異世界ASMR
「来週はクラスの皆でグループを作りダンジョンに向かう」
その教師の言葉にクラス中が沸いた。
ダンジョンとは冒険者が挑み続けている場所であり、奥に進めば進むほど強力な魔獣やトラップ、そして財宝が眠っているというのは多くの者たちが持つイメージだ。
そのイメージは何も間違ってはおらず、一攫千金を狙うも良し地道に稼ぐも良し、ある意味この世界における戦える者たちの資金源とも言える。
「ダンジョンかぁ……怖い魔獣が居るのかな」
「そりゃ居るでしょ。でも楽しみ!」
「……俺、怖いぜマジで」
「そうか? 俺は特に何も思わねえけど」
ダンジョンに向かう意気込みとしては人それぞれらしく、不安に感じる者も居れば心から楽しみだとウキウキしている者も居た。
「魔獣を相手にした本格的な実戦となるわけだが、当然不可解なトラップに引っ掛かれば命の危険もあるだろう。心するが良いひよっこ共、まだその若さで死にたくはなかろう?」
教師の言葉は冷たかったものの、厳しくしてこそ将来に繋がるというものだ。
簡単に説明がされたが、教師が二人と高名な冒険者パーティが補助に付くらしくある程度は安心して良いとのことだ。
「……ダンジョンねぇ」
相変わらず机に突っ伏した状態のカナタだったが、彼も彼でダンジョンというものには興味があった。
今はハイシンシャとしての活動で満足しているが、もしもこうして配信という手段を構築出来なければ無限の魔力を好き勝手に使い冒険者として無双していた未来もあったかもしれない。
(……ま、あんま興味はないけど)
興味はない、それでも想像するくらいにはチート能力というのは魅力的だ。
「なあなあ、もしも自由にグループを作って良いなら組もうぜ!」
「もちろんだ!」
「聖女様は誰と組むのかしら」
「私が一緒に組みたい!!」
グループ作り、果たして孤立しているカナタはどうなるのか……それを考えるだけでちょっぴり悲しくなりそうだった。
グループについて話題のアルファナはクラスメイトに囲まれており大変そうだが、カナタには彼女を助けてあげることは出来ないのでそのまま教室を後にした。
「……ついに明後日にはバッジが発売されるのか」
ハイシン様バッジ、それがついに発売される目途が立った。
今のところは王都のみでの販売となるわけだが、売れ行きが良ければ帝国や公国の方にも供給する方針らしい。
悪の総統みたいな姿をしたあの姿でのバッジ化は複雑だが、やはりハイシン張本人なので売り物として出すのならしっかりと売れてほしいとは思っている。
「緊張してきた……」
まあマリアやアルファナの見立てでは爆売れするようだが、その時になってみないとこういうのは分からないものだ。
「さてと、今日はもう帰るとするか」
颯爽と廊下を歩くカナタの前に仲の良さそうな男女のグループが居た。
「これからどうする?」
「サロンに行くのはどうだい?」
「良いわね。ご馳走してくれるの?」
「あぁ。とても良いモノが手に入ったんだ」
イケメン二人に連れて行かれるこれまたレベルの高い美少女が二人……やはりこの異世界の顔面偏差値はかなり高く、カナタが嫉妬する気が起きないほどだ。
カナタは彼らから視線を外し、周りに誰も居ない自分を客観的に見て小さなため息を吐いた。
「……ネタ作りでもするか」
今日はどんなお便りがあるのか、そこからどう話を膨らませるか、或いはこれから更にどんなことが出来るかを考える時間にしようとカナタは意気込んだ。
実を言うとやりたいことはいくらでもあるのだが、その中でも少しこれは良いんじゃないかと考えていることが一つだけある。
「自分の声が良い声だなんて思うつもりはないけど、マリアやアルファナも良い声をしているって言ってくれるから考えたんだよな」
それはASMR、前世でもかなり有名だったものだ。
自律感覚絶頂反応と直訳されるもので、意外とこのように呼ばれることはなく知っている人も少ないと思われる。
もっと言えばこの世界は異世界であり当然のようにASMRという文化は存在しないので、この道の開拓もカナタの手に委ねられていた。
「とは言ったものの、果たして魔力でどこまでの再現が出来るかだな」
脳に直接響くような声で刺激を齎し、ゾワゾワするような感覚を実現するためにはどうすればいいのかまずはそこからだ。
ヘッドホンもイヤホンも存在しなければ専用のマイクも存在しない、やはりいつも喋る時に使う魔力の波長を色々と変えながら道を模索するしかなさそうだ。
「一人じゃ無理だし、誰かに実験として付き合ってもらうしか……」
マリアやアルファナなら喜んで協力してくれるだろうが、既に学院から出てしまったので彼女たちを呼ぶのは少し面倒だ。
それならとカナタは小さくミラと呟いた。
「お呼びですか?」
「よし、偉いぞミラ」
「……えへへ~」
音もなく現れたミラはカナタに褒められて嬉しそうに笑った。
日を追うごとに進化していく究極系のストーカーであるミラだが、最近はもう彼女のことは犬か猫のように思うことにしている。
まだ彼女を呼んだ理由は告げず、自室に戻ったところでようやく本題を話す。
「ハイシンとして新たなステージに向かおうと思ってな」
「お、おぉ!?」
「お前に実験として付き合ってもらいたい」
「お任せあれ! 何でもしますよ何でも!!」
良しとカナタは頷いた。
端末を起動し、いつものように配信を行える場を整えた。
「これから配信をするのですか?」
「いや、一旦お前の端末にだけ声が届くようにしてる」
「なるほど……」
どうやらミラも何をするのかは当然分かっていないようだ。
「ASMRっていうモノがあるんだが、それにちょっと手を出してみたい」
「ASMR?」
「簡単に言うと声で相手の脳を刺激するような試みだ」
「……難しいです」
だよなとカナタは苦笑した。
ミラの端末からカナタの声が聞こえるようになったのを確認し、流す魔力を調整しながら声の聴き具合を確かめていく。
「……変わんねえな」
「私にとってはとてもご褒美な時間ですが」
「ありがとうな。でもこうじゃねえんだよ」
ハイシンのことをどこまで好きと言ってくれるミラだからこそ、その反応も良く見ていくことが大切だ。
背中が痒くなるような歯の浮く台詞にミラが顔を赤くしながら鼻息を荒くしている姿はともかく、このような反応は違うとカナタは首を振った。
「ふぅ……ふぅ♪」
「……大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですぅ!!」
全然大丈夫ではなさそうだった。
それでも最後まで協力すると言ってくれたミラに感謝しつつ、魔力の波長を変えながらしっかりとミラの反応を観察していき……そして、大きな変化を見せた瞬間があった。
「っ!?」
「……お、ここか」
体全体を震わせるようにゾクゾクっとミラが体を震わせた。
イヤホンやヘッドホンの有無は関係しているだろうが、こうして魔力の流し方で分かったことがある。
それは魔力の波長を変えることで聞き手の受け止め方が変化するということだ。
自分の声なのでカナタは特に何も思わないし逆に恥ずかしさすら感じるが、ミラの反応を見る限り全然行けそうだった。
「い、今の何ですか?」
「うん?」
「なんかこう……背中がゾワってなって、ちょっと怖いくらいです。これ以上聞いたらおかしくなりそうな感じがしました」
その言葉にカナタはニヤリと笑った。
「上出来だミラ、俺が辿り着きたかった境地はそこなんだ」
まだ完成とは言えないかもしれないが、また一つ新たなジャンルを確立出来た達成感がカナタにはあった。
もちろんミラだけというのも考えられるので他にも実験に付き合ってくれる人の協力は不可欠だが、取り敢えず今はミラの反応をもう少し確かめてみようと考えた。
「緊張した状態じゃなくて、リラックスした空間で聴くのが本来の使い方なんだ」
「なるほどです」
「ミラ、俺のベッドに横になって端末を耳元に置いてくれ」
「は、はぁ……」
言われるがままにミラはベッドに横になった。
壁際を向くようにして体を横にした彼女は端末を耳に近づけ、どうぞとカナタに準備が出来たことを知らせた。
「何か言ってほしいことあるか?」
「えっと……何でも良いんですか?」
「もちろん」
協力してくれたお礼も込めてのことだ。
「それじゃあ……」
ミラは恥ずかしそうにしながらカナタに伝え、カナタは分かったとその言葉を呟くことにした。
先ほど覚えた魔力の波長を合わせ、その台詞をカナタは口にした。
「ミラ」
「っ!?!?!?!?!?」
ぴくぴくとミラの体が震えた。
「これからも俺の為に生きろ、俺にはお前が必要だ」
言い切った後にカナタも何だこれと思ったが、それよりもミラの反応があまりにも激しかった。
脳に直接入り込んでくるような声を拒むように背中を丸めながらも、どこか恍惚とした雰囲気を感じさせてモジモジと忙しなく体を動かしている。
「どうだ?
「っ……これ……これぇ」
起き上がったミラは顔が真っ赤だった。
どこか蕩けたような表情を隠そうともせず、彼女は端末に頬を擦り付けながらこう言った。
「是非……お家で一人で聴きたいです。そして……ぐへへ♪」
「!?」
ダラリとミラは涎を垂らした。
……取り敢えず成功で良いのかとカナタは首を捻ったが、まだまだ改良の余地に加えて考えることは色々とありそうだという結論だ。
「実用化っつうか、どんな風に披露するかはもっと考えないとな」
異世界におけるASMR、それはまだまだ世に出ることはなさそうだがミラのような反応が世界中に溢れるとなると……それはそれで怖いことになりそうな気がしないでもないカナタだった。
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