誹謗中傷には立ち向かえ

 ハイシン、それはもはやアタラシアの世界にてビッグネームとなりつつある。

 彼が独自に生み出した配信という文化は元々そこまでの存在感しかなかったものの、着実に人々の間に広がっていき大きなうねりとなって今に至った。


『俺は何でも読んでいくぜ。だからみんな、お便り待ってるぜ!』


 ハイシンの声は正に少年のそれではあるが、モノの見方から価値観までどこか成熟した大人を思わせる部分もあった。

 誰もが今まですることのなかった新たな配信という開拓、そして歯にモノ着せぬ言い方で世界の決まりごとにメスを入れていく大胆さは大きな人気を博す。


『言いたいことを言ってるだけだよ俺は。誰かに指図されたわけでもない、俺はただそう思っているから口にしているだけだ』


 今までになかった試みであり、今までに見ることのなかった存在だからこそアタラシアの人々は彼に惹かれた。

 ハイシンの中の人はあくまで自分の言いたいことを口にし、前世での価値観そのままに言葉を発しているだけ……にも拘わらず、彼の声には一種のカリスマ性のようなものもあったのだ。


 正に社会現象を引き起こした彼ではあったが、当然ただ話をするだけで国すらも動かしてしまうほどの影響力に嫉妬した存在は多く、彼と同じことをしようとした馬鹿が居た。


「……おい、魔力が届かねえぞゴミが!」

「お、お許しください……」

「使い物にならねえなぁクソったれが!!」


 それはとある小国の貴族邸での光景だった。

 一人の貴族が端末を前にし、後ろに控える多くの奴隷に向かって怒鳴り散らしていた。

 ハイシンの真似事をしようとしたわけだが、男一人では到底魔力を補うことが出来ずにどうしようかと考えた時、ならば奴隷を大量に買って彼らから根こそぎ魔力を吸い取れば良いのではとの考えに行き着いた。


「……はぁ……はぁ」

「も、もう無理だ……」


 アタラシアの世界において、体に流れる魔力は多くても少なくてもその存在たらしめる重要なモノであり血液と同じようなモノだ。

 その魔力を無理やりにでも抜いてしまおうとすれば当然、誰であっても魔力の枯渇が起こり意識を失うほどに疲弊し、最悪死に至ることも稀にある。


「他に奴隷は居ないのか」

「本日買ったものはこれで終わりですね」

「ったく、まあ底辺を生きるクソ奴隷どもじゃこの程度の魔力しかねえか」


 奴隷に対しての法にメスが入り、奴隷にとって生きやすい世の中に確かになった。

 だが、こうして隠れた場所で好き勝手する輩がまだまだ居るのもそうだし、奴隷全てが救われるかと言われればそうではない。

 これがもしも王国や帝国、公国と言ったハイシンの名前が深く浸透した場所ならば大きな罪に問われるのだが……どうやらこの貴族が居る国はそうではないらしい。


「クソ……どうやってもハイシンみたいに出来ねえだろ。どれだけ集めても魔力が片っ端から無くなっちまう。あの野郎、一体どれだけの……うん?」


 それは正に安直すぎる考え方だったのだが、ある意味ハイシンの……否、カナタの秘密を知らなければそうではないのかと思ってしまうことでもあった。


「ハイシンは一体どれだけの犠牲を払ってこんなことが出来るんだ?」


 その結論に至ってしまったわけだ。

 一応彼も魔力ランクが高いとされる冒険者たちにも実験と称して協力してもらったのだが、SSランクですら数分も持たなかったのでハイシンはSSSランクかその中でもとりわけ魔力量が多いのではないかと考えられたわけだ。

 しかしどこまでの保有量があったとしても、持って十分ほど持つかどうかという計算結果が出た。


「ハイシンの野郎は長い時は二時間くらい喋ってやがる……無理だ。常人じゃ遥かに無理だし自前でこれほどの魔力を用意なんて出来るわけがねえ。なるほどそういうことか、ハイシンの野郎もかなり外道なことをしてるってわけだ!」


 それはあくまでまだ予想の範疇だったわけだが……まあこうしてハイシンに対する案外的を射ているのではないかという憶測が飛び交うことになったわけだ。

 この世界において無限の魔力というものは認知されておらず、全ての生き物は大なり小なり魔力を持っており必ず使い切ればガス欠を起こすのは必然なのだから。


「くくっ、どうして今まで誰もこのことに突っ込まなかったのか分からねえが俺たちがハイシンの悪を暴いてやろうじゃねえか。なあハイシン、高みに居られるのもここまでだぜ。てめえをその座から引きずり降ろしてやる」


 彼も彼でどうやら悪評を流せば傷が付くこと自体は分かっていたのだろう。

 しかし、小国と言えどそこまでハイシンの名が届く以前でその影響力が計り知れないモノであることは容易に想像できることだ。

 彼は今、眠れる虎の尻尾を自ら踏みに行った。






「……さてと、どうすっかなぁ」


 学院の授業が終わった後、彼は中庭のベンチに座ってそう呟いた。

 ミラとの唐突な出会いから流れるような例のお便りの件、それは決して小さくはない波紋を呼んでいた。

 元々ちょくちょくどんな方法で多くの人に対して言葉を届けられるのかと質問をされることはあったが、それに対してカナタは特に答えを言ってはいない。


「……出来ちまうんだから仕方ねえんだよな」


 この世界に転生したことで彼の身に宿った無限の魔力、それはこの世界でまさに唯一無二とも言えるモノだ。

 魔力の消費が一切ないのでどんな上級魔法であっても無限に連発することは可能だろうし、何よりダンジョンなどで魔力を吸い取るトラップなども一切無力、果てには他者の魔法すら逆に無限という絶対の力で押しつぶすことも可能……なのだが、やはり無限の魔力と伝えても信じてもらえないのが関の山だ。


「まあ無限の魔力なんざ言わない方が良い、絶対何かに巻き込まれちまうじゃん」


 何度も言うが、カナタはただ配信を出来ればそれで良いのだ。

 前世ではネット界隈の中で“好きなことをして生きていく”なんて言葉があったが、正にそれを今カナタは実現している途中にある。

 幸いにあまりハイシンについて悪く囁かれているほどではないが、どうもどこかの国がハイシンは悪行を積み重ねていると風潮しているようで、それが大きな声になり更なる炎上のようなものに繋がるかどうかだけは怖かった。


「お待たせしました、カナタ様」

「うおっ!?」

「どうかされましたか?」


 いつの間にか隣にミラが座っていた。

 彼女はどうしたのかと不思議そうな顔をしているが、その手に持っている何枚かの紙をカナタに差し出した。


「私なりに情報は集めてきました。多少は力にモノを言わせましたけど、他ならぬカナタ様のご命令とあらば出し惜しむ必要はありませんので」

「……そか。ありがとなミラ」

「……………」

「ミラ?」


 目を丸くした彼女はそのまま白目を剥いて動かなくなった。

 ミラに関しては小さなことは気にしても仕方ないと思っているので、一旦渡された紙を順に見てみた。

 そこにはミラが調べてきた情報が事細かに記録されており、ここからかなり離れた小国センシーのとある貴族が発端としてハイシンのデマを風潮しているようだ。

 しかもその貴族だけでなく、ハイシンを妬む大勢が集まってそれなりの組織になっている模様……かなり大事になっているみたいだなとカナタはため息を吐いた。


「にしてもこんなにすぐ情報を集めて来るなんてな……流石はカラスってことか」


 カナタにとってミラとの出会いはあまりにも唐突であり、まだ彼女との接し方を掴めていない。


『どうしましょうか。一言言ってくだされば情報を搔き集めてきますが』

『出来るのか?』

『お任せを』


 ただそれだけ言ってミラは部屋から姿を消し、そして今戻って来た。

 ミラとしてはただハイシンであるカナタの力になりたいとのことだが、まさかこんなにも早く情報を纏め上げて帰って来るとは思わず、そのカラスとしてのスペックの高さに舌を巻いた。


「……奴隷に対して温かな言葉を掛けたがそれは嘘で、実際はその奴隷を使い魔力の枯渇を補っている……か。ったく、随分とそんなデマを思い付くもんだ」


 しかも更に言葉は続いていた。


「ハイシンを支持する者たちは全て洗脳された可能性があり、一刻も早くハイシンの息の根を止めることこそが暴虐を収める唯一の方法……はは」


 だから何好き勝手言ってるんだとカナタは渇いた笑いを浮かべた。

 とはいえ確かに一部のファンの中にはちょっと危ないことを口にしたりする人も居るが、カナタは洗脳なんてしていないし……何より、カナタが言葉にしたことで感謝を伝えてくれたリスナーのことをそのように言われるのは嫌だった。


「つまりあれだろ。こいつらが言ってることは俺が魔力を無理やり他者から引きずり出していると思われてるわけだ。まあこいつらのことを鵜呑みにしている人たちは少ないみたいだが……あぁそうか、誹謗中傷ってやつかこれって」


 別に目に見えて傷ついたわけじゃない、だがこういうことを放っておくと面倒なことになるのは前世でのSNSなどを通じてよく理解している。

 だが言葉では無意味、何か分かりやすい方法で示す必要がある……そう、カナタには配信があった。


「手元配信が出来るようになったのがここで活きるかな。ってなると魔力測定のアレを使うのが一番手っ取り早いけど……う~ん」


 学院に入学する際に手を翳す魔力測定オーブがあるのだが、それに全力を込めて証明する方が手っ取り早い。

 SSSランクまででも大きな輝きを齎す。

 おそらく際限なく魔力を注げばオーブが砕けるなんてこともありそうだが、逆にそのインパクトがあり得ない事象ではあるもののハイシンの魔力の秘密だと認識されれば万歳だ。


「でもあのオーブは持ち出し無理だし、砕いたらそれはそれで……」


 そこまで考え、カナタはそれならと思い付いたことがあった。

 しかもちょうど良く、彼女たち二人がこの場に現れた。


「カナタ君……」

「カナタ様……」


 どこかカナタを心配しながらも、僅かに感じる怒りの炎が瞳の中で揺れていた。

 どうしたのかと首を傾げたが一旦それは置いておくとして、いつの間にか姿を消したミラに安堵しつつ、周囲に他に人が居ないことを確認してから口を開いた。


「ちょい頼みがあるんだが……良いか?」


 次に続いた言葉にマリアとアルファナは大いに驚いた。

 何故ならばカナタはその名を口にしたからだ。


「突然で悪い。ハイシンって俺なんだわ」


 どこまでも軽く、カナタは二人に向かってそう口にした。

 ハイシンのファンだと言ってくれたのもあるし何より、最近は親しくしてくれる仲なのと同時に、二人の身分に少しだけ頼ることにしたのだ。

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