悩めるハイシン様

故郷へ

「よしみんな! 今日も配信やっていくぜぇ!!」


 もはや夜の風物詩、時と場合によっては朝や昼にも配信することもあるが基本的にはやはり夜が多い。

 勘の鋭い者たちからすればハイシンの正体は朝と昼が忙しい職種、それか学生ではないかと囁かれ始めてきた今日この頃である。


:きたああああああああっ!!

:今日も待ってたぜ!

:ハイシン様ああああああああああっ!!

:愛してる!!

:俺のハイシン様!!

:私のよ!!


 今日も今日とてコメント欄は盛況だった。

 公国と魔界を行き来してからそれなりの日数が経過し、色々なことがこの間に起きていた。

 まずは例のハイシン様シャツが世に出たのである。


「なんか街中でハイシンシャツを着ている人がそれなりに居てなんか複雑だぜ」


 こう言うとカナタが王都に居ることがバレるのではと思われるかもしれないが、公国に住むアテナの協力もあって二国で同時販売される流れとなった。

 カナタはバッジの時と同じで王都での賑わいしか分からなかったものの、アテナからの連絡もあって数十分足らずで完売したとのことだ。


:公国の者ですが、本当に凄まじい賑わいでした

:だよな! みんなこぞって買おうとしてたし

:学院に着ていったら怒られたわ

:いや当然だろ

:……私、ハイシン様に包まれていたくて着ていきました

:お、おう……


 シャツを買ってもらったことはありがたいのだが、あのシャツを公の場に着ていくような愚行はしないでほしいとカナタは苦笑した。

 どこぞの女神はどんな時でも着ているようだが、カナタからすればあの女神は少々頭のネジが飛んでいるので注意をしても聞かないだろう。


(……でも、使われてる素材が良くて着心地最高なんだよな)


 ちなみに、今カナタはそのシャツをちゃんと着ていた。

 外に着ていくような度胸はないので部屋着としてしか使わないが、前世で着ていたような服ということもあり落ち着く感覚が素晴らしかった。


「それじゃあ今日もお便り読んでいくぜぇ」


 ハイシン名物のお便りの時間だ。

 今回のお便りはほぼほぼシャツについての感想だったり、これからも配信を楽しみにしているというありがたい言葉が多かった。


「……あん?」


 そんな中、本当かどうかは分からないがまさかのお便りが届いていた。


“初めましてハイシン殿

私は帝国で宰相をしている者なのだが、今我が国で貴殿を来賓として持て成そうという働きがされている。

王国と公国に先を越されてしまったと陛下が嫉妬してしまってな。

もし良かったら貴殿には是非、帝国への来訪を検討してもらいたい。

もちろんハイシン殿の意志が一番大切なので考えていただけるとありがたい”


 という文面のお便りが届いていた。

 カナタにとって出身となるのは王国、そしてつい最近になって公国に初めて向かったわけだが、行ったことのない大きな国は帝国くらいになったわけだ。


「帝国かぁ……軍需産業が盛んな国だよな? どんな場所なんだ?」


:帝国こそ貴族主義って感じじゃね?

:でもハイシン様の影響で結構薄れてきたよ

:ここにも影響してんのかよハイシン

:痺れる憧れるわ

:良い人も多いよやっぱり

:でも最近は――


 コメントでも見ることが出来たがどうも帝国内でキナ臭い動きが見られるらしいがいつも通りの日常が送られているらしい。

 どんなに大変なことが起きたとしても、帝国は皇帝を始めその部下も優秀な者たちが揃っているらしく全く心配は要らないだろうとのことだ。


「ま、機会があったら帝国にも行ってみたいもんだ」


 そう口にしてみるとコメント欄の動きが加速した。

 いつ頃来るのか、どのようにして来るのか、逆に付いていきますなどと言ったストーカー紛いのコメントも増えてきた。

 当然どこか見覚えのある口調のコメントも混ざっており、カナタとしては苦笑する他ない。


「取り敢えずあくまで予定だよ予定。俺だって忙しいし、何か明確な用がない限りは今居る場所を離れるのも難しいしな」


 そう簡単に国と国を行き来できるわけもなく、カナタとしてはそう結論を出すしかないのだ現状だと。

 その後、もう少しだけ雑談をしてカナタは配信を終えた。


「ふぅ……」


 やはりこうして数時間話をした後だと若干疲労が溜まっている。

 カナタはベッドに横になり、そう言えばとあの時のことを思い起こした。


「……膝枕、気持ち良かったな」


 気持ち良い陽気の下での膝枕は最高だった。

 以前に娼館でカンナに膝枕をされた時にも思ったものだが、彼女たちの優しさに触れている時の心の落ち着きは癖になりそうだった。


「……………」


 しかし、そうやってアルファナに関することを考えると彼女の言葉が蘇る。


『好きです』


 その一言が脳裏に焼き付いている。

 それは間違いなく告白であり、カナタに対する愛の告白だった。


「……あそこまで言わせたのに俺って奴は」


 結局、カナタは返事を上手く返すことが出来なかった。

 この世界に来てから出会ったアルファナのことを物凄い美少女だしあんな子と付き合えたら最高だ、なんてことを思っているのも確かだ。


『お返事をください、とは言いません。私が抱える気持ち、それを知っていただきたかったのですから』


 そうアルファナは口にしてその日は別れた。

 あれからそれなりに日数が経っているということもあり、学院でアルファナと顔を合わす機会は何度もあるし、授業が終わってからマリアを交えて一緒の時間を過ごすこともあった。


「アルファナ、全然変わってないんだよな」


 アルファナはいつも通りだった。

 今までと何も変わらず、あの告白がなかったかのような自然体でカナタに接しているのである。


「……う~ん」


 悩む必要などなく好き勝手に生きれれば良いのになと思うのだが、それが正しいことなのかカナタには分からない。

 それでも絶対に答えを出さなくてはならない、そうカナタは考えている。


「……ま、取り敢えずこのことは置いておくか」


 気にしたところで悩むことしか出来ないため、一旦カナタはアルファナとのことを頭の隅に置くことにした。

 次に考えたのは来たる大型連休のことである。

 一応カナタの通う学院にも連休制度はもちろん存在しており、十日ほどの休みが来週に迫っている。


『基本的に何かあるわけではないので各々自由に過ごすと良い。寮で過ごしても良いし実家に戻っても良い。まあせっかくの休みなのだから普段会えない家族との時間を大切にしろと言いたいがな』


 貴族の連中は領地経営の勉強を実家でしたりするものらしいが、一部の貴族や平民たちはほとんどが実家に帰省するのが普通だ。


「俺も帰るかな久しぶりに」


 帰ると言っても滞在するのは三日程度になりそうだが、それでも久しぶりに両親の顔くらいは見に帰るのも良いかもしれない。

 思えばもう随分と故郷には帰っていないので、一度戻ったら絶え間なく会話に時間を費やしそうだなとカナタは笑った。


「さてと、今日はもう寝るとするか」


 そう言ってカナタはベッドに入り眠りに就いた。

 しかし完全に寝てしまう間際、やっぱりアルファナの笑顔が脳裏に蘇っては消えて行くのだった。


 それから数日が経ち、ついに故郷に帰る予定の日がやってきた。

 教師と相談して故郷に続く道の途中まで馬車を手配してもらえることになったのだが、やはり成績がそれなりに良いこともあって融通してくれたのだ。

 とはいえ、それが原因でまた貴族生徒を含め絡みのない平民生徒から嫌な目で見られたが……それはもう気にしないことにした。


「いやぁ久しぶりの帰郷だ……でも」


 カナタは疲れた顔で目の前を見た。


「ふふ、カナタ君の故郷ってどんなところなのかしら」

「ロギンの村ですか……私、初めてです!」


 向かいに座るマリアとミラの姿、そして――。


「本当に楽しみです。カナタ様、是非ご家族を紹介してくださいね♪」

「……おう」


 隣にはアルファナが満面の笑みを浮かべて座っていた。

 今回の帰郷に際し、何故かこの三人が同行することになったのだ。

 聖女と王女が王都を離れるということで色々と問題はないのかとカナタは言いたくなったが、基本的に自由奔放なのは身に沁みているので聞かないことにした。


「まあミラさんも居ますからね」

「はい! お守りします!!」


 ……まあ、これ以上ない護衛だなとカナタは苦笑した。

 それにマリアもアルファナも魔法の腕はピカイチなのでやっぱり何も心配をする必要はなさそうだ。


(普通ならこの段階で勘付かれそうなもんだけどなんで何も言われなかったんだ?)


 何かしらの不思議な力が働いているような気がしてならない……それこそ、思考を縫い止め改変する超常の力が。

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