たぶん史上最凶にやべえのが来た

「そういえば今日アルファナ様はお休みみたいね」

「うん。なんか……貧血? みたいだよ」

「大丈夫かな?」


 いつものように机に突っ伏していたカナタの耳にそんな話声が届いた。

 学院においてカナタの情報源の一つでもある近くの席に座る三人の女子、彼女たちの話題にカナタは珍しいこともあるものだと思っていた。


(アルファナは普段から体調管理には気を付けてるからな……てか貧血って魔法で治したり出来ねえのかな)


 まあ何はともあれ、体調が良くなってくれることを願うだけだ。


「マリア様も貧血でお休みらしいよ」

「そうなの?」

「……凄い偶然」


 どうやらマリアも今日はお休みらしい。

 何か頭に血が上るようなことでもしたのか、或いは何かあったのか不安にはなったものの危ないことであればもっと騒ぎになっているはずなので大丈夫だろう。

 見舞いに行きたい気持ちはあったが、男女問わずどちらかの寮に行くことは禁止されているので難しいところだ。


「……はぁ、ちょっと寂しいな」


 別のクラスのマリアもそうだが、アルファナもいつも声を掛けてくれる存在だ。

 二人が居ないとなると今日は学院内でカナタが話す相手は居ない……それが少しだけ寂しかったのだ。


「寂しいのですか?」

「あぁ……えっ?」


 耳元で誰かに囁かれた気がしたのでカナタは思わず起き上がった。

 もちろん他のクラスメイトで近づいてくる人は居ないので、カナタに話しかけた生徒は誰も居なかった。


「……なんだ?」


 幻聴だったのか、それにしてはあまりにもリアルすぎた。

 突然起き上がったカナタを不思議そうに見つめる情報源女子三人と目が合い、カナタはいつも情報ありがとうと口は出さずに頭を下げた。


「あ、うん」

「どうも」

「……………」


 三人の女子はカナタに応えるように頭を下げて反応した。

 いつもならば無視をされるクラスメイトばかりが居たせいか、こうして反応をくれるだけでもカナタにはありがたかった。

 朝から良い気分だと、今日も一日頑張るぞとカナタは気合を入れた。


「みんなおはよう。今日は少し特別な授業をしたいと思う」


 教師が現れ今日の予定を説明していく。

 今までの魔法の授業は教えてもらったことを的に向かって放つだけだったが、今日は対人戦を想定しての訓練らしい。


「なあなあ、大丈夫かなぁ」

「分からないよ……けどどうにかなるでしょ」


 近くで平民生徒が不安そうに言葉を交わしている。

 対人戦を想定しての訓練ということで、特殊な服を着ての授業だった。


「……ちょいきついな」


 別に腹が出ているからではなく、本当にきつかった。

 制服の上に来たその服は外からの魔力を遮断する仕組みがあるらしく、体に触れそうになった魔法を安全に消してくれるとのことだ。


「各自このバッジを胸に付けろ。服が致命傷だと判断した魔法を受けた場合、このバッジが砕け散る仕組みになっている」


 カナタは渡されたバッジを胸元に付けた。

 これでお互いに魔法を放ち合い、相手に致命傷だと思われる判定をさせれば勝ちというわけだ。

 とても分かりやすいが、生徒の中には初めての対人戦闘ということで怖がっている人たちが複数名居た。


「誰でも構わん、前に出てやれ」

「じゃあ俺からやる。おいそこのお前、やるぞ」

「うぇ!?」


 意気揚々と貴族生徒が名乗りを上げ、彼が指を差したのはビビっている平民生徒だった。

 明らかに弱いモノイジメをしたそうな顔をしている自信たっぷりな貴族生徒を相手に平民生徒はどう立ち向かうか……結果はあまりにも呆気なかった。


「うわあああああああっ!?」


 カナタと同じクラスということはSランクの魔力を備えている有望株なのだが、やはり戦いとなると話は違うらしい。

 平民生徒はビビったように尻もちを付き、貴族生徒の放った魔法が直撃した。

 その瞬間、パリンとバッジが砕け散る音がして教師が待ったを掛けた。


「そこまで!」

「……呆気ねえな雑魚が」

「……………」


 平民生徒は悔しそうに唇を噛んで下がって行った。

 カナタとしてももう少し喰らい付けばいいのになと思わないでもないが、やはり平民と貴族で心構えが違う以上こうして差が出るのも仕方ない。


「くくっ、次はてめえだ出て来いよ」

「……はぁ」


 そして呼ばれたのはカナタだった。

 特に印象はなかったが相手はいつもカナタに気に入らなそうな目を向けていた貴族生徒であり、今日はアルファナが居ないということで絶好の機会とでも思ったのだろうか。


「どうした?」

「いえ、行きます」


 教師にそう言ってカナタは中央に出た。

 カナタが前に出ると野次を飛ばしてくるのはほぼ貴族生徒、平民生徒に関してもボコボコにされてしまえと言わんばかりの目を向けている者さえ居る。


「何してんだよとっとと前に出ろ」

「分かってるよ」


 カナタが貴族生徒の前に立つと、彼は獰猛そうに笑った。

 教師が始めと口にした瞬間、貴族生徒はすぐさま行動に出た。


「ファイアあああああああ!!」

「……………」


 手の平に火球を生み出した貴族生徒はカナタに放った。

 カナタは特に反応することはなく、それを真正面から受けた……しかし、バッジが割れる音は聞こえず、カナタに触れたと思えば火球は綺麗に消え失せた。


「な、なんだと!?」


 今の現象には教師でさえも目を見張った。

 カナタのやったことは単純であり、魔力を体の前に生成しただけだ。


「……こうなるのか。思えば対人は初めてだもんな」


 カナタの魔力は無限、つまり魔力の厚みも常人のそれではない。

 よって貴族生徒の練られた魔力程度では到底カナタの無限を突破することは出来ないのだ。


(……前世の漫画の知識がこうも役立つとはなぁ)


 魔力の練り方は教わったものだが、それをどう使うかは授業で習ったことと漫画で見たものを応用してのことだ。

 カナタの好きな漫画でこのように魔力そのものを使って強引に壁を作るシーンを見た甲斐があった。


「それじゃあ次はこっちの番だな……ファイア」


 相手が放った魔法と全く同じ火球の一撃、それは恐ろしいほどの速さで直進し貴族生徒に直撃した。

 体に触れる前に消えることはなく、しっかりと着弾した段階でバッジが砕けた。


「あ……」


 貴族生徒は呆然としながら尻もちを付き、割れたバッジに気付いてキッとカナタを睨みつけた。

 勝てば睨まれ負ければ嘲笑われ……正に針の筵だった。


「やはり流石だな君は。このクラスでは一番の有望株だ」

「あざます」


 ポンポンと肩に手を置かれ褒められた。

 更に周りの視線がきつくなったが教師から褒められるのは嫌なことではないのでカナタも笑みを零す。


「……悔しいが、教師が口で言っても彼らは変わらん。だが取り返しの付かないことにまで発展させるつもりはない。そこだけは安心してくれ」

「大丈夫ですよ。全員が全員ってわけでもないし、これでも仲良くしてくれる人は居るので」


 マリアとアルファナの二人だけ、とは悲しくて言えなかったが。

 それからもずっと貴族生徒に睨まれながらカナタは時間を過ごしたが、やはりアルファナが居ないのを良いことに彼らがカナタの元に来るのは必然だった。


「……?」

「おい、ちょっと来いよ」


 全ての授業を終えて帰るだけになったが、件の貴族生徒が四人ほどお仲間を連れてカナタの前にやって来た。


「ちょっと、止めなさいよ」

「うるせえぞクソアマ」

「っ……」


 情報源三人娘の一人が止めてくれたが威圧されてしまった。

 彼女は申し訳なさそうにしていたが、カナタとしては庇ってくれようとしただけでも本当にありがたかった。


「……おい! こんなの聖女様が知ったらどうなると思ってるんだ!?」


 おやっと、カナタは首を傾げた。

 また庇ってくれたのは平民生徒の一人で、珍しいことに彼もまたカナタを庇ってくれるらしい。

 しかし、貴族生徒は彼の前に立ってパンと頬を殴った。


「うるせえって言ってんだ。てめえからやっちまおうかぁ?」

「ひぃいいいいいいいいっ!!」


 彼はすぐに逃げて行った。

 これでカナタの孤立無援の状況、何かされれば抵抗はするがどうも無駄な時間を過ごさねばならないようだ。


(ったく、とっとと帰って配信の準備をしたいってのに)


 いや、このまま帰っちまうかと荷物を手に取った。

 すると当然貴族生徒が阻止しようとカナタに手を伸ばし……そこで不思議なことが起こった。


「……え?」


 彼の……いや、カナタの周りの全ての時間が止まったのだ。

 色を失った灰色の世界の中、カナタ一人だけが取り残されたように意識を保っている。


「……何だこれは」


 それは少しばかり恐ろしい光景だった。

 体を動かしているのはカナタ一人だけなのに、他の全てが止まっている。

 人間だけでなく飛んでいる鳥のような生き物すらも停止しているのだから。


「……………」

「無礼な。下等な人間風情が触れて良い存在ではないというのに」


 ピタッと、何かが背中に張り付いた。

 カナタはビクッと体を震わせたが、その声にはどうも聞き覚えがあったのだ。


「あぁでも、下等な存在とは言ってもあなたを慕う者は別だけれどね」


 あまりにも透明感のある声と神聖な雰囲気をソレは漂わせていた。

 背中に張り付いていた存在が離れたのを合図に、カナタが振り向くとそこに存在していたのは……。


「……うへぇ」


 綺麗な純白の翼と足の先よりも長く綺麗な白髪……ここまで良かったここまでは。

 どう見ても神聖な雰囲気を漂わせているのに、彼女が着ている服が全てを台無しにしていた。


“私がハイシンだ”


 そう、彼女はあのシャツを着ていたのだ。

 時が止まったことなどは全て忘れ、誰だこのおかしな奴はとカナタもまた唖然とする他ない。


「取り敢えずそいつらは許せないから消しましょう」

「え――」


 パンと、何かが弾ける音が五回聞こえた。

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