ハイシン、更に有名になるで章

あ、野生の女神シャツが現れた!

 ハイシンがオーロラと呼ばれる現象を引き起こしてからしばらく、世界は更に大きなハイシンブームの波が訪れていた。

 主に若者を中心として広がりを見せているのはもちろんだが、最近ではお年寄りの間にも広がりを見せているほどだ。


「今日もハイシン君の声が聴けるのかしらねぇ」

「どうかしら。でも楽しみねぇ」


 まるで若いアイドルの噂をするかのように、近所のお婆さんたちが集まってそんな会話をするのも珍しくはない。

 もちろんお婆さんたちだけでなくお爺さんたちも若者を通じ、ハイシンが仕出かした奴隷の制度に対する気持ちだったりを知ることとなり、ハイシンは素晴らしい若者だと話をする姿も見られた。


「……………」


 そんな中、見るからに怪しい装束に身を包んだ男が王都を歩いていた。


「……大分離れたな」


 彼は訳があって故郷を離れた若者だった。

 近くの店に立ち寄り、簡単に料理を頼んで運ばれてくるのを待つ。


「不思議だな。あんなにも辛い出来事のはずなのに、どうしてか清々しい気分だ」


 そう呟いた彼にはかつて将来を誓い合った女の子が居た。

 貴族でもなくお互いに平民だったのでただの幼い口約束だったが、それでも仲の良さは村の人々が認めるほどであり彼さえも将来はその女の子と一緒になるのだと妙な確信があったのだ。


「ま、こういうこともあるってことだな」


 しかし、彼はその女の子と結ばれることはなかった。

 体の弱かった彼と違い、体の丈夫な彼女は冒険者になりたかったらしく、村に訪れた冒険者一行に連れられる形で彼女は旅立った。


『必ず強くなって戻って来るから!!』


 笑顔でそう言った彼女を見送り、彼はずっと彼女が帰って来るのを待ったのだ。

 それから半年ほどが経過し彼女は戻ってきたが……彼女はいつの間にかその冒険者パーティのリーダーと関係を持っていたのだ。


『私、彼と一緒になるわ。ごめんね、もう弱いあなたとは一緒に居られない』

『つうわけで諦めてくれや雑魚、この子は俺が幸せにしてやるぜ』


 二人だけでなく、残りのメンバーも彼を見下すように笑っていた。

 自分よりも強く良い男だったリーダーに惹かれる気持ちは悔しいが理解できたが、それでも悲しみがあったのは当然だ。

 嘲笑われ、罵られたことがトリガーとなったのか彼の中に眠る力が目覚めた。


『な、なによこれ……』

『なんだてめえは!?』


 荒れ狂う暴力とも言える魔力、それは彼に対して大きな自信を持たせた。

 この力を使えば馬鹿にした奴らを見返せる……否、それ以上にやり返すことが出来ると思ったが彼はしなかったのだ。

 何故ならば、彼女が居ない間ずっと彼はとある存在の言葉を聴いていたからだ。


『よぉみんな! 今日もこの時間がやってきたぜぇ!』


 ……あ~あ、ここにも居たよこいつがなぁ!!

 そう、彼の心の支えはカリスマハイシンシャであるハイシンだった。


『何々……彼女にフラれましたか。そうか……辛かったな』


 辛かったな、その言葉はとても優しかった。


『出会いの数だけ別れがあるとも言うからな。たった一回フラれただけで腐るんじゃねえぞ。何、それでまた彼女が出来てフラれたらこうして愚痴を言いに来い。俺だけじゃなく、他のみんなも慰めてくれるぜ。なあみんな!』


 その声に賛同するように多くのコメントがお便りに対する慰めで溢れた。

 もちろんそれは彼も同じであり、他のコメントに並ぶように頑張ってくださいと言葉を送ったのだ。


『恋愛って難しいよなぁ。まあでも、フラれたくらいで腐るんじゃねえ。確かに辛いし泣きたいかもしれねえが、フラれたんなら良い男になるんだって自分を奮い立たせるんだよ。ビッグになって、俺をフッたお前ざまぁって笑ってやるんだよ。そんな風に緩く生きる方がタメになるってもんだ』


 その時の言葉がキッパリと彼女に対する決別を促した。

 彼女はともかく、リーダー格の男に対しては一発殴りたい気持ちがあったが、こんな奴を殴る価値はないと背中を向けたのである。


「……ハイシン、本当に不思議な人だよ。言葉一つでここまで誰かを救えるなんて普通のことじゃない、アンタは凄い人だ」


 もしかしたら気持ちの向くままに力を振るっていた未来もあるかもしれない、それこそ魔力の覚醒がなければボロ雑巾のように暴力を振るわれた未来もあっただろう。

 だが彼はそれをせず、前をしっかりと見て進むことを決めた。

 そして今、彼は王国で最高峰とも言われている娼館の前に立っている。


『辛いことがあって癒しが欲しかったら娼館にでも行ってみると良いぜ。最近じゃ娼婦への見方も変わったし、何より働く人たちが誇りを持っている場所だ。きっと素晴らしい時間をくれるんじゃねえか?』


 決別はしたが癒しが欲しかったのは本当だ。

 なので彼は王都の娼館ヴェネティの世話になるべく、ここに訪れたのだ。


「……よし、行くぞ!」


 もしかしたらあったかもしれない未来。

 大切な幼馴染が知らないうちに奪われていたので力を目覚めさせた系の彼は今日、娼館の美しく優しい女性たちのおかげで見事常連客になったのだ。





 さて、そんな風に一人の男を沼に引き入れた張本人であるカナタは大きなくしゃみを披露した。


「はっくしょん!!」


 傍に居るマリアとアルファナが心配そうに見つめたが、風邪でもなさそうなので誰かがハイシンの噂でもしてるんだろうと笑った。


「確かにそれはありそうね」

「ふふ、一生くしゃみが止まらなくなりそうですね」


 それは勘弁だとカナタは首を振った。

 今三人が居るのは王都に建つ教会の一室であり、アルファナの客人として招かれている形だ。

 マリアはともかくカナタはシスターたちから何者かと視線を集めたが、大切な友人だとアルファナが説明し納得した様子だった。


「それにしてもサポーターかぁ……」

「はい。どうでしょうか?」

「結構良い案だと思うのよ」


 カナタがここに来たのはとある提案をされたからだ。

 それはマリアとアルファナが中心となってカナタが演じるハイシンのサポーターになるのはどうかというモノだった。

 前世でも配信者にはそれぞれそのような存在を作ることが出来たが、大よそそんなものなのかなとカナタは考えた。


「あの時のハイシンを経てカナタ様が素顔を見せたわけではないですが、あの黒衣と仮面の姿は大勢の人が見ています。声と手だけでは偶像的な存在でしたが、実際に姿を見せたことで民衆の間にもハイシンという存在は確かに実在するのだとダメ押しとも言える証明になりました」

「それもあって王国が抱える有名な画家が居るのだけど、彼らがこぞってあの時のカナタ君の姿を肖像画として残したいとか言っていてね。それもありだし他にもハイシン様のグッズとかも作れるんじゃないかと思ったの」


 つまり、もっと目に見える形でハイシンのことを浸透させていこうという考えと共に、その手伝いをさせてほしいと二人は言っているわけだ。

 カナタとしてはグッズを作ることはもう少し先のことになると思っていたのだが、まさかこうして自分の考えていたことを先に提案されるとは思っておらず、カナタは驚きながらもハイシンシャとしてそれっぽい話をしているとワクワクが止まらない様子だ。


「グッズかぁ……色々と考えてはいたけど……でも良いのか? 王女と聖女が俺のサポートをする立場になって」

「もちろん公にはしませんが、カナタ様だけ知っていればいいかなと思いまして」

「えぇ。せっかくこうして知り合えたんだもの私たちだって色々とお手伝いとかしてみたいわ」

「……二人とも」


 どれだけ優しく慈愛に溢れているんだとカナタは泣きそうだった。

 思えば異世界に来てハイシンとして有名にはなったが、ここまで親身になってハイシンとしてのカナタのことを考えてくれる人には出会っていなかった。


(……やっべ惚れるわこんなん。いや惚れないけどさ恐れ多いし)


 あくまでカナタ自身は一般人なので妄想するだけで良いのだ。

 ただ、ここのカナタはファインプレーをしたといえるだろう……何故なら彼女たちの前でうっかり惚れるなんて口にしたら、更にカナタに対する想いを強くしもしかしたら取り返しの付かないことになっていたかもしれないからだ。


「ちなみにさ、なんでいきなりグッズとかの話になったんだ?」

「あぁそれはですね」


 それは純粋な疑問だった。

 カナタの疑問に答えるようにアルファナがある物を取り出したのだが……それは黒衣と仮面を被ったハイシンがプリントされたシャツだったのだ。


「な、なんだこれ!?」


 これを作ったのはどうやらマリアでもアルファナでもないらしく、詳しく話を聞くと今朝になってこのシャツが教会で祭られている女神像に着せられていたらしい。

 誰が一体こんな罰当たりなことをしたのかと騒ぎになったが、後になってまあハイシン様だし良いかと落ち着いたようだ。


「……この教会大丈夫かよ」

「ふふ、ここにもカナタ様のファンは多いですからね」


 とはいえ、本当にこのシャツが置かれていた理由は分からないらしい。

 一体どこの誰がこんな悪戯のようなことをしたのか分からないが、もしかしたら女神の信託ではないかとアルファナは口にした。


「いやねえだろ」

「ですよね」

「そうよね」


 やれやれ、世界は残酷だぜ。

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