魔王と女神

「……えっと」


 目の前でお互いに睨み合う二人にカナタは慌てていた。

 サキュバスのルシアと立派な翼を背中に携えた男、近づく存在を威圧するかのような凄まじい闘気を二人は醸し出している。


「……シュロウザはよ戻って――」

「待たせたな」

「っ!?」


 肩に手を置かれたことでカナタは驚いた。

 背後に立っていたのは間違いなくシュロウザで、彼女はカナタが慌てる原因になった二人を睨みつけた。

 その瞬間、カナタを避けるように凄まじい何かが二人に襲い掛かった。


「っ!?」

「……ちっ」


 ルシアはすぐに膝を地面に突いたが、男は舌打ちをしながら渋々膝を突く。


「お前たち、何故カナタを困らせたのだ?」

「このアホが――」

「このビッチが――」

「あ?」

「お?」

「……お前たちなぁ」


 シュロウザの放つ覇気に恐れていた二人のはずなのに、こうして煽り出すとシュロウザのことを忘れて再びガンを飛ばし合っている。

 シュロウザは額に手を当ててため息を吐き、睨み合う二人の頭に拳骨を決めた。

 ボコッとまるで地面が陥没したような音がしたのだが……二人はピンピンとしていた。


「……取り敢えず自己紹介するか。俺はガルラ、バードマンってやつだ」

「バードマン……鳥人間?」

「まあそんな認識で良いぜ」


 よろしくなと、爽やかな笑顔をガルラは浮かべた。

 以前にも感じたが如何にも悪という雰囲気は隠せないが、その笑顔からはどこか頼もしさを感じさせる。


「にしてもこうやってハイシンと話が出来るようになるとはなぁ……いや、配信中じゃなけりゃカナタと呼ばせてもらうか」


 頼もしさだけでなく、親しみやすさも感じることが出来た。


「ガルラ、それからルシアもここまででいい。後は我がカナタを案内する」

「なっ!? それは独り占めということですか!?」

「おいおい魔王様、俺だってカナタと話がしたいんだがなぁ?」


 自分のこととは思えないほどに人気者になってしまったなとカナタは苦笑した。

 結局、夕飯は一緒に食べてもいいシュロウザが許可したので二人も一緒にもう少しだけ過ごすことになった。


「あの時ピンと来たんだよ。それで魔王様に伝えてさぁ……ったく、俺の功績なのに一人で会いに行くんだからなぁ」

「悪いと思っている。ただ独占したかっただけだ」

「……尚更悪いっすけどねぇ」

「……それに関してはズルいと思います」

「ぐぬぬっ」


 シュロウザの居城での夕飯時、本当に賑やかだった。

 カナタは何かを聞かれたら答えるだけで、後は彼らが勝手に喋っては煽りを繰り返しているので見ていて楽しいと思えるものだった。


「……………」


 とはいえ、カナタの目の前に広がっている料理は味が保証されたゲテモノ料理ではあったが……。


(すげえなぁ……何の生き物か分からんけど、この巨大な目ん玉美味しぃぜ……)


 口の中に広がるまろやかな味とは裏腹に、何とも言えない気分で飯を食べるという貴重な経験をさせてもらったカナタだった。


「さてと、それじゃあカナタ」

「うん?」

「風呂に行くぞ」

「……え?」


 聞き間違いかと思ったがどうも違ったようだ。

 とはいえ、ガルラが男女は別に入るのが人間の普通だと力説してくれたので何とか彼女たちと一緒という状況は回避できた。

 風呂とはいったが正に豪華な大浴場であり、その広い浴場の中でカナタはガルラに背中を流してもらっていた。


「男にしちゃ傷の無い体だな」

「普通の人はそんなに傷はねえけどなぁ」


 ガルラの体はまさに歴戦の戦士と言わんばかりに傷だらけだった。

 更にカナタよりも大きな体でこれぞ頼れる男って感じの体だ。


「まさかこの俺がこうやって人間の背中を流すとはな。中々ない経験だが、悪くはねえぜ」

「俺も貴重な経験だよ……しっかし、今日も配信は無理そうだな」

「確かにそうだなぁ。けど公国に行ったやつは見たぜ?」

「マジか。良い国だったよ」

「そうか。魔界はどうだ?」


 ガルラの言葉にカナタは頷くのだった。


「まだ良く分からないけど、温かい場所だとは思う。まあ出会ったのがこうして話を出来るガルラたちってのはあるかもしれないけど」

「……そうか。そいつは良かったぜ」


 これでもしも人間と魔族の間に何もなかったのだとしたら、お互いの場所を行き交うことだってあってもおかしくはない。

 もちろん人間もそうだし魔族だって全員がこうだとは言わないが、それでもカナタとしてはそんな夢物語を期待してしまうのだ。


「さてと、それじゃあ俺は離れとくぜ」

「……え?」

「ったく、諦めたと思ったら来てやがる」

「ちょっと?」


 ガルラはそう言って立ち上がり湯船に浸かった。

 それもかなり端っこの方でのんびりとしているのだが……そんな時、ガラッと戸が開いて二人が現れた。


「うむ、気持ち良いかカナタ」

「……表情を見る限り良さそうですよ魔王様」


 体に何も付けず、素っ裸の状態でシュロウザとルシアはカナタの傍に来た。

 当然何も着けてないということは胸も、そして一番大事な腰の部分も全てが丸見えで思わずカナタは目を逸らす。


「ど、どうして来たんだ?」

「一緒に入りたかったからだ!」

「そうだよ!」


 それからカナタは二人に囲まれて入浴を済ませた。

 思えばこの世界に来てこうして異性と裸の付き合いをしたのは家族を除けば初めてと言えるだろう。

 二人ともスタイルは抜群でどれだけ目に入れても痛くないほどの美女、しかも片方はサキュバスと来た。


(……マズイ……気付かれてないよな?)


 カナタは出来るだけ身を縮こまらせ、正直な体の反応を知られないようにしているのだが……カナタは気付いていないのか、この場にはそういうことに対してのプロフェッショナルが居るというのに。


「こうしてカナタと一緒に湯に浸かれるとはな」

「……ソウダネ」


 シュロウザは一切気付いていないのかただただ嬉しさを噛み締めるようにそう口にしている。

 お湯を手で掬い、肩に掛ける仕草も大変色っぽい。

 だがカナタはやはりそちらに意識を割くことが出来ない……何故ならずっと肩のスリスリとルシアが触れてくるからである。


「もしも魔王様が居なければ私が相手をしてあげたんだけどね。流石にそれをすると殺されてしまうからこれで許してほしい」


 ルシアさんそれはある意味生殺しって言うんですよ、そうカナタは心の中で泣きながら叫ぶのだった。

 もちろん一線を超えることはなく、お風呂の時間は無事に終わった。

 どうやらガルラは先に上がったらしく、カナタの着替えの上に書置きがあった。


“これで俺は帰るぜ。それじゃあなカナタ、また話をしようぜ”


 その文字は人間界のモノでおそらくは覚えたてなのかミミズが這ったような文字で健気さが窺えた。


「……良いやつだなマジで」


 シドーの時にも感じた同性への友情、それが確かに芽生えた瞬間だった。


「後は寝るだけか。カナタ、我と共に寝よう」

「……本当に?」

「うむ」


 何か変なことを言ったのか、シュロウザは不思議そうにカナタを見つめていた。

 傍に居たルシアはクスッと笑みを零し、今日はここまでかなと口にして帰って行った。


「魔族って色々と自由なんだな」

「自由か。特に厳しい決まり事はないからな我らには」


 魔界はホワイトらしい、そうカナタの魔界辞書に刻まれた。

 シュロウザが口にしたように後は既に寝るだけなのだが、カナタはシュロウザが所有する大きなベッドで眠りに就いていた。

 流石に公国から帰還してそのまま魔界に旅立ち、色々と精神をすり減らしたのだからこうなってもおかしくはない。


「……………」


 魔王シュロウザ、顔を真っ赤にしてカナタの顔を見つめている。

 このままキスでもしようか、或いはもっと凄いことを……いやしかし、相手の意識がなく更には同意すらしてないのにそんなことは許せぬと首を振る。


「……………」


 良いんじゃないの? いいやダメよ! シュロウザの脳内で白い彼女と黒い彼女がせめぎ合っていた。

 結局、シュロウザはカナタに手を出すことはなく、そのまま隣で眠るカナタを見つめながらシュロウザは目を閉じ……そして口を開いた。


「何者だ?」


 瞬時にカナタを守る結界のようなものを魔法で生成し、シュロウザは虚空に向かって鋭い目を向けた。

 ネグリジェ姿の彼女は無防備に見えてそうではなく、圧倒的なまでの強者の姿がそこにはあった。


「……………」

「……なに?」


 現れたのは女神イスラだった。

 魔王であるシュロウザの闇すらも打ち払う光を纏う彼女に、シュロウザは警戒心を最大にした。


「……ズルいわ」

「え?」

「ズルいはこの魔王! 馬鹿! 大馬鹿者!!」


 それだけ言ってイスラは消えて行った。

 残されたシュロウザはボソッと一言漏らした。


「……なんだあの女は」


 そう呟く他なかった。

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