別世界のお話を物語に

「……ふぃ~、今日は色々とあったなぁマジで」


 色々、本当に色々なことがあったなとカナタは思い返した。

 今彼が居る場所は馬車の中、配信をするために持ってきた機材の前に彼は座っていた。

 流石に実家の中でやるわけにもいかず、かといってどこか場所を取ったとしても村人のあの姿を見てしまうとどうにも落ち着かないからこそ、こうして必然的に馬車の中になったわけだ。


「モミモミしますねカナタ様」

「あ~……ありがとうアルファナ」


 少しばかり官能的な言い方だったなとは口にしない。

 アルファナが言ったモミモミとは肩もみのことで、色々あって疲れているであろうカナタを労わっての行動だった。

 後数分後には配信が始まるということだが、流石に外配信というのもあって警戒は人一倍している。


「外に関してはお任せを。最大限に警戒していますから」


 ミラの気配察知を抜けれる者はそうは居ないため、彼女が警戒をしていればまず大丈夫だろう。

 もちろん警戒をするとは言っても配信はしっかりと聞くとのことで、音が漏れないように彼女はキッチリとイヤホンを耳に付けていた。


「ミラさん、それで本当に集中できるのですか?」

「出来ますよ。だって私、カナタ様の配信を聴くとトランス状態になっていつも以上に集中できますから!」

「……それは大丈夫なのか?」


 一気に不安になったカナタだった。


「でも私とアルファナは本当に特等席ね。こうしてカナタ君の配信を実際に聴きながら過ごせるのだから」


 ミラも傍に居るが、マリアとアルファナはそれ以上に傍に居ることになる。

 せっかくだから傍で聞くかと言ったカナタの提案に二人は頷き、絶対に喋ったりせず音を入れない約束をした。


「魔法で声などは遮断するので大丈夫ですからね」


 音を遮断するのも気配を消す魔法の応用だが、やはり流石は異世界というだけあって魔法は万能だった。

 こうして誰かに見守られながらの配信は公国以来だが、そこまで緊張することでもないし、何よりハイシンのことに関して色々としてくれた二人への最大限のお礼でもあったのだこの試みは。


「ま、今日は雑談にしようかと思ったけど……ちょっと初めてのことをしようかと思ってんだ」

「新しいこと?」

「何なの?」


 ワクワクした様子の二人に向かってカナタはニヤリと笑った。

 まあそこまで特別なことではないが、ただでさえ配信という娯楽がなかった中カナタだけが出来ることとして思い付いたことがあった。


「以前にミラに俺が知ってる物語を話したことがあってな。この世界にも絵本みたいなものは存在するけど、どうも俺がミラに語ったようなものはないらしくてさ。それを聞かせるみたいな感じだ」

「……なるほど」

「読み聞かせって感じかしら?」


 あくまでカナタの記憶の中にある物語をごちゃごちゃに混ぜて面白おかしく脚色を加えての物語になるのだが、ミラの受けが良かった以上は他の人にも響くかもしれないと思っての試みだ。


「それじゃあ始めるぞ。ミラも頼むぞ~?」


 は~いと、可愛く三人の返事が響くのだった。





 ほどなくしてカナタの配信が始まった。

 それをすぐ近くで見守るマリアは歓喜に体を震わせるようで、更に言えば少しばかり鼻息が荒かった。

 とはいえそれすらも魔法によって音は遮断されているため聞こえないが、隣のアルファナが落ち着きなさいと言わんばかりに頬を抓ってきた。


(落ち着きなさい、淑女がしてはいけない顔をしていますよ?)

(だって興奮するでしょうが! あなたもそうでしょうアルファナ!?)

(こういうことは顔に出さず、頭の中で必死に妄想で済ませるのが良い女です)

(ぐぬぬ……)


 ちなみに二人とも思考は読めないし読唇術なんてものも使えないのだが、何故か今だけはそんなやり取りが成立していた。


「……素敵ね。こうやって生声を聴けるなんて」


 ハイシンとしての生声、それを間近で聴けるなどファンとして最高の瞬間と言えるだろう。

 マリアだけでなくアルファナも頬を赤く染め、カナタの背中を見つめながら時折体を震わせているのは果たして何をしているのか……。


「今日はちょいみんなに物語でも聴かせようかなって思ってな。雑談でもお便りコーナーでもない新コーナーの読み聞かせだぜぃ!」


 ほら来たわよとマリアはワクワクした気持ちでカナタの言葉に耳を傾ける。

 こうして実際に声を聴いているマリアだが、自身の端末からコメントの動きも見ていた。


:読み聞かせ?

:絵本を読むみたいなやつ?

:絵本じゃなくて書物か?

:昔の伝説とかを聴かせる感じかな?

:それか!


 一応この世界にも過去の伝承を記した書物などは存在しており、学者であったり興味を持った子供も自由に閲覧できる図書館のようなものも存在している。

 マリアも有名なものは目に通したことがあるものの、おそらくカナタがこれから話すであろう物語はそのどれでもないという確信がある。


(カナタ君、あなたは私たちにどんな物語を聴かせてくれるの?)


 そんな期待感を抱く中で、カナタの読み聞かせは始まった。


「それはある日のことだ。一人の少年が朝に目を覚まし、一緒に住んでいる父親と母親の頭の上に一つの数字が見えた。それぞれ八という数字が浮かんでいた。目がおかしくなったのか、それとも頭がおかしくなったのかと少年は心配になるが、その現象は到底説明の付くものではなかったわけだ」


 カナタが話し始めた物語はこの世界に存在する書物に記されたモノとは全く関係のないモノであり、更に言えば現実味の無い内容だったのだ。

 とはいえ現実味のない話だからこそ、それはあくまで空想上の物語として軽い気持ちで感情移入できるなとマリアは頷いた。


「少年が学院に行った際、教師の頭にも数字が浮かんでおりそれは四だった。両親が八で教師は四、更に謎は深まるばかりである。教室に入ると当然のようにクラスメイト全ての頭の上に数字が浮かんでおり、良く話しをする友人たちは六から七、あまり話をしない生徒たちは四か五だった」


 この数字は何を示しているのか、まだマリアには想像が付かなかった。

 そんな中、普通に文章を読むようにしていたカナタだったが、まるで登場人物の台詞を感情を込めて話すようにもなった。

 しっかりと抑揚を付けて喋るからこそ、更にマリアたちを含めリスナーたちを物語の世界に引き込んでいくかのようだ。


「その数字を見て少年はまさかと思い、こんな考えを持った。もしかしたらこれは俺に対するみんなの好感度を示しているのではないかと。両親が八ということはおそらく上限は十くらい、そんなことを少年は思ったが……クラスに登校してきた学院一の美人の頭に浮かんでいた数字は三十、それを見た時少年は絶望した」


 それからもカナタは空想を語るように喋り続けた。

 基本的にこの世界の物語は先ほども言ったように伝承であったり、剣士や魔術師などが活躍する物語だったりするのでカナタが話した物語は新鮮だった。


(……えっと、つまり出てくる女の子たちの好感度が突き抜けているという設定なわけね?)


 内容としてはある種の勘違いを題材としたものらしく、少年は好感度の上限が十程度だと思っていたのだが、ヒロインの子が三十という数値だったのでもしかしたら百かもしれないと思ってしまった。

 上限が百ならば十にすら満たない両親や友人たちからの評価が最低ということになってしまい、それを考えたことで少年は絶望した。


(ところが本来なら上限は十だけれど、その女の子はあまりにも好きすぎて限界突破してしまったと……なるほど)


 マリアは理解が速かった。

 本来なら限られた好感度の更に上に突き抜けた女の子たちとの日々を描いた物語だが、あまりにも強すぎるその想いに主人公がタジタジするというのが物語の全貌だった。


「……ってな感じだ。さてさて、あまりにも重すぎる想いを向けられる主人公は一体どうなってしまうのか、というところで今日はお終いだな」


 ヤンデレハーレム物の物語、当然この異世界にヤンデレという言葉は存在しないのでカナタは丁寧に言葉についても説明していた。


「え、そんなに続きが気になるのか?」


 今まで読んだことも聞いたこともない話、それこそ違う別世界を思わせるような話だからこそリスナーたちの心は掴まれた。

 実際にマリアもこの後男の子はどうなるのか、どんな風に女の子たちに求愛されたりするのかを考えてドキドキしたほどだ。


「……続きが気になりますね?」

「えぇ……というかこの重たい女の子ってアルファナみたいじゃない?」

「失礼な。私は純粋にカナタ様を慕っています!」

「私だって同じよ!」


 カナタが話してくれた物語に登場する重い感情を持った女の子たち、マリアとしてはなと強く頷くのだった。



 ちなみに、カナタのこの読み聞かせは結構盛況で続きを求める声も多かった。

 このような物語だけでなく、他にも女性を主人公にした物語もいくつかあるとのことで是非披露してほしいと数多くの声が集まった。


 更にはカナタの知る物語を書物にしてはどうかという提案もされ……まだまだ彼は色んな部分でその影響力を強めていきそうだ。

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