魔の世界に行くぞ

「……久しぶりに帰ってきたなぁ」

「お疲れ様カナタ君」

「あぁ」


 公国でのお勤めも終わり、カナタたちは王国に帰ってきた。

 あっちに向かった時と同じく、ワイバーンの手を借りることで優雅な空の旅を終えての帰宅だ。


「なあカナタ、その子は誰なんだ?」

「うんうん。とっても可愛い子だけれど」


 マリアの計らいというべきか、帰りはミラも姿を見せての同行だった。

 ということは同級生たちの目に留まることとなり、ミラが一体何者かという疑問を持たれるのも変ではない。


「なんつうか……えっと」


 あれっとカナタは首を傾げた。

 事情を知らない人に対して明確にミラはこういう人だという言葉が出てこないことに今更ながら気付いてしまったのだ。


「……友人みたいなもんだ」

「へぇ」

「それにしては……まあいいか」


 何かあると察したとしても深く聞いてこないあたり彼らは良い人たちだ。

 既に夕方なので各々ここで解散することになり、同級生たちはそれぞれ寮の方へと帰って行った。


「それじゃあ私もお先に失礼するわね。アルファナにアレを……あら」

「?」

「この気配は……」


 マリアが何かに気付き視線を向けたのでカナタも釣られるように目を向けた。

 そこに居たのは一人の女の子、白いローブに身を包んだその姿はカナタにとってある意味懐かしい姿でもあった。


「アルファナか?」


 そう、彼女は初めて会った時を彷彿とさせる姿をしていた。

 マリアもミラも警戒をしないのは彼女がアルファナだと分かっているからだ。

 カナタに名前を呼ばれた彼女はフードを外し、月明かりに照らされるようにその美しい素顔を晒した。


「おかえりなさいみなさん」


 彼女は微笑みながらそう言った。

 そのままゆっくりと近づいてきた彼女はごく自然な動作でカナタの手を握り、そのまま動かなくなった。


「……えっと」

「?」


 どうしたのかと首を傾げるアルファナに困惑するのはカナタの方だ。


「……あ、すみません。私ったらつい」


 そう言って手を離したアルファナは恥ずかしそうにしながら舌を出した。

 あまりにもあざとい仕草だが普段は決して見ることの出来ないアルファナの仕草だったので、カナタは少しだけ頬を赤くした。


「ま、まあ二日とはいえ会えなかったし……な」

「あ……ふふ♪」


 照れ臭そうにしたカナタを見てアルファナは更に笑みを深くした。


「……むぅ」

「なるほど、これは確かに心をくすぐられますね」


 マリアは少し悔しそうに、ミラは勉強になると手帳に色々と書き込んでいた。

 それからマリアとアルファナは女子寮の方へと戻り、彼女たちの背中が見えなくなったところでカナタはあっと声を上げた。


「しまった。イヤホンをアルファナに渡すの忘れてたな」

「あ……まあ寿命が延びたので良いのではないでしょうか」


 どういうことなのとカナタが聞いたのは当然だった。


「それではカナタ様、今日はこれで私も失礼しますね」

「あぁ。本当に色々と助かったよミラ」

「いえいえ! それでは! しゅわっち!」


 サッと空に飛び立つようにしてミラは姿を消した。

 実は今のしゅわっちという掛け声なのだが、あれは帰ってくる間にカナタが幼い頃に見ていた特撮モノの物語を読み聞かせた際に彼女が気に入ったものだ。


「……今もやってんのかなあの特撮って」


 昔は友人たちとしゅわっちしゅわっち言いながら遊んだなと懐かしい記憶が蘇るのだった。


「よし、そろそろ帰るか」


 それからカナタも寮に向かって歩き出した。

 今回の公国への旅はカナタにとって多くの経験と共に、これからのハイシンとしての発展を促してくれる友との出会いでもあった。


「一応シドーとはいつでも連絡を取り合えるようにはしたし……あいつ、嬉しそうにしてたな忙しくなることに」


 あれから一度シドーの店に顔を出したが、アテナの計らいもあってかなり忙しそうにしていた。

 俺が頼んだマイクについても早速作成をするとのことだ。

 ただの平民に対してアテナが気に掛けるというのは他の貴族からすればきっと気に入らないことだと思われるが、そこはアテナもしっかりとシドーのことを気に掛けてくれるとのことだ。


「……まあASMRは配信というよりは限定、もしくは希望する人に魔力を流す形で送る方が良いか」


 限定配信、もしくは希望する人に届ける形を構築するのが大事だろうか。

 ASMRというものがどういうものかまだこの世界には知られていないのもあるのだが、ぶっちゃけ良い出来だとは思ったものの恥ずかしいのだ。


「男は絶対気持ち悪いって思うだろ。だからやっぱり女性限定とかの方が丸くなりそうだ」


 その方向性で調整しようとカナタは頷いた。


「ま、まずはマイクが完成してから――」


 カナタの言葉はそこで止まった。

 いつの間にそこに居たのか、一人の女性に正面からぶつかってしまったからだ。


「え?」


 現れたのは闇に溶けるような漆黒の髪の持ち主――シュロウザだった。

 アルファナと違い、音もなくいきなり目の前に現れるとミラの時もそうだがやっぱり驚いてしまう。


「久しぶりだなカナタ」

「あぁ。久しぶりシュロウザ」


 そこまで月日が経ったわけではないが確かに懐かしい気もしていた。

 百八十を超える長身の女性でもあるシュロウザの姿は目立っており、しかもその美しさも相まってかなり視線を集めている。


「ふむ、少し視線が鬱陶しいな」

「あぁ」

「ならばこうしよう」


 パチンとシュロウザは指を鳴らした。

 するとまるで外界から遮断されたかのように向けられていた視線が途切れた。


「おぉ、気配を殺す魔法みたいなやつか」

「その通りだ。久しぶりなのもあるしゆっくり話をしたいと思ってな」

「そうか。はは、まあ俺も同じようなもんだ」


 久しぶりに会えたのだから話をしたい気分なのはカナタも同じだった。

 段々と暗くなり人出も少なくなっていく街並み、そんな中でふと漏らしたカナタの発言が少々マズかった。


「なあシュロウザ、以前にも聞いた気がするんだけど」

「ふむ?」

「魔界って簡単に行けるもんなんだっけ?」

「行けるぞ? 来るか?」

「えっと……」


 ただの思い付きだったのだが、どうやらシュロウザは本気のような雰囲気をこれでもかと漂わせている。

 明日は学院も休みなので問題ないと言えばないのだが……改めて人間の視点から考えると魔界という場所は興味と共に若干の怖さもあった。


「怖くなんてないぞ。我が傍に居るのだから」


 腰に手を当て、胸を張った彼女はとても頼りになるようにも見える。

 それこそ圧倒的なオーラが色として見えるような錯覚すら感じさせるほど、なら大丈夫かとカナタは軽い気持ちで頷いた。


「カナタは明日学院の方はどうなのだ?」

「休みだ」

「ならば我の屋敷に泊まるが良い」

「良いのか? ていうかトントン拍子に決まってるけど」

「良い。魔界では我がルールだ」

「えぇ……?」


 その自信はどこから来るのだろうか……カナタは不安だった。

 建物の立ち並ぶ路地裏に入り、カナタとシュロウザを包むように魔法陣が形成された。


「……少し待て、その前にやることがある」

「ふ~ん?」


 額に指を当て、何か魔法をシュロウザは行使した。

 それはシュロウザから波紋が広がるように魔力が流れていき、まるでシュロウザが考えていることを広範囲に伝えているような雰囲気がある。


「これで大丈夫だ。ふふふ! では行くぞ!」

「お、おう!!」


 突然のことではあったが魔界に行くことが決定した。

 眩いほどの光に包まれ、ガシッとシュロウザに抱きしめられる形でカナタは一瞬で魔界へと転移した。


「……おわぁ」


 カナタの目の前に広がったのはまさに異界だった。

 空は赤く、建物は黒を基調としたおどろおどろしい物が多い……これぞ魔の者たちが住む場所と言わんばかりの場所だった。


「……ここが魔界か」

「あぁ。ここが我の住む世界だ」


 たとえ入れたとしても生きて出られないとされていた魔界、そこにカナタは足を踏み入れた。

 実を言うと若干疑いがなかったわけではないが、サポートする会にまでわざわざ入ってくれたシュロウザのことを疑うつもりはなかった。


「あ、まお――」


 その時、誰かが声を掛けてきたが一瞬で姿を消していた。

 拳を振りぬいたシュロウザの姿が若干気になるが、彼女は気にするなと笑みを浮かべている。


 こうして、カナタは初めて魔界に足を踏み入れるのだった。

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