そのバッジは特級遺物です
「公国かぁ……久しぶりに行くな」
「そうなのか? 俺は初めてだぜ」
「こうしてマリア様のお付きとして傍に居られるなんて!」
「アンタ、あまりはしゃぎすぎないようにね」
遠くから聞こえてくる同級生の声、腕を組むカナタはうるさいなと心の中で呟いた。
先日、突然ではあったがマリアから公国に一緒に来てくれないかという提案を受けたのだが、カナタはそれに対して快く頷いた。
ランダル公国は魔力機器の発展した国ということで、何か配信に役立てられるものがないか探したいのもあったし、単純に行ったことのない国に赴ける経験は大事だと思ったからだ。
「あまりはしゃぎすぎるのもどうかと思うけれど……ま、基本的に私以外の子たちからすれば旅行みたいなものだしね」
「そうなのか?」
「えぇ。アレを見れば分かるでしょう」
「……まあな」
今回はあくまで定期的なマリアが主体となる外交ではあるものの、他所の国に赴くことで色々な経験を積める側面もある。
なのでマリアが個人的に声を掛けるか、或いは教師たちに勧められた生徒たちに声を掛けた結果、カナタを含めて彼らが選ばれたというわけだ。
「……その」
「どうした?」
そんな時、マリアがどこか申し訳なさそうに顔を伏せた。
どうしたのかとカナタが聞くと、マリアは小さな声で話し出した。
「カナタ君はいつも夜に配信をしているでしょう? 端末がないわけではないから公国でも出来るけど、結構窮屈というか気を遣う場面はあると思うし」
「あぁそのことか」
いつもと環境が変わるということで、おそらく配信にも多少の影響は出るはずだ。
まあいつもと同じような配信は約束できないとして、もしかしたら数日間は配信をお休みするかもしれないとは既にリスナーには伝えているのでマリアが気に病むことではない。
「気にすんなよ。つうか今までずっと配信をやってきたせいもあってか、こういう時くらい少しは休むのもありじゃないかと思ってる」
「……そうなの?」
「あぁ」
それでもマリアはどこか納得出来なさそうな様子だ。
カナタとしては本当に気にしないでほしいと思っているし、そう考えるくらいなら最初から誘うなよと言うつもりもない。
言葉にしたように決して行くことはないだろう国にこういった機会で行けるのだからカナタからすれば逆に礼がしたいほどだ。
「こうして公国に向かう機会をくれたこと、ありがとうなマリア」
「あ……」
「くくっ、だから王女ともあろう奴がそんな顔すんなよ。堂々とアンタはあたしの召使いだくらいの気概で居ろよ」
「そ、そんなこと言えるわけないでしょ!!」
ようやくマリアは調子を取り戻したように声を荒げた。
その様子にカナタは苦笑し、改めて窓から外の景色を眺めるのだった。
「……悠々自適な空の旅ってか」
馬車か何か移動するものだと思っていたが、召喚魔法によって現れたワイバーンによって空を飛んでいた。
五匹のワイバーンに持ち上げられている……何と言えば良いのか、カナタの記憶で例えるならバスのような乗り物を持ち上げられているという感じだ。
「……こちらこそ、ありがとうカナタ君」
「え?」
外を眺めているとマリアがボソッと呟いた。
「……カナタ君を誘ったのは、実を言うと個人的な気持ちが強かったの」
「……………」
おやおやと、カナタは他人事を装いながら思いっきり心臓をドキッとさせた。
内心を悟らせないようにしながらマリアの方に視線を向けると、彼女はジッとカナタを見つめていた。
「カナタ君のことを知って、それからアルファナと一緒に過ごす中で段々とあなたの存在は私の中で大きくなったわ。まあ声を配信という形で聴いているからこそ、身近に感じるようになったのかもしれないけれど」
「……おう」
「みんなは私を王女として扱うけれど、カナタ君はどこか違うのよ。丁寧な言葉を要らないって言ったらそうしてくれたし、アルファナにもそうだけど私にも時折ツッコミをくれるじゃない?」
「……あ~」
ツッコミというのはなんでやねん的なやつである。
王女のマリアだけでなく、聖女のアルファナにもそうだが最近では本当に遠慮が無くなったように感じている。
「それが凄く新鮮でね? あ、これが対等な友人関係なのねって思ったの」
「なるほど……な」
「カナタ君が居て、アルファナが居て、そして今はハイシン様についてのサポートまで出来る場所に居る……それが本当に嬉しいのよ」
「……………」
真っ直ぐ、どこまでも彼女は真っ直ぐにそう言った。
アルファナに比べて気が強く、時には暴走しがちな印象が無きにしも非ずなマリアだが、やはりこうして心底嬉しそうに言われてしまうとカナタとしても嬉しくなるというものだ。
「だからこれからも、あなたの力になりたい。どうかしら?」
「俺としてはありがたい限りだけど……でもマリアは王女として色々あるだろ?」
「う~ん」
マリアは顎に手を当てて考え、まるで当然のようにこう言葉を続けた。
「カナタ君のこと以上に重要なことは何もないと思うけれど……それに、私がハイシン様のことに関して精を出していることは家族みんなが承知しているからね」
「……あ、そういうこと」
恥ずかしい話だが、一度ハイシンとして国王や王妃たちに会っているカナタにはその言葉に大いに納得出来た。
「……それなら良いのか?」
「えぇ。良いと思うわ……ふふっ、良いのよね? これからもあなたの力になりたいっていう私で居ても」
微妙に圧を感じながらもカナタは頷いた。
キャッキャするようにテンションを高くしたマリアは更にグッと、隣に座るカナタに距離を詰めてきた。
肩と肩が触れ合い、マリアから発せられる甘い香りが鼻孔をくすぐる。
どうして女性はこんなに甘くて良い香りがするのだと、カナタは緊張を解すために考え続けていた。
「それにしてもアルファナは残念がってたわね」
「だな」
今回のことに関してアルファナは付いてきていない。
聖女である彼女を必要とする外交ではないのも大きいが、仮にそうでなくても聖女を連れ出すことは少々難しいとのことだ。
『……残念です。ならカナタ様!』
……これはマリアにも伝えていないことだが、寂しさを紛らわせるためにアルファナだけに向けた言葉が欲しいと言われたので、端末の録音機能を使うことで彼女に向けた言葉を残した。
「……………」
「どうしたの?」
「いや……」
会員限定として製作しようとしているモノとは違い、完全にアルファナだけに向けたそれはそれは恥ずかしいセリフを連発してしまったことを今更ながら若干後悔していたカナタだった。
それからマリアを含め、少しずつ今回同行している生徒たちとも会話を交えながら空の旅は終わりを迎えた。
馬車のような地上での移動はかなり時間が掛かるものの、やはり空を飛ぶことの利点はその速さとも言える。
「……ここが」
「えぇ、ここがランダルの首都よ」
そうして辿り着いたが魔力機器の発展した国、ランダルである。
少しばかり古めかしいイメージを抱かせる王都とは違い、どこか近代チックな印象を抱かせる街並みにカナタだけでなく他の面々もイキイキとした様子を見せている。
そのようにして降り立ったカナタたちを出迎えたのは護衛を引き連れた女性だ。
「ごきげんよう皆様方、マリア王女はお久しぶりですね」
「久しぶりねアテナ……ま、いつも通りで良くない?」
「そう……ね。そうしましょうか」
女性はマリアと知り合いらしく、懐から扇子を取り出し音を立てて開いた。
「公爵家令嬢、アテナ・ファラトアと申します。どうかお見知りおきを」
王国、帝国、公国において地位の高い人間を表す言葉にそこまでの変化はあまりないだろうが、生憎とカナタはその辺りの知識がそこまでない。
しかし、公爵家というのがかなり……いや、貴族の中でも最も最上位に位置する存在だというのは理解している。
「……………」
マリアはともかく、カナタたちは静かに頭を下げるだけだ。
どうやらそれが無用な遠慮を生んだかもしれないと思ったのか、アテナはクスッと柔らかく笑みを浮かべた。
「あまり緊張をしないでちょうだい。確かにここでは私の地位はかなり大きなものではあるけれど、それを他所の国から来たあなたたちに気を遣わせるつもりはないわ」
その言葉に誰かがホッと息を吐いた。
まあ不当な扱いはされないだろうし、何よりマリアが傍に居る時点で大丈夫な雰囲気はあるのだから。
「……アテナそれって」
「え? あぁこれ?」
そんな時、マリアが何かに気付いた。
アテナはマリアの視線の先に付いていたもの、それを指の先でなぞりながら満面の笑みを浮かべた。
「ハイシン様のバッジよ! 使用人に買いに行かせたのよね!」
「……………」
遠い目になったカナタだった。
しかしながら、カナタもこの時は全く予想していなかったのだ。
国を離れたこの地にて、まさかの同性の友人が出来ることを彼は全く想像していなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます