ついにファーストグッズ売り出し!
その日、王城前はとても賑わっていた。
老若男女問わず……いや、どちらかといえば圧倒的に若者の数が多いが老人の姿もそれなりに見えた。
身形の良い者も居ればそうでない者も見え、どうやら貴族も平民も平等にこの場に集まっているらしい。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
教会に所属するシスターが前に立った。
すると多くの兵士たちが籠を持って並んでいき、集まった人々は待ってましたと言わんばかりに歓声を上げた。
さて、一体何の騒ぎなのか……それは例のアレが完成し、それを実際に売りに出す日なのだ今日は。
「皆様、怪我がないように順番にお並びください。良いですか? 無用な騒ぎを起こしたものは摘まみ出しますのでご了承ください」
そしてついに、ハイシン様バッジが姿を見せた。
「おぉこれが!」
「ハイシン様だ!!」
「パパ! 欲しい!」
「待ってろ! 家族全員分買うからな!!」
更に盛り上がる広場の隅、そこでカナタがマジかよと呟いた。
「……そんなにか? そんなに欲しいのかそれが」
異様なほどの盛り上がりにカナタは若干の怖さを感じていた。
マリアやアルファナが絶対に爆売れすると言っていたのを半信半疑に聞いていたのだが、どうやらその通りになりそうだった。
「ふふ、これがハイシン様の力ね」
「そうですね。流石です」
すぐ傍にマリアとアルファナも控えていた。
彼女たちの胸元にはバッジが付けられており、完全にいけない宗教か何かにハマった少女たちにしか見えない。
二人から視線を外して広場に目を向けると、買えた人たちはこぞってバッジを身に付けたり酷いものでは頬擦りをしたりとそれはもう凄い光景だった。
「……………」
中にはカンナを含めた高級娼婦たちの姿はもちろん、学園でよく見る顔も居てカナタは色んな意味で何とも言えない気持ちだった。
とはいえこの騒ぎと売り上げは間違いなくハイシンの人気からであり、これからも頑張って活動していく活力になるのは間違いではなかった。
「見たところ公国や帝国の人たちも居るみたいね」
「え?」
マリアが見つめる先には一風変わった集団が居た。
王国ではあまり見ない服装のような気がするので、どうやらそれでマリアは他国の人間だと判断したのだろう。
彼らも彼らで行儀よく順番を待っているので平和な光景だった。
「……まあ、何事も無さそうで良かったか」
こういうお祭り騒ぎの時にこそ、何か問題が起きそうな気もするがそんなことはなかった。
教会に所属するシスターと王城に務める兵士たちがかなり配備されており、警備体制はバッチリということだろう。
「……?」
そんな風に二人と事の成り行きを見守っていた時だった。
さりげなくアルファナに手を引っ張られ陰に連れて行かれた。
「アルファナ?」
「どうかそのまま静かに」
美少女の手で陰に引っ張られ、真っ直ぐに見つめられれば変な想像が働いてしまうのも仕方ない。
純粋でありながら芯の強さを感じさせる瞳と、整いすぎているほどの魅力的なアルファナの表情にドキドキと心臓が大きく鼓動した時だった。
「マリア」
涼し気な声がその場に響いた。
その声にはどこか聞き覚えがあったカナタだったが、隠れながらマリアの方へ目を向けた時にその正体を思い出した。
「お兄様?」
そう、やってきたのはマリアの兄だった。
マリアと同じ金髪と綺麗な碧眼、カナタなど足元にも及ばないほどのイケメンの彼は地味な民族衣装を着込んでいた。
しかしながら、そのあまりにも整った顔面のせいで王族としてのオーラは全く隠せていない。
「どうしたの?」
「なに、俺もこれを買えたからな」
イケメン王子――ユリウスはその胸元にハイシンバッジを付けていた。
「別に用意するのに」
「俺も彼のリスナーでありファンなんだ。王族だからと贔屓されるのは性に合わん」
そう言ってユリウスは笑いながらマリアとの会話に花を咲かせ始めた。
ちなみにマリアもユリウスが近づいてきたことでアルファナがカナタを隠した意図には気付いているのだが、どうもユリウスに対して邪魔をするなと言いたげな雰囲気を感じさせた。
「……そういやあの時は自己紹介程度で終わったもんなぁ」
「話をしますか?」
「いや、やめておく……って今の俺はハイシンじゃねえぞ」
「分かっていますよ」
とはいえ最近は普通にハイシンとしての名残で挨拶をしそうになるので困る。
仮面も黒衣もないので今のカナタはただの平民であり、ユリウスに気軽に挨拶をしようものなら変な目で見られること間違いないし、もしかしたら不敬罪に問われてもおかしくはない。
「……いや、ないか」
マリアの兄でもあることからそれはないかとカナタは笑った。
「それにしても流石はハイシン様の威光だ」
「当然でしょう」
「父上と母上から三つずつ買って来いと言われたがちゃんと確保したしな」
「三つも?」
「付ける分と保存用に観賞用だそうだ」
「なるほどね」
……どうやらあの国王と王妃もやはり救えない部分にまで来ているようだ。
国の最高権力者がそれで良いのかとカナタは言いたくなるが、グッズを買ってくれるのなら良いかと流すしかない。
「カナタ様の威光はやはり凄いですね。改めて尊敬します」
「止めとけアルファナ、こんなことを尊敬なんかすんな」
っと、そこで少しカナタは気が抜けてしまった。
少し足を動かしたその時、近くに置いてあったバケツを蹴ってしまったのだ。
「誰だ?」
その音に当然ユリウスが気付いた。
カナタがどうしようかと頭をフル回転させた時、広場の方が更に騒がしくなり怒号のようなものが聞こえてきた。
カナタとアルファナだけでなく、マリアとユリウスもそちらに気が向いた。
どうやら横取りと割り込みがあったらしく、それに対しての怒りの声らしい。
「お兄様、せっかくここに居るんだから止めに行きなさい」
「……なんか最近俺に冷たくないか?」
「そうかしら、そんなことないわよ」
「……昔はお兄様お兄様って俺の後ろを追いかけていたのになぁ」
少しだけ哀愁を漂わせながらユリウスは騒ぎの方に駆け出して行った。
カナタとしては騒いだ民たちに助けられた形になり、感謝をするのもおかしいがグッジョブと心の中で呟いた。
「危なかったわね。まあ見つかったからってどうなるわけでもないけれど」
「まあな」
お前は誰だで終わりだとは思うが念のためだ。
それからバッジが全て売れ終わるまで陰でカナタは見守り、無事に今回生産した全てのバッジは完売した。
これを機に更なるハイシンプロジェクトの立ち上げも考えられているらしく、それについてまたマリアとアルファナが中心となって話を進めるそうだ。
「ほんと、特大のスポンサーだよな二人は」
何せ国の王女と聖女なのだからその存在感は絶大だ。
今はまだ王国内で留まっているが、後に帝国や公国にも色々と広げていければ更なる飛躍になるかもしれない。
「……はぁ、まあ俺としては気軽に配信が出来ればそれで良いけど」
結局のところカナタの原点はそこだ。
自由気ままにただ喋ったり何かをするだけでいい、それだけで今のカナタは満足なのだから。
「ま、ビッグにはなりたいけどな!」
ビッグになって帰る、それは村から出る時に家族に伝えた言葉でもある。
今でも十分カナタはビッグな存在だが、まだまだ終わりではないとカナタは握り拳を作って決意を新たにした。
「そう言えばカナタ様」
「どうした?」
「実は今朝ミラさんに会ったんですけど、何をしたんですか?」
「え? あぁASMRのことか」
「……何ですかそれは」
やはりASMRのことはアルファナにも伝わることはない。
ミラとの実験結果はちゃんと記録しているが、サンプルは大いに越したことはないとアルファナの協力も取り付けることにした。
「何をするの?」
「マリア、お前も来てくれ」
マリアも戻って来たので彼女にも協力してもらうことに。
何をするのか分かっていない二人と連れて教会に赴き、アルファナの計らいで絶対に誰も部屋に入らないように手配してもらった。
「それでASMR……だっけ? それをするのよね」
「あぁ、取り敢えず二人とも楽にしていてくれ」
二人とも椅子に腰かけ、カナタに言われたようにリラックスした体勢を取った。
そのまま二人に端末を耳の近くに移動してもらい、カナタはミラにやった時と同じように魔力の波長を調節しながら実践するのだった。
そして数十分が経過し、カナタは二人から言葉にならないほど素晴らしかったと言われ嬉しさを胸に教会を後にするのだった。
「……はふぅ」
「っ……だめぇ」
カナタが部屋から出てすぐ、二人は足元が汚れるのを躊躇うことなく地面にお尻を付けるように座り込んだ。
顔を真っ赤にした二人はしばらくボーっとしていたが、ようやく会話が出来るように回復したところでアルファナがボソッと呟いた。
「マリア……声だけで子供が出来ると私は思いましたよ」
その言葉にマリアはブンブンと首を振って頷いた。
しかしながらマリアとアルファナのある共通認識が生まれたのだが、それはこのASMRとカナタが口にしたジャンルを世に出して良いのかというものだ。
「……これ、狂わされるわよきっと」
「でしょうね。聖女としていかなる精神攻撃への耐性はありますが、これを一人で部屋で聴いたら大変なことになります」
素晴らしい、とても素晴らしいモノではあった。
だが、同時に恐ろしいことになるかもしれないと二人は考えることが出来た。
既にハイシンの虜になって頭がイカれた二人ではあるのだが、人類の危機を感じると一瞬とはいえ正常に戻るらしい。
これは世に出して良いモノか、しかしながら部屋で一人で聴いて思いっきり色んなことをしたい欲望も溢れてくるようで……今日一日、二人はとても悶々とした夜を迎えそうだった。
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