ハイシンシャとして彼は“持っていた”
マリアとアルファナの協力を取り付け、すぐにカナタは行動に移った。
といっても手元配信を行うために用意したカメラを着脱可能にし、手で色々と動かせるようにしただけだ。
しかし、今回に関してはこれで良かった。
「ね、ねえ……本当に大丈夫?」
「緊張しますね……」
用意を済ませたカナタの背後でマリアとアルファナがソワソワとしていた。
今は日が落ちた夜であり、カナタと彼女たちが居る場所は特別に用意された一室だ。
「おいおい、ここに来てやっぱ辞めたは……別に良いけどさ」
「だ、大丈夫!」
「は、はい!!」
緊張でおかしくなりそうな二人に苦笑しつつ、カナタはこうなった経緯を思い返した。
今回こうして行動を起こしたのはあくまでハイシンに関して流れている噂の払拭が目的なのだが、カナタ自身としても何か出来ないかと思ってのことだ。
(……けど、浅はかな考えかもしれないな)
実を言えばこれからやろうとしたことはあまりにも浅はかなことではないかと今になって考え始めた。
カナタがやろうとしたことは単純で、マリアとアルファナの協力を得て今手元にあるオーブに魔力を込めることでの証明をするというものだ。
よくよく考えればオーブに細工をしたなどと言われてしまえばそれまでであり、ハイシンのアンチであればここぞとばかりにそこを突いてくるだろう。
「……ま、なるようになるか」
マリアとアルファナも更にまさかの形で協力してくれることになったわけだ。
ここまでされて何もしないなんてことは考えられないし、これから気持ち良くハイシンとして日々を過ごし、そしてリスナーたちに変わらない時間を届けるためにもこの炎上しかけている問題は自分でも乗り越えたい壁だった。
(……?)
この部屋にはカナタとマリア、そしてアルファナしか居ないはずだがゆらりと空気が揺れた気がした。
そこに目を向けると、手の部分だけが現れ頑張ってくださいと伝えるかのようにグッと親指が立てられた。
「……ふぅ」
「……すぅ」
その手の正体はミラになるわけだが、やはり目に見えない場所で見守ってくれているようだ。
見守っているとはいってもストーカーの究極型でしかないのだが……そこは一旦今は置いておくことにした。
「そろそろ時間か。二人とも、始めるぜ?」
「えぇ」
「分かりました」
ふんすと気合を入れた二人、まずはカナタがカメラをアルファナに渡した。
アルファナは決して傷を付けないようにと緊張した様子でカメラを受け取り、どこまでも慎重にカナタにレンズを向けた。
レンズに映るカナタは黒衣を纏い仮面を付けている。
これは顔を絶対に見せないための処置であり、今回することはこの世界の配信において初めての試みだった。
「カナタ君」
「あぁ」
こうして、後にハイシンの伝説として語られる数十分の時間が幕を開けた。
その日、配信を見る人々はいつもと違うものを目にすることになった。
手元配信が出来るようになったということでハイシンの手が映るようになったわけだが、今回映ったのは怪しげな仮面を被った人物だった。
『どうもリスナーのみんな、待ってたかぁ?』
その軽い口調と声、それは間違いなくハイシンの物だった。
大げさに身振り手振りをする姿は少しぎこちなさを感じさせるものの、その黒衣に身を包んだ存在は間違いなくハイシンだった。
『こうしてみんなの前で姿を見せるのは初めてだなぁ。まあ顔は見せられねえけどそこはプライバシーってやつで勘弁してくれや』
いつもと違う配信、それは火を見るよりも明らかだった。
純粋にハイシンを好むリスナー、はたまたアンチでさえもいつもと違う様子に目を奪われてしまう。
完全に真っ白な背景で彼が今どこに居るのかは分からないが、声と手元だけで満足できなかった信者たちが発狂している姿がどこかで見られるかもしれない。
『いつもと違うスタイルなのはまあ訳があってな。最近、なんかどっかの国で俺がこの配信をするために大量の犠牲者を出してるなんて噂が広がってる。何勝手なことを言ってんだって話だが、言葉だけじゃそんなことはないんだって証明しようがないのも事実だった。ま、リスナーのみんなは俺を信じてくれてるみたいだが』
その言葉に多くのリスナーは頷いたことだろう。
そもそも、こうやって配信という文化を創り出しただけでも異常な存在だとハイシンは言われている。
それにハイシンが口にした噂は確かに囁かれているが、それならば分かりやすいほどに騒ぎになるはずなのだ。
『根も葉もない噂だがまあ、こうして俺の真実を知らない人からすればそんな結論に辿り着く可能性も無きにしも非ずだ……いやぁ面倒だねぇ、おい聞いてんのかアンチども! お前らのせいで俺は夜しか寝れねえぞ不安でな!』
うん? それは別に正常なのではと、リスナーたちはクスッと笑っていた。
しかし今、彼は俺の真実と口にしたではないか……それはつまり、ハイシンの知られざる秘密に迫れるのではないかとリスナーたちは穴が開くほどに画面を見つめた。
『まあ今回、俺がどうやって配信を続けることが出来ているのかをみんなに説明したいと思う。その上で協力者が遠路はるばる来てくれたってわけだ』
協力者、その言葉に驚いた者は大勢居ただろう。
今までハイシンは決して誰の存在も見せず、たった一人で配信活動を行っていた。
だからこそ、そんなハイシンに会えた存在が居るのだと気になるのは当然だ。
『来てくれ。あ、カメラは俺にちょうだい』
演技のような口調から一転、まるで友人に声を掛けるような変化だがガサゴソとした音に搔き消された。
そして次の瞬間、画面に映り込んだのはまさかの二人だった。
『初めましてみなさん』
『こんばんは』
現れたのは何と王国の王女マリアと聖女アルファナだったのだ。
マリアの顔は他国に知れ渡っているのは当然だが、アルファナも公に顔を出してから聖女ということで多くの国と地域に知れ渡っている。
偽物か、そう思えてしまう光景だがあまりにも本人たちだった。
『今回、ハイシン様にご協力したいと思いこうして姿を見せることになりました』
『複雑に思われるかもしれないですが、私たち王女と聖女も彼のリスナーであることを伝えておきたいと思います。皆さんと同じファンなのです』
確かに複雑には思われるだろうが、逆にそんな二人をファンにするハイシンすげえよって意見が多くなり、少数ではあったがハイシンに会えてズルいというようなコメントもちょくちょく見受けられた。
『こうして二人が協力してくれたことは嬉しかったぜぇ。ま、俺もまさかこの大物二人がリスナーとは思わなくてビックリしたが、それを聞いた時はテンション上がるどころか逆だったからな』
『ふふっ、ハイシン様が驚いていた姿は今でも思い出せます』
『そうね。何というか……新鮮だったわ』
怪しげな見た目だが今や若者を中心としたカリスマであるハイシン、そして王女と聖女が楽し気に話している姿はあまりにも新鮮過ぎた。
時の流れを忘れてしまうかのような光景、リスナーたちにとってもハイシンの更なる可能性を見た気分だった。
『さてと、本題に入るとするぜ』
そう言ったハイシンの空気が変わった。
聖女が手にしている丸いオーブ、それは知る人ぞ知るアイテムだった。
『こいつは魔力を測定するオーブだ。こいつに触れることでその人物がどれだけの魔力を保有しているかが分かるマジックアイテムだ。今回、二人の協力を得られたことでこいつを借りることが出来たぜ』
魔力測定用のオーブ、試しにマリアが手を翳すと金色に輝いた。
基本的にこの光り方によって魔力の保有量を測定するのだが、金色に輝くのはSSSランクに相当する証である。
『私の保有量はSSSランクなので、こういう光り方をするわ』
光の強さももちろんあるのだが、基本的に魔力ランクが大きいと金色のような高貴とも言える輝き方をするのかもしれない。
さて、こうなってくると気になるのはやはりこれを借りてきたハイシンの意図だ。
『まず……あぁなんだ。一気にぶっちゃけると俺の魔力は無限なんだわ』
おそらく、多くのリスナーがポカンとしたことだろう。
だが中にはだろうなと納得する国の重鎮や、やっぱりハイシン様だと盲目に崇拝する人々も大勢居た。
本来無限の魔力などあり得ない、しかしハイシンだからこそあり得るという根拠のない事象だった。
『ハイシン様、どうぞ』
『あぁ』
カメラはマリアに渡り、ハイシンとオーブを持つアルファナが映された。
果たして無限の魔力を持つハイシンはどんな輝きを見せるのか、リスナーたちの期待の視線が画面に突き刺さる。
『行くぜ』
ハイシンがオーブに手を翳した。
すると、黄金に輝いたかと思えば黒く不気味な色に変色し……そしてまた黄金色に戻っては黒色へと変わる。
まるでオーブの中に無限に流れてくる魔力が反発をしているような光景だった。
当然このような前例はなく、オーブの存在を知っている者たちは食い入るように見つめる他ない。
『……割れたりしないんだな』
『みたいですね……流石にこのような結果は初めて……え』
『ちょっと!?』
そして魔力を込めて数十秒が経過した時に変化が起きた。
黄金と黒を行ったり来たりしていた魔力の色が虹色に輝き始めたのだ……そして、まるで破裂するようにオーブから光が漏れ出した。
焦ったようなマリアの声が聞こえ、リスナーが心配する中光が収まるとその場にはちゃんと三人が立っていた。
オーブも割れたりすることはなく健在で、ハイシンもマリアもアルファナも何が起きたんだと首を傾げている。
『……え?』
『外を?』
『??』
そこでハイシンたちがコメント欄のざわめきに気が付いた。
カメラをその場に置き、外を確認しに行った三人が言葉を失ったように静かになったのを画面越しに確認した残りのリスナーたちも外を見た。
すると、本来なら漆黒の中に星々が輝く空に虹色の海のようなものが浮かび上がっているではないか。
それはこの世界には存在しない現象……そう、オーロラだった。
ハイシンが見せた輝きと全く同じその色が今、アタラシアという世界の空を染め上げるに至った。
『……もしかしたら、オーブから漏れだしたハイシン様の無限の魔力がこうして美しい奇跡を起こしたのかもしれませんね』
そんなアルファナの言葉が全てだった。
たった一人なんてものではなく、そして一つの国どころではない、全ての国と地域から見渡せるそのオーロラがハイシンの魔力の絶対性を証明した。
その一夜限りの奇跡は後に語り継がれる伝説となる。
ハイシンは無限の魔力を保持し、全ての世界を照らす光なり得るのだと。
「……なんか大げさなことになっちまったぞ」
当然、カナタは頭を抱えた。
そして、信者が増えた。
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