次から次へと問題が発生して解決していく

 カナタが演じるハイシンのバッジが爆売れした事実は世界に駆け巡った。

 わざわざ他の国からそのバッジを買う為だけに来ていた旅行客などは国に戻って自慢したり、或いはプレゼントとして渡したりと様々だった。

 そんな風に世の中がハイシンフィーバーに染まる中、カナタの故郷であるロギンの村では一風変わった男が滞在していた。


「……面倒ったらねえぜ」


 ボロボロの布のような服を着た男はそう呟いた。

 聖女の手によってボロボロだった道がある程度は通れるようになったとしても山岳部ということで相変わらず人の入りは少ない。

 だからこそ、この男のように風貌が怪しくはあっても珍しい客人ということでそれなりに歓迎されていた。

 しかし、村に住んでいるのは当然力を持たない普通の人間だ……故に、この男の正体には誰も気付いていない。


「今夜だな。今夜で俺の魔力は回復する……くくくっ」


 手の平に漏れ出る魔力の奔流を眺めて男は呟いた。

 彼は人間ではなく魔族の男であり、今魔界では粛清が進んでいるがそこから逃げ出した反乱分子の一人だったのだ。

 魔界から逃げる際に魔力をほぼほぼ使い果たしガス欠状態となっていたが、こうしてこの村に潜伏することで回復を待っていたのだ。


「調子はどうだい?」


 そんな彼を魔族とも知らず、話しかけたのはカナタの母であるメザだ。

 男のことを気に掛けているのは彼女だけでなく、他の村人たちも身形から大変なことがあったんだなと善意を発動してしまい、彼が過ごしやすいように色々と手配をしていた。


「大丈夫ですよ。この村はとても温かい、ここに流れ着いて僕は幸せです」

(今に見てろ。今日の夜にてめえらを全員殺してその魔力を吸い上げてやるぜぇ)


 落ち着いた男性をイメージさせる外見とは異なり、その内心では人間のことはゴミにように見下している。

 魔王が絶対に見つけろと指示を下したことで、追手の手はかなり近くまで迫っていることは理解しており男にも時間がなかったのだ。


(俺はこんなところで終わらねえ。俺はそんな雑魚じゃねえんだよ!!)


 全ては夜だと、男は背中を向けたメザにその鋭い牙を見せた。

 メザだけでなく、彼女の夫も他の村人も後に訪れるであろう惨劇については全く予期をしていない。

 それは当然、彼らの大事な息子であるカナタも同様だった。

 メザと夫からすればカナタは今何をしているのか、学院では上手く溶け込めているだろうかと自分たちのことより息子のことを常に考えているほどだ。


「……うん?」


 さて、そんな風に残酷な目的を抱いている男だが気になることがあった。

 それは数日前、それこそ二日ほど前から男と同じように村に滞在するロープを羽織った女が居るのだが……この女が男から見ても怪しさ満点だった。

 魔族ということもあって相手の魔力を見ればその力量が分かるのだが、その女は不自然なほどに魔力を持たない――正真正銘ゼロなのだ。


「気味が悪いぜ……まあ良い、羽虫程度の魔力でも喰らってやるよ」


 そうして時間が過ぎ、夜がやってきた。

 運ばれてきた料理を最後の晩餐と言わんばかりに楽しんだ男、彼は村の中央でその正体を見せた。

 回復した魔力を溢れさせながら、背中に生えた翼と頭の角は間違いなく魔族の証であり村人たちは悲鳴を上げた。


「あ、あなたは……!!」

「くくっ、本当に人間ってのは馬鹿だよなぁ。だが褒めてやるぜ、その馬鹿が俺の食事になれるんだからなああああああああ!!」


 このままこの村の全てを喰らい尽くし、反乱分子を纏める魔族の元に戻ってまた全てが始まるのだと男は疑っていない。

 男は逃げ惑う村人たちに目を向けながら、最初に目を留めたのが子供たちを体を張って守ろうとしているメザだった。


(……この女、魔力量はそうでもねえが質はとても美味そうだ。こいつから先に食ってやるか)


 男は翼を羽ばたかせ、メザの前に降り立った。

 メザの夫が彼女を守ろうと男に殴りかかるが、男は軽々とそれを避けてその鋭い爪で一突きにしてやろうとしたその時だった。


「やれやれ、この村はもはや私たち魔族にとっても守るべき尊い場所だ。だというのに一番のを手に掛けようとするとは……愚かだ。本当に愚かだ」


 その声はとてもハスキーな声音だった。

 風を斬るように男とメザたちの間を何かが吹き抜け、突然のことに男は一体何だとそちらに目を向けた。

 そこに居たのは一人の女、それもあのローブを纏った女だった。


「てめえ……? いや、てめえはまさか!?」


 魔法を使ったのであれば彼女が魔力を持っていることに気付く。

 女はクスッと笑みを零して頭に被っていたフードを取ると、その中から現れたのはあまりにも妖艶すぎる雰囲気を纏った女だった。


「サキュバス風情がなんでここに居やがる!?」

「風情とは失礼だね。なんでもなにも、ここはあの方のご家族が住む場所だからだ」

「何を言ってやがるんだてめえは!」


 もちろんこの現状を理解できていないのは男だけではなく、メザたち村人たちも同様だった。

 しかしながらそのサキュバスが男にとって邪魔をした存在には変わりなく、標的をサキュバスに変えて攻撃をしようとした瞬間……男の体は地面にめり込んでいた。


「……は?」


 どうして自分は地面にめり込んでいる、どうして動けないんだと男は困惑した。

 必死に手足を動かして這う形ではあるが顔を上げた時、男は魔族において絶対の存在であり絶望でもあるそれを目にしてしまった。


「そのまま村から何もせずに出れば良かったものを、覚悟は出来ているか?」

「あ……あぁ……」


 それは魔王、彼が今まで崇めていた絶対の王が冷たく見下ろしていた。

 彼女が手の平を翳すと、黒い球体のようなものが男を包み込み……そしてその球体が小さくなって消滅した時、その中に包まれていた男も綺麗に消え失せた。


「掃除完了だな。ルシア、他はどうだ」

「反応はありません。これで最後かと」

「良かろう」


 彼女は……魔王は村人たちに目を向けた。

 そうなると当然、魔王の顔が彼らに見られるのだが……村人たちは呆気に取られるようにその顔を見て呟いた。


「……ハイシン様?」


 それは比較的若い声だった。

 このような辺境の地であったとしても、端末は一つだけ置かれているし王都に出かけない人が居ないわけでもないので世界のトレンドは入って来る。

 だからこそ、魔王が付けている趣味の悪いお面がハイシンと同じものだと気付いた者が居た。


「うむ。我は魔王であり、そしてハイシンのファンだ。何故ここに居るのか詳しくは言えぬが、先の男は我の不始末が招いたこと……そなたたちを守るために様子を窺っていたのだ」


 魔王が人を守るために様子を窺っていた、そして魔王がハイシンのファンということで村人たちの頭の容量は爆発寸前だった。


「最近有名なんだってねそのハイシンってのは」

「なんと……そなたはハイシンを知らぬのか?」

「あまり興味はなくてねぇ、夫もそうみたいだし」


 魔王と、そしてルシアと呼ばれたサキュバスもメザの言葉に目を丸くしていた。

 魔王側からすればメザとカナタの関係性は当然分かっているのだが、その母親も父親も特に興味はないとのことにどう反応をすればいいのか分からないのだ。


 ……だが、良かったなぁカナタと誰かはきっと言うだろう。

 もしも自分の両親がハイシン様と崇めている姿を彼がみてしまったら、きっと複雑な感情に圧し潰されることになるからだ。


「……知らしめる」

「え?」

「そなたたちに知らしめる! ハイシンの素晴らしさを!」

「素晴らしきお考えです魔王様!!」


 やめろ! そんなことはしちゃいけない!!

 そう叫び声が聞こえてきそうだった。






「……はっくしょい!!」


 それは配信中のこと、とてつもなく鼻がムズムズしてしまいそのままカナタは特大のくしゃみを披露してしまった。

 誰かが噂をしているのか、はたまた風邪でも引いてしまったのか……まあおそらくは前者だろうなとカナタは考えた。


:風邪ですの?

:大丈夫ですか?

:くしゃみ……ハイシン様のくしゃみ

:正面から受けたい

:くしゃみが良い……くしゃみ助かる?


 くしゃみの何が良いんだとカナタは盛大にツッコミを入れたかった。

 とはいえ、そんな風に雑談をしながらもカナタは今日の学院でのことがとてつもなく気になっていた。

 それはマリアとアルファナがとにかく余所余所しかったのである。


『大丈夫! 明日には元に戻るから!』

『大丈夫です! 明日には戻ります!!』


 まさかカナタも、あのASMRのせいだとは思わなかった。

 というよりも、カナタは肝心なことに全く気付けていない。


「……う~ん」


 カナタは魔力の波長を弄ることで一番脳に届きやすい波長に変化させているのだがそれはつまり……最もその人が感じやすい声となって脳を刺激しているということに他ならない。

 前世で環境を整えて発せられる声のASMRと違い、魔力というほぼほぼ何でもありの力で増幅されたそれが刺激を促せばどうなるか……まだカナタはそこに気付いていない。

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