頼りになる王女様と聖女様
ハイシンは俺だ、そう伝えたがマリアとアルファナはポカンとしていた。
その様子にまあそうなるよなと苦笑したが、同時にちょっと失敗したかもしれないなとカナタは思った。
(突然こんなことを言われたところでそうなるよな。つうか、いくら二人が王女と聖女だし仲良くなれたからっつってもいきなり過ぎたか)
とはいえ既にハイシンだとカナタは口にしてしまった。
これが真実か嘘でもどっちにしろ、カナタはどちらの意味でも逃げることは出来なくなった。
果たしてカナタの言葉に彼女たちはどう返すか……結構ビクビクとしていたが、先に口を開いたのはアルファナだった。
「……あの、ごめんなさいカナタ様。実は私とマリアは気付いてました」
「……ほへっ?」
アルファナの言葉にカナタは気の抜けた声を出した。
隣に立っているマリアも気まずそうにしながらも頷き、カナタはマジかよとその場にへなへなと座り込んだ。
「……いつから?」
「私はカナタ様に出会った日のうちに」
「私はあの女性娼婦と会った日ね」
マリアはともかく、アルファナは結構前から気付いていたようだ。
カナタは絶対に誰にもバレていないと思っていただけに、こうして己の告白に対してそれ以上のカウンターがカミングアウトされたわけだ。
「……そっかぁ。バレてたのか……でも何で分かったんだ? ミラ……俺の部屋を調べたりしたわけじゃないよな?」
一瞬ミラの名前を出しそうになったが、彼女のように部屋に忍び込んだわけではないだろう。
早い段階からカナタをハイシンだと分かった上だとしても、彼女たちがそんなことをするとは到底思わなかった……期待のしすぎか、或いは信頼のしすぎかと思ったが少なくともマリアとアルファナに対しては大事な友人だという認識がある。
(……いや、俺が信じすぎなのか? やっべえ分かんねえ)
もしも時が戻せるなら戻してほしい、なんてことを考え始めたカナタだったが先ほどの問いかけに答えるようにアルファナが口を開いた。
「私たちが気付いた理由は……えっと、小さなヒントを繋いだ結果とも言えます。私とカナタ様が出会った時、カナタ様は手に怪我をしていましたよね?」
「あぁ……あ」
っと、そこでカナタは思い出した。
手の上に物が落ちたことでその腫れを引かせるために湿布のようなものを貼っていたのだが、どうやらその時のことでアルファナは気付いたらしい。
あの時に会話をしたのはアルファナくらいだったので完全に気を抜いた結果、バレないと思っていたそれは見事に慢心だったということだ。
「私は話し方のイントネーションが何となく引っ掛かっていてね? あの魔族がカナタ君に対して意味深なことを言った時と……そしてあの娼婦の女性を助けた時の言葉が完全にハイシン様のそれだったから」
「……………」
つまり、カナタは自分から彼女たちに対してヒントを無意識とはいえ提供していたわけだ。
まあそれでも完全に気付かれる確信を持てるのかどうかは怪しいが、彼女たちがあまり驚いていない様子から察するに本当にハイシンのことは気づいていたのだろう。
「でもよく言わなかったな? ずっと黙っててくれたのか」
「当然です」
「当然よ」
その返事はあまりにも早かった。
二人はカナタの元に歩み寄り、まずアルファナがカナタの手を優しく握った。
「たとえ真実を知ったとしても私たちはハイシン様の……カナタ様のファンです。私たちは決してあなたを困らせるようなことはしない、何故ならその瞬間からファンを名乗る資格はないと思っていますから」
「アルファナ……」
マリアもカナタの空いた手を取った。
「そうね。アルファナの言う通りだわ。私たちはハイシン様であるカナタ君に伸び伸びと声を届けてほしい、いつもの様子で物怖じしないあなたの言葉を聴くことが楽しみなんだから」
「マリア……」
二人の言葉にカナタは心から感謝をした。
前世でも配信者の秘密一つが漏れただけで変に話が広がったり、或いは妙な噂を立てられたりした事件を見たことがあった。
顔バレや住所バレなど、色々考えられるのに彼女たちは一切の秘密を外に漏らしていない……その時点で安直かもしれないが、カナタはかなり信用していた。
「カナタ様、私たちはあなたの味方です」
「そうよカナタ君。あなたには王女と聖女が味方に付いている……結構心強いと思うのだけどどうかしら?」
「……そうだな。本当にその通りだ」
カナタは頷いた。
ただ……一つだけ気になることがあった。
(……何だ?)
微妙に二人を包み込む雰囲気が何か怖い気がしたのだ。
カナタを見つめる二人はとても優しい眼差しをしているが、心なしかその瞳が僅かに曇っているような気がしないでもない。
とはいえ、こうして至近距離で美少女二人に手を握られながら見つめられると恥ずかしくなるのは当然だった。
「そ、そう言えば……」
「はい」
「どうしたの?」
グッと二人が更に距離を詰めてきた。
まるで張り合うかのような様子に今度はカナタの方が一歩退いた。
「っ……ごめんなさいカナタ様」
「ごめんねカナタ君」
二人も気付いたのかサッと手を離して離れてくれた。
ここまで気遣いをしてくれる女性たちなのだからさっき感じた不穏な気配もやっぱり気のせいだなと、カナタは彼女たちに対して失礼なことを考えてしまったことを心の中で詫びた。
「いや、さっきから全然人が来ないなって思ってさ」
「それは私が人払いの魔法を使っているからです」
「そうなの?」
「はい。カナタ様の様子から何か外に聞かれてはならないことかと思いまして、ですがどうも功を奏したようですね」
カナタとしても周りには気を遣っていたが、どうやらあまりに人がこの場に訪れないのはアルファナの魔法のおかげだったらしい。
ありがとうと言葉にすると彼女はどういたしましてと笑った。
さて、それならここに来てようやく本題だとカナタは言葉を続けた。
「あのさ、二人にこうして話をしたのは他でもないんだ。今ハイシンについて色々と噂が飛び交ってるんだ」
「存じています。不愉快ですね」
「みたいね。本当に不愉快だわ」
おや、再び危ない雰囲気を二人は纏いだした。
そんな雰囲気を纏いながらマリアがあることを口にした――それはある意味、こうして彼女たちを頼ろうとしたカナタの決意を粉々にするものだった。
「お父様とお母様が主導してこの噂についての撤回を求めているわ。極秘の協力筋からどこの国が、どんな目的なのかも既に調べが付いてる」
「え?」
「そもそもハイシン様について大量虐殺者などと言っているけれど、そんな風にどこかで大量に誰かが死んだという情報もない――更に言えばハイシン様の行っていることが常人では不可能なほどの魔力が使われていることも分かっている」
「……つまり?」
ビシッと指を立てて胸を張るように、マリアは力強くこう言うのだった。
「お父様やお母様を始め他国のトップもある一つの結論に至っているの。ハイシン様は私たちでは理解の及ばない無限に近い魔力を保持しているのか、或いは私たちが知らない世に出ていない魔力機器のどれかを使っているかという結論ね」
つまりマリアの言いたいことを纏めるとこうだ。
各国はハイシンが誰かは気付いておらず、どのように配信活動を行っているかも理解はしていない……だがあくまでハイシンは何かしらの力を持っていて、それが魔力枯渇の問題を解決していると判断しているようだ。
「ですからこうしてカナタ様が私たちを頼らなくても問題は起こることなく解決に導かれようとしていたんです。今やハイシン様の名はこの世界で大きな意味を持っており、民衆に多大なる支持も持っています。ですからそんなあなたを困らせようとする動きをマリアのご両親を含め多くの人たちが許せないのです」
引き継いだアルファナの言葉を聞いてそうだったのかとカナタは肩から力が抜ける気分だった。
だが、それはあくまで自分が齎した尻拭いを他人にさせる行為であり、そこはどこかスッキリしないともカナタは考えている。
だからこそ、カナタも自分に出来ることをするのは変わらなかった。
「それでも俺は自分の手で色々と証明したいことがあってさ。その上で二人に協力を頼みたいと思ったんだ――二人のことは……その、信頼してるから」
「あ……」
「っ……!!」
照れ臭そうにカナタはそう言った。
二人がどんなことを考えたのか分からないが、カナタが見ていないのを良いことに女の子が見せてはいけない顔をしていた。
王女と聖女らしからぬ、とてもあり得ないような表情を。
「それで用件は……うん?」
「なんでしょうか」
「なに?」
サッと顔を元に戻した二人は流石だった。
正に王女と聖女の鑑、はしたない表情は一瞬のうちにおさらばだ。
「入学の際に使った魔力測定のオーブなんだけど」
「ありますね。重要なマジックアイテムでもあるので厳重に保管されています」
魔力を測定できるというのはかなり重要なアイテムである。
だからこそ、測定するしか使い道がないとしても厳重に学院の奥に保管されているというわけだ。
「……だよな。それを借りようと思ったんだが――」
「良いわよ。王女として許可を出しましょう」
「そうですね。聖女としても許可を出しますし、もちろんどんな状態になったとしても私が全て責任を持ちます」
悩むことなんてない、どうやら簡単に借りることが出来そうだ。
ちなみに、こうしてカナタは自分の正体を二人に告げたが……二人の内心はそれはもう台風が一つの場所に十個は発生したくらいに荒れ狂っている。
彼女たちが何を考えているのか、怖いので想像するだけに止めた方が良さそうだ。
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