両親はやはり良心である

「……こんなものしかないですがどうぞ」

「いえいえ、お心遣いに感謝します」

「わぁ美味しそうです!!」


 カナタの故郷であるロギンの村、その一角に建てられているカナタの実家はとても賑やかだった。

 カナタの両親に加え、今回カナタに同行している子たちが勢揃いなのでそれも仕方のないことだ。


「それにしてもアンタ、本当にとんでもないことを仕出かしてないんでしょうね?」

「してねえってば!」

「……王女様に聖女様も、うちのバカ息子が何かをしたとしたら何とお詫びを申し上げたら良いか」


 カナタのことを両親が大切にしているのは分かるのだが、やはりこうして王国の重要人物が二人も訪れるということは本来あり得ないことであり、彼らが相当気を遣っていることが窺える。

 それからカナタが詳しい経緯を含め、マリアたちとの関係についても必死に説明していくのだった。


「三人とも本当に大切な友人なんだよ。つうか俺にとっちゃこうして一緒なのがそもそもビックリなんだけど……とにかく! 別に何か裏があるわけじゃないんだ」


 必死にカナタが説明する中、マリアとミラも出来ることをしなければと思ったのか両親を落ち着かせるように言葉を伝えていく。

 そのように賑やかでありながら必死な皆の様子をアルファナは苦笑しながら見つめていた。


(初めて来ましたけど良い場所ですねここは)


 このロギンはカナタが生まれ育った場所、それだけでもアルファナにとっては特別な場所とも言えた。

 確かに王都のように賑やかでないのは明らかだし、わざわざ外の人間が訪れるほどの場所というわけでもない……それでも、カナタの故郷だからこそアルファナは特別な温かさを感じていた。


「というかさっき、ミラさんだっけ? あなた暗殺者って……」

「はい! 実はカラスという名前――」

「暗殺者というのは言葉の綾で、普通に私たちの友人ですからご心配なく」

「ど、どうして止めるんですか!」

「黙りなさいチビ」

「なんですと!?」


 早速マリアが色々と頑張っていた。

 張り合うように見つめ合うマリアとミラの様子に、少しばかり緊張の糸が緩んだのかカナタの両親の雰囲気が柔らかくなった。

 母の名はメザ、父の名はアスタということで一応自己紹介は終えていた。


「お二人とも、この度は突然のことで申し訳ありませんでした。カナタ様が帰郷されるということで、私たちもカナタ様が生まれ育ったこの村を知りたかったのです」


 アルファナのこの言葉に全てが込められていた。

 更に言えば長い休みの期間をカナタと過ごしたいという乙女的な思考が働いたのも嘘ではないが、既にこうして一緒に居る時間が確約されているからこそアルファナもマリアも、そしてミラも気分が最高潮だった。


「それはどうもご丁寧に……っと、聖女様。その節はありがとうございました」

「いえいえ、むしろもう少し早く動くべきでした」

「そんなそんな!」

「??」


 メザのお礼の意味は村に続く道が新しくなったこと、そして村を守る壁の設置についてだろう。

 マリアはこのことを知っているのだが、真相を知らないカナタとミラはなんだなんだと首を傾げている。


「実は……」


 知らない二人にアルファナは説明した。

 するとカナタは道中での変化に合点が行ったと同時に、本当にアルファナに感謝をするように頭を下げた。


「マジでありがとうアルファナ。そっか……ふとしたあの呟きを聞いて動いてくれたんだな」

「はい。とはいえ、カナタ様に話を聞かなくても実際に情報が入れば動いていたと思います。もちろんマリアもですよね?」

「もちろんよ! 今回はアルファナが先に動いちゃったけど……私も王女権限を使ってバリバリに働く所存よ!!」

「お、おう……」


 グッと顔を近づけたマリアにカナタはたじたじだ。


「……アンタ、本当に何をしたの?」

「カナタ……俺たちが知らない間に立派になったんだなぁ」


 メザは唖然とし、アスタはモテモテな様子のカナタが立派に成長したと少しズレた風に感動していた。

 その後は良い感じに緊張も解れ、普通に会話をする分には大丈夫だった。

 学院での様子をマリアが熱弁し、私生活についてはミラが熱弁するという中々にカオスな空気の中でカナタは止めてくれと額に手を当てていた。


「……ふふ」


 会話に参加していないわけではないが、アルファナはこうして眺めていることが何よりも楽しく、そして幸せだった。


「……………」


 しかし、アルファナは別のことも考えていた。

 考えているというよりは思い出す、或いは脳裏に必然とある情報が蘇ると言った方が正しいかもしれない。


(カナタ様……あなたにあの時伝えた言葉は嘘ではありませんよ)


 それはあの告白の時、カナタに伝えた言葉のことだ。

 カナタがこの世界ではなく、別の世界の記憶を持って生まれた普通とは違う存在だとしてもアルファナが彼を愛することは変わらない。

 そもそも、何故アルファナがその秘匿とも言える情報を知っているのか……それにはちゃんとした理由があったのだ。


(……女神さまの記憶、どうして私が垣間見たのかは分からないけれど)


 時折、身体の感覚が失われる瞬間というものがある。

 その時は何かに身を委ねることが多いのだが、その時のアルファナはその感覚に必死に抗った。

 アルファナの強い意志が打ち勝ったのかは分からない、しかしその拍子にアルファナの意識に入り込もうとした女神と思わしき存在の記憶が流れ込んだのだ。。


(カナタ様のこと、全てとは言わずとも私は識りました。だからこそ私は世界を超えて出会えたことに喜びを感じ、この奇跡に感謝したんです。そして同時に、この世界がカナタ様にとって大切な場所だと思えるようになってほしいんです)


 それはアルファナの抱く願いであり、カナタへ向ける最大限の愛だった。

 当初はカナタの配信を聴いて一人なのを良いことに大声を出したりしていた彼女だが、いまだにそんな奇行に走ることは当然あるが彼女がカナタに向ける気持ちは間違いなく本物だ。

 しかしながら、彼女はやはり聖女である前に女なのである。


「……何かお泊まりならではの出来事はないでしょうか」


 具体的には一緒にシャワーを浴びたり、一緒に星空を眺めて愛を語り合ったり、或いは一緒の寝具で眠ったりと、アルファナは聖女らしからぬ桃色ピンクな妄想に浸ってニヤニヤと頬が緩んでいた。


「聖女様?」

「ハイなんでしょうか」


 メザに呼びかけられたアルファナは一瞬で表情を引き締めた。

 その早業は流石聖女、そして何よりカナタの両親にみっともない姿を見せるわけにはいかないという固い意志を感じさせた。


「……とはいえ流石にあなた方を泊められるような良い家ではありませんので」

「そうだな。一応宿があるにはあるが高貴なお方を泊めるには……」


 メザとアスタは寝床について頭を悩ませているがそれもまた仕方ない。

 しかし、二人は彼女たちのことを全く知らないのだ。

 こうして話をしただけでは分からないほどに、彼女たちはカナタにゾッコンであり何より……そのような小さなことを気にする女性たちではないのだから。


「全然気にしませんよ。カナタ君と一緒の部屋で寝ます」

「大丈夫ですよ。カナタ様と共に寝ようと思います」

「全然大丈夫です! カナタ様の寝顔を見つめながら天井に張り付いて寝ます!」


 あまりに息の合った三人の言葉にカナタは苦笑し、しっかりとミラにツッコミを入れるように軽くチョップをするのだった。





「……はぁ。どっと疲れたぜ」


 カナタは小さくため息を吐いた。

 こうして自身の故郷に三人が訪れてくれたことは嬉しいのだが、流石にあまりにも田舎過ぎて両親の気苦労が分かってしまう。


「アンタは本当にもう……」

「カナタ、立派になったなぁ」

「だからアンタはちょっとズレてんだってば!」


 バシンとメザがアスタの背中を叩いた。


(……ほんと、これが王女たちの姿って言われると斬新すぎるよなぁ)


 カナタの視線が向く先ではマリアとアルファナが楽しそうに畑仕事を手伝っていた。

 普段では絶対にすることがないだけでなく、彼女たちの立場上未来永劫に渡って絶対にこのようなことをすることはないだろう。


「ふぅ、結構疲れますね。あ、見てくださいマリア」

「何よそれ……ぎゃああああああああああっ!?」


 アルファナが指で挟んでいるのはミニワーム、カナタの前世ではミミズと呼ばれていた生き物だ。

 どうもアルファナはこういったものに耐性があるようだが、マリアはド迫力の悲鳴を上げるくらいにはこういった生き物が苦手らしい。


「よいしょっと」


 ミラはミラで巨大なイノシシ型の魔物を仕留めて戻ってきた。

 ズシンと大きな音を立てて地面に下ろすと、ミラを称えるように村人が歓声を上げた。


「ところでカナタ」

「う~ん?」


 楽しい光景に水を差す……というわけではないが、メザの一言がカナタの思考を停止させた。


「アンタはハイシンって知ってるのかい?」

「っ!?」


 普通ならいざ知らず、家族からの問いかけは悪夢に等しかった。

 だが、今回ばかりはカナタにとって心を救う言葉でもあったのだ。


「以前に何やら凄い人がこの村に来て教えてくれたんだけどねぇ。私とあの人はあまりハマらなかったよ。何となくアンタに声が似てる気がして騒ぐのが馬鹿らしく思えたのさ」

「そ、そうなんだ……」

「まああれがアンタなわけはないと思ってるけど、楽しそうな雰囲気は何となくアンタを思わせて嫌じゃないねぇ」

「……母さん!!」


 これでハイシンにハマっていたらカナタは間違いなく精神崩壊を起こしていたことは想像に難くない。

 おそらく両親はハイシンに何かしらを感じ取ったのだろうが、それが良い方向へと働いたようだ。


 しかしカナタ、あくまでこれは両親たちの反応である。

 他の村人がどうなっているか、それを知るのは今からだぞ?

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