その破壊力を身を持って知るがいい

「……………」

「すぅ……すぅ……」


 リサが攫われるという事件が発生したが、いつの間にかここまで付いてきたミラの力も借りることで無事に解決した翌日の朝だ。

 昨夜は疲れもあったのだが、ミラも居たことでマリアの部屋に向かい少しばかり雑談の時間を設けたまでは憶えていた。


「……俺はそれで?」


 おそらくそのまま寝落ちしてしまったのだろう。

 起きた瞬間に鼻孔をくすぐるあまりに甘い香りにおかしくは思ったのだが、それも全てマリアから漂う香りだったというわけだ。

 王女と同衾したというのは大問題だが、幸いにお互いの服に乱れはないので当たり前のことだが一番やってはいけないことをしていないようで安心する。


「あ、起きましたかカナタ様」

「……ミラか。俺は何もしてないな?」

「はい。そしてマリア様もカナタ様には何もしていません」


 ミラが傍に居ることは分かっているし、何故そう断言できるのかは詳しく聞かないことにした。


「ぅん……ふみゅぅ」


 可愛い声を漏らしながらマリアはカナタの方へ体を向けた。

 朝方ということもあって少し寒いのか体を丸めるようにするマリア、しかし服が僅かに乱れておりその豊満な胸元の谷間がおはようございます状態だ。


「……コホン、昨日はありがとなミラ」


 誤魔化すカナタだった。

 ミラも特に気にしていないのか、礼を言われたことが嬉しかったのか綺麗な微笑みを浮かべて頷いた。


「ちなみに昨日はカナタ様が先に寝てしまったんですけど、マリア様はそれはもう悩んでいました。このまま一緒のベッドで寝ても良いのかどうかと」

「……それは申し訳ないことをしてしまったな」

「いえ、悩んでいた方向性は……まあそちらに行きそうになったら私が止めていましたので」

「方向性って何さ」


 ミラは結局カナタに教えてはくれなかった。


「一応の報告ですが」


 そしてあの後のことを簡単に聞いた。

 リサも無事でアテナも戻り、昨日のことは本当に内密に決着が付いたわけだ。


「ま、良かったよ本当に」

「カナタ様が動かれたのですから当然ですよ」

「俺が動かなくても大丈夫だったさ。俺はそこまで万能な人間じゃない。ミラが居てくれたしマリアやアテナさんも動いてくれたからだ」

「それは……」


 納得する様子を見せないミラにカナタは言葉を続けた。

 それは最近ずっと考えていたことで、機会があれば配信の時にも言葉にしようと思っていたことだ。


「俺は確かにハイシンとしてかなり有名になった。でも中身は誰とも変わらないただの人間に他ならない……周りに集まるのはやんごとない連中だけどな」

「……………」

「だから俺が動けば大丈夫だとか、俺が言うことは絶対だとかそんなことはないんだよ。ミラもあまり俺に重たい期待をしないでくれな?」

「……分かりました」


 頷いたミラに手招きし、その頭を優しく撫でる。

 同い年のはずなのに小柄なせいでどうも妹というか、年下に接するような感じに毎回なってしまう。


「……えへへ♪」


 こうやって嬉しそうに笑うのが今でも名残がある伝説の暗殺者だというのだから世の中分からないものだ。

 そんな風にミラの頭を撫でていると、強烈な視線を背後から感じた。

 突き刺さるような視線だと思って背後に目を向けると、横になったままのマリアが思いっきり目を見開いてカナタとミラを見つめていた。


「……………」

「……………」


 見つめ合うカナタとマリア、最初に口を開いたのはカナタだった。


「……おはよう」


 カナタがそう言うとマリアは起き上がった。

 相変わらずの服の乱れがあるにも拘らず、彼女は固まった体を解すように腕を天井に向かって伸ばした。


「う~ん!! あぁ♪」


 腕を下ろしたことでぷるんと震えた胸、サッとカナタは目を逸らした。

 視線を向けた先にはミラが居るのだが、彼女はいつものポーカーフェイスでカナタを見つめるだけだ。

 背後で音が聞こえ、ベッドが軋む音が近づいてくる。


「おはようカナタ君」

「……あぁ」


 おそらくすぐ後ろに彼女は居ることだろう。

 このまま時間が過ぎるかと思いきや、よしっと声が聞こえた瞬間にカナタはマリアに体を引っ張られた。

 そのままベッドの上に再び二人で仲良く横になった。


「朝くらいもう少しゆっくりしましょうよカナタ君」

「……えっと」

「あん♪」


 確かに朝はゆっくりしたいものではあるが、今の体勢はカナタにとって最高にマズイものだった。

 マリアに引っ張られただけだと思いきや、何がどうなってそうなったのかカナタはマリアの胸元に顔が移動していた。

 つまり、少しでも声を出すだけで唇から震える振動がマリアの胸に伝わるのだ。


「……最近アルファナに負けてる気がするからね。私も頑張らないと」


 小さくマリアは呟いた。

 カナタとしては今までに事故で女性の胸に手が触れることはあったが、こうして頬で触れる経験はなかったため顔が真っ赤だ。


「ねえカナタ君」

「……おう」

「世間体としては今回のことはちょっとマズイことではあるけれど、知ってるのはここに居る私たちだけだから」

「そう……だな」

「だから気にしないで? 流石にこの歳になってくると一人で眠るのが当たり前なのはみんなそうよね。でも久しぶりに誰かの温もりを感じて安心したわ」

「……確かにな」


 マリアが口にした言葉にはカナタも同意だった。

 確かに目を覚ましてすぐ傍に彼女の寝顔を見た時はそれはもう驚いてしまい今のようなことになっているが、やはり同じベッドの中に誰かの温もりがあるというのはとても安心出来る。


「悪くなかった……なんつうか、昔母さんと一緒に寝てた時を思い出すな」

「そう? それなら私はカナタ君のお母さん?」

「流石にそれは嫌だけど」

「嫌ってどういうこと~?」


 マリアはクスクスと笑ってカナタを解放した。

 それから起き上がったカナタはすぐに部屋に戻り、どうしたのかと質問をされたが何とか誤魔化すことに成功した。

 そして、朝食の時間になりカナタは彼女が気になった。


「……………」


 リサだ。

 彼女は朝食に手を付けず、まるで虚空を見つめるようにボーっとしていた。

 まるで心ここに在らずの状態で不安になるものの、気にしないでアテナがそれはもう楽しそうに笑っていた。


「あの子、ハイシン様に抱きしめられたって言っててずっと夢見心地なのよ。だからしばらく夢に浸ってもらいましょう」

「……なるほど」


 ちなみにアテナに敬語で喋られるのは違和感しかなかったので普通通りにしてもらった。

 リサから視線を外し、スープを飲みながらカナタは考えていた。


(……考えが甘いよな今更だけど。何かきっかけがあればすぐに気付かれちまう)


 とはいえカナタも少しばかり気になり過ぎていた。

 そもそもの話、今のところシドーを除けばバレたのはある意味仕方ない部分の方が多いのだ。

 喋り方のイントネーションや魔力の質であったり、そもそも配信中に忍び込まれたりとてつもない観察眼で看破されたりと……注意をしたところでどうしようもない事例もいくつかあるのだから。


「おいカナタ、スープに指入ってるぞ」

「え?」


 隣に座る同室の生徒に指摘され、カナタは指が思いっきりスープに浸かっていることに気付くのだった。

 生憎と今の間抜けな姿は隣の彼にしか見えておらず、カナタはホッとするように息を吐いた。


「……ま、あまり気にしすぎても仕方ねえや」


 今は取り敢えず、目の前の朝食に集中することにした。

 その後、朝食を終えたカナタは再びマリアの部屋に訪れた。


「どうしたの?」

「カナタ様?」

「あぁ」


 せっかくだということで二人にシドーの元で買ったイヤホンを渡した。

 彼女たちにとって初めて見るものなのは当然だが、そもそも耳に嵌めるという原理自体が分からないらしい。


「昨日職人街で見つけたんだ。もしかしたらかなり良いアイテムになるかもしれないと思ってな」


 いや、確実に最高のアイテムになるとカナタは確信していた。

 このアイテムはイヤホンという名前が付けられ、どういう風に使用するかを教えて早速実践することになった。

 彼女たちはもちろん、カナタも端末を持っているので早速始めることに。


「……ふぅ」

「っ!?」

「あ!?」


 試しに吐息を演出したのだが、その瞬間二人は大きく体を震わせた。

 その後、満足したカナタとは反対に二人は顔を真っ赤にしながらもどうにか正気は保つことが出来ていた。


「……マズいわよこれ。耳が最高に幸せだけど鼻が熱すぎるわ」

「あ、マリア様鼻血出てます!」

「え!? ってあなたも出てるわよ!?」


 二人の鼻血のせいで軽く殺人現場になりそうだったのは冷や汗ものだった。

 しかし、これでこのイヤホンの破壊力は実証されたとみていいだろうか。


「後は専用のマイクだな。頼むぜシドー」


 マイクが揃えば最高の環境が完成するわけだ。

 そしてこのイヤホンの効果についてはマリアを通じてアテナにも伝わり、そこからシドーに対する全面的な支援が行われることになるのもすぐだった。




【あとがき】


ASMRに関してはしばらく出てきません。

次に出るときは完成した時かなと。

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