これが狂信者か……
「ふふっ、でも珍しいじゃないマリア。基本的にこういう時って王女の護衛というかお付きの人しか連れてこないのに」
「まあね。普段公国に来ない子たちに色々な経験もそうだし、他にも良い機会だと思ったのよ」
「確かにねぇ……ふ~ん」
マリアとアテナが楽しそうに雑談を交わす中、その後ろをカナタたちは静かに歩いていた。
王女と公爵令嬢の二人という組み合わせ、どちらの立場が上かなど考えるまでもないがアテナからはマリアに負けず劣らずの気品が漂っている。
「……アテナ公爵令嬢かぁ、すっげえ美人だな」
カナタの隣を歩く男子がそう呟いた。
その呟きに対してカナタが何か言葉を返したわけではないが、カナタの目から見てもアテナは確かに美しい女性だったので人知れず頷いた。
(この世界どんだけ顔面偏差値たけえんだよ)
一体何度こんなことを考えただろうか、カナタは苦笑した。
ちなみにマリアとアテナはもちろんのこと、カナタ以外の今回同行している同級生たちもみんなイケメンと美女たちだ。
カナタは決して不細工というわけではないが、あくまで普通という領域を出ないので微妙な気持ちだった。
「マリアは私と一緒に行くとして、彼らは?」
「大丈夫。私から指示を出すから」
アテナから離れ、マリアがカナタたちの元に戻って来た。
「当初から知らせていたようにこれから私はアテナと共に城館の方に向かうわ。あなたたちは比較的自由にしても良いけれど、必ず夕刻までにはここに戻ること」
「分かりました!」
「了解です!」
そんなに自由で良いのかとカナタは思ったが、マリアがそう言うのであればそれで良いのだろう。
一応ただ遊びに来たわけではなく、今回の外交に付いてきたことをレポートとして各々纏めないといけないので何もしなくて良いわけではないのだが。
「……ま、それなら色々と見て回ることにするか」
既に同級生たちは仲良く行ってしまい、疎外感に悲しくなりながらカナタも一歩を踏み出した。
しかし、そこでカナタたちを見送る形になっていたマリアが近づいた。
「それじゃあねカナタ君、寂しいけどまた夕刻に」
「お、おう」
ニコリと笑って彼女はアテナと一緒に歩いて行った。
アテナは最後に興味深そうにカナタに振り返りながらも、特に気にすることはなかったのかそのまま行ってしまった。
カナタは彼女たちの背中をしばらく眺め続け、そろそろ行くかと呟いてようやく彼も外に出た。
「さってとどこに行くかなぁ」
まあ何だかんだ、一人で行動することになってもカナタはワクワクしていた。
今までは自身の故郷と王都の景色くらいしか知らなかったので、やはりこうして他国の都市を歩くのは新鮮な気持ちになれるからだ。
「取り敢えず職人街だな!」
魔力機器が発展しているということで、職人街と呼ばれる街区には腕の良い職人が多数商売をしているらしくまずはそこに向かうことを決めた。
しかしながら、初めての場所ということでどう動けばいいのか分からないのも事実だったが日頃の行いが良いからかカナタは天から見捨てられていなかった。
「どうされましたか?」
「え?」
声を掛けてきたのは身形の良い女性だった。
先ほどのアテナに比べると派手さはなく地味な印象を与えてしまうものの、顔立ちは整っており貴族らしい気品も漂わせる女性だった。
「もしかして、王国から来られた方ですか?」
「え? えぇ……」
なるほどと彼女は笑った。
どういうことかと考えていると、今回マリアがこちらに訪れることは貴族の間で共有されている事実であり、同時に何人か学院の生徒が同行することも知らされているようだ。
「今回、マリア様はおそらく色々と質問攻めにされるでしょう」
「そうなんですか?」
「えぇ。ハイシン様に出会った一人として」
「……あ~」
確かにそれもあるのかとカナタは頷いた。
「ところで」
「? ……っ!?」
グッと彼女はカナタと距離を詰めた。
真っ直ぐにカナタを見つめるその視線は深淵を覗いているかのように恐ろしさを感じさせる暗さであり、初対面の彼女に対して決して小さくはない恐怖をカナタに植え付けるには十分だった。
「どうしました……か?」
そこでカナタは女性が胸元に付けているバッジに目を向けた。
これは正しくハイシン様バッジであり、カナタはお前もかと心の中で叫んだ。
「あなた様は王国で過ごされているのですよね? ハイシン様とはお会いしたのでしょうか? やはりまだ彼と会ったことがあるのはマリア様と聖女アルファナ様だけなのでしょうか? あぁ羨ましい……羨ましくて妬ましい。かといって恨んだりするつもりもなければ嫉妬に狂うこともない、彼女たちに協力を仰ぎ会うことにしたのも全てはハイシン様の意志なのだから――」
「あ、あの……」
「……おっと、私ったらつい我を忘れてしまって」
サッと名も知らぬ彼女はカナタから離れた。
実を言えばもうこの場からカナタはすぐに立ち去りたかったし、ハイシン様バッジを身に着けているのでリスナーというのは分かったのだが、どこかミラを彷彿とさせる狂気を感じてしまったからだ。
「……あなたもハイシン……様のリスナーなんですか?」
「おや、ということはあなたもですか」
まあ、こうやってリスナーを装うしかないだろう。
カナタの言葉に彼女は目を輝かせ、やはりハイシンの素晴らしさは広がっているのだと喜びを露にした。
何故そこまでハイシンに対して熱い想い抱いているのか、それを彼女は聞いてもいないのに勝手に話し出した。
「実は私、少し前に無実の罪を着せられて処刑されそうになったのです」
「……え?」
処刑、それは穏やかな話ではなかった。
だがカナタにはこのランダルの地にて処刑というワードを聞くと、あのお便りのことが脳裏を過る。
「私は絶望の中に居ました。婚約者、妹、家族さえも一時ではありましたが全てが敵だったのです。このまま憎しみと悲しみを抱えて死ぬのかと思っていた時、私はある方の手によって救われました」
婚約者と妹、完全にカナタは彼女の存在を把握した。
この女性は間違いなく、あのお便りで伝えられた処刑されそうになっていた人だと分かった。
「ハイシン様、あの方の言葉が私を救ってくれたのです。友人はずっと彼のファンで知っていたようですが、愚かにも私は彼のことを知らなかった。私のことを救ってくれたあの方を! 私は愚かにも知らなかったのです!」
「……………」
まるで己の罪を天に懴悔するかの様子にカナタは思いっきり引いていた。
カナタが言うのも何だがこの狂ったような姿を見るのはあまりにも怖く、軽めのホラーを間近で見せられている気分だった。
「私は彼に尽くしたい、この救っていただいた命を彼の為に使いたいのです。私は彼の為に、ハイシン様の為にこの命を使う為に生まれてきたのです。私の心の支えと生きる目的はただ一つ、彼の存在だけ!!」
「わ、分かったから!」
ヒートアップした彼女をカナタは敬語を使うことも忘れて止めた。
肩で息をする彼女の額には汗が浮かんでおり、今のマシンガンのように繰り出された言葉に多くのエネルギーを使ったようだ。
顔立ちは整っているものの地味な雰囲気と口にしたが、厚めの生地によって作られた服の下には大きな膨らみが確かにあった。
「どうしましたか?」
「いや……何でもないです」
異様な雰囲気はともかく、やはりスタイルの良い女性というのはそれだけで素晴らしいものだと決して口に出来ないがカナタには思った。
さて、これから職人街に繰り出そうとした時に大変な人間に会ってしまった。
彼女も少しばかり暴走したことを自覚しているのか顔を赤くして下を向いた。
「……すみません、職人街はどこか聞いてもいいっすか?」
「あ、はい……あの、良ければ案内しますよ?」
「本当ですか……?」
「はい……」
お互いに気まずい雰囲気だが自信を持てカナタ、悪いのは全て彼女だ。
……まあ、彼女をここまで変えてしまったのがハイシンと言われると何も言えないかもしれないが、少なくともカナタ自身は何も悪くはないはずだ。
それから彼女に連れられてカナタは無事に職人街に辿り着いた。
「おぉここが……」
「はい。王国の方としても、やはり魔力機器の発展については有名みたいですね」
「それが目的だったからなぁ」
「なるほど……あ、そう言えば」
パンと手を叩いた彼女はスカートを指で摘まみ、淑女の礼を取りながら口を開く。
「改めまして私の名はリサ・インクライド、伯爵家の人間になります」
そう彼女、リサは名乗った。
公爵に比べれば伯爵の地位は些か下がるものの、それでも大物の貴族であることに変わりはなかった。
その後カナタも名乗って別れたが、こんなにも大物に出会い続けるが身が持ちそうにないなと渇いた笑みを浮かべた。
「まあ良いか、それじゃあ探検だ!」
意気揚々と、カナタはワクワクした心持ちで職人街の探検を開始した。
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