何もドジ踏んでないのになんなんこいつら

「めっちゃいい部屋だよな!」

「あぁ最高だぜ!」

「……………」


 食事を終えた後、カナタたち男子たちは寝る予定の部屋に居た。

 流石公爵が所有する豪邸ということで、食堂も金も掛かったものだったが客室に関しても同じことが言えた。


(……金持ちってやべえなぁ)


 一応カナタも配信で稼いだ投げ銭があるので金持ちと言えば金持ちなのだが、分かりやすい形で大金を使ってはいないのでまだまだ勿体ない精神が染みついている。


「なあカナタ、お前はレポートの方はどうだ?」

「あ? まあボチボチかな。職人街に行ってきたからそこを纏めようかと思う」

「へぇそっちに行ったのか。俺たちは貴族街に行ったんだけど……」

「……なんか、思ったのと違ったよな」

「ふ~ん?」


 まだ完全に心を許し合っているわけではないが、彼らとはお互いに名前を呼ぶくらいの関係にはなれた。

 一緒の部屋で寝泊まりするのがギスギスするより遥かにマシなのもあるし、カナタからすれば中学生くらいの記憶が蘇ってくる。

 学校行事で旅行に行ったりするとこんな風にみんなで集まって寝泊りするのは普通だったので、それで懐かしさがあったのだ。


「……でも配信は出来そうにないなこれは」


 出来るかどうかは分からない、一応そうリスナーには伝えているがどうやら今日に関しては無理そうだと肩を竦めた。

 ほぼ毎日配信をしていただけに、こうして一日でも感覚が空いてしまうことに気持ち悪さを感じるあたり職業病とも言えるか。


「なあなあカナタ」

「うん?」


 妙に馴れ馴れしいなとも思ったが、こうして話をしてもらえるなら変に気を遣う必要もない。

 ベッドに横になっていたカナタの元に声を掛けてきた彼は腰を下ろした。


「お前もハイシンは知ってるよな?」

「知ってるよ」


 本人だけど、とは当然言えない。

 彼はやっぱりそうかと言って笑い、何やら熱く語り出した。


「あいつ……って言うと罰当たりかもしれないけど、本当に凄いよなハイシン! マリア王女とアテナさんもファンだけど、本当に多くの人を惹きつける魅力を秘めてるぜあいつは!」

「お、おう……」


 カナタにとって同性にここまで褒められるのは初めてだった。

 もちろん彼はカナタをハイシンと認識しているわけがないのだが、それでも同じリスナーだと思っているようで更に言葉を続けていく。


「今まで配信っていうものはなかったし、まさか声を届けるだけでここまで楽しい時間を齎してくれるなんて誰も思わねえだろ? しかも最近は手元配信とかあるし、あの伝説の日には王女や聖女を映すような試みもしてくれた! あいつは俺たちに新たな歴史の転換点を見せてくれているような気さえしてくるんだよ!」


 物凄い熱の入り様だった。

 しかも彼は更にまだ言葉にしたいことがあるのか、グッとカナタとの距離を詰めてきた。


「わ、分かったから離れろって!」


 流石にちょっとばかり鬱陶しかった。

 彼は正気に戻ったようにハッとしたが、残りのルームメンバーの男子もクスクスと肩を揺らして笑っていた。


「そいつ本当にハイシンのファンなんだよ。俺も彼のことは面白いって思うけどそこまでだしな」

「罰当たりがよ!!」

「……うざいだろこいつ」

「……まあ」


 とはいえ、嫌われていないというかアンチでないだけマシだった。

 これでもしもこの部屋に居る間、ハイシンに対しての悪口ばかりを聞くようになっていたらそれはそれで流石に辛い。


「今日配信はねえのかな」

「みたいだな……」


 そう、今日は配信はしないんですよとカナタは苦笑した。

 今日はもう日が沈んでしまったので外に出てやることはないが、カナタは外の空気を吸いたくなったので立ち上がり部屋の外に出た。

 夜だからといって外出制限はされておらず、滞在を許可するバッジを身に着けていれば良いとのことで今から外に出ても問題はない。


「ま、王女であるマリアに恥を欠かせないようにはしないとだけど」


 マリアが連れてきた以上、カナタが何か変なことをすればそれはマリアに降りかかる迷惑になるため気を付けなければいけない。

 部屋から出たカナタはそのまま外に出ようとしたところ、再び彼はかの令嬢と目が合った。


「あら、カナタさん?」

「……どうも」


 そこに居たのはリサだった。

 伯爵令嬢である彼女と公爵令嬢であるアテナはとある趣味から仲が深まり、立場を飛び越えるような関係を築いたらしい。

 リサは今日ここに泊まるらしく、それだけアテナとの仲の良さが窺えた。

 自己紹介も既に終えており、お互いにまだ固さは抜けないが名前を許す程度には打ち解けていた。


「どうしたんだ?」

「ちょっと外の空気を吸おうと思いまして」


 どうやら目的は同じようだ。

 とはいえ女性と夜に二人で出歩くのはいかがなものか、しかも彼女は将来を約束された伯爵令嬢でもある。

 変な噂を立てられるのも困るだろうとカナタは考えた。


「良かったらご一緒しますか?」

「……いやぁ俺は良いかな」

「分かりました。では」


 ちょこんと頭を下げて彼女は外に向かった。

 正直、令嬢が一人で外に出るのはどうかと思うものの警備はしっかりしているみたいだし心配は要らないだろう。

 こうしている間にも庭や門には交代で兵士が警備をしているくらいなのだから。


「カナタ君?」

「カナタさん?」


 用もなく館の中を歩いていると、マリアとアテナが歩いていた。

 二人とも顔が火照っているので、どうやら浴場からの帰りらしい。


「風呂だったのか」

「えぇ。良いお湯だったわ」

「ふふ、色々と話が出来たものね?」


 まるで温泉を彷彿とさせる立派な大浴場だったが、時間をズラして事前にカナタもあのルームメイトとなった彼らと一緒に入っていた。

 良いお湯だったのもそうだがジャグジーのような魔力機器も置かれており、前世の幼い頃を思い出すかのようにはしゃいだ。


「何が色々と話が出来たよ。ずっとハイシン様のことについて聞いただけじゃない」

「良いじゃないの気になるでしょうが。今のところ、ハイシン様と実際に会ったのはあなたと聖女様、そしてお城に居る極々限られた人だけなんでしょう? 羨ましすぎるわズルい!!」

「ズルいって言われてもね……」


 疲れたようにマリアはため息を吐いた。

 風呂上がりの二人は大変色っぽい雰囲気を漂わせており、カナタとしてもそんな二人を見るのは目の保養だったが流石に気恥ずかしくなる。


「……ちょっと俺はこれで」


 二人から逃げるように庭に向かおうとしたカナタをアテナが呼び止めた。


「どこに行くの?」

「え? ちょっと外の空気を吸いに」


 これならリサに付いて行けば良かったかなとも思えた。

 カナタの返事を聞いてふ~んと意味深に目を細めたアテナ、彼女はポンと手を叩いてこんな提案を口にするのだった。


「私も付いていくわ。マリア、あなたも来なさいよ」

「当たり前じゃない。カナタ君とあなたを二人っきりにさせるわけにはいかないわ」


 っと、そんなこんなで夜の庭にカナタは二人を連れて訪れた。

 流石に夜ということもあって肌寒い風が吹き抜けるが、どうも二人には火照った体を冷ます分には気持ちが良いらしい。


(……リサさんは居ないのか?)


 確かリサもこちらに向かったはずなんだがとカナタは首を傾げた。


「綺麗ね」

「……あぁ」


 隣に立ったマリアが夜の庭を眺めて感動したようにそう口にした。

 月の光に反射するように水で濡れた花々が輝き、まるで幻想的な光景を演出している。


「……月が綺麗だな」

「えぇ。本当に月が綺麗」


 この庭に立つマリアもまた、月の光に照らされて神秘的だった。

 カナタが口にした月が綺麗だという言葉はある意味を持っているが、この異世界にその意味は存在しないのでマリアも普通にカナタの言葉に頷いた。


「気に入っていただけたようで何よりだわ」


 アテナもまた、カナタの隣にマリアと同じく立った。


「……え?」

「どうしたの?」


 何故マリアの隣ではなくカナタの隣なのか、そう疑問に思ったがそれを口にするのは意識しているように思われるようで嫌だった。

 何々、もしかして私のことが気になるの~? とはアテナは決して言わないだろうが前世でそう言われて女子に揶揄われた経験があるカナタとしては嫌な記憶である。


「ここに兵士の人は居ないですね?」

「まあね。この庭を囲むように魔力機器によって結界が張られているから。怪しい存在が中に入れば反応するもの」

「へぇ……」


 モーションセンサー的な防犯装置が設置されているらしい。

 流石は最先端を行く公国だなとカナタは感心した。


「それで……ま、そろそろ良いかしらね」


 それは気を抜いていた時に放り込まれた爆弾だった。


「気に入ってもらえたなら嬉しいけれど、出来れば実際にどんなことを思ったか言葉で


 そう、アテナはカナタに問いかけた。

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