好きです

「……………」

「ふふっ♪」


 敵襲! 敵襲!

 カナタの頭の中でそんな警報が鳴り響いていた。


「や、やぁアルファナ」

「はい♪ こんにちはカナタ様♪」


 とても良い笑顔、それも心の淀んだ全てを浄化してくれるほどの聖なる笑みだ。

 しかし、その笑顔にどこか圧を感じるのは気のせいだろうかとカナタは口元を引き摺らせた。


「……えっと」

「どうしましたか? 何か言えないことでもしたのですか?」

「……………」


 言えないことがエッチなことならしたと言えるのだが、カナタとしては馬鹿正直に言えるはずもない。

 雰囲気に流されるようにカンナの技の片鱗を味わったなど、聖女である以前に同級生である彼女に言えるわけもないのだから。


「……なんて、ごめんなさい。別に困らせるつもりはなかったのです」

「そっか……」


 口元に手を当ててアルファナは笑い、辺りを見回しながらこう口にした。


「これからお暇ですか? もし良かったら一緒に過ごしませんか?」

「それは構わないけど……アルファナは良いのか?」

「はい。暇を持て余していましたので」

「ならしばらく一緒に過ごすか」


 こうしてアルファナと共に過ごすことが決まった。

 アルファナと街中を歩くのは知り合ってから何度もしてきたが、改めて考えるとカナタが想像していた聖女の扱いとはかなり異なっている。


「なあアルファナ」

「はい?」

「俺さ、聖女ってもう少し自由に出来ないものだと思ってたよ。基本的に秘匿されるというか、厳重に守られるっつうか……時には戦いに駆り出されたりとか」


 カナタにとってそれが聖女の認識だった。

 よく読んでいた小説や漫画でも聖女と呼ばれる存在はそれだけ特別であり、おいそれと一人で外に出ることすら難しいものだと……そう思っていた。


「確かにそういう側面もないわけではないですが、それはかなり昔のことです。少なくとも私は基本的に自由に過ごしていますし、それは教会からも王族からも認められていることです」


 へぇっとカナタは頷いた。

 確かに聖女という特別な存在ではあるのだが、どうやらカナタが想像していたような窮屈さはなさそうなので安心した。

 アルファナはそんなカナタの様子を見て苦笑した。


「心配……してくれたんですか?」

「……まあな」

「嬉しいです」


 おそらくカナタだけではなく、他の人も似たようなことを口にするだろう。

 それでもアルファナにとってはカナタの言葉が何よりも嬉しいと言わんばかりに微笑んでいた。


「……カナタ様、少し陰に行きませんか?」

「分かった」


 アルファナに連れられるように向かったのは大きな木の陰だ。

 ちょうどベンチが置かれていて絶妙の休憩スポットとなっており、人並みも少ないので心地良い静かさだった。


「カナタ様、膝枕とかいかがですか?」

「……え?」


 膝をトントンと叩くアルファナに呆気に取られたカナタだったが、ジッと見つめてくるその瞳に首を横に振ることが出来なかった。

 カナタはおずおずとしながらも体を横にして彼女の膝に頭を置いた。

 木の陰ということで太陽の光は遮られており、こうして仰向けの状態でも眩しくはない……そして何より、頭に感じる柔らかさと目の前に広がる絶景が最高だった。


「こうして二人きりですし、色々と聞いてみても良いですか?」

「良いぜ」

「ありがとうございます」


 基本的に聞かれて困ることはそんなにないので、アルファナにどんなことでも聞いてくれとカナタは頷いた。

 アルファナはそうですねと考えた素振りをしたが、すぐに言葉を続けた。


「カナタ様はどうして配信をしようと思ったのですか?」

「……ふむ」


 どうして配信をしようと思ったのか、それは単純にやりたかったからだ。

 そして更に詳しく言うなら前世で配信者というものに憧れていたから、そんな理由で始めたに過ぎない。


「やりたかったから……かな」


 あまりにも安直な答えだったが、アルファナはなるほどと頷いた。

 もう少し詳しく話を聞いてくるかと思いきやそんなことはなく、アルファナは優しくカナタの頭を撫でている。

 その手の平から伝わるアルファナの優しさ、それはまるで母性のような包容力をカナタに感じさせた。


「でも何だかんだ、好き勝手言ってたような俺の姿をアルファナたちに知られてるってのはやっぱり今でも恥ずかしいよ」

「ふふ、ですが間違ったことは言ってないと思いますよ。カナタ様はもっと自信を持ってください」


 アルファナの言葉はカナタの全てを肯定する勢いだ。

 彼女は決してカナタを否定せず、どんなことを口にしたとしても理解をしてくれる優しさの持ち主である。

 まあ全てのことに肯定的ではなく、カナタが間違ったことを口にすれば違うとも言ってくれるとは思うが。


「カナタ様、私の話も少し聞いてくださいますか?」

「もちろん」


 カナタは快く頷いた。

 暖かな陽気とアルファナから香る花のような匂い、そして頭を撫でられる感触で日向ぼっこをしたいくらいには眠たいのだが……カナタはどうにか目を閉じないようにと頑張っている。


「私はハイシン様という存在を知ることが出来て良かったですし、何よりあなたと出会えて本当に嬉しかったです」

「……アルファナ?」


 少しばかりアルファナの声音は真剣だった。

 出会えて本当に嬉しかった、そう言われたことは素直に嬉しいがどこか別れを予感させる言葉のような気がしてならない。


「……あ、今のだと少し変なことを考えさせましたか?」

「違うんだ?」

「そうですね、言い方を考えるべきでした。私はカナタ様の傍から居なくなりませんからね?」

「っ……」


 それはそれでストレートに言われるとカナタも照れてしまう。

 そしてアルファナの先ほどの言葉は別にフラグを建てたわけでも、嫌な未来を連想させる言葉でもなかったようだ。


「いきなりどうしたんだ?」

「せっかくですから色々と伝えたいと思いまして」


 アルファナが視線を下げたことで、カナタと視線が絡み合った。

 大きく膨らんだ胸が良い意味でも悪い意味でも邪魔しているが、アルファナはカナタを見つめながら更に言葉を続ける。


「私は最初、確かにカナタ様に対してハイシン様に向ける感情を持っていました。しかしこうして実際に出会い、数ヶ月ほどですが一緒に過ごしたことでカナタ様のことを知り、私はあなたのことをもっと知りたいと願うようになったんです」

「……………」


 カナタはアルファナから目が逸らせなかった。

 それほど伝えられる言葉はカナタの脳裏に刻み込まれ、心地良く耳から侵入してくるほどなのだから。


「私にとって、カナタ様という存在はどこまでも不思議でありながらどこか違う世界の人なのではないかとも思いました。配信という斬新な発想、カナタ様が実際に口にした客観的な視点……そして何より、カナタ様の雰囲気は私が知るどんな人よりも自然体なんです」


 確かにある程度の礼儀は弁えるが、相手が許しカナタも心を開いたならばその壁は容易に取っ払われる。

 アルファナに対してもマリアに対しても、魔王であるシュロウザに対してもカナタは態度を変えなかった。


「聖女である私や王女であるマリアにもカナタ様は変わらずに接し、私たちはそんなあなたの自然な雰囲気がとても心地良いのです。もちろんハイシン様であるという考えは抜け切らないのですが、ハイシン様ではなくカナタ様に出会えたことが私の人生において最も幸せなことです」

「……そこまで……かな?」

「そこまでですよ」


 アルファナが手を止めたことで、カナタはアルファナの膝から頭を離した。

 しかしすぐにアルファナに名前を呼ばれたことでそちらに目を向けた瞬間、彼女の両手がカナタの頬に添えられた。


「今まで見たことがなかった考えを持つカナタ様、あなたは本当にこの世界の生まれですか?」

「っ……」


 この世界の生まれか、そう問われたのは当然初めてだ。

 もちろんアルファナに確証があるわけではなさそうだし、何よりこの世界以外に別の世界が存在するという発想には至っていないだろう。

 それでもどこか、アルファナの瞳には妙な確信が宿っていた。


「答えは聞きません、ですがこう言わせてください」


 アルファナはゆっくりと噛み締めるように言葉を続けた。

 それはカナタをこの世界に縫い付ける言葉でもあり、そして何より、彼が心の奥底で求めていた言葉かもしれない。


「カナタ様、この世界に居てくれて……私たちと出会ってくれて本当にありがとうございます」

「……あ」


 元々、この世界に生まれたことに意味があるのかとカナタは考えていた。

 どうしてこの世界に転生したのか、その理由は分からずともただただこうなったのなら仕方ないと好きなことをして生きてきた。

 けれど、こんな風に言われたことは初めてだったのだ。

 呆然とするカナタを見てアルファナは苦笑し、真剣な空気を和らげた。


「この際だと思ったのは……その、少しカンナさんに嫉妬した部分があります。カナタ様の様子からおそらく、何かをしたことは分かりました」

「そ……そっかぁ」


 実際に言われると恥ずかしいというよりも気まずかった。

 視線を逸らそうとしてもアルファナに頬に手を添えられているので許されず、相変わらずカナタは彼女と見つめ合ったままだ。


「あれ、でも嫉妬って――」


 そう口にした瞬間、カナタの唇に柔らかなモノが触れた。


「っ!?」

「っ……」


 アルファナの唇が触れていた。

 それは紛れもなくキスであり、顔を離したアルファナは逆に心配してしまうほどに真っ赤になっていた。


「私、カナタ様が好きですよ。もしも叶うならば聖女としての役割を放棄し、ずっとあなただけに全てを捧げたいと思うほどに」


 強い覚悟と決意を感じさせるアルファナの言葉、それはカナタの脳裏に深く刻まれることになる。

 ただ気持ちを伝えただけ、だからいつもと変わらずにカナタはカナタらしく過ごしてほしいとアルファナは口にしたが、カナタにとってそうもいかないのが彼の心の内である。


「……めっちゃドキドキしてる」


 胸に手を当て、部屋に戻ったカナタはそう呟いた。

 アルファナの気持ちもそうだが何より、カナタはあの言葉が何よりも嬉しかった。


「この世界で出会ってくれてありがとう……か」


 その言葉が本当に、本当に嬉しかったのだ。




【あとがき】


ということで二章終わりです。

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