新たな配信法、それは遅延配信
滞在二日目、カナタの過ごし方は特に変わらなかった。
マリアは当然のようにアテナと共に外交の場へ向かい、カナタはミラを連れて街並みを一望できる高台までやってきた。
「良い景色だなぁ」
「はい。とても綺麗です」
カナタの隣で街並みを見つめるミラも満足しているようだ。
こうしてミラが付いてきていることが分かった以上、傍に置いておいた方がいつ見られているのか気にしなくて良いので逆に安心出来る。
愛らしい表情の似合う少女なのにストーカー気質バリバリの彼女、どうしたものかとこれからもっと頭を悩ませることにカナタはなりそうだった。
「さてと、それじゃあサプライズでやるか!」
「分かりました!」
さて、今回カナタがここに来たのは目的があった。
昨日は配信が出来なかったのもあり、今日も夜はもしかしたら出来ないかもしれないということで完全にゲリラ配信である。
「しかし……上手く行くでしょうか?」
「くくくっ、結構色々と考えたんだぜ」
今カナタは黒衣もなければ仮面もない状態なので、万が一見られてしまえばその瞬間にハイシンだということが知られてしまうことになる。
そうならないためにもカナタが考えたのが遅延配信だ。
これも前世で目にした配信の方法の一つであり、配信元の映像がリスナーの元に数分ほど遅れて届くギミックだ。
「俺の元で配信を開始し、それを魔力に乗せて一旦停滞させておくのさ。そして時間差でリスナーたちの端末に届くように魔力を解放する……まあ説明が難しいんだがやってみりゃ分かる。それにマリアの端末で実践済みだしな」
「なるほどです! 良く分かりませんが天才ですねカナタ様!」
「あっはっは! もっと褒めてくれても良いんだぞ!」
「天才! 最高! かっこいいですカナタ様!!」
完全に頭の悪い兄妹のようなやり取りだが、非常に微笑ましく見える光景なのは間違いなかった。
ちなみにこの間もミラは暗殺者として培った気配察知を数キロに渡って展開しており、この近くに動物すら近づいていないことを常に確認していた。
「ほんと万能だよなミラって。凄いよ」
「そ、そんなぁ♪」
体をくねくねと動かして嬉しそうにミラは笑顔を浮かべたが、すぐに表情を暗くさせてこう言葉を続けた。
「魔法に関しては素人以下ですけれど……」
ミラは類い稀なる身体能力を誇っているが魔力は並み以下で魔法の才能は一切ないというのはカナタも知っているが、だからどうしたと言わんばかりの有り余るポテンシャルを秘めているのは確かなのである。
そもそもこれまでもカナタを助けてくれたミラの能力、それはある程度の魔法が使える人間でさえ到達できない領域に居るので落ち込む必要は一切ない。
「そんな顔をするな。ただでさえミラは凄いんだからな。俺が保証する」
「カナタ様……」
ストーカー? 不気味? だけど妹みたいに可愛いと思えるのでカナタとしても優しい言葉を投げかけたくなるわけだ。
ついでにおだてられていたのもあって機嫌が良かったのもあり、瞳を潤ませて見つめてくるミラの背中に腕を回してポンポン、更に頭なでなでを追加だ。
「……♪♪」
表情は喜び一色、本当に動物の尻尾と耳があったら忙しなく動いていそうだ。
「流石に遅延はまだ十分程度しか無理だからな。めっちゃ短いけどそれくらいで配信は終わる」
「了解です!」
「ミラ、短いけどお前にとっちゃ生放送みたいなもんだ。楽しんでけ」
「はいぃいいいいい!!」
歓喜の雄叫びを聞いてカナタは頷いた。
カナタとしても十分という制約がある以上中身のある話は出来ないので、今回は旅行であるという感覚を最大限に発揮してテンション高く生放送をするつもりだ。
持ち運び可能のいつもの端末にくっ付けるようにカメラを搭載したもので、即席なので少し画面がブレるかもしれないが仕方ない。
「……あわ……あわわわわっ!」
「……………」
頼むから興奮しすぎて声を入れてくれるなよとカナタは苦笑した。
早速配信を開始し、カナタはいつもの口上から入った。
「どうもみんな! 今日は短いけど配信やってくぜぇ!!」
「っ……!! ~~~~~!!」
大丈夫かミラ……カナタは一旦気にせずに続けることにした。
大事なのはテンション、全てを伝えるのだとカナタは結構やる気に満ち溢れている。
「この景色、どこか分かるかぁ? そう! 俺は今公国にやってきてるんだ! いやぁ良い国だぜここは。綺麗だし職人街は最高だし、何より飯が美味い!!」
ここから見える景色に向かってカメラを向けているのでカナタと同じ視界をリスナーと共有することになる。
生放送とはいってもコメントがないので少し違うかもしれないが、こうやって同じ景色を見るのもまた醍醐味の一つだろう。
「もしかしたら道を歩いているそこのあなた、俺とすれ違ったかもしれねえな! 流石に黒衣と仮面は付けちゃいねえけど、もしかしたら……な?」
すれ違う程度のことが嬉しいかは分からない、それでもテンションが爆上げ中なので意味のないことも楽しく口に出来るのだ。
「こうして明確にどこかの国に来て観光よろしく映像に映すのも初めてだが、一人の観光客みたいな俺でも良い国だと思えたからな。少しばかり起きた問題はともかく、マジで飯が美味い」
飯が美味いのは大切なことだ。
それだけ作物などが豊かでもあり資源が豊富なことを意味しているからだ。
もちろん王都も飯は美味くどちらも甲乙付けがたいのだが……王都の方が慣れ親しんだ分勝っているかもしれない。
「それに……」
そこでカナタはシドーやアテナ、リサたちのことを思い浮かべた。
アテナとリサに関してはハイシンに対しての想いが強すぎるものの、良い人たちに変わりはないのだ。
持て成してくれた城館の人たち、リサを救うために動いた兵士の人たちも人当たりが良かったほどだ。
「人には色んな人間がある。それこそ悪意を持って接してくる人も居れば、この公国で俺に良くしてくれた良い人たちも大勢居た……良い国だよここは」
だからと、カナタは一つ間を置いた。
インフルエンサーのような存在であるのならば、やはり少しでもお世話になった国にはこう言うべきだろう。
「みんなも公国に旅行とか諸々来てくれよな! 本当に良い国だぜ!」
それから少しばかり適当なことを話して十分が経つ頃、カナタは配信を終えて止めていた魔力を解放させた。
これで今、端末を持っていてハイシンのことを登録している人たちの端末に配信が届き始めた頃だ。
「ミラ……ミラさん?」
「……っ……ぅん♪」
カナタに背を向けて何やら体をモジモジとさせていた。
肩に手を置くと彼女は分かりやすくビクンとしながら振り向き、顔を真っ赤にしながら何でしょうかと直立不動になった。
「……めっちゃ顔が赤いぞ?」
「その……ちょっと頑張りました!」
「どういうことなのよ……」
それから調子を取り戻したミラにお姫様抱っこされるような形で一気にそこから離れた。
ここに住む人たちはもちろん、ある程度の知識がある人ならあそこがどこかなんてすぐに分かるだろうことを考えての逃げだ。
「ひゃっほ~!!」
「あはは、今日のカナタ様は本当にテンション高いですね!」
「こういうことは楽しんでなんぼだぜ。自分より小柄な女の子にお姫様抱っこってのは恥ずかしいけどよ」
「何を言ってるんですか。今その人に出来る役割分担を精一杯やることが重要なのです。それに……凄く楽しいですもん今私」
「そっか……そうか!」
「はい!!」
こうしてお互いに楽しく話をしながら建物から建物を移動しているのだが、ミラの隠密スキルは自身だけでなく抱えているカナタすらも対象となっている。
なので誰の目にも触れることなく移動が出来ていた。
「着地します」
「おう……っ!?」
着地した瞬間、少しばかりミラはカナタの体を抱えてしまった。
すると固い何かに着地した衝撃よりも、顔を包み込むミラの大きな胸の感触が大変素晴らしい緩衝材になったのだ。
その後、カナタとミラは二人で街中を歩くことに。
「……どうしたんだ?」
「もしかして――」
決して少なくない数の人たちがカナタとミラが飛んできた方向に向かって走っていくその光景、やはり予期した通りのことになったようだ。
「人気者ですね♪」
「だな。ありがたい限りだ。さてと、それじゃあ探検に行くぞミラ!」
「は~い!」
公国に滞在する最後の昼、カナタはミラとの時間を楽しむのだった。
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