帰郷、三人の美女を添えて

「流石に干渉しすぎだとは思うのだがな?」

「あらそう? 気に入った人間に尽くしたいと願うのは女の性だと思うのだけれど違うかしら?」

「……お前は女である以前に女神であることを忘れるな」


 その場所は人々を見下ろす天の座であり、今会話をしているのは女神イスラ、そしてまた別の女神だった。


「リーン、あなたもそれを着ているのならあの子のことを気に入っている証だと思うのだけれど?」

「っ……」


 リーンと呼ばれた女性、彼女もまたイスラと同じ女神の一人でありを見守る存在だった。

 彼女たち女神のフットワークは軽く、こうして互いに世界を行き来して交流をするくらいには軽い物でそれこそ友人関係に近いものと言えるだろうか。


「これは……いや、言い訳はしないさ。私も彼を気に入っているしな」


 そう言ってリーンが見つめる先は下界の様子、カナタがマリアたちと楽しそうに会話をしている姿が映されていた。

 更にはイスラと同じ魅惑のボディを包むのもまたハイシン様シャツと……一体この世界の女神界隈はどうなっているんだと聞きたい気分である。


「……本当にそっちの世界は平和で羨ましい限りだよ」

「あなたのところは色々と悲惨みたいね? 転生させた男の子が暴れまわって今殺される瀬戸際なんだっけ?」

「あぁ」


 リーンが手を翳すと、そこにスクリーンのようなものが現れた。

 そこに映っていたのはイケメンの男が全身血塗れになりながらモブ顔の少年に剣を突き付けられている瞬間だ。


『な、なぁここまでにしねえか? お前の恋人なら返す! 俺はもうお前の恋人には手を出さねえからよ!!』

『そんなことはもうどうでも良い、あいつがどうなろうと知ったことじゃない。けど今の俺の大切な存在に手を出そうとしたお前は許せない……必ず殺す』

『っ……くそがああああああああああああっ!!!!』


 スパッと、イケメンは剣によって首を落とされた。

 その様子を眺めていたリーンはため息を吐き、手元にいつの間にか持っていた飲み物で喉を潤した。

 映像とはいえ間違いなくどこかで人が死んだことに変わりないのだが、やはり女神である彼女たちは特に気にした様子もない。


「最初は普通だと思っていたのだがな。力に溺れればすぐに変わってしまうのも人間故というやつか」

「ま、分からないでもないわね。こっちの世界でも似たようなことはあった。けどこちらの場合は端からそんな憎しみに振り回されず、他の拠り所としてあの子が居たというのも大きいわ」


 あの子というのがカナタを指しているのも想像に難くない。

 血が噴水のように噴き出している映像が消え、リーンもイスラと並ぶようにカナタの様子を窺い始めた。

 彼女たち女神からすればこうやってカナタの様子を見ることは造作もなく、同時にカナタにプライベートが一切ないことを意味していた。


「それで、干渉のしすぎだって?」

「あぁ。まあいくら言ったところでお前は止めないだろうが」

「当然でしょ。それに、あの子にとっても有利に動いているものだからね」


 二人の会話の内容はカナタに関することだ。

 イスラがカナタに対して干渉しすぎとはどういうことか、それは単純にカナタに関する認識そのものにイスラは手を加えている。

 例を出すならば今のカナタを含めたマリアやアルファナの現状だ。


「カナタにとってハイシンであることが知れ渡れば動きにくくなることは明白、だから私は一部の者たちを除いてカナタに対する認識を弄っているだけに過ぎないわ」


 本来ならばただの平民であるカナタに対し、王女と聖女が親しくしている時点で多くの憶測を呼ぶことにもなる。

 しかしそれが最小限に留まり、今回のように二人がカナタの故郷に向かうことすら騒ぎにならないのも全てこの駄女……女神様の仕業だ。


「人々の意識間に干渉するほど、彼を気に入っているわけか」

「えぇ。言ったでしょ? 気になる男には尽くしたくなるものよ」


 ふふっとイスラは笑った。

 その笑顔は純粋な笑みではなく、どこか仄暗さを感じさせるものでもあった。

 神聖な女神なのに邪悪さも垣間見えるイスラの在り方、彼女は女神の中でもかなり強い力の持ち主であり、そんな彼女に気に入られたカナタは正に怖い者無しと言えるだろう。


(……まあ彼はイスラのことを特に意識しているわけではないが、しかしある意味で平穏は約束されているようなものか)


 そう考えリーンは再び楽しんでいる様子のカナタを見た。

 確かにリーンも彼のことを気に入っているものの、イスラほどに入れ込んでいるわけではない。

 しかし……やはりリーンが見ていた世界よりも遥かに平和なその場所は少しばかり羨ましかった。


「それにしても……アルファナだったかしら。あの子、私の支配を跳ね除けるほどに意志が強いのね生意気だわ」


 最後にカナタではなく、アルファナを見つめながらイスラはそう呟いた。




「……あれ?」


 まさか遥か空の上でそのような女神たちのやり取りがされているとは思っていないカナタだが、彼はロギンの村に続く道に首を傾げていた。


「どうしたの?」

「何かありましたか?」


 マリアとミラがそんなカナタに気付いた。

 ただ一人、アルファナだけはクスクスと楽しそうに笑っているのがカナタには分からなかったが、彼は興味深そうに外を眺めながら口を開く。


「いや……ロギンに続く道なんだけど、この辺はもう少し荒れていたはずだ。それにこれ以上言ったら馬車ですら動くのが困難なはずなんだけど」


 カナタは窓を開けて遠くに視線を向けた。

 そこはしっかりと整備された道が続いており、お年寄りに配慮したのか手すりまで数メートル置きに配置されていた。


「……道違うことないよな?」

「違わないですよ? この先に向かえばちゃんとロギンに着きます」

「……………」


 アルファナがそう言うのであれば間違いはないだろう。

 それに道が綺麗になっているのはさておき、景色を見ればこの先にロギンの村があるのは確かなことだ。


「……まあ良く分からんけど凄いなぁこれ。これなら交易の馬車とかも村にスムーズに入れそうだ」


 ビックリはしたがありがたいことではあるので、村に入ったら両親に何か知っていることがあるか聞くことにした。

 その後、坂ということになり馬にあまり無理をさせないように休憩を挟みながらようやくカナタたちは村に着いた。


「……マジかよ」


 しかし、当然カナタは驚いた。

 別に建物が変わっているわけではないのだが、村を守るように強固な壁のようなものが造られていたのだ。

 時期によっては小型の魔獣が村に入り込み、怪我人が出たり作物が荒らされたりすることも少なくはなかった。

 この壁はそれを防ぐためのものだとパッと見て理解できるほど、あまりにも立派過ぎる造りだった。


「……カナタ?」

「……あ」


 そこで馬車から降りたカナタに声を掛ける存在が居た。

 女性にしては大柄のその人はカナタにとって何よりも親しい存在……そう、母親のメザだった。


「かあさ――」

「カナタ!」


 メザは大きな声を出してカナタ目掛けて駆け出した。

 カナタに駆け寄ったメザはそのままギュッと抱きしめ、しばらく会えなかった息子の感触を確かめるように強く、強く抱きしめ続けた。


「……ったく、元気そうだな母さんは」

「アンタこそね。それにしても……うん?」


 メザは後ろに控えている女性陣に目を向けて動きを止めた。

 大きなメザの声だったので他の村人たちも何事かとカナタたちに目を向けてきた。


(……これは色々と説明するところから始めないとだなぁ)


 でもなんて説明をすればいいのだろうと、カナタは頭を悩ませている時、メザはこんなことを口にした。


「アンタ、三人も恋人が出来たのかい?」

「……なんでやねん」


 そうだったと、カナタは改めて自身の母親のことを思い出す。

 基本的に情勢には疎く、マリアやアルファナの顔についてもそこまで詳しくはないだろう。

 もしも知っていたならばこんなことを言えるはずもない、それか仮に顔を知っていたとしてもこんな場所に居るわけがないと思うのが普通だろうか。


「取り敢えず……自己紹介でも――」


 カナタが言い終わる前にマリアとアルファナは既に一歩踏み出していた。


「初めまして、カナタ君のお母さま」

「初めまして、カナタ様のお母さま」


 ゆっくりと二人は頭を下げた。

 その洗練された所作は美しく、メザが思わず呆気に取られるほどの流れるような動作だった。

 置いてけぼりを食らったミラも彼女たちに習うように頭を下げ、彼女は彼女で突然のように爆弾を放り込んだ。


「初めまして! 少し前までは暗殺者をやっていました!!」

「……………」


 取り敢えず三人をどのようにして紹介しようかと、カナタは頭を悩ませた。

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