それは間違いなく火を点けた

 その女の子はカナタをパパと呼び、まるで娘が父親に甘えるかのように抱き着いて離れない。

 カナタは当然困惑しているし、マリアとアルファナもどういうことだと思ったがすぐに冷静になったのか整理したようだ。


「この見た目から察するにあのアルラウネでしょうか」

「みたいね。ミント、そう名乗ったわね確か」

「あ、お母さんを知ってるの?」


 どうやらビンゴみたいだ。

 しかし、カナタとしてはミントとの出会いは昨夜が初めてであり、彼女と交配した記憶はなければそもそも彼はまだ童貞である。


(まさか知らないうちにそんな羨ましいことをしたのか!? っていやいや、子供が出来た時点で羨ましいもクソもあるか! とにかく俺はやってないぞ!?)


 犯罪者はみんなそう言う……というのは置いておいて、誤解がないように言うなら本当にカナタは何もしていない。

 それだけは確かなことであり疑う余地はないのだ。

 みんなして女の子に目を向ける中、昨夜に聞いたあの声が聞こえた。


「失礼するわぁ」


 扉を開けて入ってきたのはミントだった。

 昨日と同じくハイシン様シャツに身を包んでいる彼女が姿を現すと、女の子は目を輝かせて彼女の元に向かった。


「ママ!」

「あらあらぁ、早速パパの所に行ったのねぇ?」


 そしてミントはニコッと笑った。

 その笑みは美しいものであったものの、カナタたちが今欲しいのはそんな笑顔ではなく事情の説明だ。


「落ち着いてぇ、ちゃんと説明するからぁ」


 相変わらず間延びした声にペースが乱されそうになるが、一からミントはゆっくりと説明してくれた。

 まずその女の子の名前はユアと名付けたらしく、今朝方生まれたらしい。


「ほら、彼の魔力をこの身にたっくさん注いでもらったでしょう? そのおかげで身籠ってしまってね。私たちにとって上質な魔力は子種と同じだもの」

「……………」


 カナタは開いた口が塞がらなかった。

 アルラウネという種族の交配システムがどうかは分からないが、あんな風に魔力を注ぐだけで彼女たちは孕んでしまうとのことだ。

 ただ彼女もちょっと魔力を分け与えてもらうだけだったはずなのだが、あまりにもカナタが魔力が上質であったため夢中で搾り取ってしまったらしい。


「そんなことが……」

「ま、まああれだけお腹膨れてたし……」

「ビクンビクンしてましたもんね」


 あれは本当にエッチな光景だったなとカナタは思い返す。

 ミントも興奮した様子であの時のことを喋り始めた。


「凄かったのよぉ? あの後に私はこの子がお腹の中に居ることが分かってね? その子を産むときに彼から与えられた魔力が抜ける感覚……あれはもうクセになるわ。それこそずっと絶頂状態――」

「分かったからそれ以上言うな!!」


 これ以上はセンシティブだとカナタはミントの言葉を遮った。

 あまりにも難しい話をしていたからかユアは眠ってしまい、あまり大きな声を出すことも出来なくなった。

 その後、両親は畑仕事に出向いたことでようやく色々と腹を割って話すことが出来そうな時間がやってきた。


「ハイシン様ぁ? この子が生まれたのは偶然の産物、いずれは子孫繁栄のために子供は作っていたのでそれが早くなっただけのこと。あなたに迷惑は掛けない、この子はしっかりと私が育てますわぁ」

「……えっと」


 つまり何もしなくて良いと彼女は言っているわけだ。

 確かにカナタからすれば全く知らない間の出来事だし、望んだわけでもなく勝手に出来てしまった子供だ。

 まるで無責任にはっちゃけて子供を出来たものの、俺は知らないと駄々を捏ねる最低男のような気がしないでもないが、カナタは取り敢えずこう口にした。


「まあ俺が原因の一つでもあるわけだし、何か困ったことがあったら言ってくれ」

「……良いんですかぁ?」

「もちろんだ。それに……」


 カナタはユアを抱くアルファナに目を向けた。

 幼い子供が眠っている姿が可愛いのか、アルファナを含めマリアとミラも可愛いと口にしながらその寝顔を覗き込んでいる。

 どうやらかなり母性を刺激されているらしい。


「何だかんだ、これもまた縁ってことかもしれないし」

「……そう? そう言ってくれるなら嬉しいですわぁ」


 とはいえ一度魔界に戻りシュロウザには話をするらしい。

 どうしてそこでシュロウザの名前が出たのかとマリアたちは首を傾げていたものの、彼女のサポートがあれば確かに安心出来るだろう。


(……俺何か言われるかなぁ)


 そんな不安もないわけではないが、取り敢えずユアのことに関してはこれで解決と見ても良いかもしれない。

 その後、ミントはユアを連れて村を出て行った。

 先ほども言ったがユアのことに関しては全く予期していない出会いなのだが、これまた縁だとカナタは受け入れた。


「子供ですか……可愛いものですね」

「えぇ。ああいうのを見ると憧れるわ」


 どうやら二人も思う部分はあるみたいだった。

 カナタは気付いていないが、二人が何かを気持ち新たにして彼を見ている。


「……………」

「……………」


 その瞳に宿る意味は何かは分からない、それでもカナタに関する何かであることは間違いなさそうだ。

 ミントとユアのことはシュロウザを通じて気に掛けるとして、滞在最終日となってもカナタの過ごし方は何も変わらない。

 相変わらず畑仕事を楽しむマリアとその傍で見守るミラから離れ、俺とアルファナは村長の元に居た。


「改めて聖女様、この度は村のことにお心を割いていただきありがとうございます」

「いえいえ、遅かれ早かれやらなくてはならなかったことですから」


 村長は深々とアルファナに頭を下げていた。

 どうしてアルファナが実際に行動に移したのか、それを村長は知らないしカナタも恩を売るつもりではないのでわざわざ公言したりもしない。


「しかし……どうしてあのようなタイミングだったのでしょうか?」

「あぁそれは――」


 しかし、アルファナは伝えるようだ。

 カナタに視線を向けた彼女、当然そうなるとアルファナと向かい合っていた村長もどうしたのかとカナタに目を向ける。

 クスッと微笑んだアルファナはこう言葉を続けた。


「カナタ様の故郷についてお話をする機会がありました。その時に村に続く道の不便さを聞いたのですよ。私はカナタ様にお礼がしたかったので、そういう意味もあって尽力させていただきました」

「カナタが……」


 ちょっと恥ずかしいなとカナタは頬を掻く。

 すると村長はとあることが気になっていたのか、アルファナに対してこんな疑問を口にした。


「時に聖女様、何故聖女様をカナタのことをそのように呼んでいるので?」

「それはですねぇ」


 ニコッと笑みを浮かべたアルファナはカナタの腕を取った。

 そのままコテンと頭もカナタの肩に預けるようにくっ付け言葉を続けた。


「お慕いしているからです♪」

「……むぐっ!?」


 カナタはドクンと心臓が跳ねたが、それよりも村長の方が今の言葉に衝撃を受けたらしく胸を押さえた。

 軽い呼吸困難に陥ったらしく息を整えるのに必死だが、そこまで驚かなくてもと思う反面、まあ仕方ないよなとカナタも苦笑を浮かべた。


「えっと……あまり本気にしないでくれよ村長」

「あら、私は本気ですのに」


 攻めるのはここだと言わんばかりにアルファナも攻勢を強めた。

 しばらくして村長は元の調子を取り戻したが、流石に驚いたとは言ってもただの平民であるカナタと聖女であるアルファナのことなので、やっぱりそこまで信じてはいなかった。


「それではこれで失礼させていただきます」

「こちらこそ貴重お時間をありがとうございました」


 村長宅を出てからカナタとアルファナはゆっくりと村の中を歩き、マリアとミラの元に戻った。

 村の幼い子供たちと野菜の種を植えているマリアの様子を眺めつつ、ベンチに座ってカナタは口を開いた。


「アルファナ」

「はい?」

「マリアもそうだけど……本当にありがとうな」

「いえいえ、本当に気になさらないでください」


 そうは言ってもやはり何度お礼を言ってもこの恩は伝えきれない。

 とはいえこうして二人でいる時、アルファナに対して感謝を感じれば感じるほど彼女に告白の答えを返していない自分が嫌になる。


(……俺は)


 心のどこかで彼女のような素敵な女性に好かれる人間ではない、そんな風に卑下しているのも確かだろう。

 気にしなくても良いと言われているのに気にしてしまう、ハイシンという側面が無ければ普通の人間であるからこそ気にするのも仕方のない話ではある。


 良いから付き合っちまえ、何を悩む必要があるんだと、そう言えるのは何も知らない外野だけだ。


 思う存分悩むと良い。

 人間とは常に迷いの中で生きているのだから。

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