かう意志がないことは分かっている。

 ミラとしてもカナタの居る場所が自身の居場所であるためそこまで彼との里帰りに思う部分はないが、それでもミラが生まれ育った帝国の地にも素晴らしい部分はあるのだと体験してもらいたい気持ちはあった。


「お土産は何にしようかなぁ」


 王都と同じく多くの出店が並んでおり、貴族御用達の高級店など所かしこで見られるが、帝国は王国や公国よりも貴族と平民の間にある壁は厚く、同時に身分による差別もかなり根深い。


「カラスとしての顔がなければ私もただの平民……ふふ、でも今はとても充実してるんだ。これも全部カナタ様のおかげかな」


 今彼女は一人だからか、普段カナタに対する丁寧な言葉遣いではない。

 本来の彼女はこういう感じの女の子で、カナタにもこの状態で接すれば今よりももっと可愛いと思われるだろうに非常に勿体ない。

 まあそれももう無理なこと、既に敬語が染みついてしまった。


「私はハイシン様のファンであり、それ以上にカナタ様の剣であり影……あぁ本当に生きててよかった。これからも私はカナタ様の為に生きるよどこまでも」


 仄暗い雰囲気を醸し出しながらミラはそう呟いた。

 彼女もカナタに対して淡い気持ちを抱いているが、それよりもミラをミラたらしめる感情は隷属の心だった。

 彼の為に生き、彼の為に存在し、そして彼の為に死ぬ。

 カナタは絶対にそのような生き方はするなと言うに決まっているのでミラが伝えることはないが、それだけ彼女の気持ちは強かった。


「お~いそこの嬢ちゃん! 良いフルーツが入ったんだがどうだい?」

「あ、是非見せてください!」


 食いしん坊ミラちゃん、それは帝国でも健在だ。

 久しぶりの帰郷ということで若干舞い上がっていた部分はあり、ちょっとだけ財布が軽くなってしまったが許容範囲だ。


「あぁ美味しいぃ♪」


 主に出店で食べ歩きし、目に見える形でお腹が膨れていた。

 そんな風に満足する中、彼女はおやっと目を凝らしてしまうものを見つけてしまった。


「……なにこれ」


 ポカンとした様子でミラは呟いた。

 帝国における時報を載せる掲示板という目立つ場所に、カラスについての記事が載せられていた。


“カラス復活! 再び表舞台に舞い降りた漆黒の暗殺者”


「……………」


 それは全く持って身に覚えのない内容だ。

 カラスはミラであり、彼女が受け継いできた暗殺者としての貌である。


「まあ私でなくてもカラスを名乗ればそれはカラスなのですが……」


 既にカラスを廃業した以上、暗殺者としての称号はどうでも良いモノだ。

 カラスとしての悪事を働いたところで困るのは名前を騙った存在、それこそミラのような能力がなければすぐに捕まって処刑されるのがオチだ。


『名前を騙られるのは面倒だぞ? ミラもカラスっていう一面があったわけだし、名前を勝手に名乗られると面倒なことにならないか?』


 そんなカナタの言葉をミラは思い出した。

 以前にカナタから名前を騙られたことに関しての話を聞いた時、その流れでこのような話をするに至ったのだ。


「……そうか。もしもカラスとして勝手に動かれて王都にまで情報が伝わった際、もしかしたらカナタ様の気分を煩わせる可能性がある。あの方はとても優しいから私のことだと尚更気にさせてしまいそう」


 きっとそうなってしまう、そんな考えがミラの中で確信があった。


「……消そうか」


 それだけ呟き、ミラの姿は陰に消えた。





 ミラではないカラスの存在、それは最近になって現れた存在だ。

 その正体はミラと同じく暗殺を生業にしている存在であり、彼女のように性別は女ではなく男だった。


「くくっ、カラスを名乗るだけでこんなにも仕事が舞い込むなんてな」


 男は笑いが堪えきれなかった。

 暗殺の仕事を請け負っていたが、カラスという存在が居たことで男の元に舞い込む暗殺は金額の安いものばかりだった。

 帝国において暗殺を依頼するならカラス、それはもう揺るがない認識だった。


「奴はもう居ない。これからは俺がカラスだ」


 人の名を騙るなど浅はかなり、とはいえ彼はそこそこ実力があった。

 カラスと比べるとその実力は劣るものの、自分の実力を鑑みて依頼を受けれるレベルを自分なりに調節できるくらいには賢かった。

 カラスと違い、男が扱うのは小型の鎌と魔法を駆使した戦いなので色々と応用が利く殺し方が出来る。


「……?」


 暗殺者だからこそ、男は気配にも敏感だ。

 今男が居るのは高級宿になるわけだが、部屋の扉の向こうで知らない気配が立ち止まったのを感じ取った。


「……誰だ」


 問いかけても返事はない、男は鎌を片手にゆっくりと扉に近づいた。


「……………」


 明らかに異様な雰囲気を感じるが、この宿は高級の名が付くように貴族が手を伸ばす経営でもあるため問題を起こせば目の敵にされるのは当然だ。

 なので頭の働く者ならば決して面倒ごとは起こさない場所である。


「……よし」


 男が扉に手を掛けた瞬間、背後のガラスが開いた音がした。

 すぐに背後に体を向けると、何かが首を掴んだ感覚と共に体が浮遊した。


「っ!?」


 息苦しさを感じたと思ったら景色が移り変わり、今男が居た宿からかなり離れた外に移動していた。


「ごほっ……げほっ!!」


 首に感じた圧迫感がなくなり空気が喉に通る。

 突然の出来事に驚くよりもまずは調子を整えることが大切と考え、男は警戒を最大限にしながらも息を整えた。


「お前がカラスを名乗っている者で間違いはないな? あぁ頷かなくても良い、確信があったからこそお前を連れてきたのだから」


 その声は男か女か判別しずらいものだった。

 男が目を向けた先、その場にいたのは黒衣を身に纏った一人の人間……男はその姿を良く知っていた。


「か、カラスだと!?」

「あぁその通り、既に廃業したはずだが、どうも馬鹿が名乗っているようでな」

「っ! クソッタレが!!」


 奴は本物のカラスだと男は確信した。

 その瞬間、男は地面に煙幕を発生させる球を叩きつけた。


「愚かな。逃げても無駄だというのに」


 そんな呆れたような声が聞こえたが男は気にせずに足を動かした。

 建物から建物を飛び移り、鍛え続けた足腰を存分に活かして音速の動きを実現している。

 男は本当に実力のある暗殺者だった……ただ、相手が圧倒的に悪かった。


「中々速いな。だが私に比べれば遅い」

「な、なんだと!?」


 いつの間にかカラスが隣を並走していた。

 そのまま何かが煌めいたと思えば男の体は吹き飛び、瓦礫の山に叩きつけられて動きを封じられた。


「……一体何が……っ!」


 おかしい、それは自分の足だった。

 立ち止っている暇はなく、逃げなければならないはずなのに足が動かなかった。


「お、俺の足が……足があああああああああっ!?」


 足が斬り落とされていた。

 あまりにも綺麗な断面、それこそ肉と骨が同じ角度で切断されている。


「これで逃げられまい?」

「……舐めんじゃねえ!!!」


 男は魔法を発動させ、中級魔法をカラスに叩きこもうとした。

 腕に輝く魔法陣によって炎の渦が形成され、そのまま発動するかと思われたがやはりこれも上手くは行かない。

 スパッと音がしたかと思えば、今度は男の腕が飛ばされていた。


「……おいおい、冗談だろ」


 それは痛みすら感じないほどに鮮やかな手腕だ。

 カラスが手に持っている剣は漆黒を体現しており、月明かりに照らされて宝石のように輝いていた。

 更にその剣にベッタリと付いている赤い血も美しく、それが自分の血だと思わなければ目を奪われていたはずだ。


「確かにお前を私は消そうと思ったが、ただ名前を偽るだけなら捨て置くのも悪くないと考えた。だが新しくカラスを名乗るお前を調べれば調べるほど、決して見逃せない事実に辿り着いた」

「……………」


 カラスとの距離は二十メートルは離れていたはずだ。

 それなのにいつの間にかカラスは男のすぐ傍に来ており、既にその剣は男の首に添えられ動脈に傷を付けていた。


「……あ」


 ぷしゅうっと男の視界の隅で血が噴き出た。

 すぐに意識が暗闇に沈んでいくのを感じながら、男は真のカラスから放たれる最後の言葉を聞いた。


……カラスの名でハイシン様の暗殺を受け入れただろう。たとえ実行出来ない前提の前金狙いだとしても、それだけで貴様は死ぬに値する」


 男はこうして一生を終えた。

 男が息絶えた場所は建物の陰とはいえ、日中になればすぐに気付かれる場所だ。


「ちょうどいい、そんなにカラスが名乗りたかったのなら死んでもなおカラスとして死ぬと良いんじゃないかな」


 カラスとして男が交わした契約書、それを全てこの場においてカラスは……ミラはその場を去った。


「お仕事終わり、さてとカナタ様の配信を聴かないと!!」


 これにてミラのカラスとしての姿は永劫に渡って見られることはない。

 ミラは暗殺者としての顔から女の子の顔へと切り替わり、宝物のイヤホンを耳に嵌めてカナタの声を聴いて歓喜の奇声をあげるのだった。

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