人の名前を勝手に使うな、広告とかな!
女神イスラ、正に天上の存在とも言える彼女と出会ったからといってカナタの日々はやっぱり変わらない。
あれから毎日のように配信活動を行っているが、イスラからの接触は彼女が言ったようにあれ以降は一度たりともなかった。
まあ女神とは言ってしまえば神のような存在でもあるので、そうそう何回も出会っていたらそのありがたみも失われるというものだろうか。
「……ふぅ」
とはいえ、あれから件の貴族生徒五人が変わってしまったこともあり、カナタは絶対に彼女が何かをやったのだと理解していた……いや、そう考えざるを得なかった。
「カナタ君、何か悩みなの?」
「カナタ様、何かお悩みですか?」
「……いや」
そんな風にイスラのことを考えてボーっとしていたからか、両サイドに座るマリアとアルファナに声を掛けられた。
イスラのことは一旦置いておくとして、今カナタを悩ませているのがこの二人だ。
二人がほぼ同時に貧血で休んだ次の日からとにかく距離が近く、こうして休み時間や放課後に集まると彼女たちは肩が触れ合う距離に座るのだ。
「……なんか距離近くない?」
「そう?」
「そうですか?」
そんなことは別にないでしょう、そう言わんばかりに二人は首を傾げた。
教室などの人の目が多く届く場所では一定の間隔を保ってくれるものの、こうして彼女たちだけとなるとこうも分かりやすく変化する。
二人から香る花のような甘い匂いと、時折肩が触れそうになるその距離感にカナタは必死に頬を引き締めた。
(もしかして二人とも俺に惚れてんのかな? いやぁ困っちまうわぁ! ……はぁ、あほらし)
あり得ない考えにカナタはため息を吐いた。
王女や聖女という国において重要なポジションの彼女たちと甘いラブロマンス、それは確かに憧れることではあるが妄想であるからこそ許されるものだ。
さて、そんな妄想をしていたがこうして集まったのには理由がある。
「それでカナタ様、シャツはともかくバッジについては早い段階で完成しそうです」
ハイシンの信者……ではなく、ハイシンのファンの為に今グッズを作成中だが一番早く完成しそうなのがバッジである。
手の平に収まるほどの大きさなので服に付けるも良し鞄に付けるも良し、それが売れるかどうかはカナタとしても分からないところだが果たしてどうなるか……。
「ちなみに見本がこれね」
「……おぉ」
丸いよく見るバッジで描かれている絵はやっぱりあの時のハイシンだ。
完全に悪の組織に所属するコスプレ野郎ではあるのだが、どうも今はこの姿が世の中に浸透しているらしく、当面はハイシンはこの姿ということになるようだ。
「なんつうか、こういう仮面と黒衣を身に付けたらまた偽物が現れそうだな」
声さえ誤魔化せば誰でもハイシンになれる。
まあカナタが配信越しで無意識に見せるカリスマ性を発揮出来るかは不明だが、そういう意味ではあまり心配する必要はないかもしれない。
「カナタ様の威光を真似出来る輩が現れるとは思えませんが……」
「そうね。カナタ君のリスナーならそれが偽物だってすぐに分かるわよ」
「二人からの信頼が厚くて俺は嬉しいよ」
カナタは小さくそう呟いた。
その後、マリアは王女としての公務があるからと残念そうにしながらも去って行き今はアルファナと二人きりだ。
「それにしてもこの場は穴場ですね。本当に誰も来ませんし」
「そうだなぁ。俺としても聖女や王女と密会している場所を見られなくて安心してるよ」
「あら密会だなんて……素敵な響きですね♪」
「そうかぁ?」
王女もそうだが聖女と密会だなんて知られたら教会の人間に殺されるのでは、そんな不安をカナタは語ったがアルファナはそんなことはないと首を振った。
「別に聖女だからといって男性と会ってはならない決まりはありませんし、処女を散らしたからといって資格を剥奪されるわけでもありません。ですから密会程度で騒いだりはされませんね」
「処女とか年頃の女の子が言うなし」
そこはちゃんとツッコミを入れておいた。
「なので大丈夫ですよ?」
「? あぁ分かった」
どうやら密会については気にする必要はなさそうだった。
頷いたカナタにアルファナはグッと握り拳を作って喜んでおり、その姿もカナタにとっては謎だったが話題は別のことに移った。
「それにしてもミラとも知り合いになったんだな」
「はい。ミラさんが会員ナンバー四番ですね。まあでも、まさか同い年の女の子が伝説と呼ばれる暗殺者とは思いませんでしたが」
ちなみになのだが、ミラは既に正体を明かしているがシュロウザに関しては魔族ということは明かしても魔王だとは伝えていない。
「良く受け入れたな?」
「はい。だって同じ仲間ですから」
「……そうか」
「はい♪」
何を言っても無駄なのかもしれない。
(……シュロウザがこうやってアルファナに絡んだ時点で正体知られてんだろな。そこまで気を抜いているわけじゃないのに知らないところでバレている恐怖があるぜ)
これは一層気を付けないといけないなとカナタは考えた。
「そう言えばカナタ様はマリアのご家族についてはご存じですか?」
「え? まあ国王と王妃とかだろ? それくらいしか知らないな」
マリアは王国の王女なのでその家族となると当然王や王妃、兄妹の王子や王女ということになるわけだ。
特に興味もないし王都の出身でもないため、彼らに関しては知っていることよりも知らないことの方が多い。
「実は最近、弟さんと妹さんがずっとマリアに強請っているそうです。自分たちもハイシン様に会いたいと、どうすれば会えるのかとずっと城に戻った時に聞いてくるそうですよ」
「……なるほど」
どうりで最近マリアが疲れている表情をしているなと思った原因が理解できた。
自分の家族が有名人と知り合った時、自分もその相手に会いたいと思う心理は別におかしなことではない。
カナタももし身内が有名人と知り合いになったならば、きっと遠回しに会いたいと口にすると思ったからだ。
「……マリアには世話になってるけどなぁ」
「ふふ、しばらくは我慢してもらいましょう」
すまないマリアとカナタは謝った。
そろそろ帰るかとアルファナと別れ、カナタは寮に戻って来た。
「……良い匂いだったなぁ……ってやめとけやめとけ、変態って罵られるわ」
先ほど、マリアに世話になっていると口にしたがそれよりもカナタが助けてもらっているのがアルファナだった。
学院内では目が届くということで気に掛けてくれるし、例の五人以外が絡んできそうになっても事前と釘を刺すように動いてくれる……正に聖女の名に違わぬ慈愛の持ち主だとカナタは考えている。
「……さてと、今日も夜は配信だ。今日は何を話すかなぁ」
女神イスラのことを除けば本当に平和な日々が続いている。
ハイシングッズに関しては胃の痛みとの戦いではあるが、これも有名税なので諦めるしかない。
そして訪れた配信の時間、カナタの元に気になるお便りが届いた。
“ハイシン様! 今日、街でハイシン様を支援するためにお金を集めている人たちに出会いました。
私もハイシン様のファンなので少しでもお力になりたいと思いお金を預けました!
これからも頑張ってください!!”
「……待て、どういうことだ?」
それは初耳だった。
ハイシンを支援するためにお金を集めている、そんなことをカナタは把握していないし望んでもいないことだ。
そもそもお金での支援は投げ銭という形でも既に確立されているので、わざわざそうやって直接的なやり方で支援金を募る必要がないのだから。
「……それ、詐欺とかじゃないのか?」
それは詐欺ではないのかとカナタは訝しんだ。
もちろん投げ銭と同じく全くの善意というのも考えられるのでそこはハッキリと明言は出来ない。
しかし、もしもハイシンの名を騙って私腹を肥やそうとしている存在がいるのであれば捨て置けない。
「え? 子供たちもお金を渡したのか?」
その瞬間を目撃した人からもコメントが届き、カナタはすぐに調べた方が良さそうだと配信を終えた。
窓ガラスを開けると、当然のようにミラが控えていた。
「御用ですか? カナタ様」
「お前怖えよ……けど、配信を聴いてたな?」
「もちろんです」
「頼めるか?」
「お任せください」
スッとミラは姿を消した。
一体どんな目的なんだと思ったが、おそらくは単純に詐欺紛いのことをして金を集めたい連中が居るということだ。
戦闘だけでなく、情報収集も素早いミラにとっては朝飯前だったらしい。
魔の者の協力もあって何が起きていたのか、それはすぐに突き止められるのだった。
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