聖女がハッスルするのは平和な証
それはあくまでお礼の一環だった。
「なあマリア、別に弟君と妹さんに会っても良いぞ?」
アルファナだけでなく、マリアにも世話になった恩は感じている。
学院でも王女として威光を翳すことなく接してくれる彼女の在り方は気に入っているし、何よりオーブの件やそれ以外でも色々な面で助けてもらっている。
彼女たちの根底にあるのがハイシンの役に立ちたいという気持ちだとしても、それは結局カナタに向かう優しさでもあるからだ。
「本当に?」
カナタは頷いた。
ハイシンとして顔を出すがカナタとして会うことはしない、それには当然マリアは頷きアルファナも協力すると言ってくれた。
もはや黒歴史になりかけている黒衣と仮面を再び取り出し、カナタはハイシンとして表舞台に舞い戻った。
「父上、俺たちにも是非お話をさせてください!」
「そうよお父様! マリアばかり傍に居てズルいわ!!」
しかしまあ、本来ならば弟と妹に会うだけだったのにこうして大きな騒ぎになってしまったのはカナタたちの注意不足でもあった。
アルファナはしっかりとカナタの傍に控え、マリアも家族を注意しながらも大変なことになったと慌てているのが手に分かる焦りを浮かべている。
(……ま、城の中で……いや、彼らの間だけの騒ぎだからな。これが国総出とかなら嫌になるけどそこまで気にすることはないぞマリア)
そうは言っても伝わらないのが心の声だ。
王と王妃、マリアの姉の一人と兄、弟と妹は目をキラキラさせながら奥の方に控えている。
とっとと用事を済ませたいが、やはりいくらハイシンであっても国のトップを前にして勝手なことは出来ない……しかし、マリアを安心させたかった。
「マリア」
カナタが呟くと、スッと周りの空気が死んだ。
いや、死んだとは言い過ぎだが静かになったのだ。
「そんな顔をするな。俺はどうも思っちゃいない、これも有名税みたいなものだ」
「……ハイシン様」
カナタとは言わずハイシン様と口にしたが、改めてこうして様と呼ばれるのは背中が痒くなる。
アルファナにはいつもカナタ様と呼ばれているのだが、それはもう慣れてしまったので気にはしていない。
「改めてハイシンだ。よろしく頼む」
今この時だけはカナタはハイシンになり切ることを決めた。
まあハイシンとは自分自身のことなのでなり切るも何もないが、いつも端末に喋るように堂々とした佇まいだ。
「あ、あぁ……こちらこそだ」
「よろしくお願いしますわ」
二人ともカナタに圧倒されたように口数が減った。
「以前アルファナを含めてマリアにも世話になってな。それでその時の礼をする意味も込めて今日は参上した。どうも彼女の弟と妹が俺に会いたいと言ってくれているようでな」
それだけ言ってカナタは歩き出した。
メイド二人と共に控えている弟と妹だが、二人とも目をキラキラさせながらもどこか緊張した様子だった。
「ハイシンだ。二人の名前を聞かせてもらえるか?」
こんなふざけた姿をしているがなと仮面の下でカナタは笑った。
「アルスです!!」
「フィオナでしゅ……っ!?」
アルスとフィオナ、それが二人の名前らしい。
カナタは手を伸ばしてアルスとフィオナの頭を撫でながら言葉を続けた。
「アルスとフィオナか、良い名前だ」
かっこよく決めたアルスと、噛んでしまい恥ずかしそうに体を小さくするフィオナの二人にカナタは小さく笑った。
二人と接する間、王たちの視線を感じるが今日はあくまで目的は彼らなのだ。
我慢してもらうことにしようとカナタは考えた。
(本来ならこんなのあり得ないだろうな。無礼者って後ろから斬られても文句は言えなさそうだ)
しかし、それを可能にしているのがハイシンの威光だった。
どこか信じられない気持ちもありつつ、まるで漫画のようだなとフワフワしているからこそ少しだけ他人事にカナタは考えていた。
一国の王たちがここまでカナタに腰が低い姿など本来あってはならないのだから。
「ハイシン様、いつものやつやってくれますか?」
「いつもの?」
いつものとは何だ、そう思っているとフィオナが言葉を続けた。
「あ、あの……いつもの出だしのやつです!」
「あぁそれか」
それくらい構わないとカナタは頷いた。
「よぉみんな! 今日もこの時間がやって来たぜぇ!!」
「うわあああああっ♪」
「す、すごい!!」
ちなみに、今のカナタの声を聞いて王妃が貧血を起こしたように倒れかけていたがちゃんと王が受け止めていた。
「あ、眩暈が……」
「ちょっと!?」
近くで聞いていたメイドはダイレクトにダメージを受けたように倒れた。
人が倒れたというのにもう一人のメイドはおろか、アルファナも全く動こうとしないので気にしないで良いらしい。
それからしばらく、カナタはアルスとフィオナの二人と過ごすことになった。
「どんな時も堂々と、あくまで客観的に口にするのが大事だと思ってる。もちろん内容によってはどちらかに肩入れすることもあるがな」
「なるほど……」
「……………」
過ごすと言っても数十分程度で、これから二人は勉強らしく名残惜しそうにしながら去って行った。
「幼い子供の笑顔ってのは良いもんだな」
「そうですね」
マリアはどうにか家族が暴走しないようにと抑えてくれる中、アルファナはずっとカナタの傍で見守っていた。
正に聖女のように佇む姿は安心を齎し、この王城という場所であってもアルファナが傍に居てくれるのもあってそこまでの緊張はない。
「さてと、取り敢えずこんなところで良いか」
「了解しました」
用は済んだから帰ることにしようとカナタは歩き出した。
当然のように王たちはまだ話したそうにしているが、やはりどこまでもカナタの意志を尊重してくれるらしい。
「ハイシン様、あなたのような人が居たからこの国も変わったのだ。奴隷制度についても身分制度についても、あなたの声のおかげで大きく動いた」
国王の言葉は光栄なことだったが、カナタとしては言いたいことがあった。
「俺が何かを言う前に動いてほしかった部分もあるがな」
「そうだな……確かにその通りだ」
国王はカナタの言葉を深く心に刻むように目を閉じて頷いた。
奴隷についても身分のことについても、それは国をより良くしていくために誰かに言われるよりも自分で動かなければいけなかったことだ。
カナタが動かなければ……まあ他の誰かが動いたとは思うが、そこを感謝されても心から嬉しいかと言われればそうではない。
「この国は良い場所だ」
それはカナタの心からの言葉だった。
今の短い一言に彼らが何を思うかは分からないが、カナタはそんな言葉を残して王城を後にすることにした。
非常に残念そうにする面々に苦笑はしたが、また機会があれば来ると口にした。
『では国の総力を持ってあなたを出迎えよう!』
絶対に来ないことをカナタは決めた。
マリアはまだ城に用があるとのことで別れたが、アルファナは変わらずカナタの傍に居た。
ずっとハイシンとしての姿で居るわけにもいかず、カナタはアルファナに連れられて教会に立ち寄った。
「……ふぅ」
城に出向いた時と同じく、アルファナの魔法で気配を消していたため誰にも気付かれることなく教会の一室に辿り着いた。
黒衣を脱ぐとむわんとした暑さが逃げていく。
そろそろ夏が近いということもあってかなり気温が高く、この黒衣と仮面の下は汗びっしょりだった。
「……熱中症になるぞこれ」
前世において着ぐるみのバイトなどが如何にしんどいか、その理由を明確にカナタは自らの体で実体験した。
着替え終えるとアルファナが部屋に入って来た。
「お疲れ様でしたカナタ様」
「あぁお疲れ。アルファナもありがとな」
「いえいえ、カナタ様のお力になれるのであれば幸いですよ」
本当に優しいなとカナタは感動する勢いだった。
持っていた衣装については洗浄魔法を掛けておくと言われたのでアルファナに渡し、カナタはトイレに行きたくなったので席を外した。
トイレに向かってから戻るまで数分、部屋に戻った時カナタはおやっと首を傾げた。
「どうしましたか?」
「……いや」
どこか部屋の中に甘い香りが漂う気がしたのだ。
それが何かは結局分からなかったが、その後はアルファナが用意してくれたお菓子を楽しんで寮に戻るのだった。
聖女、それは聖なる女と書いて聖女と読む。
聖女とは国を代表する一人でもあり、神聖な存在でもあるのは言うまでもない。
王国に住む多くの人々は聖女に憧れ、彼女の偉業を称えながらその存在を尊きモノとして崇めるのだ。
「……はぁ……はぁ♪」
カナタがトイレに向かった直後のこと、アルファナはカナタが脱いだ黒衣をその体に思いっきり抱いていた。
瞳にハートマークを浮かべるようにトロンとさせ、はぁはぁと鼻息も荒かった。
カナタの気配と合わせ、誰も近くに居ないことを確認してアルファナはその黒衣に顔を埋め……そして一瞬とはいえ女神の元に旅立った。
『帰りなさい。というかそれ渡しなさい』
なんて良く分からないことを言われた気もするが、アルファナは戻って来た。
「……どうしたんだ?」
「何でもないですよ? うふふ♪」
聖なる女と書いて聖女と読む。
しかし聖女もまた人間であり一人の女の子なのだ……まあこれくらいはするんじゃないかな。
だが逆に考えられることもある。
この世界は少し前まで殺伐としており、小さい部分ではいまだに争いが続く場所はある。
それでもこんな風にアルファナが伸び伸びと過ごせているのは王国が平和な証でもあるのだ。
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