ハイシンは止まらねえ!

「ねえねえ! 今日もハイシンはするのかな?」

「するでしょ! あぁ本当に楽しみ!!」

「お前は今日も聴くのか?」

「当たり前だろ!」


 世は正にハイシン時代!

 っと、そんな風に王立学院内でもハイシンの影響は凄まじかった。

 あの日、ハイシンは自身が無限の魔力を保持していることをカミングアウトし、神の奇跡とも呼ばれる夜空に美しいオーロラを顕現させた出来事は多くの人々の記憶に刻まれることになった。


「……………」


 学院内がハイシンブームに染まる中、カナタはどえらいことになってしまったと頭を抱えていた。

 人気になること自体は嫌ではなくむしろ光栄ではあるのだが、カナタもあのような現象が発生したのは予想外であり、前述した神の奇跡なんて呼ばれ方も変にプレッシャーを感じさせる要因になったのだ。


(何が神の奇跡だよバカタレ……あんなのただの偶然なんだよ! それに……オーロラなんて口にしなけりゃ良かった!)


 そう、カナタは空に浮かんだそれの名を口にしてしまったわけだ。


『まるでオーロラだな。綺麗じゃねえか』


 一応改めて説明をすると、このアタラシアにはオーロラという現象はなかった。

 なので人々がこれは一体何だと疑問を持った中でのハイシンの言葉、それはこの現象に対しての明確な答えを持っていた言葉だったわけだ。

 つまり、このオーロラの発生はハイシンが意図的にやったとみなされてしまった。


「……はぁ。まあでもなるようにしかならねえよな」


 別にカナタの秘密が知られたわけではなく、ハイシンとしての秘密が世に知れ渡っただけに過ぎない。

 なのでこれまで通り特に気にすることなく、カナタはハイシンとしての姿を隠したまま配信を続けていくつもりだ。


「アルファナ様! ハイシン様ってどんな方でした!?」

「どんなお話をしたのですか!?」

「是非お聞きしたいです!!」


 そして更に分かりやすい形としては、アルファナに対してのハイシンの質問が止め処なく行われることになった。

 どうやらSSSクラスに所属するマリアも同じらしく、配信に出演した二人は数えきれないほどの質問と羨望の眼差しが向けられている。


「……………」


 元々二人が出演する予定はなかったのだが、王国でこれ以上ないネームバリューを持つマリアとアルファナが映像に出れば非の打ち所がない証明になるかもしれない、そんな提案の元二人には出演してもらった。

 当然そうなると顔を出すことになるのでマズい事態になるんじゃないか、そんな懸念はあったのだが二人は一切気にすることはないと言ってくれたのだ。


『カナタ君にはこれからも気持ちよく配信をしてもらいたいから……ね?』

『カナタ様が伸び伸びと配信をしてくださるならばこれくらいは……ね?』


 ね、そこだけ少し怖かったが……結局カナタは頷いた。

 二人はハイシンのリスナーとして今までたくさんの楽しい時間をくれたお返しと言ってくれたが、それでも今回のことに関しては大きな借りを作ったのも事実だ。


「……ま、何かお返しくらいは考えとくか」


 そんなこんなで授業は終わり寮に帰る時間だ。


「くだらねえ……何がハイシンだよ」

「……でも流石にあんなのを見せられたら」

「ああ? お前ハイシンの肩を持つのかよ!?」

「そ、そんなつもりは!」


 当然好意的に受け止められる反面、このように反発されるのもいつも通りだ。

 基本的に平民はハイシンのことを受け入れてくれているのだが、一部の貴族はとにかくハイシンのことを毛嫌いしておりこのような光景も見ることがある。

 しかしながら既に学院だけでなく多くの場所でハイシンが受け入れられているせいもあってか、逆に彼らの方が異端に見られているとか。


(人には好みがあるからな。そこを否定するつもりはないさ)


 むしろカナタとしてはハイシンのことを気に入らない人が居たとしても、それは仕方のないことだと思っているし、過剰に反応しないでほしいとリスナーには伝えていた。


(……ただでさえセンシーでのことがあるんだからな)


 後から分かったことだが、ハイシンに対してデマを流した小国センシーの貴族は国を追い出される……ほどではないが、かなりの痛手を受けたらしい。

 そもそもそれだけでなく、ハイシンの後追いをしようとして奴隷を集め魔力を吸い上げた罪も発覚したとの噂もあった。


(俺の真似事は誰にも出来ないし勝手に後追いするのも構わない……それでも、少なくとも引き金になったのは俺だからな。奴隷の人たちにはアフターケアはしっかりしてもらいたいところだ)


 これについては配信で口にしているので奴隷に関しては心配は要らないだろう。

 センシーだけで手に余るなら王国としても手を貸すと、そうマリアとアルファナも言ってくれた。


「カナタ様」

「おっと……アルファナか」


 ボーっとしていたせいか、アルファナが傍に居るのに気付かなかった。

 彼女は聖女であり平等な心を持っているため、貴族を中心に気に入らなそうな目は相変わらず向けられるが、そういった差別をアルファナが心から嫌っているので何も言ってくることはない。


「何かお悩みですか?」

「いや、悩みってほどじゃないさ」

「本当ですか?」


 顔を覗き込むように彼女は距離を詰めてきた。

 鼻孔をくすぐる甘い花のような香りと、絶世の美しさについ体を引いてしまう。


「何かお役に立てることはありませんか?」

「いや、大丈夫だ」


 マリアもそうなのだが、アルファナもハイシンであることを伝えてから言葉を掛けてくれる機会が極端に増えたのだ。

 彼女たちはファンだと豪語しているので仲良くしたい気持ちを持ってくれているのだなとカナタ自身嬉しくなるが、どこかその瞳の奥に秘められた何かが怖くなることがある。


「ふふっ、ねえカナタ様」

「なんだ?」


 彼女はサッとカナタの耳元に顔を寄せた。


「今日も配信、楽しみにしていますね?」

「お、おう……」


 有名になりたい気持ちはあったし、チヤホヤされたい気持ちもないわけじゃない。

 なのでこうやって事情を知っている美少女に楽しみにしているなんて言われて嬉しくないわけがなかった。


(……良い子だよなぁ本当に。アルファナもマリアもさ)


 流石異世界だなと、カナタは改めて彼女たちの素晴らしさに頷いた。


「……フフ」


 まあ、彼女たちの奥底に秘められた思いに気付くことが出来ればと思わないでもないが、カナタはまだそこまで察せられる観察眼は持っていないのだ。


「それじゃあ俺はそろそろ帰るよ」

「はい。また明日です♪」


 マリアは今日王女としての公務があるので学院には居ないが、アルファナ同様に会えば優しい言葉を掛けてくれるのでカナタにとっては本当にありがたい友人たちだ。

 アルファナと別れすぐに寮に戻ると、いつもと変わらない自室だ。

 カナタはまさかないよなと思いつつも、小さく呟いた。


「……ミラ」

「何でしょうか!」

「……………」


 目の前が揺らぎ、最初からそこに居ましたと言わんばかりにミラが姿を見せた。

 カナタに呼んでもらったことが嬉しいのかニコニコと可愛らしい笑みを浮かべているものの、カナタからすれば頭を抱える他ない。


「……お前なぁ、いい加減帝国に帰れよ。完全にストーカーになる気か?」

「そ、そんなつもりは私には……私はただ、カナタ様をお守りしたく!!」


 確かにカナタとしてもミラのような実力者に守ってもらえることはこれ以上ないほどに心強い、とはいえずっとこうやって傍に居られるのも気分が落ち着かない。

 それに自分の為すべきことは全てあなたのため、迷惑なんて絶対に掛けないからというのも完全にストーカーのような考え方だ。


「カラスとしての仕事は良いのか?」

「はい! カラスとしてのお仕事は廃業しようと思っています! きっと天国に居るお父さんも私の門出を祝ってくれるはずです!!」

「……そう言う問題なの?」


 まさかカラスが居なくなったのもハイシンの力、なんてことを言われるんじゃないだろうなと胃が痛くなりそうだった。

 さて、こうしてハイシンに降りかかろうとしていた炎上は一旦の解決となった。

 しかしながらまだまだ世界にはハイシンに対するアンチは多いだろうし、ハイシンによって野望を食い止められた存在も居るはず……きっといつか届かせてやると刃を研いでいる可能性もあるだろう。


「ま、だとしても気ままに頑張っていくか!」


 元気に言葉を届け、リスナーに楽しい時間を提供することこそがハイシンシャとしての役割である。

 カナタは一層気合を入れ、もっとビッグになってやろうと誓うのだった。

 声を届けるだけの配信から手元配信、そして今回のことでその枠に収まらない撮影方式の配信にまで漕ぎつけることが出来た。

 これからまだまだやれることは増えていくなと、カナタはワクワクする心を隠せないでいるのだった。





 転生、それには必ず意味というものが存在する。

 カナタを導き、カナタの未来を祝福した存在は楽しそうに笑った。


「ふふっ、本当に楽しそうにしていますね。まさか与えた無限の魔力をあのように扱うなんて思いませんでした。面白い……面白いですよ人の子よ」


 それはあまりにも神聖な存在、人前に姿を見せない絶対的な信仰対象だ。

 白いベールの布を被っていて顔は見えないが、その高く透明感のある声は間違いなく女性のモノだ。

 全貌は見えないが、彼女の美しさは一言で言い表せない。

 正しく神のような存在、もしくは女神とも言えるかもしれない。


「あぁ本当に楽しい……楽しいですねこの配信というものは」


 ……ただ、そんな神聖な彼女なのだが服装が終わっていた。

 激しい凹凸のある体を包むのは一枚のシャツなのだが……そのシャツには黒衣と仮面を被った何者か……そう、奇跡を起こした日のハイシンがプリントされていた。

 背後には私がハイシンだ、なんて妙な文字まで描かれている。

 彼女が敢えて何者かとは断言しないが、ハイシンの影響はどうやらここまで魔の手を伸ばしているようだ。


 大丈夫かなこの世界……ちょっとどころかかなり不安だよ。





【あとがき】


ということで一章が終わりました!

ここまで続いたのも読者のみなさんのおかげです本当にありがとうございます!


ゴリゴリの異世界モノは慣れていないので、配信者という要素を入れた今作でした!

それではまた次回でお会いしましょう!

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