これは聖女ですわ

 授業の一環でもあるダンジョン探索は何とか事なきを得た。

 流石にトラップの暴力に襲われ恐怖を植え付けられた後となってはチリャンもずっと大人しくしていた。

 とはいえカナタをトラップに嵌めようとしたことは立派な罪であるため、アルファナが事情を説明したことでチリャンには厳正な裁きが下されることになった。


「もしかしたら目の前でカナタ様に何かあったかもしれない……そう思うと気が気でありませんでした」

「悪かった」


 別にカナタが謝ることではないが、心配を掛けてしまったことに変わりはないので素直に謝っておいた。

 教師からもチリャンという冒険者を手配してしまったことを謝罪されたが、あまりにも謝られてしまうと逆にカナタの方が申し訳なさを感じてしまう。


「まあ無事だったんだから大丈夫だ。それに……」


 仮にもし、あの不可思議な現象が起きなかったとしてもカナタはきっと対処が出来たはずだ。

 確かにスケルトンの数は多かったが、下級魔法といえどカナタから繰り出される魔力なのであの群れを処理するのは造作もなかったはずだ。


「……しかしながら無限の魔力というのは凄いのですね。私も聖女として魔力の保有量は多いのですが、それでもやはり足元にも及びそうにありません」


 この世界においてカナタ以外の存在が持つ魔力量には限りがある。

 なのでその限りある魔力と無尽蔵の魔力を比べること自体無意味なのだが、アルファナから見ても無限というのは凄まじいの一言みたいだ。


「ま、これのおかげで配信が出来るんだ。感謝してるよ」

「どうしてそのような力を、などと聞くつもりはありません。私はただ……」


 傍に座っていたアルファナがカナタの手を取った。


「カナタ様が伸び伸びとされていればそれで良いのです」

「……アルファナ」


 彼女は更に言葉を続けた。

 聖女らしく慈愛をその瞳に込めながら、優しくカナタの手を擦りながら。


「ハイシン様のことを知り、そしてカナタ様のことを知りました。そのつもりはなくても重ねてしまうのを仕方ないと思いつつ、これは良いことなのかと最近は考えることがあります」

「それは……」

「カナタ様とハイシン様は確かに同じ存在、ですが今目の前に居るカナタ様は何者でもないカナタ様自身です。そんなあなたにハイシン様を重ね、そのように接するのは違うと思いました」


 カナタとハイシンは確かに同じ存在であり、今や世界にとってハイシンという存在はビッグネームとなりつつある。

 だからこそ、カナタがそのことを光栄に思っていたとしても……傍に居る彼女たちさえもカナタのことをハイシンとしか思わないのは違うと考えたようだ。


「これから先、カナタ様はおそらくもっと大きな存在となると思います。しかしそれはあくまでハイシン様として、というのは変えようのない事実です」

「そう、だな」


 それはそうだとカナタも頷いた。

 まあ配信者というのはそういうものだとカナタは受け入れているので何も思うことはない、カナタとして有名になるのではなくハイシンとして有名になることもそれはそれで嬉しいことなのだから。


「……私は一ファンでしかありませんが、同時に有難くもカナタ様から友人として接していただいています。ですから私は……その」


 アルファナにしては妙に歯切れが悪かった。

 彼女はしばらく悩むように考えた後、口にするべき言葉が纏まったのかこう続けるのだった。


「カナタ様の秘密を知る者として困った時には相談を受け、何かあった時には手を貸すことが出来る……そんな存在で居たいのです。ハイシン様としてではなく、カナタ様として接することの出来る存在に」

「……………」


 それは大きな一つの優しさだった。

 この世界に来て多くの人と知り合い、家族も含めてカナタの支えとなってくれる人はそれなりに居た。

 しかし、思えばこうしてハイシンのことを知りながらここまで親身に考えてくれたのはやはり彼女くらいではないだろうか。


「……ふふ、少しそれっぽく言いましたけどね。私を含め、マリアやミラさんたちも同じだと思いますよ」

「そっか……そうだな」


 アルファナだけでなく、マリアたちもカナタのことを支えてくれている。

 最近になって少しばかり恐ろしい片鱗を気のせいか感じることはあれど、カナタから見た彼女たちは本当に素晴らしい人格者たちだ。


「サポートをする会なんかも作ってくれたし……そうだな。なんかこう、何かお礼というか会員特典みたいなのもありかな」

「まあ!」


 配信についてもっと色々と改良を加えれば会員限定のコンテンツなどを届けることももしかしたら可能になるかもしれない。

 残念なことに今はまだその機能がないのでどうとも出来ないが、アルファナとマリアが立ち上げたファンクラブがそれに該当するだろう。


「でしたらなのですが!」

「おう」


 ポンと手を叩いたアルファナはこんな提案をするのだった。


「以前に聴かせていただいたASMRですけれど、それを会員限定ということで聴かせるというのはどうですか?」

「……なるほど」


 確かにまだまだASMRというコンテンツを世に出すつもりはないのだが、試験的な目的として会員限定で公開するのはありかもしれない。


「……よし分かった。取り敢えずその方向で考えてみるよ」

「はい!」


 心なしかアルファナの鼻の穴が広がった気がした。

 とはいえASMRとは基本的に歯の浮く台詞を口にすることが多いので、どの台詞が女性にウケが良いのかと考えるのは少々恥ずかしい。

 なのでどんなシチュエーションによる言葉が良いのか、それをカナタは聞いてみることにした。


「で、でしたら!!」

「おぉ落ち着けアルファナ!!」


 身を乗り出してくるアルファナを制止するように両手で彼女の体に触れたのが、どこぞの漫画の主人公よろしくアルファナの豊満な胸元に両手が埋まった。

 あっとお互いに声を出し、カナタはサッと手を引いて謝ったがアルファナは気にしないでほしいと柔らかく笑うのだった。


「……アルファナは優しすぎるって」

「ワザとなら少し……でもカナタ様なら……コホン! 今のは私が明らかに悪いですし仕方のないことですよ。むしろ、あれだけで怒鳴るような器の小さい女ではありませんからね♪」

「……おぉ」


 やっぱりアルファナはとても優しい子であり、聖女の名に違わぬ女性だとカナタは半ば感動したように思うのだった。

 その後、アルファナにどんな言葉が良いかを参考として聞き、それをASMRの内容にするのだった。


「……くふふ、点数稼ぎには余念ありませんよ私は」


 それは誰の呟きだったか、とはいえ悪意を感じさせないあたり相当な手練れだ。

 自分の欲望と共にカナタのことも優先して考える彼女の在り方、暴走すると少し怖いがここまで頼りになる存在というのはやはり頼もしいのだから。 







 そして、それから数日が経過した。

 マリアとアルファナだけでなく、ミラにも即興でASMRを体験してもらったが実際に作ろうとすると妥協をしたくはなかったので、少しばかり時間をもらう形で政策にカナタは勤しんだ。


「……俺ってこんなキャラじゃねえよ」


 アルファナの要望は俺様キャラのようなものであり、とにかく傲岸不遜な態度でお前は俺のモノだと言っていそうなキャラクターを所望された。

 カナタとしては前世の記憶も合わせてこんな感じかなと特に苦戦することはなかったものの、究極を突き詰めるために自分の声を確認として聴くのはそれはもう苦痛を通り越して心が悲鳴を上げていた。


「……はぁ」


 だがしかし、待ってくれている人が居ると思えばやる気は出るというものだ。

 そんな中、アルファナだけがこのサプライズについて知っている日々が過ぎていったある日のことだった。


「来週になるのだが、マリア王女が外交の為にランダル公国に向かうことになる。付き人として城の使用人も付いていくらしいが、もしかしたら学院からも誰かを連れて行くことになるかもしれないとのことだ。おそらくはSSSクラスから選ばれるだろうが念のため伝えておく」


 そう教師から伝えられた。

 カナタは相変わらず机に突っ伏して話を聞いていたが、ランダル公国と言えばカナタにとって意外と話題に事欠かない国でもある。

 魔導機器の発達した国というのは心底どうでも良く、カナタに対して助けを求めたお便り然り、カナタを許さないと脅し文句を付けてきた貴族も居る国だ。


「……ま、あんま関係ねえか」


 そう、カナタは思っていたのだが……。


「ねえカナタ君、来週公国に向かうことになったのだけど」

「うん」

「もし良かったら……一緒に付いてきてくれない?」


 っと、そんな提案をマリア直々にされることになった。

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