俺、気になります! でも……

「……大丈夫なのか?」

「うむ。魔族は頑丈だから大丈夫だ」


 そういう問題なのかと、カナタは吹き飛んだ魔族を見て口元を引き摺らせた。

 ちなみに今、カナタとシュロウザを眺めている魔族の姿は大勢居るのだが、その全てにカナタの興味が向いていた。


(……すげえ。翼もあるし角もある……でも、種族っていうかこれだってのは断言できそうにないな……あ!)


 体格の違いはあれど、全ての魔族が角と翼というほぼ似た共通点を持っているので種族に関してはカナタには分からない。

 そんな中、カナタはあまりにも分かりやすい存在を見つけた。


「なあシュロウザ! あれってサイクロプスってやつか?」

「うん? あぁそうだな」


 カナタが目を向けたのは一つ目の巨体だった。

 カナタよりも遥かに背が高く、おそらくだが三メートルはあるのではないかと言わんばかりにデカい。

 あんな存在が人間を襲ったらひとたまりもなさそうだが……しかし、そのサイクロプスはカナタからシュロウザに目を向けてサッと目を逸らすのだった。


「どうしたんだ?」

「……カナタ、我よりもあのデカブツが気になるのか?」

「え?」


 シュロウザは面白くなさそうな顔になってそう呟いた。

 サイクロプスだけでなく、他の魔族については興味はある……のだが、あまり他のことに意識を割きすぎるとシュロウザの機嫌が悪くなることを直感したのでカナタは首を振った。


「いいや、でも分かってくれよ。俺にとって……否、人間にとってはこの魔界ってマジで未知の領域なんだよ。そりゃ色々と見たくもなる」

「……そういうものか。ならば……おい、こっちに来い」

「っ!?!?」


 シュロウザがそう声を掛けると、サイクロプスはビクッと分かりやすく体を震わせた。

 心なしかその真っ赤な一つ目が涙目になっているような気がするし、周りの魔族たちも気の毒そうな目をサイクロプスに向けているようにも見えた。


(……シュロウザさ……絶対何か隠してるよな)


 シュロウザの美しい横顔をチラッと見ながらカナタはそう考えていた。

 魔界とはすなわち魔王が治める場所であり、そこにシュロウザの独断でカナタが勝手に入って良いモノだろうか。

 更にはシュロウザに対して畏怖のようなものを感じさせる周りの魔族たち……カナタはそこまで考えてある仮説に辿り着いた。


(さっきの魔族が言いかけた……魔王?)


 魔族の絶対的なる王、それが今隣に居るシュロウザではないか……そこまで考えていた時、ドシドシと音を立ててあのサイクロプスが目の前に来た。


「……おぉでっけえ」

「な、何の用でございましょうか」


 目の前に来たサイクロプスは近くで見るとやはり大きかった。

 とはいえ、シュロウザに対して恐れを抱いているようでその体はとても小さく見えるのだから不思議だ。


「……大丈夫か?」


 そう問いかけるとサイクロプスの彼はどこか感動したようにカナタを見つめ、そして次にシュロウザからの言葉に再び体をビクッとさせた。


「我はそんなに怖いか? 普通通りにしているつもりだがな?」

「ひぃ!?」


 どうもかなり怖いようだ。

 こうなってくると彼を呼んだカナタの方が申し訳なさを感じてしまうほどである。


「えっと……ちょっと近くで見てみたかっただけなんだ。良いよもう」


 そう伝えてカナタはシュロウザの手を取って歩き出した。

 これ以上あのサイクロプスを困らせたくないのもあったのだが、何よりカナタとしては早い段階で今もずっと感じている疑問をハッキリさせたかったのだ。


「シュロウザさ――」

「突然すぎるのですよシュロウザ様、あれでは彼らがかわいそうです」

「……っ!?」


 シュロウザって魔王なの? カナタが核心を突く言葉を口にしようとしたその時に割って入った声……当然カナタはそちらに目を向け、そしてすぐに顔を背けた。


「ルシアか」


 ルシアと、シュロウザはその女性に向かって口を開いた。

 さて、何故カナタがこうして勢いよく目を背けたのか、それはその女性の格好に問題があった。

 シュロウザと同じ漆黒の髪、魔族特有の角と翼はまだ良かったのだ。

 女性の着ている服を服だと言っていいのか分からない、それだけ面積の無いものだった。


(紐やんけ……なんだこの痴女は!?)


 胸と股を隠すのはあまりにも頼りない紐のような下着なのだ。

 美しく妖艶なボディラインを見せるためだけの恰好とも言えるのか、カナタも男なのでジッと見つめたい欲求は確かにある……あるのだが、その欲求を吹き飛ばすほどにその女性の放つ色気が凄まじかった。


「……あ、そうですね。私ったらつい」


 カナタの様子に気付いたのか女性はすぐにドレスのような姿に変わった。

 髪の色と同じく漆黒のドレス、それは抑えきれない色気を放ち続ける彼女にとても似合っていた。

 その後、シュロウザはルシアと呼ばれた女性に言い包められるようにして魔界を混乱させてしまったことを反省し、カナタも何が起きていたのかを教えてもらった。


「……そういうことだったのか。別に良いのに」

「むぅ……魔王だと知ったらカナタが余所余所しくなるかもしれないと不安だったのだ」


 今回突然のことではあったが、カナタが魔界に来ることになりシュロウザが魔法で魔界全土に言葉を発したらしい。

 その内容がカナタに対して万が一に敵意を向けた者は許さない、そしてシュロウザが魔王であることを教えたり、或いは匂わせたりするだけでも万死に値すると……とはいえ目の前に魔王であるシュロウザが現れれば咄嗟に魔王という呼称が出ても仕方なく、最初に殴り飛ばされた魔族は本当に運が無かった。


「……悪いことしちまったなぁ」


 カナタがこのような提案をしなければ魔界も平和だったのに、そんなことを思っての言葉だったがルシアが大丈夫と口にした。


「大丈夫ですよ。あの殴り飛ばされた彼、結構ドМなので気絶と共に絶頂していましたから」

「ぜっ……」

「……気持ち悪くないか? 我も初めて知ったぞ」


 この場合の絶頂はおそらくあっち系の意味だろうか。

 ……っと、色々あったがシュロウザが魔王であることとカナタがハイシンであることも全て知られているようなので変に隠す必要はなくなった。

 もう辺りは暗いのですぐにカナタは魔王城へと招かれた。


「……ここが魔王城か」


 一言で言うならば堅牢な佇まいだった。

 王都に建つ王城もそれなりに頑丈な造りをしており、外敵からの攻撃を防ぐ城壁なども凄まじい規模だったが、この魔王城はそれ以上とも言えた。

 建物を見つめながら呆然とするカナタの背にルシアが手を当てた。


「さあ行きましょうカナタ様」

「あ、あぁ……」


 背中に感じる手の感触、ただ触れているだけのにいやらしさを感じさせる不思議な感覚をカナタは感じていた。

 それが何か分からないままに城の中を歩き、シュロウザが少し待っていてほしいと言ってルシアを残してどこかに消えた。


「配下たちに指示を出しに行ったのです。カナタ様が公国から帰って来た瞬間、魔王様は会議をすっぽかして抜け出したので」

「……なるほど」


 それからシュロウザが戻るまでの間、カナタはルシアと二人で過ごすことになるのだが、シュロウザが居なくなったからかルシアがカナタに素を見せた。


「……ふぅ、それにしても魔王様にも困ったものだよ。気持ちは分からないでもないけれど、予算の話をしている時にいきなり消えちゃったからね」

「そうなんだ……ってルシアさんはそれが普通なの?」

「うん。こんな形だけど、同族からはもう少し女の子みたいな喋り方をしろって言われるくらいなんだ」

「へぇ……良いと思うけどな俺は」

「そうかい!?」

「お、おう……」


 グッと顔を近づけてきたルシアからカナタは距離を取った。

 ルシアはコホンと咳払いをした後、すまないと謝罪をして改めて頭を下げた。


「改めて自己紹介をするよ。私の名前はルシア、種族はサキュバスになるんだ。そしてハイシン様の大ファンでもある」

「……それはどうも」


 サキュバスという種族の名前を聞いてカナタは彼女の放つ色気の意味に気付くことが出来るのだった。


「……ってサキュバス?」

「うん。覚えてるかいカナタ、君がサキュバスについて放送で触れたことを」

「っ!?」


 それはあまりに恥ずかしいことを口走った記憶だ。

 魔王についての話題に触れたということはつまり、魔族とはどんなものなのかも配信中に喋ったことがあった。

 その中でサキュバスってどんな存在なのか、噂通りに凄くエッチで綺麗なお姉さんばかりなのかと口にしたことがあったのだ。


「いやあれは……その……」

「何を照れる必要があるんだい? あの言葉は私もそうだし、他のサキュバスにとっても嬉しい言葉だった。自分が夢中になっている相手からそんな風に言われて下着を濡らさないサキュバスは居ないよ」

「……………」


 カナタは顔を真っ赤にして下を向いた。

 こうしてルシアと話をしていて理解したが、彼女はサキュバスということもあって下ネタのようなものに一切の躊躇がない。

 なので一切隠すこともせずストレートに言葉にして伝えてくるのだ。


「それに、もし君と知り合うことになったら最大級の御持て成しをしようともみんなと話をしていてね」

「……それって?」

「サキュバスの女たちでベッドを作り、そこに君を招いて夢のような時間を提供しようという考えさ。まああのハイシン様を相手にするという時点で、何人か嬉しさで気絶しそうだがね」

「……………」


 ごくっとカナタが生唾を飲んだのも仕方ない。

 とはいえやはりこういった部分はまだまだ小心者のカナタなので、欲望に突き動かされるように頼むとは言えなかった。


「おいクソビッチ、お客様を困らせんじゃねえぞ」

「……あ?」


 また突如として別の声が響いた。

 今度は男性の声だったのだが、クソビッチと言われたからなのかルシアから凄まじいほどの殺意が迸った。

 カナタが声の出所に目を向けると、そこに居たのはかつてアギラを連れ去ったあの魔族だった。


「よ! 随分と久しぶりだなぁ!」


 あの時以来の再会をカナタは果たすのだった。

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