君は依り代という言葉を知っているか?
カナタが生きていた前世には厄介リスナーという言葉が存在していた。
それは配信者のことを慕うがあまり、想いが強くなりすぎて暴走に近い言動を繰り返したりすることにあった。
ほとんどの場合はヤバい奴というレッテルを貼られて笑い者にされることも多かったが、本人からすればその気持ちは間違いなく本物なのである。
「ふっふっふ、ハイシン様のバッジを買えたわ!」
それは何処にでも居る少女だった。
王都で販売された今をときめくハイシン様バッジを大切そうに持ちながら、これからも何か彼に関するグッズが発売されたら必ずや買おうと考えている。
「これで私もハイシン様をしっかりと支援できる! ハイシン様に人生を捧げると言っても過言ではないわ。私はもっともっとハイシン様に投資するの!」
少しばかり危ない雰囲気を感じさせる少女だった。
危ないとはいっても犯罪を起こしそうな香りがするとかそういうことではなく、自分がハイシンのグッズと買うことで投資となり、彼を支えることが出来ると間違いではないがそう思い込んでいるのだ。
「ねえアンタ、そんなに貢いでるけどいざハイシン様に恋人とか出来たらどうするのよ」
「……あ?」
恋人、ハイシンに恋人が出来るとはどういうことかと友人に問い詰めた。
ハイシンも一人の人間なのだからその内絶対に恋人は作って家庭を持ち、子供も出来て幸せに暮らすのだろうと友人は語った。
彼女はそれを聞いたが……当然のように認めることは出来なかった。
「あり得ないわよ。ハイシン様は私たちの……私だけのハイシン様よ。こんなにもハイシン様のことを想ってるのに恋人なんてあり得ないわよ絶対に」
ファンになってからずっと応援しているしこうしてグッズだって買った。
これからも彼に貢ぐ用意は出来ているし、その覚悟を彼女は持っている……だからこそ、そんな彼に恋人が出来るなど冗談でも考えたくはなかった。
ガチ恋というのは時に厄介なリスナーを生み出すことがある。
まあ今もカナタの周りには相当なレベルの厄介な面々が揃っているが、彼女のように恋を拗らせる子が多く居るのも確かだった。
決して出会うことのない偶像的な存在だからこそ、そんな彼のことをまるで神聖な存在のように彼女たちは考えてしまうのだ。
「ここからグループを作ってもらう。四人一組だ」
王都から少しばかり離れた場所、神殿のような建造物の前にカナタたちSクラスの面々は居た。
今日はついに予告されていたダンジョンに入る日だった。
カナタたちを迎え入れようとするその門構えは正に魔の巣窟、カナタの傍に居た平民生徒は恐怖に体を震わせていた。
「だ、大丈夫なのかよ……」
「大丈夫だって……たぶん」
「つうか冒険者の人も居るし……な?」
教師も言っていたが、今回手助けをしてくれる冒険者の姿もあった。
それぞれそこそこ高ランクの冒険者らしく、人格者な雰囲気を漂わせる者とそうでない者も居て当たり外れがありそうだとカナタはため息を吐いた。
「カナタ様、共に参りましょうか」
誰と組もうか迷っているカナタに声を掛けたのはやはりアルファナだった。
周りがどうしてカナタなんかと目を向ける中、その一切を無視するようにアルファナはカナタの傍に控えた。
どうやら彼女はカナタと一緒に居ることを望んでいるらしく、それはカナタにも良く理解できた。
「……ありがとなアルファナ」
「っ……いえいえ、私がそうしたいと思ったのですから」
やはりアルファナは優しくて素晴らしい女性だとカナタは心の中で大絶賛だ。
四人一組なので後二人が必要になるところだが、聖女であるアルファナと教師に大きな評価をされているカナタの組み合わせということもあり、二人だけで大丈夫だと判断されたようだ。
「二人っきり……ですね♪」
「……………」
僅かに頬を染め、流し目をしながらアルファナにそう言われてカナタは思いっきり心臓を大きく鼓動させた。
友人としての付き合いが長くなったとしても、やはりこうやって綺麗な微笑みを見せられてしまうと何も感じないわけがなく、カナタはそれとなく視線を逸らして顔が熱くなったのを誤魔化した。
「さてと、それじゃあ俺が君たちを見ようかな」
もちろん二人というのは信頼の表れだが、冒険者は必ず付く。
カナタとアルファナの元にやって来たのはかなりチャラチャラとした男で、胸元に付いている冒険者ランクのバッジは銀色……つまりBランクだ。
冒険者にもランク制度は存在しており、Bの上はAとSしかないためかなりの高ランクであることが頷ける。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね」
カナタはともかく、アルファナも全く興味は無さそうでその声には一切の抑揚が込められていなかった。
先ほどこの冒険者は教師と話をしていたのでアルファナが聖女であることもちゃんと理解して接してくれるはず……そう思っていた。
「可愛いねアルファナちゃん、趣味は何なの?」
「……………」
ダンジョンに入ってすぐにこういうタイプかよとカナタはため息を吐いた。
基本的に中に入って魔獣と戦っていく訓練を目的としているため、冒険者からの過度な接触は禁止されているはずなのだが、彼はさっきからカナタを居ない者として扱いアルファナだけに構っている。
「聖女とか大変じゃない? 俺に何か出来ることはあるかな?」
「……………」
まあアルファナの方も全く返事をすることはなく、興味どころか存在そのものを認識していないのではとさえ思える徹底ぶりだ。
(……この人、面の皮っつうか色々と猫被ってそうだな)
それはカナタが直感したことでもあった。
何となく……本当に何となくの感覚なのだが、前世で見ていた良い人を装って女を食いまくる噛ませ系冒険者のような雰囲気をカナタは感じていた。
「俺はあるパーティのリーダーやってるんだけどさぁ、いやみんなに頼られて毎日困ったもんなんだよ。けど、リーダーとして俺は――」
「……………」
アルファナ、冗談抜きで彼の存在を頭の中から抹消しているようだ。
当り前のことだが、いくら相手が高名な冒険者といえどカナタは何もせずに見ているだけのつもりはない。
アルファナの体を男から遮る位置に陣取り、しっかりと彼女の隣に並んだ。
「カナタ様♪」
「……おう」
先ほどまでの無表情から一転し、笑顔を浮かべたアルファナと邪魔者を見るかのような表情になった男という構図になった。
この男……名前はチリャンという冒険者だが、ここに来てようやくカナタに向かって口を開いた。
「おいおい、今俺は彼女と話をしてんだよ」
だから邪魔をするなと彼は言った。
そんな様子のチリャンにカナタは分かりやすいくらいのため息を吐き、まるで困った子供を見つめるようにして口を開いた。
「過度な接触は禁止だと言われているはずなんだが?」
「それがどうしたよ」
「……………」
どうしたよじゃねえんだよとカナタは更に重いため息を吐く。
どうやら高名な冒険者ではあっても良い女を前にすると本性が……いや、元々この男はそういう男なんだろう。
アルファナを背にしていると、奥から狼型の魔獣が飛び出してきた。
アルファナが手を翳すよりも早く、カナタは下級魔法であるファイアを発動して魔獣へと放った。
着弾した瞬間それなりに大きな音が響き、魔獣は叫び声を上げることもなく蒸発して消え去った。
「行くぞ、アルファナ」
「はい」
「……………」
下級魔法であっても無限の魔力から放たれたその威力は凄まじく、チリャンは唖然とするように魔獣が居た場所を見つめていた。
それから奥に進んでいく中、更に薄暗くなったのを機に自然とカナタはアルファナの肩に手を置いた。
「……あ」
それは無用の心配かもしれないが、アルファナを守りたいからの行動だった。
とはいえ、だからといって女性の体に不用意に触るのはマナー違反であり、やってしまったとカナタは咄嗟に手を離した。
「カナタ様、どうかそのままでお願いします」
「……良いのか?」
「はい。凄く安心しますから」
どうやら大丈夫らしかった。
アルファナの肩に手を置き、そのまま二人で前へと進んでいく……しかし、そんなカナタの様子はチリャンの癪に障ったらしい。
少しだけ広い場所に出た時、ドンとカナタは背後からチリャンに押された。
「っ!?」
「カナタ様!?」
一人放り出されたカナタの反応するようにトラップが作動した。
周りから骨の体を持ったスケルトンと呼ばれる存在が無数に姿を現し、カナタを囲もうとしていく。
だが、ここで更に不可思議な現象が発生した。
「……え?」
「あら?」
いつの間にかカナタはアルファナの傍に戻っていた。
そして逆にカナタの居た場所にチリャンが入れ替わっていたのである。
「な、なあああああああああっ!?!?」
すると当然、スケルトンたちの標的はチリャンに移るわけだ。
腰に差していた剣を取り出しチリャンは応戦するも、圧倒的にスケルトンの数は多く捌き切れていない。
彼がした行為は許せないものだが、だからといってカナタも見過ごすことは出来ない。
「……どうして」
カナタが魔法を使ってスケルトンの大群に放った瞬間、背後でアルファナは呟く。
「……カナタ、何故あなたを排そうとしたゴミを守るの?」
その呟きは当然カナタには届かない。
今までと全く違う雰囲気を纏ったアルファナは訳が分からなそうにそう呟き、ハッとするように元に戻ってカナタに加勢するのだった。
先ほどアルファナの瞳は青白く輝いていたが、それはまるでカナタが出会った女神のようだった。
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