アルラウネ

「……ったく、山だけあって見通しが悪いけど……なあ二人とも、流石に二人は村に戻れ。後は俺が――」

「聞きませんよカナタ様」

「そうよカナタ君」


 夕刻を過ぎ、辺りが暗くなった中でカナタたちは向き合っていた。

 今居る場所はロギンから更に山を登った先になるわけだが、木々が生い茂っており真っ暗な闇が広がっていた。

 闇が広がっているとはいってもマリアとアルファナが光魔法のシャインを使ってくれているので明かりになってはいるが……それでも、これ以上ここに彼女たちを付き合わせるのはどうかと思った故のカナタの言葉だった。


「二人に何かあったらそれこそダメだろ」

「大丈夫よ」

「大丈夫です」

「俺が首を落とされるだろ」

「ないわよ」

「ないです」


 もう何を言ってもダメだなとカナタはため息を吐いた。

 そもそもどうしてこのような暗くなった頃に山を歩いているかというと、狩りに向かったミラが一向に帰ってこないのだ。

 ミラのことだから万が一はないと思っていたのだが、流石に連絡の一つも寄こさないとなると何かあったと考えるのが普通である。


「……王女と聖女をこんなことに付き合わせるなんざ罰当たりだが、ミラを探すためにも頼む二人とも」

「えぇ!」

「はい!」


 カナタの言葉に二人は満足そうに頷いた。

 とはいえ何かあったらすぐに引き返すつもりだし、こうなった以上カナタも全力で二人を守りながらミラを探すしかない。


(ま、昔にこの辺を駆け回っていた経験があって良かったぜ)


 見通しが悪くても地形の構造はある程度覚えているため、生い茂った木々の中でも迷うことはなさそうだった。

 それにカナタは常識外れとも言える無限の魔力を威嚇として周囲に垂れ流しているため、それは魔獣を牽制し更には強固な魔力の壁となってカナタたちを守っている。


「なんか良いわねこれ。カナタ君の魔力に守られているみたいだわ」

「とても温かくて心地が良い魔力……カナタ様の魔力は優しいです」

「そいつはありがとさん。さて、さっさとミラを探すぞ」


 仮に村にミラが戻っていたとするならこの垂れ流している魔力を察知して来てくれるだろうし、とにかく黙ってカナタの前から消えることはないという確信はある。

 ミラのストーカー行為に悩まされていたことはあるが、それだけ彼女がカナタに対して執着しているからこそ居なくなることは考えられなかった。


「……?」

「これは……」

「……禍々しい魔力ですね」


 三人片時も離れずに奥に進んでいると、決して人が扱うものではない禍々しい魔力の波が漂って来ていた。

 マリアは腰に差していた剣を抜き、アルファナもその身に聖なる魔力を纏わせ始める。


「魔族か?」

「かもしれませんが……シュロウザさんより弱い魔力かと」

「……そりゃそうだろうな」


 シュロウザが魔王だと知っているのはカナタのみ、これでもしもシュロウザより強い魔力と言われたら魔王より強い魔族ってなんぞやとツッコミを入れていた。


『全ての魔族を統一しているわけではなく、魔界から離れた魔族も多くはないが居るからな』


 それはシュロウザから聞いていた言葉だった。

 以前に名も知らぬ魔族がここに訪れて両親を含め村人を救ったとの話だが、その時に既にここに居たのかどうか……。

 色々と謎は残るものの、カナタたちはゆっくりと奥に進んでいった。


「……カナタ様?」

「っ! ミラか!?」


 聞こえたのはミラの声だった。

 掠れたようなその声にカナタは焦り、一歩を踏み出そうとしたがその瞬間地面で何かが蠢いた。


「なんだ?」

「これは……っ」

「カナタ様!!」


 アルファナの叫びにカナタは咄嗟に漂わせていた魔力を暴発させた。

 まだまだ細かい制御を必要とする魔法に心得はない、しかしこうやって内に秘める無限の魔力だからこそ出来る芸当に関してはピカイチだった。


「二人とも、離れるなよ」


 そう言ってカナタは二人を背に庇いながら暴力的なまでに魔力を散らしていく。

 すると今まで木々に混じるように生い茂っていた花や草が剥がれ落ちていき、うにょうにょとした気持ちの悪い何かが現れた。


「うぅ……」

「これは蔦でしょうか……」


 それは無数の蔦だった。

 まるで何百匹も蛇が居るのではないかと思わせるように蠢く蔦、やはりこういったものに耐性がないのかマリアが不快感を露にしていた。

 カナタとしても不気味な光景だが、それ以上にミラの姿を探す方が先である。

 そのようにしてカナタの魔力が暴れているとようやく、三人の前にミラの姿が現れるのだった。


「ミラ!」


 蔦に絡めとられるようにミラがそこには居た。

 ミラの体に巻き付いた蔦はまるで触手のようにも見え、ミラの体から何かを吸い取るように脈動している。


「魔力が吸われているみたいです!」

「なら斬る方が速いわね!」


 マリアが剣でスパッと蔦を斬り、ミラの体は解放された。

 

(……まるでエロ同人みたいな光景だったな……ってやめろ俺!)


 カナタはすぐに頭を振っていやらしい考えを隅に置いた。

 魔力を吸われることがなくなったおかげか、徐々にミラの顔色も良くなっていきしっかりと目を開けた。


「みなさん……私は……」

「大丈夫だったか?」

「はい……っ!? 彼女の姿は!?」

「彼女?」


 彼女とはなんだ、そう三人が思った時だった。


「やれやれねぇ、逃げられてしまったわぁ」


 それはとてつもなく甘ったるい声だった。

 すぐに警戒をするようにカナタが目を向けた先、そこから歩いてきたのは一人の女だった……のだが、カナタはサッと目を逸らした。


「な、なんて恰好をしてやがんだ……」


 女は服を着ていなかった。

 とはいえ大事な部分を隠していないわけではなく、胸の部分とデリケートゾーンを隠すように葉っぱが張り付いているだけだ。


「……変態が居るわ」

「変態ですね……」

「見た目は変態ですがお気を付けを。中々の曲者です」


 先ほどまでの空気が嘘のようだが、それでもミラを捕らえた時点で相当の実力者というのは分かる。


「変態って酷いわねぇ。これが私たちアルラウネだもの、仕方ないわぁ」


 どうやらこの女はアルラウネという種族らしい。

 地面にすら届く長い緑の髪、瞳の色も緑で肌の色も緑……とにかくこの女を構成する全ての色が緑だった。


「あら良い男ねぇ。魔力がとても……うん?」


 女は何かに気付いたようにカナタの顔を見てきた。

 それからジッと見つめたかと思いきや、突然大きな胸と股の位置を手で隠すようにして照れだした。


「……今更隠しても意味ないでしょうが」

「ですよね……」

「??」


 まあカナタは既に視線を逸らしてはいるのだが……ミラに至っては捕まえられた相手の突然の変化に首を傾げているほどだ。

 そもそもどうしてこのような山にアルラウネが居るのかはさておき、カナタとしてはミラが帰ってきた以上とっとと村に戻りたい気分だ。


「もしや……もしやハイシン様なのぉ?」


 完全に恋する乙女の顔になった女の様子に、カナタは先ほどまでの空気が完全に消し飛んだのを悟った。

 シュロウザを通じて魔族の間にハイシンの存在が知れ渡っていることは知っていたのだが、まさかこうして偶然出会ったこの女もそうなのかと遠い目になった。

 まあ魔力を見ることの出来る魔族の場合、正体を隠すのは無理な話だ。


「初めましてぇ、アルラウネのミントと言いますぅ」

「あ、はい」

「いつも配信を聴いているわぁ。凄く良い声でぇ……私ぃ、いつもあなたの配信を聴きながら蜜を垂らしているのよぉ」

「……………」


 それは一体何の蜜なんでしょうかね、カナタは訝しんだ。

 話を進めるごとに一歩ずつ近づいてくるミント、彼女が近づけば近づくほどその魅惑の肢体がカナタにとっては目の毒だ。

 しかしそこで頼れるのがマリアだった。


「……取り合えずあなた、これを着なさい」

「え? ……あら! それはハイシン様シャツ!!」


 今なぜそれを持っているんだと全員が思ったはずだ。

 とはいえこれを着て体を隠してくれるなら望むところ、カナタはミントがシャツを着るのを待った。


「私は魔族だからぁ、人の中に入ってこれを買いに行けなかったのよぉ」

「買おうとしたんだ……」


 もうカナタは色々疲れていた。


「なるほど……確かに魔族の方に考慮していませんでしたね。その辺りはシュロウザさんと更に詰めなくては」


 そしてアルファナ、完全にビジネス思考に入り切っていた。

 取り敢えず滅多なことにはならなそうなので一安心、と言いたいところだがカナタとしては故郷が傍にあるのであまり滅多なことはしてほしくないのだが。


「なあお前、ちなみにミラに何をしようとしたんだ?」

「少しだけ魔力を吸わせてもらったのよぉ。その方が私たちの種族にとって一番のご馳走だもの。まあ薄味だったけれどねぇ」

「まあ私、魔力はゴミですからね」


 ミラもミラで捕まったことはあまり気にしていなさそうだ。

 その後、ここに訪れているのは一時らしく、すぐにここから移動して大森林の方へ住処を移すそうだ。


「一応、近くの魔獣たちは排除しておいたわぁ。ハイシン様の故郷とは知らなかったけどぉ、か弱い人間たちにとっては脅威でしょう?」

「……そうだったのか」


 ここに来るまで一切の魔獣に遭遇しなかったわけだとカナタは頷いた。


「……ごめんなさいハイシン様ぁ、知らなかったとはいえあなたのお知り合いに手を出してしまってぇ」


 相変わらずの間延びした声ではあるが、彼女が反省していることは伝わった。

 ミラも大丈夫と頷き、カナタとしてはある意味で村を守ってくれた一因にもなっていたためあまり強くも言えない。

 結局、ミントのことは許すことにしてカナタたちは下山することにしたのだが、どうもミントはかなりお腹が減っているらしく、カナタはどれだけ吸われても魔力がなくならないからと彼女に吸わせることにした。

 すると、とてつもなく大変な絵面が広がった。


「あぁ……はいってくりゅぅうううう!! いっぱいはいってくりゅのおおおおおおおおおおおおほおおおおおおおおお!!」


 無尽蔵の魔力、そして無限だからこそ上質を通り越して特上の魔力がミントの中に注がれていく。


「見ちゃダメですカナタ様!」

「や、やっぱり変態よ!!」

「お腹が凄い膨れてます!」


 カナタにとって、それは風化しかけていたエッチな漫画を思い起こす貴重な経験だったのは言うまでもなかった。


「ありがとうミント、俺はかつての大事な記憶を思い起こしたぜ……」


 カナタはそう伝え、ビクンビクンと体を震わせるミントに背を向けるのだった。

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