メガミサマコワイ、コワイ……コワ

「っ!?」


 カナタは思わず振り返った。

 パンとまるで風船が破裂するような音が聞こえたのもあるし、脳裏にまさかと言った残酷な想像が働いたせいでもある。


「……あれ」


 しかし、カナタの予想を裏切るように彼らは健在だった。

 どこもおかしな部分はなく、時が止まっていることを除けばカナタとどこも変わらないちゃんとした人の形を保っていた。


「あらあら、もしかして私が殺したとでも思ったの?」

「……いえ」


 心外だわと女神と名乗った彼女はクスクスと笑った。

 確かに一瞬でも疑ったのはマズかったかとカナタは思ったが、消してしまいましょうなんて言われればまさかの事態を考えるのも当然だ。

 彼ら貴族生徒はカナタにとって友人ではなくむしろ喧嘩を売ってくる相手ではあるものの、だからといって命を奪おうだなんて冗談でも考えることではない。


「安心して? 仮にもし消したとしても新たに生み出せばいいだけだから」

「……は?」


 ポカンとするカナタを前に女神は言葉を続けた。


「気に入らない存在は消去し、新たに生み出せばそれで良い。たとえ世界が滅んだとしても、その後に作り直せば全ては元通りでしょう?」

「……………」

「また作り直せばいい、それで全て解決するのだから」


 女神……いや、本当に彼女は女神なのかとカナタは疑った。

 王国に伝わる女神の伝承は慈悲深い女性を描いており、アルファナが所属する教会も女神のことを奉じている。

 女神とは心の拠り所であり、そして尊い存在なのだ。


「……俺は」

「なあに?」


 甘く囁かれたが、カナタはしっかりと前を見据えた。

 彼女が何者かはどうでも良い、ただその考えにはどうしても賛成できなかったのだから。


「俺はその考えには反対だ。アンタは確かに人ではない何かなんだろう……こうやって時を止めている時点で恐ろしい存在なのは間違いない。けれどだからって、作り直せば良いってのは違うんじゃねえか?」

「……へぇ?」


 面白そうに彼女は笑った。

 次に続く言葉を待つように、真っ直ぐにカナタを見つめている。

 その瞳に若干の危うさを秘めた情熱を感じ取りながらも、カナタはしっかりと言葉を紡いだ。


「俺にも気に入らないっつうか、ちょっとどうなんだよって思う奴はいくらでも居るさ。だが万人に好かれることがないのもまた生きるってことで、その相手に対してどう対処するかも生き方だ。少なくとも俺はこいつらが気に入らないからって、消せば良いなんて思っちゃいねえぞ」

「でしょうね。あなたはあなたなりに彼らに向き合おうとした」


 まあ十中八九喧嘩になるだろうけどなとカナタは苦笑した。


「……とはいえ、あなたの周りに者たちはかなり過激ですが」

「え?」

「何でもありません。なるほど理解しました……あなたはそういう人なのですね」


 若干の恐ろし気な雰囲気から一転し、彼女は柔らかく微笑んでカナタに近づいた。

 何をするんだと、カナタが声を出すまでもなく抱き留められ……その豊かな胸元を盛り上げるハイシン様シャツに顔を埋めることになった。


「安心しなさいな。さっきのはあくまでたとえ話、あなたがどんな反応をするのか確かめさせてもらっただけ。無限の魔力を持つあなたがどんな人なのか、それを確かめたかったの」

「……やっぱり女神様?」

「はい。女神よ~?」


 確かにこの頬に感じる至高の感触は女神さまの包容力だなとカナタは自信を持って頷いた。


「……つうかなんで女神がその服を着てんすか」

「あら、だってこれ私が作ったから当然でしょ。私を奉ずる教会の者たち示すために、神託として女神像に飾ったのも私」

「何してんだよ……」


 どうやらあのシャツを女神像に飾ったのは女神本人らしい。

 ハイシンとして活動をする中で色々とおかしな連中は見てきたし、ミラのような少しイカれた知り合いも出来てしまったが……どうやらこの女神さまはその更に上を行く存在みたいだ。


「女神として世界を見守る中であなたの配信活動は本当に面白いの。これでも一番最初から見ていたのだからかなりの古株よ?」

「……マジで?」

「えぇ。あなたがまだ配信に対してそこまでの熱を持っていなくて、リスナーを放ってトイレに行ったことも覚えてる」

「……………」


 配信をしたくてハイシンを名乗り始めたわけだが、当然最初の頃はリスナーの数も少なくカナタはそこまでやる気に満ちていたかと言われればそうではない。

 なのでこれくらい良いかと配信中にトイレに行くようなこともしていたのだが、どうやら本当にかなり初期の頃から彼女はハイシンのことを知っているようだ。


「この世界……どうなってんだ」

「女神の私がこうなんだもの、仕方ないってものよ!!」

「自信持って言うことじゃねえ!!」


 ついコツンと流れに任せて女神の肩を叩いてしまった。

 そこまで強くはなかったが、いくら頭がおかしい女とは言っても女神相手に失礼だったかとカナタは慌てた。


「す、すまん!」

「……初めてだわ。そんな風にツッコミを入れられたのは」


 何やら感動していた。

 それにしてもと、改めてカナタは女神に目を向けた。


 雰囲気としては限りなく神聖さを感じさせる見た目なのはともかくとして、とにもかくにもハイシン様シャツだけが異物だった。

 何だこいつ舐めてんのかと黒衣と仮面の男にイラついたが、あぁこれは俺かとカナタはため息を吐く。


「これ、欲しいの?」

「いらん」


 自分の黒歴史的な姿だからこそ要らないと吐き捨てた。

 とはいえ、カナタの知る限りでも王国の民たち……ひいては各国のリスナーの手にも届くようにとこのシャツは量産される見通しらしく、カナタは有名になる代償にしてはあまりにも大きすぎると胸を押さえた。


「カナタ」

「あ、はい」


 名前を呼ばれたので改めて視線を合わせた。


「私はあなたとあまりコンタクトを取ることは出来ないけれど、世界のことを見守りながらあなたの配信を楽しみにしているわ」

「……女神様にも聞かれてるってなると変なプレッシャーだなぁ」

「女神とか気にしないで。私も一人のリスナーなのだから……でもね、私もただ見守るだけじゃないのよ?」


 女神だしそりゃそうだよなとカナタは頷いた。


「今、私の仲間にもあなたのことを広めている最中なの。もっともっとあなたのファンはきっと増える!」


 ……どうやらもっともっとリスナーが増えるようだ。

 それから女神は軽い様子でバイバイと手を振って姿を消し、カナタの周りで止まっていた時は動き出した。


(……この世界、マジでどうなってんだよ)


 再び心の中で呟いた。

 さて、時間が動き出したのなら対処しないといけない存在が居る――そう、カナタに絡もうとした貴族生徒たちだ。

 カナタは面倒そうな表情となって彼らに目を向けたが……彼らは突然、顔面蒼白になって震え出した。


「あ、あああああああああっ!!」

「いやだ……いやだああああああああああっ!!」

「俺の体……元通り……元通り……うげ……げはあはははははははっっ!?!?」


 狂ったように彼らは叫び出した。

 明らかに正気じゃないその様子に、カナタだけでなくまだ教室に残っていた生徒たちも何事かと目を向けた。

 結局その後、教師たちがすぐに現れて彼らを連れて行った。

 突然のことに置いてけぼりを食らったカナタだが……どうもあの女神は何かを仕込んだ様子なのは言うまでもなさそうだ。


「……おっかねえってマジで」


 一応の結果として、彼らは数日後に学院に復帰した。

 見た目はどこも今まで変わらず、貴族として平民たちに見下すようにふんぞり返っていたが……カナタに暴言及び、視線を向けるようなことはそれ以降なかった。






『……なんか、疲れてるな最近。色々あったんだよ色々とよぉ!!』


 端末から聞こえてくる声に彼女、女神イスラはふふっと微笑んだ。

 女神として世界の見守る立場に居る彼女だが、こうしてハイシンの声を聴くことはもはや義務のように感じていた。

 女神の在り方、世界すらもどうでも良いと考えてしまうほどにイスラはハイシンの虜だった。


「……カナタの居る世界に降りるための体を用意しようかしら」


 なんてことを彼女は言いだした。

 相変わらず神聖な雰囲気を纏う彼女だが、相変わらずのハイシン様シャツを着ており全てが台無しだった。

 そんな彼女の元に近づいてくる女性が居たが、彼女もまた大層美しい女性だ。


「また見ているのか」

「当然でしょう。私の生き甲斐なのだから」


 堂々と胸を張るように彼女はそう言った。

 ちなみに、イスラに話しかけた女性もハイシン様シャツを着ており……どうやらもう手遅れのようだった。


 諦めろカナタ、この世界はおかしいよマジで。



 これは余談だが、カナタに対する問答の中でイスラが話した内容にほぼ間違いはない。

 つまり、彼女は本心から作り直せば良いと口にしたのだ。

 女神には……否、神には人の心など分からない――とはいえ、カナタがまさかと振り返った時、やり過ぎたかと慌てて貴族生徒を再生させたのは内緒だ。

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