アレを作ることでアレが完成形へとなる
伯爵令嬢リサと別れた後、カナタは職人街を見て回っていた。
王国では決して目にすることがないような魔力機器を眺めることは楽しく、まるで家から出てゲームショップや家電量販店を見ているような気分だ。
「王都にもある程度は輸出とかされてるけど、こんな風に本場の店とかは見たことがないからなぁ」
先ほども言ったが、前世のことを思い出すかのようだった。
公国とはいっても王国と同じ身分制度は存在しており、平民のような者と地位の高そうな者とで二極化されているかのようだ。
まあ露骨に差別などはなさそうだが、見るからに平民と思われる人たちが出している店に身形の良い人間は近寄っていない。
「勿体なさそうだな」
端から良い物は見れないだろうと決めつけているのだろう。
「さてと、何か良い物はあるかな」
「どうだろうなぁ。つうかあの店貧乏そうだぜ」
「くくっ、俺たち貴族様の機嫌を窺うしか出来ねえ奴らだしな」
なんてやり取りをする制服を着た男子たちとすれ違った。
彼らはおそらくこちらの学生だろうが、差別は無さそうだという考えをカナタは前言撤回した。
「嫌なもんだぜ全く」
どこの地域も変わらないんだなとカナタはため息を吐き、気分を変えるかのように歩き出した。
「おぉ……おお!!」
魔力機器の発展が著しいと言われているだけあって目に映る全てが新鮮だった。
魔力が少なくても魔法の発動を補うものであったり、危険が迫った時に遠くまで危機を知らせることが出来るアイテムであったり……他にも色々なものがそこかしこに売られていた。
「……良いねぇ。でも、あんま興味はねえんだよな」
あくまでこの世界における実用的なものばかりだが、カナタが求めるのは何か配信で使えるような物なのであまり見向きはしない。
「……?」
っと、そんな中だった。
カナタがチラッと目にしたのは同年代くらいの少年、彼は店の中で外に背を向けながら何かを作っている。
「……え、これは」
その店に近づき、カナタが手に取ったは見覚えのある形をした機械だった。
「イヤホンじゃね?」
そう、イヤホンだった。
これがイヤホンなのかどうかはさておき、耳に嵌めるであろう丸い部分とそれを繋ぐ細いコードは間違いなくイヤホンだった。
「お、お客さんかい?」
「? あぁ」
普通なら敬語のはずなのだが、相手が同年代に見えることもあってカナタは最初からタメ口だ。
「これは何だ?」
「そいつは端末から聞こえる音をそれに収束させ、外に漏らさずにその人の耳だけで聴けるようにしたもんさ」
「……イヤホンじゃねえか」
「イヤホン?」
「いや、何でもねえ」
どうやらこれは本当にイヤホンだったようだ。
とはいえ咄嗟に口にしたイヤホンと言う言葉に彼は首を傾げ、なおかつ名前も決まってなさそうなのでやっぱりイヤホンという単語は存在しないようだ。
「にしても珍しいね。そんなもん何に使えるんだって馬鹿にされるくらいで誰も見向きはしねえってのに」
「そうなのか?」
「あぁ。俺が平民ってのもあるんだろうけど、基本的にコネがなけりゃここじゃあ商売しずらいからな」
「……なるほどな」
彼の表情から色々と苦労がありそうだなとカナタは察した。
この店に客が来るのは珍しかったらしく、彼はカナタを店の中に招き入れて飲み物を出してくれた。
「良いのか?」
「あぁ。見た感じ同い年くらいだし」
「……そっか。ならいただくわ」
「おう!」
再び彼はニッと笑った。
ボサボサの髪の毛とそばかすが目立つが、愛嬌を感じさせる顔立ちなのもあって壁を感じさせづらい。
「俺はシドーってんだ。君は?」
「俺はカナタ、王国から来たんだ」
「王国から! へぇ!」
ただの同性とのやり取りなのだがカナタはとても懐かしい気分だった。
王都の学院では平民として貴族には目を付けられているし、魔法の成績が良いのは同じ平民から気に入らない風に見られている。
なので友達と言える同性が居なかっただけに、こうしてシドーと名乗った男子と話をするのは新鮮であり前世を思い出す瞬間だった。
「なあ、なんでこれを作ろうと思ったんだ?」
「よく聞いてくれたぜ! 実はあのハイシンからヒントを得たんだよ」
「ふ~ん?」
飛び出たハイシンの言葉にビックリしたものの、カナタはシドーの話に耳を傾けるのだった。
「俺はただのリスナーって感じだけど、なんつうか女性の人気が凄いんだよハイシンはさ。それで良く聞くのが良い声ってことで、もしもそれを端末越しじゃなくて一番近い部分で聴けるなら売れるんじゃねえかと思ったんだ」
「あぁ。それでこいつが出来たのか」
「その通り! まあ……全然売れねえんだけどさ」
ガックリとシドーは肩を落とした。
確かにコネが居ると言っていたのもあるし、平民だということでこのようなアイテムを開発出来たとしてもそもそも見向きもされないということなのだろう。
「……ちょい使ってみても良いか?」
「あぁ。もちろんだ!」
これが開発されることを想定はしていないのでイヤホンジャックのようなものはなく、どうやらこちらに魔力を流し込むことで端末から音を拾う形のようだ。
「あ~あ~……あぁ」
「っ!?」
端末に声を録音し、それをこのイヤホン型アイテムに伝える形で魔力を流し込む。
傍で息を呑んだ様子のシドーに気付くことなく、カナタは録音した自分の声をイヤホンを通して聴いてみた。
「……おぉ」
思っていた以上に綺麗な音質で聴こえた。
時折小さなノイズが聴こえてしまうものの、異世界においてイヤホンを再現したこのアイテムにカナタは心から感動した。
取り敢えず頭に浮かんだ人数分買うことを決めたのだが、そこでようやくカナタはシドーが唖然としているのを見た。
「どうした?」
「……いや、だってさっきの」
「……あ」
迂闊、カナタは先ほどのことを思い出した。
感動していたせいでハイシンを意識した録音をしてしまったので、それを傍で聴いていたシドーは察したのだろう。
声真似だと誤魔化すか、或いはストレートに違うと誤魔化すか、まあ変に誤魔化したところで怪しまれるのは変わらない。
「……その……なんだ」
さてさてどうしようか、そう思っていた時だった。
カナタとシドーしか居なかった店に身形の良い男二人が足を踏み入れた。
「きったねえ店だなぁ」
「って客いんじゃん、やめとけよこんな貧乏人の店なんか」
ヘラヘラと笑う彼らは何も買うつもりはなさそうで、ただただシドーを馬鹿にしたい意志だけを感じさせた。
シドーが何も言い返さないのは慣れているからか、それとも貴族相手だからなのかは分からない。
「……俺は」
しかし、カナタとしては黙っているのも癪だった。
貴族二人に目を向け、カナタは言葉を続けた。
「俺は良い店だと思うぜ? 作られているものはどれも魂が込められているし、何より彼の人柄も良いと来た。いやぁ旅行客ながら、なんでこの店が繁盛しないのか不思議だねぇ」
「……ちっ」
「んだよてめえ」
彼らは分かりやすくカナタへと標的を変えた。
片方の貴族が手を伸ばしてきたが、カナタはその手を払い除け、内に秘める魔力を僅かに解放した。
以前に学院の授業でファイアを打ち消した時と似たようなものだが、彼らに尋常ではないカナタの魔力を見せつけるには十分だったようだ。
「お、おい……」
「クソが……」
彼らはすぐに店を出て逃げていくのだった。
言葉で言い聞かせられることは出来ないし他に器用な能力もない、そんな時にこうやって力任せの魔力は本当に役立つ。
「……どこにでも居んだなやっぱりあんなのは」
大変だなとシドーに問いかけると、彼は少しの間をおいてそうだなと頷いた。
しばらく見つめ合い、同性なので恋に発展することは当然ないのだがカナタは頬を掻きながら口を開く。
「ま、色々とあんだけど黙っててくれると助かる」
「……分かった。ちょい信じられねえけど、あそこまで言ってくれたお客様の秘密はしっかりと守るさ」
「……ははっ」
「へへっ」
そうして笑いあった。
それからイヤホン……カナタがイヤホンと言ったので、この商品はこれからイヤホンと命名されるようだ。
イヤホンを買った後、カナタは一つの提案をしてみることにした。
「なあシドー、逆に俺が声を吹き込むのに最適な物は作れるか? 実は今、個人的に考えているモノがあるんだけどさ」
「お、なんだなんだ?」
シドーに相談すると、彼はやってみるとやる気をこれでもかと見せた。
明言はしなかったもののシドーはカナタのことを知ったわけだが、だからといってカナタに対して何か大それたことを口にすることもない。
カナタにとってある意味、初めて出来た同性の友達だった。
……そして、この出会いが世界に革命を起こすことになる。
カナタがシドーに頼んだのはとある機械の開発なのだが、これが後にカナタがハイシンとしてリスナーに届ける例のアレを完成形へと導くことになるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます