間違っている、間違っているぞ!

(……勢いに任せてこんなことをやるもんじゃねえなぁ)


 リサは齎された情報通り、彼女の実家にある地下室に家族と共に居た。

 どうやら頬を叩かれたようで赤く腫れているが……どうもリサ自身は痛そうにもしていなければ悲しみに暮れていたわけでもなさそうだ。


「ハイシン様……♪」

「……………」


 それどころか、満面の笑みを浮かべて瞳をキラキラさせていた。

 まるで小さな子供が現れたヒーローにキャッキャするようなその様子、夕飯の時もそうだしここに来るまでに聞いたが彼女は本当にハイシンという存在にこれでもかと浸かってしまっているらしい。


「お前は……お前がハイシンか!!」


 そう言って怒鳴り散らしたのがおそらくはリサの父親だろうか。

 かなり良い食生活を送っているのかブクブクに太っており、悪役の貴族とはこんな姿だろうなとお手本通りの体つきだ。

 彼がハイシンと叫んだことで、凄まじいほどの圧を感じさせる殺気のようなものが放たれた。


「あなたが……あなたがハイシン? 私をこんな姿にさせた元凶……」

「……ふむ、なるほど。お前がリサの妹か」


 仮面を被っているからこそ、カナタはハイシンに成りきることが出来る。

 役者のような言葉遣いが癪に障ったのか、リサの妹と思われる車椅子に座った女の子は淡々と喋り出した。


「あなたが余計なことをしたから私はこんな惨めな思いをすることになったの! あなたさえ居なければ今頃私は幸せになっていたのに!!」


 リサの妹、アンナはそう言って叫んだ。

 その言葉にはリサを嵌めようとしたことに対する罪悪感のようなものは一切感じられず、自分を悲劇のヒロインとしてしか見ていないことが窺えた。

 家族たちはそんなアンナの元に集い、彼女の華奢な体を抱きしめて慰めている。


(……まあどんなことがあったにせよ、俺が介入したことで彼らが不幸になったのも確か……か。別に間違ったことをしたつもりはねえけど)


 言葉一つで何かが変わる影響力はもう身に沁みている。

 カナタが声にしたからこそリサは助かり、そして反対にリサをどうでも良いと考える彼らに鉄槌が下り不幸になった。

 カナタはそれこそが正しいと思って行動したが、彼らからすればカナタがしたことは家族をメチャクチャにして不幸に陥れた元凶でしかない。


「言いたいことはそれだけかしら? ここまでのことを仕出かしたのだから裁きは受けてもらうわよ?」


 もちろんここにやってきたのはカナタだけでなく、マリアとアテナも傍に居た。

 実力を伴っているとはいえ王女と公爵令嬢がこのような場所に踏み込むというのはいかがなものかと思われるだろうが、そこらの護衛よりも圧倒的に頼りになる存在が傍に居るためだ。


「どうしますか? ハイシン様」


 そうカナタに問いかけたのはミラだった。

 ……取り敢えず、何故彼女がここに居るのかは一旦置いておくことにして今は目の前の問題を解決することが先である。

 とはいえ、流石にマリアとアテナが居る時点で彼らも旗色が悪いことは理解しているらしい。


「……何故ですかアテナ様! 私たちはただ、娘の為に――」

「そうよ! お父様たちは私の為に――」


 そして最後まで、彼らはリサのことに目を向ける気は一切ないようだ。

 完全に家族から見放された形だが、やはりリサはもうそんな家族たちに一切の感情がないのか目を向けることはなく、彼女はただ一心にカナタだけを見つめて続けている。


「……まあ色々とあるが、取り合えずミラ」

「はい」


 サッと姿を消したミラはまるで瞬間移動したようにリサの傍に降り立ち、彼女の体を支えるようにして飛び上がった。


「なっ!?」

「そいつを返せえええええええ!!」


 返せ……その言葉が姉を連れ去るなという優しさからなら姉妹愛を感じられるというのに、アンナはおそらくリサを始末できないからこそ怒り狂っているのだ。

 そして、それはアンナだけでなく他の家族も同様らしい。


「マリア」

「えぇ。リサさんこちらにおいで」


 これで目的は達成されたわけだが、完全に彼らからは敵視されている状態だ。

 もはやこちらにマリアやアテナが居たところで遠慮をするつもりは一切ないだろうことが嫌でも分かる。


「……実を言えば、俺も色々と考えることがある」


 カナタは前を見据えて語り出した。

 仮面を被っていることで表情は見られないものの、その声には何かを思い詰めているような苦悩も感じ取ることが出来る。


「俺はこの子を助けたいと思って配信中に取り上げたわけだが、それを俺は間違ったことをしたとは思っていない。けど、その子が目を潰されたことで悲しみに暮れたことも確かだろうさ」

「今更何を……っ!!」


 罰としてアンナは目を潰されたわけだが、他の貴族すらも魔眼で傀儡にして姉を処刑しようとした罪は極刑になってもおかしくはない……ならば生きているだけでも儲けものではある。


「姉は妹のためにその身を投げ出すものでしょう!? 妹が幸せになるためなら姉は喜んで犠牲になる!! それが普通でしょうが!?」

「そうだ! この子の言う通りだ!!」

「そうよ!!」

「……………」


 正直、何だこれはという感覚だった。

 アンナも家族たちも明らかに普通ではなく、これが異世界ならではの感性かと疑えばきっとそうではないはずだ。

 マリアもアテナも、基本的にポーカーフェイスのミラですら表情を変えるほどの邪悪だった。


(もしかしたら、彼らが魔眼の一番の被害者なのかもな)


 魔眼については全貌が解明されているわけではないが、アンナがここまで狂ったのももしかしたら魔眼の影響かもしれない。

 そしてそんなアンナに同調するように家族たちがおかしくなったのも、魔眼による副作用のような何かとも考えられる。


「……とはいえ、だ」


 それでも、彼らの言っていることは間違っているとカナタは確信している。


「誰かの為に犠牲になるのが家族の在り方なものか。間違っているぞお前たちの言っていることは」


 不思議と言葉に今までにない力が乗った気がした。

 おそらくここでカナタが何を言ったところで聞く耳は持たないだろうし、間違っていると口にしたカナタのことを彼らもまた間違っているというはずだ。

 つまり、何を話したところで彼らとは平行線を辿るしかない。


「アテナさん、後は任せる」

「分かりました」


 その後、当初の予定通りにアテナが連れてきた部下たちを使って彼らを全員捕縛して事なきを得た。

 ミラは小柄ながらも相当な力の持ち主で、カナタを抱えてぴょんぴょんと建物から建物に移動するので流石としか言えない。


「取り敢えずなんでミラがここに居るのかは聞かないでおく」

「え? 別に大丈夫ですが」

「……怖いからね」


 キョトンと首を傾げる彼女から視線を外し、改めてカナタはリサに目を向けた。


「ハイシン様……私……私!」

「……あ~」


 彼女の瞳はさっきよりもキラキラと輝いていた。

 あのまま殺されていた未来もあるはずなのに、連れ去られた出来事が最初からなかったかのように彼女は笑顔を浮かべている。


「無事で良かったよ」

「あ……はいぃ」


 まるで言葉一つを聞いただけで言い方は悪いが薬物を吸ったかのようにリサは表情を崩した。

 これはどのように接すれば良いのかとカナタが迷っているとミラが察したのかトンとリサの首元に手を当てた。


「っ……」

「おっと……」


 リサはそのまま意識を失ったように倒れそうになったが、前に居たカナタが彼女の体を受け止めた。


「お困りのようだったので」

「助かるよ」


 あれ以上は何を伝えれば良いのか分からなかったのでカナタとしては助かった。

 その後、すぐにマリアとアテナが戻ってきてようやく事件は解決することとなったわけだが……まあカナタとしてはまさか国外に来てまでこのような騒ぎを目の当たりするとは思っておらず、大きなため息を吐いて疲れを露にした。


「お疲れ様カナタ君」

「あぁ……」


 ちなみに、あのようなことを仕出かしたが流石に極刑とはならないらしい。

 代わりにかなり重い裁きが下されるのと、精神を汚染する魔法に関しての治癒が出来るプロフェッショナルの元で同時に治療されるとのことだ。


「私ももっと警戒をするべきだった。リサを責めるわけにもいかないし、悪いのは安心していた私ね」

「そんなことはないさ。家族の形は千差万別とはいっても、こんなのが家族なんてマジかよって俺も思ったくらいだし」


 後悔先に立たず、しかし既に解決したも同然なので気にしても仕方ない。

 リサのことはアテナに任せ、少しゆっくりしたいと思いカナタはミラを連れてマリアが泊まる部屋でしばらく話をするのだった。

 そして――。


「……あれ?」


 翌朝、マリアと同じベッドの中で彼は目を覚ました。

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