絶対に身バレに繋がるようなヒントは晒すな!

「よぉみんな! 今日もお便り読んでくぜぇ!」


 ハイシンをサポートする会、そこに予想外……否、ある意味予想通りとも言える顔ぶれが加わってからもカナタの生活は変わらない。

 今日も今日とて配信の時間だ。

 基本的に読むお便りに偏りはないが、今回はこの時間帯に届いたものを片っ端から片付けていくことにした。


“ハイシン様はどこにお住まいなのですか?

私を含め、多くの人たちに奇跡を見せてくれたあの日にマリア王女と聖女アルファナ様の二人と親し気な様子でしたが……もしかして王国にお住みなのですか?

でしたら引っ越しますので教えてくださると嬉しいです”


「なんでやねん」


 つい素直なツッコミが漏れて出た。

 どこに住んでいるのか聞きたくなる気持ちは分からないでもないが、引っ越しますと断言されるのはちょっと怖かった。

 心なしかコメント欄も静かになっており、まるでカナタに対し是非教えてほしいという雰囲気が伝わってくる。


「こういうのは教えられねえもんなんだよ。王女と聖女に関しては遠路遥々来てもらったって言ったろ? ま、信じるか信じないかはリスナー次第だぜ」


 カナタの中でバレているのは三人だけだが、本当にこれまで一切の情報を外に漏らさないで居てくれることには感謝しかない。

 無限の魔力を持っているということで、各国が欲しがる存在だというのは自分で世間の評判を聞いていれば嫌でも分かることだ。


「……ちなみになんだが」


 これはあくまで思い付きであり本気ではない。

 カナタはただパッと思い付いたことを口にしてみただけだが……コメント欄がこれでもかと加速することになる。


「もしも俺が国を造る! なんて言ったらみんなはどうする?」


:移住しますわ!

:嫁ぎます

:是非友好関係を結びたい

:護衛は任せてください!

:国ですか。あなたはそれが欲しいのですか?


 次から次へと流れていくコメントの数々、その中にはいつもコメントをくれる面子も居たような気がした。

 ほんといつでも居るよなと苦笑しながら、次のお便りに目を通した。


“ハイシン様はご結婚の予定などあるのでしょうか? やっぱり王女様や聖女様のような美しい方が好みなのですか?”


「……なんか今日のお便りグイグイ来るじゃねえか」


 とはいえ好みの話しかとカナタは腕を組んで考えた。

 この世界に転生してからというものの、恐ろしく美人な存在はそれなりに目にしている。

 その中でもマリアやアルファナは群を抜いて美少女だと言わざるを得ないだろう。

 普段なら面と向かって言うのは恥ずかしいし、偶には二人を揶揄うのも面白いなと考えながらこんなことを口にした。


「好みかどうかで言えば好みかもな。俺の好みは……まああまりこういった場で言うのはアレだから詳しくは言わねえ。けどあんな美人が傍に居たら男としても嬉しいだろうぜ。な、俺と同じく相手が居ない寂しい男性リスナー諸君!」


 カナタの言葉にひと際コメント欄が盛り上がった。

 マリアとアルファナは王女と聖女だが、彼女たちと普段関わりのない人たちからすればアイドルような偶像的存在だろう。

 どこまで本気かは分からないが、二人のような美人を嫁にしたいやお付き合いしたいなどの寂しい男たちのコメントで溢れている。


「くくっ、まあこんな風に言いまくるのはここまでにしとこうぜ。それじゃあ次に行くかぁ……あん?」


 さあ次のお便りだと、意気揚々に読もうとしたその時だった。

 またいつかみたいに遠く離れた場所から女性の奇声のようなものが聞こえた気がしたのだが……ここは男子寮なので気のせいだなとまたカナタは頷いた。


「えっと何々……ってこいつは」


“ハイシン様へ、私は帝国に住んでいる奴隷です。

以前はとても酷い環境でしたが、ハイシン様のお言葉によって奴隷に対する見方が変化し、私たちへの待遇もかなり良くなりました。

本来であれば奴隷はそこまで長く生きられないと言われており、私もいつ死ぬのかと怯えていた時期もあります。

ですが今はとても優しいご主人様に引き取られ、毎日幸せに暮らしています。

ありがとうございますハイシン様!”


「……嬉しいじゃねえかよおい」


 読み終わる頃にはカナタは涙を流していた。

 まだまだ身体的には十七歳なのだが、どうもこういった話を聞くと涙脆くなるのは前世からの名残だった。


(ゲームの感動シーンとかでも泣いてたもんな俺)


 少しだけ鼻声になったのはおそらくリスナーに聞かれただろう。

 それでも泣いてるのか、なんて分かり切ったコメントが届くことはなくリスナーみんなが察してくれているのかカナタを揶揄う言葉はなかった。


「よし、次いくど~!」


 本日最後のお便りに移ったのだが、次のお便りはお悩み相談でもお礼でもなく時々あるカナタに対する恨み節を書いたお便りだった。


“ハイシン、貴様のせいで私の人生はボロボロになってしまった。

私ただ操られていただけだというのに、貴様が私の婚約者を洗脳するかのように変えてしまったせいで全てが台無しだ!

どうしてくれるんだ!?

私の約束された将来を無かったものにした貴様を許さん!

人の婚約者を狂信者のように仕立て上げた貴様を私は絶対に許さんぞ!!”


「……なんだこれ、つうかなんとなく覚えがあるな」


 その文面には何となく心当たりがあった。

 別に許さないと言われるのも構わないし、気に入らないと言われるのも別に受け止めるべき言葉の一つだ。

 以前の盗賊団から直々に殺すという殺害予告をされるよりは遥かにマシだ。


「もしかしてこのお便りを送った奴って公国のアレか?」


 以前に魅了魔法に掛かったかどうかを調べてくれと伝えたことがあった。

 それについては既に解決したと感謝のお便りが届いていたのだが、もしかしたら聞いてくれているかもしれない被害者の子に、嫌な記憶を呼び起こしてほしくないと配信上では触れなかったのだ。

 狂信者というのは分からないが、洗脳が解けたのに人生がボロボロというのは分からない……まあカナタの見当違いかもしれないわけだが。


「……ま、こういった文章に答える義理はねえが……取り合えず一言口にするなら俺が知るかよって感じだ。狂信者っつうかファンになってくれたんだろ? 彼女さんあざっす!!」


 ファンは大事だからなとカナタは笑った。

 とはいえこのお便りを切っ掛けに公国で何かが起こるわけだが、それをカナタは知る由もなかった。


「それじゃあ今日はこれで終わるぜぇ! みんなおやすみ!!」


 カナタは大きな欠伸を一つした後、ベッドの潜り込んで気持ち良く眠るのだった。






『……ま、こういった文章に答える義理はねえが……取り合えず一言口にするなら俺が知るかよって感じだ。狂信者っつうかファンになってくれたんだろ? 彼女さんあざっす!!』


 そんな言葉が端末から流れ、男は勢いよく腕を叩きつけた。

 ハイシンの声が聞こえていた端末は綺麗に壊れてしまったが、男は額に血管を浮かび上がらせながら大きな声で叫ぶ。


「ふざけるなよこのペテン師がああああああ!! 貴様のせいで私は……私は家族からも見放されかけているというのに!!」


 男は頭を抱えながら叫ぶのを止めない。

 彼はランダル公国のとある貴族なのだが、今やその立場を脅かされるほどに足場が揺らいでしまっていた。

 事の始まりはハイシンの元に届いたお便りで、ランダル公国の令嬢がありもしない罪で投獄され処刑されそうになっているというものだった。


『付いてこい、お前の体を調べさせてもらう』


 そう、彼は罪なき令嬢の妹に魅了された男だった。

 男は魔眼の力で己を失っていたようなものだが、他に唾を付けられていた男たちと違い彼はあらゆるものを差し出してしまっていた。

 自分の財やもちろん、弟や妹の財にまで手を出していたのである。

 そこまではまだ魔眼の影響もあるし仕方ないで済ませられたかもしれないが、彼はあろうことか自分が魅了されてしまったのはかの令嬢が不甲斐ないからだと口にしてしまったのだ。


『私は何も悪くはない。お前が自分の妹の手綱を握っていなかったせいだ。愚鈍な女というのは別に間違ってはいないな!』


 この男、元から性格がクソだったわけだ。

 当然このような言動は広がり、男は自ら破滅の道を歩いていった……愚かなのはどちらなんだと言いたくなるほどの間抜けさだ。


「……ハイシン、絶対に許さん。私は必ず貴様を見つけ出してみせる」


 婚約者についても大人しく処刑されていればこんなことにはならなかったと、そこまで考えている時点で男はもう救いようがなかった。

 ハイシンの無限の魔力についても全て嘘だと思っており、男からすればハイシンの偉業だと称える風潮は吐き気さえしていた。


「まあ良い、全ては明日からだ。絶対に私はやるぞ」


 断固とした決意を胸に秘め、男は明日を迎えるためにベッドに横になった。

 それからしばらく、部屋の中で響くのは男の寝息だけ。

 しかし、不意に扉が開いた。


「……………」


 ぞろぞろと数十人に及ぶ人々が中に入って来た。

 一切の気配を感じさせないのはおそらく、公国ならではの開発された魔法機器のおかげだと思われる。

 男が眠るベッドを取り囲む人々の姿、それは男にとって身近な存在ばかりだ。

 弟、妹、父、母、屋敷の使用人たち……その全てが男を見下ろしていた。


「ふぅ、全く馬鹿なことをしたものだわ。ねえリサ」

「はい。アテナ様」


 最後に現れたのは令嬢リサ、そして口元を扇子で隠す高貴な身形の女性だった。


「取り合えず……良いのねあなたたちは」

「構いません。この男はもう家族ではありません」

「えぇ。私たちが信仰する方に吐いた侮辱、許せませんわ」

「結構」


 パシッと扇子を畳んだ女性は妖し気な雰囲気を醸し出して男を見下ろす。


 次の日から男の姿が公国で見られることはなかったらしい。

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