民度の良いリスナーを目指す魔族の図

「くくくっ、流石はハイシン様だぜ」


 とあるボロ小屋の中で彼は呟いた。

 彼の名前はパクルと言って特徴のない平民だった。


「こんなに金が集まるなんてなぁ……チョロいもんだぜ」


 パクルは袋の中でザクザクと音を立てる金の音に恍惚とした笑みを浮かべた。

 彼がやったことは今をときめく話題の人物、ハイシンの名を使い彼を支援するためという嘘を吐いて金を集めたのだ。

 今となってはハイシンのことを知らない人の方が少ないとさえ言われており、子供たちの中にもファンは増えているので疑うことを知らない者も多かった。


「こんな楽に稼げて気分が良いぜ。ちょっとそれっぽくハイシンのファンを装うだけで嘘と思われねえからなぁ」


 勝手に名前を使い、更には純粋な子供たちから金を取ってもパクルは一切の罪悪感を感じなかった。

 そもそも彼は働いたりすることはせずに、ずっと詐欺や空き巣紛いのことで生計を立てている悪人だったのだ。

 手際が良く痕跡も残さず……まあ貴族邸に忍び込んだりはせずにあくまで同じ身分の平民ばかりであるため、バレないというのが大きかった。


「表立って口に出来ない犯罪じゃねえし、俺はちゃんとハイシンの声を聴いているリスナーだからなぁ。本当に気分が良いぜあっはっはっは!」


 確かに彼はリスナーだったが、このようなことを仕出かした時点でハイシンのリスナーを名乗る資格はないだろう。

 そもそも誰かの名前を勝手に使う時点で合法でも何でもなく、しかもその募ったお金を本人に送るわけでもなく自分の私腹を肥やすためだけに使うのだから。


「ま、お互い様だぜハイシン。アンタも俺と同じでただ喋るだけで金をもらってるんだから同罪ってもんだ」


 この男、どこまでも腐った性根の持ち主らしい。

 だがある意味、このようにハイシンの行っている偉業について語られるのも必然だったのだろう。

 彼がただ端末に向かって喋っているだけでお金をもらっている、そう考えて嫉妬する人間は多いしパクルのように陥れるか或いは利用するかを考えている者もこの世界には多い。


「……あん?」


 しかし、彼はハイシンの影響力を真に理解していない。

 否、ハイシンというよりも彼を慕い彼に魅せられた者たちの怖さを知らないのだ。


「……何だ?」


 時刻は夜、そろそろハイシンが配信を行うと思われる時間帯のことだ。

 彼が居る小屋の傍で何かがうろついていたため、パクルは一体何だと身を乗り出すように外を見た。


「……おいおい、何だよこの別嬪さんはよぉ」


 そこに居たのは美しい女性だった。

 布切れのような露出の多い服装は明らかに男を誘っており、闇夜に沈むような黒い髪は月の光を浴びて輝いているようにも見える。


「……はぁ♪」

「っ!?」


 女性が吐息を零すと、パクルはすぐに小屋を飛び出た。

 まるで体が言うことを聞かないかのように、彼はただ異常なまでに無心となって女性に飛びついたのだ。


「あん♪」

「へへ、こんなところに一人でどうしたんだよぉ」


 おかしい、おかしい、おかしい、パクルはずっとそう考えていた。

 目の前に居る女はパクルに捕まったというのに嬉しそうに笑っており、このまま襲い掛かったところで文句は言われないだろう。

 それなのにどうして自分はこんなにも女を求めるのか、どうしてこんなにも猿のように体の興奮を抑えられないのか、その意味不明な感情について残された僅かな理性が訴えていた。


「中々逞しい人だね。どうしてくれるんだい?」


 とびっきりの美女だというのに声はハスキーボイスで、どこか喋り方は男性っぽさを思わせるが彼女は間違いなく女性である。

 その豊満な体を抱きしめながらパクルは涎を垂らしていた。


「へへ……へへへへへへっ」


 パクルにはもう理性が欠片も残っていなかった。

 先ほどまで感じていた疑問の訴えももはや意味はなく、パクルはもう目の前の女しか見えていない。


「うんうん。逞しい体だ……これなら良く働けそうだね」


 女がトントンと背中を叩くと、まるで母にあやされる子供のようにパクルは瞳を閉じてその場に倒れ込んだ。

 死んだわけではなく呼吸はちゃんとしているので眠っているだけだ。


「見事な手際だな。しかし……あまりにも空気が甘すぎて俺までおかしくなってしまいそうだ。なるほど、これがサキュバスということか」


 甲冑を身に纏って現れた男、彼は女性を見てサキュバスだと口にした。

 その瞬間、バサッと音を立てて女性に翼と尻尾が生えた。


「その男、中々に逞しいね。さっきも言ったけどよく働けそうだ」

「分かっている。すぐに連行して今までの罪を償わせるさ……ま、生きてる内に外に帰れるかは分からんがな」


 女はサキュバスであり魔族、男はただの人間なのだがこの光景は珍しい。

 魔族側から停戦の申し入れが人間界に伝えられたというものの、まだまだお互いに歩み寄れたわけではない。

 しかし、彼らは一つの目的の元協力関係を結んだのだ。


「ハイシン様の名を勝手に使うのは許せないからね。それは君も同じだろう?」

「あぁ。俺も彼の大ファンだからな! っておい! もうすぐ配信が始まるぞ!?」


 ……はいはい、そういうことでしたよっと。

 このサキュバスの女と兵士も彼の……ハイシンの大ファンだったわけだ。


「それにしても魔族だから殺したりすると思ったんだがな」

「ハイシン様は無用に人を傷つけるなと言ったし、その言葉を魔王様は魔族全てに言い聞かせている。私たちはどこまでもハイシン様に寄り添い、民度の良いリスナーであることを誓っているんだ」

「……なるほどなぁ」


 民度の良いリスナー、それは魔族は全体で心掛けているとのことだ。

 兵士の男は人間の方もそうなってくれれば良いのになと思いつつ、眠り続ける男を背負って去って行った。

 ハイシンの名を使った何者かが金を集めているということで、ハイシンもまた独自に動こうとしたわけだがそれよりも早く魔族が動いた。


「ハイシン様、私は役に立てたかい? 彼女に教えたのも私なんだけどなぁ」


 女性が口にした彼女とはとある元暗殺者のことだ。

 魔族は他者の魔力が見えるということで、ハイシンの正体についても目にさえしてしまえばすぐに分かる。

 それでも彼が居るであろう場所に赴かないのはどこまでもハイシンのリスナーであることに誇りを持っているからだ。


「リスナーとはハイシン様の鏡である……故に、私たちが馬鹿をすれば迷惑を被るのはハイシン様だからね」


 これは人間に知られていないが最近になって不穏な動きが魔族の中で見られ、過激派に所属する魔族が人間界に逃げ出したのだがそちらは現在調査中となっている。

 この女性もその任務の途中、こうして偶然近くでパクルの所業を知ったためこうして対処したのが顛末となる。


「争いを好む魔族……やれやれ、やはり一枚岩ではないか。それにしても一体奴はどこに逃げたのかな。もう少しも見ないとだね」


 そう呟き、女性は翼を使って飛び立った。

 こうして詐欺集団に所属していた一人でもあるパクルは見事警備隊にパクられることになるのだった。




 ハイシンの名を使った偽りの集金活動については解決した。

 ミラを伝う形で知らされたのだが、これに関しては魔族側が力を貸してくれたことで事なきを得た。

 しかしカナタとしてもこのような集金活動はしたことはなく、これからもすることはないから気を付けてくれと配信でリスナーに伝えることとなった。


 さて、そのように問題は片付き束の間の平和が訪れたわけだが……カナタは今、王都においてもっとも大きいとされる建物――王城に居た。


「おぉ、そなたがハイシン様なのだな!」

「まあハイシン様、会いたかったですわぁ!!」


 目の前で狂喜乱舞するかのように王様と王妃様が喜んでおり、その更に後ろにはマリアの兄妹たちが私も喋り掛けたいと言わんばかりに目を見開いている。


「お父様にお母様、あまりハイシン様を困らせないように」

「そうですよ。国王様に王妃様、あまりハイシン様を困らせるようでしたら私としても黙っていませんが?」


 ピリピリと嫌な空気が広がっていくが、それでもハイシンを見れた嬉しさに涙まで流している彼らにはアルファナの威圧はどこ吹く風だった。


(……俺はただ、マリアの弟と妹に会いに来ただけなのになぁ)


 黒衣を纏い、仮面の下でカナタは疲れたようにため息を吐くのだった。

 ただのハイシンシャ……ただのハイシンシャとは何だとツッコミが聞こえてきそうなものだが、まるで国賓のような扱いを受けることにカナタは困惑し、改めて自分の立場について考えさせられることになった。

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