カナタ、パパになる
ロギンでの滞在二日目の朝だ。
「……ふわぁ~」
大きな欠伸をしながら上体を起こしたカナタはおやっと首を傾げた。
いつも寝起きしている寮の部屋ではなかったせいか、少しだけ寝ぼけているのもあって里帰りしたことを忘れているらしい。
「……あ、そうだったわ。俺ロギンに帰ったんだった」
ようやく頭が稼働してきたことで鮮明に思い出した。
一人で里帰りしたわけではなく、王国にとってやんごとなき身分の二人が一緒なのも遅れて思い出したカナタは小さく息を吐く。
「本当に良く許可っつうか、色々と事が進んだよな」
女神の仕業についてカナタは知らないので、当然このように首を傾げる以外に答えを出すことは出来ない。
おそらくイスラが直接話すかしなければ辿り着けない真実、その後もしばらくカナタは考え続けたがやはり分からなかった。
「取り敢えず起きるか」
上体を起こしたカナタは部屋を出た。
流石にいくら親しい仲といえど女性陣と共に寝るという選択肢はなく、彼女たちはみんな急遽用意した部屋で寝てもらった。
『狭くてすまないな』
『そんなことないわ』
『気にしないでください』
『全然大丈夫です!』
カナタの家は決して立派ではないし、部屋もそれぞれ寮のような彼女たちが普段使っている場所に比べたら圧倒的に狭い……にも拘らず、彼女たちは嫌な顔を一つしなかったのもカナタにとっても、そして両親にとってもありがたいことだった。
「もう起きて……っておいおい」
実家だからこそ気が抜けていた。
女性陣が使っている部屋の扉をノックすらせずに開けようとしてしまいカナタはすぐに手を引っ込めた。
ただ、こうしてカナタが部屋に近づくとあの子にはすぐに勘付かれてしまう。
「カナタ様ですか?」
「あら、カナタ君? 入ってこないの?」
「……えっと」
聞こえてきたのはマリアとミラの声だ。
気付かれたのはともかく、入ってこないことに不思議そうな声を出されるのもカナタとしては反応に困る。
「まだ寝巻だろ?」
「えぇ」
「はい」
「……じゃあダメだろ」
「そんなことないわよ。どうぞ」
いや、やっぱりダメだと背中を向けようとした瞬間に扉が開いた。
開けたのはマリアだったが、彼女の姿はあの公国で一緒に寝てしまった時と同じ寝巻だった。
あの時と比べて服は乱れておらず刺激的な光景ではないのだが、それでも女性の寝起きの姿というのはやっぱり来るものがある。
「っ……」
「ほらどうぞ」
「お、おい……」
マリアに手を引かれてカナタは部屋の中に入った。
いつもは誰も使わない部屋なのに、三人の女性が居るというだけで何故か華やかに見えてしまうから不思議だ。
(それにめっちゃ良い匂いがする……)
それは天国に導くような花の香りだった。
カナタはフワフワした気持ちになりながらも、それが逆にまだ少し眠かった頭を完全に覚醒させてくれた。
とはいえ自分の実家なのだから逆に緊張するのが不自然だろうと、カナタはキリッと表情を引き締めた。
「カナタ君、そんな真剣な顔で私を見つめてどうしたいの?」
「……え?」
「……ぷふっ」
「……………」
こうやって揶揄われるくらいには距離が縮まっているのだなと、少しだけ嬉しくなるのと同時にやっぱり恥ずかしさも感じてしまう。
異世界に転生し無限の魔力を手に入れ、彼女たちのような美少女たちとお近づきになれている今の人生は間違いなくバラ色だ……しかし、やはり女性慣れしていないだけにカナタの心臓はうるさかった。
「まだアルファナは寝てるのよ。まあこの時間だと別に遅いわけでもないけどね」
「昨夜に目を閉じた時から全然動いてないんですよ」
「……へぇ」
どうやらアルファナはかなり寝相が良いらしい。
マリアの見つめる先には綺麗な寝顔のアルファナが横になっており、寝巻がハイシン様シャツでなければ完璧だった。
お腹の上で両手を合わせ、一定のリズムを刻む呼吸に合わせて豊かな胸が上下に動いていた。
「……寝る時にこれ着てんだ?」
「作ってからずっとそうみたい。私も寮で寝る時は着てるけど」
「私も寝る前には着てますよ。生地が肌に優しくて凄く寝やすいんですよね」
「まあそれは確かに」
今は家族の手前着ていないが、カナタも寝る時は着ているのでその気持ちは痛いほど理解できた。
「すぅ……すぅ……」
眠り続けるアルファナの傍に腰を下ろすと、僅かにアルファナの体が動いた。
ずっと体勢を変えていないと言ったが、彼女は傍に腰を下ろしたカナタの方へ体を向けるようにして背中を丸めた。
「カナタ君が傍に来たから無意識に反応でもしたのかしらね」
「それは……嬉しいもんだな」
恥ずかしくはあっても、こうして反応してもらえるのは嬉しいことだ。
「まあでも私が勝ちね。だってあの時、私とカナタ君はお互いに向き合って眠っていたんでしょう?」
「はい。ちゃんと何もないことを確認するために見ましたから」
「……………」
あれはある意味事件だが、これもまたこの先揶揄われるネタになりそうだった。
「?」
「あら」
「可愛いですね……」
ちょこんとアルファナの指がカナタの服に触れた。
そのまま逃がさないと言わんばかりに弱い力ではあるものの握りしめたことで、勝手に離れるのも難しくなってしまった。
体は十分に大人の魅力を兼ね備えているアルファナだが、その背丈に関しては本当に小さいのでこうして眠っている姿は非常に幼く見えてしまう。
カナタは手を伸ばしてアルファナの髪の毛に触れ、優しく起こさない程度に撫でるのだった。
「……私も寝たふりをすれば良かったかしら」
「もう遅いですよ」
ミラの冷静なツッコミにマリアが分かってるわよと唇を尖らせた。
一国の王女と元暗殺者のやり取りにカナタは笑みを零しつつ、改めて実家にこうして国の重要人物たちが居ることの異常性を認識した。
「ほんと、普通じゃあり得ねえだろ。マリアもアルファナもここに居ることが」
「そうねぇ。でも許可が出たのだから今更よ」
それはそうなのだがとカナタはため息を吐いた。
「……………」
「どうした?」
「……いいえ」
いきなり黙り込んだかと思えば、マリアはジッとアルファナの頭を撫でるカナタの手を見つめ続けている。
もしかしたらマリアも撫でてほしいのか、なんてことをカナタは考えたがどうやらそうでもないらしく、マリアはずっと何かを考え続けていた。
「……はれ?」
「お、起きたか?」
「……カナタ様?」
そこでようやくアルファナが目を開けた。
ただまだ少しボーっとしているようで瞼は半分しか上がっておらず、傍に居るはずのカナタの存在すら曖昧に認識している様子だ。
「あ、そうだわ。アルファナって結構寝ぼけることが多いのよ。もしかしたら――」
そうマリアが口にした瞬間、まるで蛇ががゆっくりと這い寄るようにアルファナの腕がぬるりと腰に巻き付いた。
「カナタ様ぁ……ふへへ♪」
「……あ~やっぱそうなるのね」
「寝相は凄く良いですけれど、寝起きはこんな感じなんですね」
アルファナは腕を体に巻き付けるだけではなく、頬をカナタの股の部分に当ててスリスリと擦ってくるのだから色々と大変だった。
その後、すぐにアルファナは完全に目を覚ましてくれたのでカナタは助かった。
「えっと……何やら好き勝手をしてしまったみたいで……」
「いや大丈夫だ」
まあ男からすればご褒美というか至福の時間だったのは確かだった。
「……良い場所ですけど、もう昼過ぎには帰るんですよね」
「えぇ……」
「残念です……」
そう、本当は三日ほど滞在する予定だった。
しかし流石にマリアやアルファナたちが傍に居るということで、こちらに泊まることは一日だけにしようと決めたのである。
なので帰りの距離を考えると昼過ぎには出発しなければならない。
「そんな風に残念に思ってくれて嬉しいよ俺は」
故郷を気に入ってもらえたのならそれ以上に嬉しいことはない。
きっと両親だけでなく、村長を含め他の村人たちも喜んでくれるはずだとカナタは笑みを零した。
しかし、この異世界においてカナタはどうも面倒ごとに好かれているらしい。
「やれやれ、昨日は王女様方の姿に度肝を抜かれたもんだけど……この騒がしさを経験すると寂しくなるね」
「そうだなぁ。なあカナタ、また帰って来るんだぞ?」
「もちろんだよ」
その時はまたみんなを連れて来る、そう口にするとマリアたちも是非にと頷いた。
朝から繰り広げられる騒がしくも温かい家庭の風景、だが二度目になるがカナタは面倒ごとにとことん好かれていた。
「あ、ここだ!」
それはとても幼い女の子の声だった。
扉の向こう側からその声が聞こえたと思えば、ガラッと音を立てて扉が開き一人の少女が姿を見せた。
「女の子?」
「……いえ、これは」
「……魔族?」
そう、突如現れたのは魔族の女の子だった。
歳はおそらく五歳程度くらいの幼さ、特徴的な緑の髪と瞳で……どこか昨日出会ったミントを彷彿とさせる姿だ。
「魔族ですって?」
「……ほう、こんな幼い魔族の子も居るんだなぁ」
そして両親の反応だが……どうも以前にどこぞの魔族に助けられたことがあって慣れているらしい。
その子は果たして何者なのか、一同がそれを考えていた時――女の子は特大級の爆弾を放り込んだ。
「パパ!」
「……うん?」
女の子はカナタに指を向け、確かにパパと口にした。
その瞬間、マリアとアルファナが物凄い勢いでカナタに目を向け、両親も驚いたようにカナタを見つめている。
ミラだけは食事に夢中になっていたが。
「パパ!」
抱き着いてきた女の子を抱き留めたカナタは一言、こう口にした。
「俺は何もやってないぞ!!」
いまだに童貞なのに子供が出来てたまるかというカナタの叫びだった。
故郷に戻った最後の最後に、何とも言えない大事件が待っていた。
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