村の変化

「今日はハイシン様の配信はあるのかしら!?」

「分かんねえ……でも聴きたいよなぁ!!」

「あぁハイシン様! どうか今日もそのお声を――」

「……………」


 カナタは口元を思いっきり引き摺らせていた。

 女性陣から離れ、久しぶりに小さな村の中を回っていたら若者を中心にまさかのハイシンブームが巻き起こっていたのだ。

 村に入る段階ではまだ気付かなかったが、いざこうして目の当たりにすると有名になって嬉しいという気持ちを飛び越えてやっぱり複雑だった。


「あ、お~いカナタ!」


 村の若者衆とは当然面識があり、幼い頃は野山を一緒に駆け回ったものだ。


「ひ、久しぶり……」


 若者衆に囲まれ、マリアやアルファナたちについて聞かれるのはまだ良かった。

 その後、彼らの話題は当然としてハイシンのことに移っていく。


「カナタはハイシン様についてどう思うんだ!?」

「もちろん最高よね!? 大ファンよね!?」

「これ見てくれよ、ちゃんとシャツまで買いに行ったんだぜ!?」


 彼らの中でカナタがハイシンだと繋がるわけもなく、仲間だと信じて疑わないようにハイシンについて語り合っている。

 実際に有名になりたいというか、チヤホヤされたかった願望がなかったわけではないのだが、実際に昔からの知り合いである彼らがこうまで変わってしまったのは少し複雑だった。


(……落ち着け、落ち着くんだカナタ! 数多く居てくれるファンだと思え、有名税だと思えば軽いもんだろうが!!)


 ふぅっと小さく息を吐き、カナタの心は僅かに落ち着いた。

 一応馬車の中には出先でも高品質な配信を行えるように機材をマリアたちの協力もあって忍ばせているが……もしかしたら配信を始めた瞬間、村の中で歓喜の雄叫びのようなものが響き渡るのだと思うとちょっと怖いものがある。


「じゃ、じゃあ俺は行くわ」

「おう!」

「また語り合いましょうね!!」


 彼らはワイワイ騒ぎながら行ってしまった。

 その背中を見送り、カナタが向かった先は村長の家の近くだ。


「おや、カナタじゃないか」

「久しぶりっすね村長」


 よぼよぼの爺さんだが、まだ天から迎えが来そうにないほど元気な様子だ。


「おぉカナタ、儂は幸せ者だ」

「何が?」

「うむ、こうして村のことを気に掛けてくれた聖女様方に会えたからの」

「……あ~」


 そのことはカナタも知っておりアルファナにお礼は口にした。

 話を聞くだけならば簡単なはずなのに、こうして実際に行動に移してくれたことにカナタは大きな感謝と恩を抱いている。

 それこそ正に聖女と呼ばれるに相応しい慈愛の持ち主であることと、カナタだからここまで迅速に動いてくれたのかという気持ちもあった。


(……ったく、どれだけ良い人なんだよアルファナは)


 もちろんアルファナだけでなく、マリアやミラたちにも感謝しているがあまりにもアルファナの優しさがカナタの身に沁みていた。

 カナタの全ての事情について知っているわけではないはず、それでも別の世界のことを例に出してカナタを受け入れてくれたことが本当に大きすぎる。


「……ふぅ、恵まれすぎだろ俺は」

「何がですか?」

「え?」


 後ろから聞こえた声に振り向こうとした瞬間、目の前を何かで覆われた。

 おそらくカナタの目を隠しているのは手であることは分かるのだが、同時に目隠しもしながら体をくっ付けてきている感触も伝わっている。


「アルファナだろ?」

「あ、分かりますか」

「もちろんだ」


 そもそも声の時点で気付けるほどに簡単な問題だ。

 手が離れたことでそちらに振り向くと、やはりそこに居たのはアルファナだった。


「何やら考え込んでいた様子だったので……大丈夫でしたか?」

「全然大丈夫。マリアたちは?」


 抜け出してきたのはアルファナだけらしく、マリアとミラはそれぞれ楽しそうに作業をしているらしい。


「マリアは畑仕事がとても楽しいらしく、ミラさんはまた魔物を狩りに外に出て行きました」

「……めっちゃ満喫してんだな」

「二人とも普段では経験できないからか、とてもイキイキしていますね」


 王都のように娯楽もなければ施設もないのでどうなるかと思っていたが、思いの外楽しめているのなら幸いだ。

 アルファナも畑仕事は楽しいのか、またマリアと一緒に作物を植える約束をしたらしい。


「私は聖女としてこのようなことはしてきませんでしたから……ですが、聖女として見出されず平民として生きていたのならこんな生き方もあったんでしょうね」


 そしてそれはカナタも同じだ。

 もしも魔力を持っていなければ学院に向かうこともなかっただろうし、ハイシンとしての活動を行わなかったのでそもそも配信という文化はなかった。

 更に言えば、彼女たちと出会うこともなかったはずだ。


「俺もこの村でひっそりと過ごしていた未来もあったのかもな。アルファナたちに出会わずにひっそり……って感じでな」

「そうですね……ですけど」


 カナタはアルファナに手を握られた。

 アルファナは両手でカナタの手を包み込み、真っ直ぐにカナタの瞳を見つめながら言葉を続けた。


「既にカナタ様と出会いましたから言えることですけど、確かにそんな未来もあったのかもしれません。ハイシン様という存在が居ない世界、だからこそ私とカナタ様が出会う未来はなかったかもしれない……しかし今なら自信を持って言えます。私、そんな未来は絶対に認めません」

「……アルファナ?」

「私はもう、カナタ様に惹かれています。この想いを知ってしまったなら、カナタ様のことを知ってしまったのなら……たとえ仮定であってもカナタ様と出会わない世界のことなんて考えたくないんです」


 それは必死の想いだった。

 目を丸くしてその言葉を聞いていたカナタだったが、そうだなとカナタもアルファナに対して頷いた。


「こんな風にハイシンとして充実してさ、カナタとしても充実している今を知ってしまったら確かにそんなことは考えられないな。アルファナやマリアたちと知り合ったこの楽しさがない世界……あぁ、想像したくねえわ」

「ですよね。うふふ♪」

「どうした?」


 意味深に、そして少しばかり色気を含んだアルファナの笑みにカナタはドキッとしたものの、あくまで平常心を保つようにして問いかけた。

 アルファナは握っていたカナタの手を解き、そのまま体を預けるようにして胸元に体を寄せてきた。


「っ……アルファナ?」

「ドキドキしていますね……カナタ様?」


 カナタの心音を聞くように胸元に耳を当てたアルファナ、彼女は次にカナタを見上げてそう口にした。


「私もドキドキしています……手を当ててください」

「お、おい……」


 アルファナはカナタの手を取ってその胸に当てた。

 ふんわりとした豊満な感触を通り越し、ドクンドクンとアルファナの鼓動が手の平に伝わってくる。


(……ヤバい、何だこのフワフワした気持ちは……)


 頭から体に掛けてとてつもない熱を持っているように熱かった。

 次第に逆上せるような気持ち悪さを感じたカナタだが、そこに入り込んできた声によってカナタは我に返った。


「カナタ君~? アルファナ~?」

「あら……」

「っ……」


 サッとカナタとアルファナは体を離すのだった。

 声の主はマリアだったのだが、居なくなった二人を探していたのだろうか。


「あ、居た居た」


 どうやら抱き合っていた瞬間を見られたわけではないらしく、マリアはいつもの様子で近づいてきた。


「……カナタ君顔凄く赤いわよ?」

「あら、もしかして熱ですか?」

「それは大変だわ! 休まないと!」

「いやいや! 大丈夫だから!」


 結局、アルファナはいつも通りの様子に戻りマリアも合流したということでそれからは三人で過ごすことになった。


「畑仕事って良いわね。こうして汗を流して作った作物が形になる瞬間を早く見たいと思うもの」

「あら、それだとまた収穫時期にこちらに来ないとですねカナタ様?」

「……カナタ君!」

「……どうぞ来てくださいな」


 そう言うと二人は満面の笑みを浮かべるのだった。

 おそらくはミラもまた付いてくるだろうし、今回の帰郷を終えてもまたいつの日かみんなで訪れることが決定した。


(……その頃にはもっとひどくなってりして)


 ハイシンブームが更に浸透しているのではと思ったが……もうここまで来たらヤケクソだとカナタは開き直った。

 開き直ったカナタはもう止まらず、ちゃんと今日もしっかりと配信を行うことを今ここに決めた。

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